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第24章 怒りの矛先

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梢子はふらふらと茉莉花に近づき、胸倉を掴むとグイグイと揺さぶった。

「あなたが見知らぬ男と関係を持つはずが無い!お腹の子供は彬智さんの子でしょ!本当のことを言いなさいよ!」

「違うわ。」

「じゃあ誰の子よぉっ!」

「あなたには関係無い。それに、この子は高塔家を護るために生まれてくるの。父親なんか誰でもいい。」

毅然と言い放つ茉莉花を突き飛ばすと梢子は呻いた。

「狡い女よね、あなたって。高塔家のためと言って彬智さんを誑かしたんだわ。」

「だからアキの子じゃない。いい加減にして。」

「あなたが彬智さんを愛していることなら知っている!お姉さんを理由にして彬智さんの心が他の女に向かないように縛り付けているのよ!」

「茉莉花……本当に、彬智の子じゃないのね?」

呆然と娘を見つめる母の藍咲の声は震えていた。

「お母さんの望み通り子供は作った。それから晃輔とも正式に離婚した。離婚前の子供だから、この子は晃輔の子供として戸籍に載る。晃輔も認知してくれた。それで、問題ないわよね?」

母の顔も見ずに言い放ち、茉莉花はくるりと背を向けずんずんと歩きドアノブに手を掛けた。背後から罵声が飛ぶ。

「こんなことをして赦されるはずがない!」

「私は誰の赦しも請わない。高塔家の次期当主としてするべきことをしたまでよ。」

立ち止まり振り返る。梢子はボロボロと涙を流しながらその美しい目を剥き広げ睨みつけていた。

「このままで済むと思わないで。」

怒りに震える梢子を見下ろし、茉莉花は自分の心が冷めていくのを感じた。



社長室を出て会議室に向かう。廊下の灯りがなぜか薄暗く感じた。足元が覚束ない。ふわふわと揺れているようだ。

梢子の言った通りだ。私は英梨花を理由に彬智を繋ぎとめている、彬智を他の女に奪われないために……

膨らみの目立つようになった腹をそっと撫でた。不意に幸せを感じる。この中に、彬智の子供が確かに宿っているのだ……

ああそうだ、もうこの子の存在を隠し続けなくていいのだ。これからは生まれて来るこの子の将来を考えよう。男の子だったら?女の子だったら?顔は彬智に似ているだろうか、彬従はあんなにそっくりなのだもの。

急に腕を掴まれ茉莉花は我に返った。

「どういうことだっ!」

見下ろす恭弥の目に怒りが宿っていた。

「織田から梢子が社長室に来ていると聞いた。マリが妊娠しているって、確認に来たそうだな!」

茉莉花は恭弥の後ろで狼狽える秘書の織田の存在をぼんやりと確認した。新入社員だが、穏やかな性格やそれでいてテキパキと段取り良く仕事をこなし、気配りのきくところが気に入り、自ら秘書室に異動させた青年だ。

「そうよ、私、妊娠したの。来年の夏前には生まれる予定。」

「誰の子だ!?」

「キョウには関係ないことよ。」

ぐいと握り締められた手をそっと解くと、茉莉花はそのまま社長補佐室に消えていった。



社屋を飛び出した恭弥はタクシーを捕まえ行先を告げた。これから逢いに行く男に連絡すると、彼は驚いたように恭弥の訪問を歓迎すると話した。一時間ほど車に揺られる間、恭弥の不在でてんてこ舞いの会社から次々とメールや電話が届いたが、恭弥は全て無視を決め込んだ。

やがて到着した大学の敷地で車を下り、法学部の校舎を目指した。準備室で待っているという彼の指示に従い、三階までの階段を一気に駆け上がる。廊下の奥から二番目のドアをドンと開けると、彬智が不思議そうな顔で出迎えた。

「キョウ、いきなり何?」

ハアハアと情けないほど息が上がり、恭弥は呼吸が整うまで彬智を見つめていた。

「梢子が、藍咲さまに、逢いに来た。マリが、妊娠していると、告げに。」

「……そうか。」

「知っていたのか?」

「マリに聞いた。」

目を伏せて、彬智はサーバーからコーヒーを注ぎ、恭弥の前に置いた。

「お前が父親なんだろ?」

「マリは何て言っていた?」

「何も言わない、俺にも、藍咲さまにも。」

「それなら、俺の口からは言わない。」

「アキ!」

恭弥は怒りに任せて彬智の胸元を捩じ上げた。

「マリに手を出したのか?アイツが高塔家の血筋を継続させるために焦っていたことを利用したのか?」

「俺は、何も言わないよ。」

恭弥の拳をそっと両手で包み込み、彬智は寂しそうに笑った。恭弥はその手を払いのけうつむいた。

「なんで……なんで、マリはお前を選んだんだ……」

「キョウのためだ。いや……お前と彩乃さんのためだ。」

「アイツを支えているのは……俺だ……っ!」

「分かっている……俺には、マリのために、こんなことしか出来ない。だから、キョウがマリを護ってやって。マリは、俺を突き放してばかりいるから……」

恭弥はクッと唇を噛み締め、背を向けると無言で部屋を後にした。

その背中を眺め、彬智は静かに吐息を漏らし長いまつげを合わせた。



その夜いつまでも帰らない夫を心配して彩乃は何度も携帯電話を見つめた。いつもなら遅くなる時は必ず詫びの電話なりメールなりが来るのだ。

祐都を寝かしつけ、リビングで主婦向けの雑誌を広げていると、玄関からドタンバタンと大きな物音がした。慌てて駆け付けると、恭弥が仰向けになって倒れていた。

「恭弥さん!どうしたの?」

だが彼は全く答えない。吐く息から酒の強烈な匂いがする。

「起きてください、恭弥さん。ここで寝たら風邪を引きますよ。」

ううっと唸るがビクともしない。大柄の恭弥を寝室まで運ぶには、彩乃は非力過ぎた。

「あ、あや……」

「はい、私なら、ここにいますよ。」

「すまない、あや……」

唐突にむくりと起き上がった恭弥は目を閉じたままふらりと立ち上がった。慌てて彩乃が脇に潜り込み身体を支えながら寝室へと向かう。

崩れるようにベッドに雪崩れ込む恭弥の服を何とか緩め、彩乃はふと不安に堕ちた。彼がこんなに乱れる理由がただ一つしか思い浮かばなかったからだ。



恭弥は毎晩のように飲み明かしては帰宅した。理由を尋ねても決して教えてはくれない。彩乃は更に不安を重ねた。

数日後、夕飯を済ませ、祐都とテレビドラマを眺めていた時だった。その日も恭弥はまだ帰宅せず連絡も無かった。

突然家の電話が鳴り響いた。もしや恭弥の身に何かが起きた?と慌てて彩乃は電話に飛びついた。

「はい。石月でございます。」

掛けてきた相手は一呼吸置いた。そして今までに聞いたことの無い低い声で話し始めた。

「お久しぶり、梢子です。恭弥さんはいらっしゃるかしら。」

「いえ、まだ帰ってきていないんですよ。恭弥さんに用ですか。」

「ええ、ちょっとお話があって……では携帯に連絡をしてみます。」

ツーツーと通話の途切れた音が聞こえた。

彩乃はすっと寒気を覚えた。なぜ、梢子が恭弥と連絡を取りたがるのだろう?わざわざ自宅に連絡して。



その日、恭弥は家に帰って来なかった。連絡すら無く、彩乃は不安なまま携帯電話を握りしめ眠れぬ夜を過ごした。



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