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06 ネクロマンサーイチロウ
しおりを挟む俺たちの前には、木組みのこじんまりとした小屋が建っている。
古さは感じるがひどく朽ちているようすはなく、しっかりとした造りなのがうかがえた。
「大魔導師の住処っていうから、もっとおどろおどろしい感じかと思ったけどな
ぁ」
「そうね。上品なおばあちゃんが住んでそうな素敵な家ね」
玄関先にたまった落ち葉からするに、長らく人の出入りがないようだ。家には人の気配がなく、扉をノックしても応答がない。扉には鍵もかけられている。
「もう誰も住んでないのかもしれない」
「どうする?」
「む~ん、俺の勘ではこういう所に合鍵が……」
玄関前の敷物をサッとめくると、そこには鍵が隠されていた。
「おぉ! ラッキー」
「らっきぃ?」
「あぁいや、気にするな。たぶんこの鍵が使えるはず」
「イチロウって何でも良く知ってるよね」
「ハハハ、惚れた?」
「何よそれぇ」
見つけた鍵で扉を開ける。
ガチャリ、キィィ……。
「おぉっと!」
玄関を入ってすぐに置かれた安楽椅子に、誰かが座っていたのだった。
しかし、俺たちの侵入に気が付いた様子がない。
部屋全体にも、その人物にもホコリがうっすらと積もっている。
リサがキャッと短い悲鳴を上げた。
安楽椅子の人物は、もうすでにお亡くなりになっているようだった。
カサカサに干からびてミイラ化している。
「この人が大魔導師パウム?」
「たぶんそうだろうな」
『クロゼル、死霊がいないってことは、思い残すことなく成仏したのかな?』
『ふむ、死霊になる条件は私も良くは知らぬ。とはいえ、自宅の安楽椅子で平和に息を引き取ったのじゃ。死に方としては上等なほうだと思うがの』
『かもしれないなぁ』
リサが遺体が抱えていた本を目ざとく見つけて、中を開いている。
「う~ん、私には読めないや。イチロウはこれ読める?」
リサは行商人の娘なので一応の読み書きと計算ができるのだが、その本の文字は読めないらしい。
「どれどれ……。日記みたいだな。あのスケルトンの甲冑の文字と同じだよ」
俺は最後のページを開いて読み上げた。
王国歴二五八年二月十五日
もはや私の命は尽きようとしている。
私の術を継ぐ者はとうとう現われなんだ。
しかし、なんの心配もしておらん。
その者はいずれここにやって来る。
それは星に定められておるのだ。
私のしもべに導かれし者よ。
異国より来りてこの書を読む者よ。
星が定めし我が後継者よ!
汝に私の術を授けよう。
汝の前途に幸多からんことを。
パウム・エンドルフェン
「だってさ……」
俺はその日記をパタンと閉じた。
すると突然日記が強い光を放ち、日記を持つ左手を激しい痛みが襲った。
「うわぁぁぁ!」
「きゃぁ! イチロウ!」
手の甲に焼きごてを押し付けられたような灼熱感が走って、俺は床に転がる。実際、煙が立ち肉の焼けるにおいまでしてきた。
リサがとっさに、水代わりのワインを俺の左手にかけた。
ジュゥゥゥ……。
「くぅぅぅぅ、痛てぇ。なんだよこれ……」
俺の手の甲にはよく分からない紋様が刻まれてしまった。
「いたずらにしても洒落になってねぇだろ」
「だ、大丈夫?」
リサは心配そうに俺の袖につかまる。
『クロゼル、これって……』
『その日記自体に何かしらの魔術がかけられておったのじゃろう。条件が合致したときに発動する、一種の罠のような魔術じゃな。その魔導師、なかなかの手練れと思われるの、フフフ』
『笑ってる場合かよぉ』
『日記の内容を信じるなら、お主は何かを授かったのじゃろう? 喜ぶべきではないか』
『ぬぅ……』
「なぁリサ、王国歴二五八年ってどれくらい前なんだ?」
