落ちる花(アルファポリス版)

みきかなた

文字の大きさ
23 / 28

第22章 海辺のホテルで

しおりを挟む
彬智が指定したのは茉莉花たちの住む街から車で一時間ほど離れた海辺にあるホテルだった。白壁の洋風な建物や凝った内装が異国に居るような錯覚を起こす。

「綺麗なところね。」

「ああ、去年の夏にゼミの合宿で泊まりに来たんだ。施設も良いけど親身な接客がとても心地いいよ。」

先を歩く彬智がふと立ち止まり茉莉花に手を差し伸べた。

「手、繋ごうよ。」

「でも!」

「恋人気分になってもいいだろ?」

「あの、アキ?」

「マリと二人きりなんて久しぶりだな。」

ふふと無邪気に笑う彬智に見惚れ、茉莉花はそっと彼の左手に自分の右手を紛れ込ませる。すると思いがけず力強く握り締められた。

「今日は泊まっていいんだよね?」

「う……ん。」

「子供たちには何て言い訳したの?」

「出張……って。留守は涼花さんに任せたの。明日には帰るって。」

「一晩きりか。」

なぜか不服そうな彬智を、茉莉花は呆気に取られてみつめた。

「本当に、良かったの?こんなことして、いいの?」

「今更?」

また軽やかに笑って彬智はエントランスをくぐった。

「いらっしゃいませ!」

突然、華音よりも少し年上の女の子に声を掛けられた。少年のように爽やかな凛とした笑顔だ。

「お世話になります。チェックインしたいんですが。」

「ではこちらに!」

少女が彬智から荷物を受け取り、奥のフロントへと導いた。

「ミセツお嬢さん、何をしているんですか~!」

ベルボーイの青年が慌てて駆け寄って来た。

「遅い!大事なお客さまをお待たせしちゃダメじゃない。」

「すみません!」

少女とベルボーイのやり取りを見て、茉莉花はついほっこりと微笑んだ。

案内された最上階の部屋からは海が臨めた。彬智は荷を解くとベッドに腰を下ろした。茉莉花は窓を開け海風を浴びた。

「気持ち好いところね。今までなんで知らなかったのかしら!ここなら少し手を加えれば、もっと人気が出ると思う。そうだ、キョウと相談して、ウチのリゾート部門と交渉させよう!」

「こんなところに来てまで仕事の話?」

クスクスと笑う彬智を振り返り、茉莉花は慌てた。

「ごめんなさい、つい……」

「いいよ。マリが高塔の会社を大事にしているのは分かっている。」

立ち上がり、茉莉花に歩み寄り、彬智も窓辺で海風を感じた。

「キョウを頼りにしているんだね。」

「今では彼が高塔財閥の中心だもの。」

「今度のこと、アイツに相談した?」

すっと表情を無くし、茉莉花は唇を噛んだ。

「アキ、このことは誰にも言わないで。私とアキだけの秘密にして。」

彬智の胸に手を当て、額を押し付ける。震える手で彬智のシャツのボタンを外そうとした。だがその手を彼は留めた。

「もうするの?せっかく休みを取ったんだ。もっと時間を大切にしよう。」

「アキ……」

戸惑う茉莉花の手を取って、彬智はホテルの外に連れ出した。手を繋いで砂浜を歩く。夏の始めで人影はまばらだ。知り合いに逢いませんようにと狼狽える茉莉花を見て、彬智はわざと身体を抱き寄せる。

「俺たちって、周りからどう見えるのかな。恋人同士かな。」

「……やっぱり、不倫、関係……?」

すっと立ち止まり、彬智は茉莉花を抱きしめ頬に手を当てた。そして、ゆっくり唇を重ねる。

「今日は恋人同士でいよう。」

「アキ……」

柔らかな唇が何度も押し当てられた。背中を摩る彬智の仕草が優しい。散策を終えてレストランで夕食を取った。フルコースが素晴らしいと舌鼓を打つ茉莉花の笑顔を眺めながら、彬智はうっとりとワイングラスを傾けた。始終笑顔を絶やさない。まるで、本当に茉莉花を愛しているかのように……



部屋に戻ると、彬智は先に風呂に入ると着替えを持って浴室に消えた。

茉莉花はまた窓辺に立ち、夕闇に包まれた海を眺めた。ポツンポツンと街道の明かりが灯る暗闇から波の音が静かに繰り返し聞こえてくる。毎日の暮らしが嘘のようだ。本当に、彬智と恋をして、ここで二人で暮らしていけたらいいのに……

「マリもシャワーを浴びておいで。」

ハッとして振り返ると、濡れた頭をタオルで拭う彬智が彼女を見下ろしていた。慌てて茉莉花も着替えを掴み浴室へと駆け込む。

裸になって熱い湯を浴びる。胸がドキドキと高鳴っている。まるで初夜を迎えるみたい。少女のような自分に茉莉花はふと笑みを漏らす。

でも、私のしていることは、社会的には許されないことだ……だから、誰にも知られてはいけない。

髪を乾かし部屋に戻ると、彬智はソファーに座って寛いでいた。手にしたワイングラスをまた傾ける。

「マリも飲む?」

「うん、いただく。」

彬智は飲みさしのグラスをそのまま茉莉花に渡した。ほんのりと甘いワインが喉を滑り落ちる。

「アキ、ありがとう、私の我儘を聞いてくれて。でも、この関係は、子供が出来るまで。決して、アキの負担にはならない。」

「俺は構わないよ、マリの救いになるのなら、何人でも子供を作る。」

「いいの、一度きりで。」

彬智は無言でワイングラスを茉莉花の手から奪うと、サイドテーブルにカタンと置いた。

「私のこと、エリだと思って抱いていい。」

「マリはマリだよ。」

膝の上に茉莉花を引き寄せる。

「俺が出来ることは何でもする。キョウのように表だって力にはなれない。だけど、マリのためなら、マリが望むなら、何でもするよ。」

「アキ……アキ……」

彬智の首に縋りつき、茉莉花は唇を重ねた。部屋着の隙間に彬智の手のひらが滑り込んできた。つけていたブラジャーのホックを外し乳房にそっと唇を押し付ける。

薄い舌先が乳房の先端に絡みつき、その刺激に茉莉花は思わず声を上げた。

着ていた服をすべて剥ぎ取ると、彬智は茉莉花を抱え、そっとベッドに下ろした。

「前にマリが言っていたね……戻れるなら、エリが家を出て行った雪の日に戻りたいって。」

彬智は目を閉じた。長いまつげが開かれた時、アーモンド形の大きな目には涙が滲んでいた。

「俺は戻れるならあの日に戻りたい。梢子との結婚を承諾してしまったあの日に……そして、あの時の俺に言ってやりたい。本当に俺が望んでいたのが何なのか……マリを護るために何が正しかったのかを……」

「アキ……アキ……私を愛して。」

茉莉花は身体中を愛撫する彬智の柔らかな髪に指を絡め何度も喘いだ。繋がって突き上げられ何度も中で果てた。

「愛してる……アキ……」

彬智は優しく唇を合わせた。しかしその口から茉莉花の望む言葉が漏れることは無かった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...