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11 アリス・ツェルーク・ラティアーナ

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偉大なる我が主よ。

我が剣に宿りし力と精霊の名を持って

ここに新たな剣士を生み出す。

新たな剣士は我の力を受け継ぎ精霊と化す。

さあ立ち上がれ

お前の物語は今はじまったのだ。














この声は人でも生き物でもない、アリスのもつ長剣から発せられたものだった。長剣の言葉が終わると同時にアリスの身に変化がおきた。肩より少し長めの髪の毛の色が銀髪へと変わり、両耳の後ろからは羽のようなふわふわしたものが生えてきた。そしていつの間にか首からは透き通る水色の水晶が先端についたネックレスが下がっていた。ネックレスについた水晶は強い輝きを放っている。まるで洞窟の中で見たあの光源のようだ。光はアリスの体の変化が止まると共に水晶へと凝縮され、やがて消えた。
しかし水晶はこの世界にある僅かな光を跳ね返し、先程とは違う様子でキラキラと光り輝いている。
アリスは自分の身におこった謎の変化などは全く気に止めていなかった。ただ、不思議に思ったことがある。落ち着いているのだ。あれほど乱れていた心がまるで嘘だったかのように。冷静を保っている今なら、今の自分なら。やれる。目の前にいる魔物を倒せる。根拠などは要らなかった。ただ、不思議とそう思えてきたのだ。アリスは深呼吸を1度して、長剣を抜き、構えた。助走をつけるべく足に力を入れ、全力で魔物へかけていった。 魔物であるゴブリンはすぐさまアリスに気づき、鋭い目をギョロギョロさせながら手に持っている斧を振り回し、こちらへ向かってきた。アリスは冷静な判断のもと、斧を避けるのではなく、斧の間合いに入ってしまう前に斧を持っている側のゴブリンの手を腕ごと斬り飛ばした。その瞬間ゴブリンの動きは止まり、鈍いうめき声と血しぶきの音、鉄の匂いが充満した。アリスはその隙を見逃すことなく、続いて反対の腕、片足を斬り飛ばし、胸に深傷を負わせ、充分痛みと恐怖を植え付けてから首を落とした。ばしゃり、と血溜まりの中にゴブリンの体の切断された部分が落ちた。アリスは血しぶきを華麗にかわし、返り血にあうことなく、1体のゴブリンを倒した。人生で初めて生き物を殺した。それもとても残酷でグロテスクな殺し方で。アリスは自分のした事への恐怖を感じたが、今は怯えている場合などではない。ゴブリンの血の匂いに誘われてやってきたほかのゴブリン達の相手をしなければならない。数は20匹ほどだろうか。一気にアリスへと飛びかかってきたゴブリン達の急所を確実に一撃で仕留め、あっという間に全てのゴブリンを倒した。アリスは剣を軽くひと振りし、剣に付いていた血を落とし、剣を鞘に収めた。
ふぅ、と一息つき後ろを振り返る。無残に殺されたゴブリン達の姿と血の匂いがそこにはあった。自分は生き物を大切にする、決して傷つけたりはしないとそう思っていたのに。...しかし。この魔物達は例外である。自分が、私が本当に傷つけたくないものは人であり、動物である。どう間違えてもほかの生き物を理由もなしに傷つける魔物などではない。だから、だからアリスは魔物を倒せたのである。そして、今手に持っているこの長剣。これこそがアリスに力を与えたのである。長剣は精霊の力をアリスに受け継がせると言っていた。そしてその長剣に宿っていた魔力は今、ネックレスについている水晶の中にある。アリスにはそれがわかったのだ。そしてもう一つわかったこと。それはアリスの体が変化したときから、アリスはもう、普通の人間ではなくなってしまったという事だ。今や頭の中にはたくさんの魔法の術式が浮かぶ様になっている。これもきっと長剣にやどったいた精霊のせいであろう。つまり、アリスは人間でありながら精霊である、そんな存在になってしまったのである。もう人間ではない。そう思うことはとても悲しいことではあるが、反対に精霊の知識と力を身につけ、強くなることができたのだ。アリスはそう思い、もう1度自分が殺してしまったゴブリン達を見つめた。そして誰に言うわけでもなく、何を考えたわけでもなく、アリスは新しい自分の名を、精霊名を口にした。


"アリス・ツェルーク・ラティアーナ"

と。
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