「えぇっ、え~、今が新暦十五年だから……、だいたい三十年くらい前かな」
「三十年越しのいたずらかよ、まったく……」
「まだ痛む?」
「いや、もう大丈夫だ。でもこれは消えないだろうな」
俺は見慣れない紋様が刻まれてしまった左手をなでる。
問題の日記を床に置いて、つま先でパタパタ開いたり閉じたりしてみたが、特に何も起こらなかった。一回きりの現象だったのだろう。
意を決して読んでみたが、他のページは何の変哲もない普通の日記だった。
「この人をこのままにしておくのもなんだな」
「そうねぇ……」
スケルトンどもに命じて敷地の片隅に穴を掘らせて、日記と一緒に大魔導師パウムを弔ってやった。土を盛り、適当な石を墓石代わりにする。
「何を授けてくれてのか分からんが、一応受け取ったぞ。安らかに眠ってくれ」
「ずっとイチロウを待ってたんだね。なんだかロマンチックな話ねぇ」
「勘弁してくれよ……」
日が完全に落ちる前に焚き木を集めて小屋に戻った。
「夕飯の支度をしようぜ。井戸がまだ使えるみたいで助かったな」
「うん。これで温かいスープが飲めるね」
「あぁ、暖炉も使えるみたいだし、暖かい部屋で夜露に濡れずに眠れるぞ」
「すごい贅沢!」
飯を食って人心地ついた俺たちは、暖炉の近くに毛布を敷いて横になった。
夜遅くまであれこれとくだらない話をして、気が付がついたら眠っていたのだった。
長い長い夢を見ていた。
夢の中で、すごく親しい誰かから、何か重要なことを教わっていた。
この世のことわりのひとかけら。
一言一句が全て腑に落ちる、そんな感覚だった。
目が覚めると、誰に教わっていたのかは忘れてしまったが、何を教わったのかはしっかり覚えていた。
俺は死霊魔術師 ―― ネクロマンサーとしての知識を授かったらしい。
「えぇ!? どういうこと?」
「スケルトンどもの操り方も分かるし、作り方も知ってる。奴らがどういう理屈で動いているかも説明できるが、専門的過ぎるからお前に話しても無駄だなぁ」
「何よ、偉そうに!」
「まぁ聞けよ。あいつらはちょっと見た目は悪いが、不眠不休で文句も言わずに働いてくれるんだぞ。それも対価なしでな。お前も商人の端くれなら、この凄さが分かるだろ?」
「そうねぇ、たしかに凄いかも……」
「ちょっとずつなら数も増やせるしな。ゾンビも一応作れるんだぜ」
「ゾンビはちょっと嫌だなぁ。気持ち悪いし臭いから」
「まぁゾンビはともかく、完全に言うことをきく部下が出来たってことだからな。ちょっとぐらい偉そうにしてもいいだろ?」
「むぅ……」
「それはともかく朝飯にしようぜ」
小屋の中を漁ったが、やはり備蓄されていた食料は全滅していた。そりゃぁ三十年もほったらかしだから仕方ない。なので食料は自前の物を使うことになる。いつもの通り干し肉と野菜入りのスープと硬いパンだ。
「ねぇ、どうせならここに住まない?」
唐突にリサが言った。
「お前は村に帰らなくてもいいのかよ」
「いいよ。家に帰っても独りぼっちだし。独りでどうやって生きて行けばいいのか……」
リサが涙ぐむ。
「……よしわかった! ここで暮らそう。当面の金もあるし、何とかなるだろ」
「やったー!」
もうニコニコしている。
気持ちの切り替えの早さに俺は感心した。
『さてさて、どうなることやら……』
『別にいいじゃん。放り出すわけにもいかないし』
『フフフ……、退屈はしなさそうじゃな』
「さぁ、そうと決まれば掃除だな。三十年分のホコリをはらって快適な住処にしようぜ」
「うん!」
敷地内の掃除はスケルトン五体にやらせる。残りの五体は周囲の警戒。
俺たちは屋内の掃除を始めた。
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