5 / 13
潮風のキャラメル
吐露、奮起…
しおりを挟む私の通っている高校は、私立であるため施設が充実している。
実のところ、私の所属している水泳部は、それなりに活躍しているのだ。
それは公立の高校とは違い、屋内プールが設置されていて、年中期間を問わず練習することが出来るからだろう。
夏場の授業で使われるのは屋外のプールだが、地区大会の会場は屋外のプールで行われることの方が多いので、それに慣れる為にも暖かくなって来たら屋外のプールで練習を始めるのが伝統になっていた。
屋外のプールで練習を始める時に、大会出場のメンバーを発表されるのだが、そこで私の名前が出て、今のこの状態になっている。
そう、私が学校に行きたくない理由、それは部活が嫌だからである。
しかし、部活は今無期限の休みを貰っていて、行かなくて良い。
それでも、クラスに同じ部活の人は居るし、学校に居れば先輩達とも鉢合わせて仕舞う事もある。
何より、自殺未遂を疑われているので気まずい。
私が今まで友達だと思っていた、部活の違う人達も、先輩同士で繋がりがあって、先輩の目が怖いからと、私から距離を置いた。
先輩達も、友達も、あの時私の名前が呼ばれるまでは良くしてくれていた。
掌を返されたら、一人になるまでなんて一瞬だった。
でも、そんな事を相談できる相手なんか居なくて、高い入学金や教材費などを払ってくれてる父には話せないし、母はいつも私を凄く気にしてくれてて、こんな事を話したら、きっと私よりも心を傷めてしまうだろう、だから、話せなかった。
中学の時に仲が良かった友達は、高校に入ってからほぼ連絡を取っていない。
そんな相手を頼ることなんて、私にはできなかった。
何も知らない、関係の無い彼に、話すのも気が引けた。
しかし、彼なら聞いてくれる、根拠がなくとてもあやふやではあるが、そんな気がした。
だから、私の頭の中でまとまっていないままの、ぐちゃぐちゃな愚痴を彼に零した。
彼は黙って聞いてくれている。
「聞いてくれてありがとう、ごめんね、こんな話して」
一通り話したいことを話し終えたら、スッキリしたので、彼にお礼を言う。
「君の中の蟠りが少しでも解消されたのなら良かったよ」
彼はそう言って、目線を私から海へと逸らす。
「君はさ、何も悪いことしてないんだから、堂々として良いんだよ」
彼は、余計な事を言うかもだけど、と続けた
「高校生でいる間、学生でいる間は、たった一、二年間の差が凄く大きく感じて、センパイなんて生き物が、逆らったら生きていけないくらい偉大で、怖く感じると思う」
彼は、ゆるく足をぶらつかせてながら言葉を続ける。
「でも…でもね、所詮は高校生で、学生で、せいぜい二つしか違わないんだ、だから、今君にしている事以上のことは何も出来っこないよ、堂々としてれば尚更ね」
彼は悪戯っぽく笑う。
「それと、お父さんとお母さんには、話してあげて欲しいな」
今度は困ったように笑う。
ここで、私は彼が傷つけないように、嫌な思いをさせないように、とても慎重に言葉を選んでくれていることに気がついた。
「君の中に、ご両親に話したら、学校や先輩達に話をしに行きそうで怖い気持ちもあるんだと思う、それをされたら、それこそ本当に、友達とも元に戻れなくなって仕舞いそうだもんね」
図星だった。
「それならね、全部話をした後に一言"私がどうしようも無くなって、耐えられなくなった時、頼るから、その時に助けて、それまで見守ってて"って言っちゃえば良いんだよ」
彼は小さく、難しいだろうけど…と最後に付け加えた。
彼の言った通り、私にとってそれは本当に難しい、でも、それが一番楽になるのも確かだ。
「大丈夫、君は何も悪いことしてないんだから、堂々として、どうしてもダメになった時は大人がどうにかしてくれるから、君のご両親なら絶対助けてくれるから」
私の望んでいた答えとは少し違うが、それでも彼の言っていることは間違いでは無い、と思う。
善は急げと言うので、今夜父と母に全てを話すことを決めた。
彼に話して、背中を押して貰って、この勢いに任せて動いてしまわない限り、私はこのまま登校せず、学校ごとやめてしまうだろう、それは私の本意ではない。
「ありがとう、二人には今日話しをしてみる」
彼は、頑張ってと言ってくれた。
「私、学校からも部活からも、先輩達からも逃げない、負けない」
自分自身を奮い立たせる為にも、彼にそう告げた。
「うん、応援してる」
彼との会話が再び途切れる。
今度の沈黙は、重苦しさのない、心地の良い静けさだったので、両親に話す為に、私の頭の中できちんと整理をする事にした。
彼と海の中で出会ってから二週間が経過し、すっかり真夏に成り果てた。
それでも私達の今居る場所は涼しく静かなので、考え事をするのには最適である。
「そろそろ帰ろう」
彼の声で私は、目の前に広がる海が夕焼けに染まっている事に気が付いた。
「言いたい事は、まとまった?」
私が思考を巡らせている間、彼はずっと何処にも行かず、傍に居てくれたのだ。
申し訳なさも感じてはいるが、的確な表現の難しい、嬉しい時のような心地の良い感覚が胸に広がっている。
夕日を反射させる水面をボンヤリと眺めながら、私は彼に答えた。
「言いたいことはまとまった…と、思う」
「まだ不安だし、帰りたくないけど、今日話さなかったらきっと、二度と話せないと思う」
「君のご両親なら、ちゃんと話し聞いてくれるよ、大丈夫」
だから…と続けようとした時、彼が優しくそう言った。
「ありがとう、私…頑張る」
その言葉に彼は、笑顔のまま黙って頷き、
「じゃあ、また明日」
彼がそう言って立ち上がった気配がする。
「明日は」
ちゃんと学校に行って、放課後貴方に会いに来る…そう続けようとしたが、その言葉は私の名前を呼ぶ声に遮られた。
「まどか…?」
彼と私以外の人が来ることは無いと思っていたこの場所で、聞き慣れた声は波の音に掻き消されることも無く、私の耳まで届いた。
姿を見ずとも分かる、この声の主は、母だ。
学校をサボった事と、今日話すと決めたので、すごく気まずい。
しかし、少しでもいつも通りを装いたくて、母と向かい合う。
母の両手には、商店街にある肉屋さんと、八百屋さん、近所のスーパーの袋を左手に纏めて下げており、その上トイレットペーパーの十二個入りパックを右脇に抱えている。
どうやら母は、夕飯の買い出しに行った帰りのようだ。
「惑華、一人でこんな所にいて…もしも落ちたりしたらどうするの?危ないでしょう」
その言葉を聞き、私は彼の方を見る、すると彼はもう、そこには居ない。
「さっきまで……友達が一緒だったから大丈夫だよ」
この場所は、道路から見えない。
それなのに何故母は私に気がついたのか…
それと、彼はいつの間に帰ってしまったのだろうか…という疑問と、知られてはいけない秘密を知られてしまったような感覚、彼にちゃんと挨拶を出来なかった後悔…
そして、母の左手に下げられた八百屋さんの袋から覗いている長ネギとニラ…そして、スーパーの袋から透けて見えているキムチ鍋の元。
これらの事から察するに、肉屋さんの袋の中身は豚肉だろう。
それに、スーパーの袋の底面が角ばっているので、豆腐も買ってあるようだ。
夏真っ盛りの、今夜の我が家の夕飯が、鍋だと言う衝撃の事実に対する動揺によって、私は「荷物一つ持つよ」と声を絞り出すのが精一杯だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる