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事件の顛末

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 私たちは、セディの転移で公爵邸に戻りました。

「シャーロットお嬢様。ご無事でよかったです。」

「お帰りなさいませ。心配致しておりました」

 館で働いている人たちが、私を見ると、口々にそんなことを言いながら、暖かく迎えてくれるので、嬉しいやら心配をかけた申し訳なさやらで、とうとう大泣きしてしまいました。

「ありがとう。……。ごめんなさい……。ありがとう」
 そればっかりを繰りかえして、わんわん泣く私を、みんなにこにこしながら見守ってくれます。

「先に湯あみをして着替えますよ。ロッテ様。皆さま朝食をお待ちになっていらっしゃいますからね」
 ベッキーに言われて、私は大慌てで準備しました。

 さすがにこの麻服と、泣きはらした顔でお父さまやお母さまにお会いすることはできませんからね。

 朝食に降りていくとお父さま、お母さまだけでなく、お兄さまやお姉さまもいらしていました。
 なんでも昨夜から私を心配して泊まって下さっていたとか。
 本当に申し訳ありません。

「ロッテ、君の好きなものを取り分けておいたよ。さぁこっちに座って」

 一晩中寝ないで繊細な術式を駆使して疲れている筈のセディが、せっせと私の世話を焼き、それを皆さん冷たい目でみています。

「お父さま、お母さま、お兄さま、お姉さま。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。家を飛び出す前に皆さま方に相談するべきでした」

 そう言って頭を下げれば、みんな暖かく許して下さいました。

「本当にねぇ。今度セディに虐められたらすぐに言うんですよ。私がしっかりと締め上げて差し上げますからね」
 お姉さまは冗談とは思えない口調で仰います。

「そうだねぇ。私としても弟がこれほどの馬鹿だとは、思わなかったよ。ロッテ。こんな奴の婚約なら破棄してもいいんだよ。私がもっといい男を探してあげるからね」

「兄上、もう勘弁してください!」

 お兄さまのまさかの婚約破棄発言にセディは悲鳴をあげますし、お母さまからもクレームがつきました。

「エル、それではロッテを娘にできないじゃない。この馬鹿は兄であるあなたがしごいておやりなさい。婚約破棄はなしよ。ねっロッテ」

 お母さまがおっしゃったので、私はこくこくと頷きました。
 なんだか食卓にブリザードが吹き荒れていて、淑女としての品位を保つ余裕がありません。

「もういいだろう。終わったことだ。ロッテは戻ってきたし、セディも十分に反省したことだしな」

 お父さまがそうおっしゃって、やっと平穏モードに戻ります。


「では、次の問題はナオのことですね」
 と、お兄さまが切り出しました。

「そうねぇ。けれどナオをこちらに呼んだ責任もあります。離宮やカフェはこちらから差し上げたものですしねぇ」
 お母さまが頭が痛いという顔をしています。

「しかしアレが敷地内をうろつくのは目障りだな。エル、いくら払ってもよい。離宮とカフェをアレから買い戻せ。そのうえで追い出せばよかろう。こちらの責任としてはそれで十分だ。クレメンタイン公爵家は、今後一切アレとの関係を絶つと周知させろ」

 ナオは離宮とカフェを失い公爵家の後ろ盾を失いました。リリアナも絶縁宣言を出すでしょうからナオは社交界から完全に締め出されてしまったことになります。

「ロビンは猶子を破棄するのかしら?」
 お姉さまの質問に、セディが自信なげに答えました。

「ロビンとしては異界の姫である以上他国に取られるのを警戒しているようです。異界渡りの姫には、なんらかの加護があるというのが常識ですからね。猶子を破棄するかどうかまでは聞いていませんが、王都におくのはまずいだろうから自領に引き取ろうかとの打診を受けています」

「異界の姫か。面倒なことだな。あれはトラブルメーカーだ。常に被害者を装って周囲に不幸をばらまく性質だろう。あるかどうかわからない加護と相殺しても、益があるようには思えない。ナオから手をひくように、私からロビンに話てみよう」

 お兄さまはそうおっしゃいましたけれど、何か忘れてはいませんか?
「あのう。アンバー公子はずいぶんナオと仲がよろしいようですが……」

 途端にみなさんが酸っぱいものでも飲んだような顔になりました。

「アンバーの奴め。毎度毎度やらかしてくれる。仕方ありません。先ずは離宮とカフェを買い取って、クレメンタイン家から正式にナオを追い出します。それでナオの取り巻きは散ってしまうでしょう。あとは様子見ですね。大人しくするならよし、そうでなければ……」

 お兄さま、とってもこわいんですけれど。
 私がナオなら、お金をもらったら田舎に引っ込みますね。
 怖すぎます。

「それでお兄さま、よろしければカフェは私に購入させてもらえませんか? 私のお金もけっこう貯まっていますし、足りなければ私の利権をうってもよろしいので」

「ロッテ、カフェが欲しいなら、わしからプレゼントしよう。婚約祝いだ。しかしなぜカフエなんぞ欲しがるのかね」

 お父さまって恐ろしいほど太っ腹ですねぇ。

「ありがとうございます。ナオはともかく、アリスやカムイたちは喫茶店を本当に大事に思っていたんです。私が買い取ったら、カムイを店長にするつもりなんです。テナント料として売上の10%を貰います。そうすれば売上が少ない時でも、なんとかやっていけるでしょうし、売上が上がれば私も潤います」

