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56 記憶を掘り起す
しおりを挟むある日のこと。
『クロゼルは俺の記憶が読めるんだろ?』
『うむ。ただし、自由自在というわけではないのじゃ。
意識の表層に近いものはたやすいが、深層に沈んだものは上手くは読めぬ。
お主の協力があれば、何とかなるかもしれんがの……』
『例えばさ、ケチャップのレシピなんかはどうだ?
細かいことは覚えてないけど、記憶のどこかにはあるはずなんだよ』
ネットで料理を淡々と作る動画とか、結構好きで見ていたのだ。
ケチャップとかの調味料の作り方も、どこかで一度は見ていると思う。
クロゼルの能力を使えば、正確な情報を取り出せるかもしれない。
『なるほど、埋もれてしまった記憶を役立てようということじゃな?
では、イチロウ。そのケチャップのことを何でも良いから頭に浮かべるのじゃ。
色、味、匂い、舌触り……。それを使った料理のことでも良い』
『そうか、やってみる』
鶏の唐揚げやオムライスやホットドッグ、コロッケなんかを思い浮かべた。
あぁそうだ、今度コロッケも作ってみようかな。芋は余ってるし。
衣はトンカツと同じで、中身はつぶした芋とミンチ肉だったよな……。
『これ、今はコロッケのことは忘れるのじゃ』
『あぁ、すまんすまん』
『ふぅむ……。見つけたぞ。
材料は、トマト、玉ねぎ、にんにく、鷹の爪、砂糖、塩、コショウ、酢……。
湯むきしたトマトをざく切りにして、細かく刻んだ玉ねぎ、にんにくとともに……』
『おぉ、それだ! ちょっと待ってくれ』
俺はあわててメモを取った。
やっぱり、記憶そのものは脳みそのどこかに入ってるんだ。思い出せなくなったとしても、記憶そのものが消えてなくなったわけではない、ってどこかで聞いた覚えがある。
『ありがとう。これで俺たちの食の質がさらに向上するはずだ。
というか、他の情報ももっといろいろ取り出せるよな……。
あ! 陶器作りの時に思いついてたら、もっと楽が出来たのか!』
『フフフ……、何ごとも修行じゃからな。
それに、お主の頭の中にないものはどうしようもないからの』
その後、マヨネーズやいくつかの料理のレシピを手に入れることができた。
『食べ物の作り方ばかりではないか……』
『俺は豊かで快適な生活を目指してるんだ。
食は生活の根幹だからな』
それにあまり高度なものは、作り方が分かったとしても作れないしな。
いきなりパソコンとか無理だし、仮に作れてもこの世界では無用の長物だし。
簡単に手作りできて、すぐに利益を享受できるものといえば、食べ物ぐらいしか思いつかない。身の回りのちょっとした道具なら、何かあるかもしれないが……。
それから数日後。
俺は手を真っ黒にしながら、炭を混ぜた粘土をこねていた。
「イチロウ、何作ってるの?」
「鉛筆の芯」
普通の紙は高価であるものの、それなりに流通している。
百枚くらいの束で銀貨五枚とかだ。
庶民には無用だが、貴族や商人が書類や手紙を書くのに使うのだ。
俺も帳簿をつけたり、日記的なものを書くのに使っている。
ちなみに公文書などの重要な書類には、普通の紙ではなく羊皮紙が使われている。
それで、筆記用具は基本的に羽ペンとインクだけだ。
慣れれば普通に使えるのだが、いろいろと気をつかうし結構面倒なのだ。
思いついたときにササっと書いたりするのには向かない。
ボールペンやマジックなんかは当然ない。
かといって、それらを自分で手作りするのはちょっと無理だしなぁ。
それで気楽に使える筆記用具って、何か他になかったかなと考えた。
鉛筆なら単純なつくりだし、何とかなるんじゃないだろうかと思ったわけだ。
作り方は例によって、クロゼルに頭の中から掘り起こしてもらった。
俺自身は鉛筆の作り方なんか見聞きしたおぼえすらなかったから、その記憶が見つかった時にはちょっとビックリしたのだった。
「えんぴつ? ナニそれ?」
「簡単に使えるペンみたいなものだよ」
「ふぅん」
リサはあまりピンと来てない様子だ。
「まぁ、この状態からは想像できんと思う」
それから何度も失敗しながらも、細長く成形した芯を焼き上げた。
出来上がった芯を、溝を彫った二本の木の棒ではさみこんでニカワで接着。
一応形にすることができた。
出来上がった鉛筆の先を削って使える状態にする。
「ほら、こうやって使うんだよ」
俺は紙にサラサラと落書きをして見せる。
「わぁ! ちょっと貸して」
リサも紙にあれこれ書き込んで、鉛筆の使いやすさに感心している。
「ありゃ、折れちゃった……」
「芯が折れたりチビたりしたら、また先を削って使うんだ」
「なるほどぉ!
