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少女と精霊
6話
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「いつも先生の手伝いをしてるの?」
「いつもじゃないって。時々」
アーシャはくすくすと笑った。こんな風に笑う子だったのかと、何故か嬉しい気持ちになった。教室では笑っているところは愚か、口を開いているところさえ滅多に見かけない。
あの後、なんとなく流れでエルネス先生とアーシャについていくことになった。
アーシャは先生から手伝いを頼まれていたらしく、私も一緒に、先生の研究室に置かれた資料や本の目録作りをすることになった。これから教団の図書塔に戻すのだが、元々ここにあった本のタイトルが後でわかるようにするそうだ。
アーシャは時々、こうしてエルネス先生のことを手伝っているらしい。そのきっかけも、ちょうど今日と同じようにルシスだという理由で絡んできた生徒から助け、アーシャがお礼を申し出たので雑用を頼んだのが始まりだったという。
最初はエルネス先生もお礼なんていらないと断っていたそうだけど、途中で根負けしたらしい。アーシャは恩義にはしっかりと報いるし、意外と頑固なところがあるみたいだ。
エルネス先生とお近づきになりたいだけっていう可能性もあったけど、アーシャならそれでも別に嫌な感じはしないかな、となんとなく思った。そういえば、ルシスたちの美的感覚はやっぱり私たちとは違うんだろうか。
私のようなヴィータはヒュームとの間にも子を成すことができて、血が混ざっていれば両親がヒュームであっても子供がヴィータとして産まれることもあるらしい。だから、価値観も文化も基本的にはヒュームと変わらない。
けれど、ルシスは洞窟や深い森の奥で暮らし、少数で部族的な暮らしをする集落がほとんどらしい。私たちが暮らしている都市、上層のある台地の下にもルシスたちが暮らす洞窟があるって聞いたことがあるけど、アーシャはそこの出身なのだろうか。
知りたい気持ちもあるけれど、そんなに仲良くなったわけでもないのに色々探るようなことは聞きづらい。院長からも、好奇心を人に向ける時は気をつけろと言われている。聞くとしても今じゃないだろう。
「なんですか?」
目録を作りながら、ちらちらと見てしまっていたらしい。アーシャは不思議そうに声をかけてきた。
「なんでもないよ」
私は慌てて言った。
盗み見るような真似をしてしまって不快にさせたかもしれないと心配になったけれど、アーシャは気にした素振りはない。そう、とだけ言って自分の作業に戻ってしまった。
紙にペンを走らせる音だけが部屋の中に響く。どうしよう、何か話したほうがいいのかな。
でも手伝い中なんだし、口ばかり動かしているとよく思われないかな。アーシャは先生の手伝いをしたくてここに来てるんだし。
そう判断して、私は自分の作業に集中することにした。
「あの、ミレナさんですよね」
そんなタイミングで声をかけられたから、咄嗟に返事をすることができなかった。顔をあげてアーシャのほうを見て、何を喋るか咄嗟に出てこなくて固まっていると、それを見てアーシャが慌て始める。
「あ、ごめん。違ったかな」
「ううん、あってるよ。でも、ミレナでいいよ。同級生なんだし」
「じゃあ、私もアーシャです」
既に心の中ではそう呼んでいたけれど、本人からお許しが出てちょっと嬉しくなる。
クラスでは口数が少なくて、声を聞く機会すらない日のほうが多いくらいだ。こうして話せているだけでも、なんだか貴重なチャンスみたいに思えてしまう。
「さっきはありがとう。お礼を言ってなかったです」
そう言われて、何のことかわからずに数秒固まってしまった。
そういえばさっき先輩たちから庇おうとしたんだった。結局、あの場を収めてくれたのは先生だったから自分が助けたなんて思ってなかった。
「気にしないで。最終的には先生頼りだったんだし」
あの場にエルネス先生が来てくれなければ、どうなっていたかわからない。先生には本当に感謝だ。
「先生以外に助けてくれる人がいるなんて思わなかった。本当にありがとう」
「それは、私以外にもいると思うよ。ヒュームの全員が他種族を嫌ってるわけじゃないから」
私もヴィータだからっていう理由で色々言われたことはあるから、気持ちはわからなくもないけど。
「例えば、私の兄弟たちもヒュームだけど、私がヴィータだからって理由で何か言われたら怒ってくれるよ」
怒りすぎて手が出るのはやめてほしいけど……。
「そういえば、ヴィータはヒュームから産まれることもあるんだっけ」
「ああ、いや。違うよ。兄弟って言っても血が繋がってるわけじゃないんだ」