「家賃込みで10%というのは破格の条件だなぁ。お人よしめ。まぁいいだろう。その線で交渉してこよう」
 

 私の前には緊張した様子のカムイ・アリス・シリル・ソルがいます。
 ナオは市場価格の3倍もの金額を吹っ掛けてきましたが、公爵家は言い値で離宮とカフエを買い取りました。

「これだけあれば、こんな貧乏くさいカフェじゃなく、素晴らしいサロンが作れるわ。欲しければくれてやるわよ。人を誘拐しておいて、おんぼろ離れに押し込む鬼畜とお別れ出来てせいせいする」

 それがナオの捨て台詞でした。

 カムイは悩んだ末に自分の店を持つという夢を実現するためにナオと分かれてカフェに残りました。
 独立を期にアリスと結婚するんですよ。

 シリルとソルはナオから捨てられてしまったんです。
 ナオの経営するサロンには、壁外の住民みたいな下賤なものでなく、出自の正しい人だけが働けるそうです。

 私たちの目の前にはカフェのフランチャイズ契約書があります。

「本当にいいんですか。今までかかった費用や、王立図書館の立地、エレベーターの保守費用を考えれば10%は安すぎますよ」
 
 カムイはしっかりと収益計算が出来ているようです。
 ですよねぇ。
 エレベーターの保守管理までこちらもちなら、25%請求されても嫌とはいえないところですもの。

「うーん。とっても嫌な言い方をすれば、お金には困っていないのよ。それよりもカムイのコーヒーやアリスのアップルパイを王都の人や壁外の人に気楽に食べてもらいたいの」

「はい、オーナーの意向を踏まえて、月に1度の図書館休館日に壁外住民だけが利用できる感謝イベントを開催するつもりです。あらかじめ当日限定のチケットを300枚配布しておいてね。チケットがあれば門も通れますし」

「その日はコーヒーとアップルパイのセットが1銅貨で食べられるようにするのよ」
 アリスもにこにこして付け加えます。

「いやだなぁ。この書類にサインしたんだから、カフェのオーナーはカムイですよ。しっかり稼いで私を儲けさせて下さいね。お願いしますよ。オーナー」
 私がおどけると、皆はどっと笑いました。

 冗談抜きにオーナは大変です。
 シリルとソルの給料を払わないといけないし、ナオの悪評が広まったので、『ライブラリーカフェ』は苦しいスタートなのですから。


 そしてナオですが、どうやらロビン辺境伯から、ナオが王都を離れてプレシュス辺境領に来るなら猶子として後ろ盾を続けるが、そうでなければ猶子を取り消すと迫られたようです。

 頼りのアンバー公子がマクギネス公爵領に押し込められてしまいましたので、ナオのサロン計画は頓挫してしまいました。

 社交界から締め出されているナオにサロン開設は不可能だったのです。
 あれほどナオを賛美していた取り巻きたちも潮がひくようにいなくなってしまったので、ナオは渋々プレシュス領に行きました。

 ナオを持ち上げて貴族の真似事をしていた人々は、それを成り上がりのさもしさだと笑いものにされてしまって、しばらくは表を歩けない有り様です。

 アンバー公子は領地経営を学んでいますし、ナオはロビン伯爵曰く育て直しとかで、優しくも厳しいシスターのいる修道院で祈りと学びの毎日だそうです。

 ナオの悲劇のヒロイン症候群が治ったら、また王都に来ることもあるかもしれませんね。
 そんな風にロビン先生は笑っています。
 
 気の毒なナオはお金ならたっぷりあるのに、使うことができなくなりました。
 ナオが自分のお金を自由に使えるようになるためには、ナオが自分を見つめ直すしかありません。
 あとはナオ次第です。
 
 こうしてナオの偽物発言から始まった一連の騒動は収束を向かえました。
 私はカフェではなく、リリーのサロンに日参するようになりましたし、全てがあるべきところに落ち着いたようでした。

 ところが、まったく落ち着かない人物がひとりいます。
 セディです。
 セディは私を失うのではないかと恐れたあの事件いらい、ありえないほど私を溺愛するようになりました。

「確かに、僕が惨いことを言ったのが原因だけれどもね、ロッテ。君に僕の愛が届いていなかったのも原因だと思うんだ。君を普段からドロドロに蕩かして、僕の愛を植え付けておきさえすれば、僕から逃げだそうなんて思わない筈だからね」

 そう言ってあれ以来セディは、いつも熱を帯びた目で私を見つめるようになってしまったんです。
 大丈夫です、セディさん。
 
 あなたの愛は十分に伝わりました。
 だからそんな目で見ないでください。

「あっ、うぅん。セディ。ちょっと待って。……」
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