これもっと沢山作ろうよ。作り方教えて!」
「よし、分かった」
やはり、こういった工作はリサの方が上手い。
俺も工作は嫌いじゃないが、リサには全然かなわないのだ。
何か特別な才能なのか、特殊な魔法なのか、そのへんは分からないが。
ちょっとコツを教えてやると、俺が最初に作ったものよりも、はるかに出来の良い鉛筆を簡単に作ってしまった。
興が乗ったリサは、手下のスケルトンたちを使って鉛筆を百本ほど作った。
「エヘヘ、作りすぎちゃった」
「……まぁ、沢山あって困るようなものじゃないけどな」
「これ売れると思うよ」
「だろうな。けど、これ以上商売を広げるのはな……」
正直言って面倒くさい。
鉛筆を作ってちまちま売っても利益は知れてるだろうし。
そもそも金はもう十分にあるのだ。こまごました仕事に時間を奪われたくない。
「行商人たちに作り方を教えて、あとは連中に任せようかと思う」
「ただで教えるの?」
リサは不満顔だ。
「そうだなぁ、全く金を取らないと不審がられるか……。
銀貨五枚くらいでどうかな」
「えぇ~! 安すぎるよ」
「あぁ、俺もそう思う。上手いことやれば大儲けできる知識だからな。
でも、俺たちには金はもう十分にあるだろ?
砂糖も酒も陶器も、この先まだまだ売れるだろうし。
だからこれ以上金ばっかり儲けてもつまらないんだよ」
「う~ん、なんとなくは分かる」
「この鉛筆の作り方を行商人たちに教えるとするだろ?
そしたら、あっちでもこっちでも鉛筆を作り始めるわけだ。
そこらじゅうで作ってるからあんまり高くも売れないし、質の低いものも売れない。
しばらくしたら、安くて良いものしか売れなくなるんだよ。
俺たちはただ見てるだけで、質の高い鉛筆を楽に手に入れることができるようになる」
「えぇ、でもそれって、ずっと先の話じゃない?」
「いや、鉛筆程度なら、街の職人だってすぐに作れるようなるだろ?
だから、あっという間に競争が始まるよ。一、二年ってとこじゃないかな」
「なるほどぉ……」
リサにもだいぶ見えてきた様子だ。
「でも、それだと砂糖やお酒もいつかは売れなくなるわね」
「うん、原理的にはそうだよ。
でも、そんな簡単には真似ができるとは思えない」
代替手段はあるが、それなりの設備なりコストなりがかかるし、あの品質のものを今の値段で出すのは結構難しいと思う。リサの魔法あってこそのチート商品だからな。
「それに、ものが売れなくなっても、俺たちにはスケルトンやゴーレムたちがいる。
まだまだ何とでもやっていけるから全然心配ないよ」
「そっかー。そうだよね」
「さぁ、そろそろ晩飯にしようぜ。今日はコロッケが良いな。
ケチャップもマヨネーズも作ってあるしな」
「いいねぇ! じゃぁ、鶏の唐揚げも一緒に作ろう!」
「鹿肉もまだまだあるし、野菜もあるし、じゃんじゃん揚げていこうぜ」
「うん、わかった!」
揚げ物の良い香りが充満したころ。
「むにゃぁ……。朝御飯はまだなの?」
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ともかく、俺たち三人は揚げたてのコロッケと唐揚げを堪能したのだった。
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