落ちる花(アルファポリス版)

みきかなた

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第25章 甘美な夜

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あの日から恭弥は毎日のように酒を飲み帰宅した。

彩乃に心配を掛けてしまうがそれでも飲まずに居られない。茉莉花と彬智の関係を許せない自分を未だ鎮められずにいる。素面で帰れば不自然な態度を聡い妻に見抜かれてしまいそうだ。

その夜も、仕事帰りに行き着けのホテルのバーカウンターで一人飲み明かしていると、甘い香りがし、隣りの席に女が座った。

「やっぱりここに居たのね。」

ハッと顔を上げると、やつれた顔の梢子が薄く笑みを浮かべていた。

「あなたの奥さまに聞いたらまだ帰っていないって言うから、多分ここじゃないかと思って。」

「アキのことならもう相談に乗れないよ。」

手元にあったグラスの酒を、恭弥は一気に飲み干した。

「愚痴を聞いてほしいんじゃないの。私もお酒が飲みたかっただけよ。」

梢子はバーテンダーにいつも注文するカクテルを頼んだ。

「家は空けていいのか?」

「あの家に居たくない……夫が隣りに住む女と浮気していたのも知らずにいたなんて……」

「アキもマリも否定している。」

「嘘に決まっている。あの二人が夜中こっそり逢っているのも何度も見かけたわ。あの、高塔の屋敷で……」

そんな決定的事実があるのか。グラスを持つ手に力が入る。おかわりを要求してつい濃い目にしてくれと頼んでしまった。

「酷い人たち……あの二人は、みんなを裏切ったのよ。親友である恭弥さんのことも。」

「俺は、何も……」

「だって、恭弥さんはマリさんが好きなんでしょ?」

ハッと横を向くと、梢子は真っ直ぐ前を向いたままカクテルに口を付けていた。

「俺には彩乃がいる。」

「そう、でも好きな気持ちはまだ持ち続けている。はたから見ていても良く分かるもの。私も、あなたも、愛する人に裏切られた同士だわ。」

寂しそうに笑う美しい顔が間近で揺らいだ。同じ気持ち……ぐいと心臓を潰されたように痛みを覚えた。

「飲んで忘れましょう。裏切った人のことなんか。」

梢子はそう言って、カクテルを煽った。恭弥もまたグラスを干すと追加を注文した。



いつもとは違うふわりと沈みこむ感触に我が家のベッドでは無いと恭弥は酔った意識のまま感じた。

「キョウ……」

柔らかく温かな湿り気が唇を覆う。甘やかな香りに心が揺らぐ。この香りは覚えがある。常日頃、自分を「キョウ」と呼ぶ女を思い起こさせた。

「私を抱いて、キョウ……」

唇を啄まれ、口を開くと細い舌が差し込まれ絡んできた。肉欲をそそる甘い誘惑に思わず唸り声を上げる。ネクタイを解き、ボタンを外され胸倉を細い指が這う。その指は躊躇うことなく腹に伸び、かちゃりとベルトが外されジッパーを下げられ中を弄られる。中のものはすでに固く起立していた。

「こんなに大きくなって……私が欲しいのね?」

女の吐息が昂って、それと共に柔らかな舌が彼の剛直に絡みつき、快楽を誘う。

「んっ……ふう……」

女は熱を込め恭弥を刺激する。どくどくと血流が集まり固さが加速する。自ら服を脱いで下着を剥ぎ取り、女は恭弥に跨った。そして、濡れた秘裂に彼を押し込み腰を振った。

されるがままの恭弥はぼんやりと女を見つめた。緩く巻かれた茶色の髪が、女が跳ねるたびにゆらゆら揺れた。恭弥が差し伸べた手を取り肌蹴た胸に押し付け乳房を揉みし抱かせる。甘い吐息に女が身悶える。

「キョウ……キョウ……ああっ!」

快感に震える女は仰け反り嬌声を上げた。

「ああ、愛して……もっと愛してキョウ……」

濡れた唇で何度も愛撫を受けると、恭弥は高みに誘われて女に覆いかぶさり、太ももを割り女の胎内を抉るように腰を叩きつけた。

「イイっ!あなたがイイっ!もっと、もっとしてぇ!」

夢なのか、これは……俺が抱いているのは茉莉花なのか……

恭弥は乞われるままに女を抱き、何度も中に精を放った。



明け方目覚めるとそこは見知らぬ部屋の中だった。だが見覚えがある。昨日飲み明かしたホテルの部屋のようだ。以前浮気相手と泊ったこともあるから記憶にある。

強烈な頭痛に襲われながらなんとか起き上がり辺りをうかがう。だが、部屋の中にいるのは自分一人だ。

「……梢子?」

思い出した。酔い潰れるまで梢子と一緒にいたのだ。ハッとして、恭弥は身体を弄った。上着は着たまま、ネクタイは緩んでいるが首に巻き付いたまま。ワイシャツのボタンは途中まで外れていたが、ズボンはきっちりと履いている。

ぐるぐるとうねる記憶は定まらない。昨夜のあの行為は夢だったのか?