アーシャは不思議そうに首を傾げた。
「同じ孤児院で育ったんだ。だから、血は繋がってないけど兄弟姉妹なの」
戸籍上の都合で姓も同じものを名乗っている。
いつもはこの説明で通じるんだけど、アーシャは相変わらず首を傾げていた。もしかして、ルシスには孤児院っていう文化がないんだろうか。いや、流暢に話しているからそんな発想がなかったけれど、そもそもルシスは言語から違ったはずだ。意味が伝わらなかったのかもしれない。
せっかくアーシャが興味を持ってくれたみたいだし、話の種になるならいいかと思い、私は自分について詳しい話をすることにした。
赤ん坊の時に孤児院に捨てられ、両親はわからないこと。
同じような境遇の血の繋がらない兄弟姉妹たちと、教会に併設された孤児院で一緒に育ったこと。
親代わりの院長とシスターたち。
ちなみに、さっき意味が通じなかったのは孤児院という単語の意味がわからなかったらしい。ルシスにも孤児院にあたる施設はあるけど、少し違うところもあるみたいだった。
私の話は結構したし、代わりにアーシャの話も聞けるかもしれない。そう思って話を振ろうと思った時、隣の部屋で仕事をしていたエルネス先生が入ってきた。
「二人ともお疲れ様。今日はそこまででいいよ。お茶とお菓子を用意したから、食べていってね」
二人で顔をあげてエルネス先生を見る。次に顔を見合わせ、すぐに机の上を片付ける。
* * *
寮に戻る時には日が暮れていた。
始まりは最悪の気分だったけれど、終わってみればアーシャと仲良くなれて、良い一日だった気がする。あの後、お菓子をいただきながらエルネス先生とも話したけれど、授業中に抱いた印象通りの話しやすい先生だった。アーシャが手伝いたがる気持ちもわかる気がする。
自室に戻ると、扉に封筒が挟まっているのに気付いた。抜き取って確認してみると、表に寮長からの書き置きが残されていた。院長から預かったものみたいだ。
中には院長からの手紙が入っており、どうやら私のことを訪ねて寮に来たけれど、不在だったから寮長に預けてくれたらしい。あのあと、私の顔を見に寮に寄ってくれたことに嬉しくなると共に安心する。
「ミレナへ
不在だったので、この手紙は寮長さんに預けておきます。
学校での暮らしはどうですか。ご学友とはうまくやれていますか。
勤勉なところはあなたの良いところですが、時には息を抜いて休息をとることも忘れないでくださいね。適度に休息を取ることも、自らを磨くためには大切なことです。
もしも何か困ったことがあれば、いつでも手紙を送ってください。私はいつだってあなたたちの味方ですよ」
相変わらず丁寧な字で書かれている。院長の字に憧れて、練習を頑張った日のことを思い出す。
すみません院長、学友とはうまくやれてないんです。
今日が始まる前だったら、そう答えるしかなかったかもしれない。けれど、今日は結果的にアーシャと仲良くなれたから、この手紙を読んでもそんなに気分が沈まずに済んだ気がする。
心の中でアーシャに感謝し、明日もまた話せるといいなと思いながら、読み終えた手紙を机の引き出しにしまい込んだ。
「いつもじゃないって。時々」
アーシャはくすくすと笑った。こんな風に笑う子だったのかと、何故か嬉しい気持ちになった。教室では笑っているところは愚か、口を開いているところさえ滅多に見かけない。
あの後、なんとなく流れでエルネス先生とアーシャについていくことになった。
アーシャは先生から手伝いを頼まれていたらしく、私も一緒に、先生の研究室に置かれた資料や本の目録作りをすることになった。これから教団の図書塔に戻すのだが、元々ここにあった本のタイトルが後でわかるようにするそうだ。
アーシャは時々、こうしてエルネス先生のことを手伝っているらしい。そのきっかけも、ちょうど今日と同じようにルシスだという理由で絡んできた生徒から助け、アーシャがお礼を申し出たので雑用を頼んだのが始まりだったという。
最初はエルネス先生もお礼なんていらないと断っていたそうだけど、途中で根負けしたらしい。アーシャは恩義にはしっかりと報いるし、意外と頑固なところがあるみたいだ。
エルネス先生とお近づきになりたいだけっていう可能性もあったけど、アーシャならそれでも別に嫌な感じはしないかな、となんとなく思った。そういえば、ルシスたちの美的感覚はやっぱり私たちとは違うんだろうか。
私のようなヴィータはヒュームとの間にも子を成すことができて、血が混ざっていれば両親がヒュームであっても子供がヴィータとして産まれることもあるらしい。だから、価値観も文化も基本的にはヒュームと変わらない。
