雷のサンダー ある銀級魔法使いの冒険

珈琲党

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03 出立

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 思い立ったが吉日ということで、フッドが訪ねて来た翌日の朝には家を出ることを決めていた。

 少々無謀な気がするが、遠大な計画を立てても、そうそう上手く行きはしない。どうせどこかで狂いが出てくるものだ。だからごく単純な計画を立てた。

 砂漠を真っすぐ東に突っ切るのはさすがに無理だ。なので砂漠を迂回するような形で、砂漠との境界線付近にあるいくつかの町を経由し、東へ東へ少しずつ拠点を移していけば良いと考えた。
 時間は倍ほどかかるだろうが、その分失敗するリスクは低くなるだろう。


 無事に帰ってこれる保障はないので、借りていた家を空にして引き払った。家具は備え付けの物だったし、持ち物はもともと多くない。俺の持ち物は全てマジックポケットに収まった。なんと簡単なことだろう。

「あら、サンダーさん、今日はどうしたの?
 今月分のお家賃ならもう頂いてるわよね」

「大家さん、急ですまないんだけど、ちょっと長めの旅に出るんだ。
 いつ帰れるか分からないんで、とりあえず退去することにしたよ」

「あら、そうなの⁉ 残念だわぁ。
 サンダーさんみたいなキッチリした借主はなかなかいないのよねぇ……」

 大家は俺以前の借主のことをあれやこれやと愚痴りだす。この手の愚痴は長いので、ヒートアップする前にさっさと退散することにした。

「じゃぁ、俺はこれで失礼するよ」

「あ、お元気で、サンダーさん」

 フッドには何も言ってない。
 話をすると付いてきたがるだろうが、フッドは冒険者には珍しく妻子持ちだ。以前はダンジョン攻略専門だったが、子供が出来てからはごく近場で便利屋的な仕事しか受けていない。フッド本人も分かっているはずだ。もう命がけの冒険など出来ないということを。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺はいつもどこへ行くにも同じ格好で出かける。ごく普通の布の服にフード付きの上着に牛革のショートブーツ。分厚い帆布製の肩掛けカバン。今日も同じだ。

「よし忘れ物は……、あるわけないか、ハハハ」

 カバンの中身はいつも空だ。
 持ち物は全てマジックポケットに収納している。しかし、物を出すときに虚空からだとさすがに驚かれてしまう。逆も同様だ。だからいかにもカバンに入れるかのようにマジックポケットにしまったり。カバンから出すかのようにマジックポケットから出している。カバンは要は目くらましというわけだ。
 マジックポケットの能力は、分かる奴が見ると非常に有用な技なので、極力他人に知られないようにしている。悪用を強いられたり、ろくでもない奴が寄ってきたり、面倒なことが起こるに違いないからな。


 乗合馬車に乗る前に、市場に行って食料と飲み物を買い込んだ。硬くて丸い大きなパンとサラミのような加工肉と玉ねぎに似た野菜と、あとは水で割ったワイン。

 買った食材で一口大のサンドイッチをたくさん作った。オニオンサラミサンドとでもいうのかな。調味料は塩と粒マスタードと野菜を煮詰めて作ったソース。このサンドイッチは馬車の中で食べよう。なにしろわずかな休憩以外はずっと馬車に乗りっぱなしになるだろうから。
 味見に一つ食べてみた。

「しゃくしゃくもしゃもしゃ……。う~ん、食えなくはないが、いまいちかな。
 ソースの味がもうひとつか。旨味がないというか何か深みがないというか……。
 まぁ、贅沢を言っても仕方がない」
 
 作ったサンドイッチは一つずつマジックポケットにしまい込んだ。マジックポケットの良いところは、中に入れておくと食材が全く傷まないこと。
 それにどんなに俺が飛んだり跳ねたりでんぐり返ししたりしても、バラバラになったり混ざり合ったりしない。入れたときの状態でそのまま出てくるのだ。

 水で割ったワインには識別の魔法をかけて品質をチェックした。水が腐っていて前に死にかけたことがあって、俺はかなり神経質になっている。

「オーケー。食料と水は確保できた」


 準備が出来たので乗合馬車を探す。
 待合所には様々な馬車が並んでいた。悪質な業者も少なくはないので、慎重に選ばないといけない。うっかり変なのに乗ると、どこへ連れていかれるか分かったものではないのだ。身ぐるみはがされて荒野にポイ捨て、なんてことも当たり前にあるのがこの世界。平和な日本が懐かしくなるのはこういう時だ。

 旅慣れてそうな商人風の男がいたので、どの馬車に乗るのか様子をうかがう。彼は一見普通の馬車に乗ったが、運賃を徴収している奴の目つきがどうも気になる。客の持ち物や衣服にやたらと目が行っているように見えた。どうにも怪しい。この馬車に乗るのはやめておこう。

 あれこれ見てまわっていると、一台の馬車に気が付いた。この馬車だけ何か作りが違うようだ。他の馬車は車軸が直付けなのに、この馬車にはリーフスプリングのサスペンションが付いているのだった。
 俺は御者に声をかけてみた。
 
「この馬車はニールに行くのか?」

「ああそうだよ。運賃は5万ジェニーだ」

「えぇ⁉ ちょっと高すぎないか?」

「旦那、この馬車は最新式なんだぜ。乗り心地が他とは段違いなんだ」

「確かに馬車の作りが他と違うが、これは誰の発明だ?」

「俺は雇われだから良くは知らないが、
 こういう新しいのは東から入ってくるんだと。それでどうするんだい?」

「分かった。5万ジェニーだな」

 ずっと前に乗合馬車に乗ってひどい目にあったことがある。座席は木の板で休憩なんかろくになしでぶっ飛ばすのだ。サスペンションなんかついてないから、突き上げや振動はモロにケツや腰にくる。座席も狭くてぎちぎちだから身動きもできず、ほとんど丸一日ろくに眠れず食事もなしで、本当に参った。エコノミークラス症候群まっしぐらのその馬車を降りても数日は調子が悪かった。

 その苦い経験があったので、馬車の作りにも自然と目が行くのだった。
 さすがにこの馬車は高い運賃を取るだけあってフカフカのクッションが座席に敷かれていて、一人分の座席もゆったりしている。サスペンションが良い仕事をしているのか、馬車が走り出しても酷い揺れや振動はなかった。これならゆっくり眠ることもできそうだ。他の客も乗り心地に満足している様子だ。

 なるほど、5万ジェニーの価値はある。
 俺は座席に体をあずけて、ホッと息をついた。



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