ぞくりと身体が震えた。もし、夢で無ければ、俺が抱いたのは梢子のはず。なのに、こんなに何も無かったかのように、彼女がいなくなるだろうか。

「もしもし?」

恭弥は居ても立っても居られず電話を掛けた。

「あら恭弥さん、やっと目が覚めたのね?」

クスクスと悪戯っぽく笑う梢子の声は起きたばかりとは思えず鮮明だった。

「あの……昨日の夜は……」

「恭弥さんが酔い潰れてどうしようもなかったから、ホテルに置いて帰ったわよ。奥さまに怒られないといいわね。」

「何も、無かった、のか?」

「ふふ、自覚が無ければそうでしょ?それとも何かあったかしら?」

「いや、そんな……何もなければ、いいんだ……」

「おかしな人ね。」

じゃあねと言って、梢子はぷつりと電話を切った。恭弥は唖然として手の中の携帯電話を見つめた。



仕事先の大学に向かおうと車に乗り込んだ彬智は、携帯電話が着信を知らせているのに気付きすぐさま応答した。

「おはようございます、彬智さん。」

掛けてきたのは彩乃だった。

「おはよう、彩乃さん、珍しいね。」

「ええ、あの、今ご自宅ですか?」

「いえ、出勤途中。」

「ごめんなさい、お邪魔をして!」

狼狽える彩乃を不審に思い、彬智はなるべく優しい声で何かあったかと尋ねた。

「あの……奥さまに連絡を取りたかったのですけど……おうちにいらっしゃらなかったので。」

彩乃は知らないのか、自分と梢子が別居しているとは。

「実は、昨日の夜、梢子さんから電話があって、恭弥さんを借りるとおっしゃって……でも、恭弥さん、昨日から帰って来ないんです……」

しっかり者の彩乃がすっかり落ち込んでいる。彬智は息を飲んだ。

「梢子なら夜遅く家に帰ってきましたよ。ああ、彬従の相手でもして電話に出られないのかも。」

「そう……そうですよね。」

彩乃はそのあと何度も詫びて電話を切った。すぐさま彬智は目的地を変更し車を発進させた。

梢子は、自宅にいた。彬智を見ると薄ら笑いを浮かべた。

「珍しいわね、あなたが家に帰ってくるなんて。」

「恭弥に何をした。」

「え、昨日のこと?一緒にお酒を飲んだのよ。」

「それで、恭弥を朝まで引き留めて何をしていたんだ!」

「あなたと同じことをしただけよ。」

クスリと笑った梢子は抑えがきかなくなったのかケラケラと笑い転げた。

「恭弥を傷つけるなら、絶対に許さない!」

笑う梢子の胸元を締め上げ、彬智はにじり寄った。

「お父さん、止めて!」

ランドセルを背負ったままの彬従が玄関から飛び込んできて父の腕にしがみついた。

「彬従、昨日の夜、お前はどこにいた?」

「……高塔の家で、華音と、居ました。」

怯えた息子が小さな声で答える。それだけで答えは十分だ。彬智は締め上げていた梢子を突き放した。

「恭弥にも、彩乃さんにも手を出すな。あいつらを傷つけたら絶対に許さない!」

「そうね、あなたの親友ですもの。大事に大事にしたいわよね。」

冷めた笑い声を上げ続ける梢子を残し、彬智は車に飛び乗った。



三ヶ月後。

茉莉花は大きくなったお腹を抱え、隣り町の産婦人科を訪れた。経過は順調で我が子との対面を心待ちにしていた。

その病院は近隣でも有名で、多くの妊婦が待合室で順番を待っていた。茉莉花はベンチに腰掛け、手持ちの資料に目を通していた。

ふと目の前に誰かが立った。顔を上げ、愕然とした。

「あら、マリさんも今日診察だったのね。」

「……なぜ、あなたがここにいるの?」

「だって、私も妊娠したの。今年の暮れに生まれるわ。」

コロコロと梢子が笑った。

「誰の子なの?」

「彬智さんに決まっているでしょ!」

「そんなはずがない!」

「あら、あなたと同じでしょ?私の夫は彬智さんだもの。お腹の子供は彼の子よ。」

蔑むように目を細め、梢子は冷ややかな笑みを浮かべた。


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