けれど、ルシスは洞窟や深い森の奥で暮らし、少数で部族的な暮らしをする集落がほとんどらしい。私たちが暮らしている都市、上層のある台地の下にもルシスたちが暮らす洞窟があるって聞いたことがあるけど、アーシャはそこの出身なのだろうか。
知りたい気持ちもあるけれど、そんなに仲良くなったわけでもないのに色々探るようなことは聞きづらい。院長からも、好奇心を人に向ける時は気をつけろと言われている。聞くとしても今じゃないだろう。
「なんですか?」
目録を作りながら、ちらちらと見てしまっていたらしい。アーシャは不思議そうに声をかけてきた。
「なんでもないよ」
私は慌てて言った。
盗み見るような真似をしてしまって不快にさせたかもしれないと心配になったけれど、アーシャは気にした素振りはない。そう、とだけ言って自分の作業に戻ってしまった。
紙にペンを走らせる音だけが部屋の中に響く。どうしよう、何か話したほうがいいのかな。
でも手伝い中なんだし、口ばかり動かしているとよく思われないかな。アーシャは先生の手伝いをしたくてここに来てるんだし。
そう判断して、私は自分の作業に集中することにした。
「あの、ミレナさんですよね」
そんなタイミングで声をかけられたから、咄嗟に返事をすることができなかった。顔をあげてアーシャのほうを見て、何を喋るか咄嗟に出てこなくて固まっていると、それを見てアーシャが慌て始める。
「あ、ごめん。違ったかな」
「ううん、あってるよ。でも、ミレナでいいよ。同級生なんだし」
「じゃあ、私もアーシャです」
既に心の中ではそう呼んでいたけれど、本人からお許しが出てちょっと嬉しくなる。
クラスでは口数が少なくて、声を聞く機会すらない日のほうが多いくらいだ。こうして話せているだけでも、なんだか貴重なチャンスみたいに思えてしまう。
「さっきはありがとう。お礼を言ってなかったです」
そう言われて、何のことかわからずに数秒固まってしまった。
そういえばさっき先輩たちから庇おうとしたんだった。結局、あの場を収めてくれたのは先生だったから自分が助けたなんて思ってなかった。
「気にしないで。最終的には先生頼りだったんだし」
あの場にエルネス先生が来てくれなければ、どうなっていたかわからない。先生には本当に感謝だ。
「先生以外に助けてくれる人がいるなんて思わなかった。本当にありがとう」
「それは、私以外にもいると思うよ。ヒュームの全員が他種族を嫌ってるわけじゃないから」
私もヴィータだからっていう理由で色々言われたことはあるから、気持ちはわからなくもないけど。
「例えば、私の兄弟たちもヒュームだけど、私がヴィータだからって理由で何か言われたら怒ってくれるよ」
怒りすぎて手が出るのはやめてほしいけど……。
「そういえば、ヴィータはヒュームから産まれることもあるんだっけ」
「ああ、いや。違うよ。兄弟って言っても血が繋がってるわけじゃないんだ」
アーシャは不思議そうに首を傾げた。
「同じ孤児院で育ったんだ。だから、血は繋がってないけど兄弟姉妹なの」
戸籍上の都合で姓も同じものを名乗っている。
いつもはこの説明で通じるんだけど、アーシャは相変わらず首を傾げていた。もしかして、ルシスには孤児院っていう文化がないんだろうか。いや、流暢に話しているからそんな発想がなかったけれど、そもそもルシスは言語から違ったはずだ。意味が伝わらなかったのかもしれない。
せっかくアーシャが興味を持ってくれたみたいだし、話の種になるならいいかと思い、私は自分について詳しい話をすることにした。
赤ん坊の時に孤児院に捨てられ、両親はわからないこと。
同じような境遇の血の繋がらない兄弟姉妹たちと、教会に併設された孤児院で一緒に育ったこと。
親代わりの院長とシスターたち。
ちなみに、さっき意味が通じなかったのは孤児院という単語の意味がわからなかったらしい。ルシスにも孤児院にあたる施設はあるけど、少し違うところもあるみたいだった。
私の話は結構したし、代わりにアーシャの話も聞けるかもしれない。そう思って話を振ろうと思った時、隣の部屋で仕事をしていたエルネス先生が入ってきた。
「二人ともお疲れ様。今日はそこまででいいよ。お茶とお菓子を用意したから、食べていってね」
二人で顔をあげてエルネス先生を見る。次に顔を見合わせ、すぐに机の上を片付ける。
* * *
寮に戻る時には日が暮れていた。
始まりは最悪の気分だったけれど、終わってみればアーシャと仲良くなれて、良い一日だった気がする。あの後、お菓子をいただきながらエルネス先生とも話したけれど、授業中に抱いた印象通りの話しやすい先生だった。アーシャが手伝いたがる気持ちもわかる気がする。
自室に戻ると、扉に封筒が挟まっているのに気付いた。抜き取って確認してみると、表に寮長からの書き置きが残されていた。院長から預かったものみたいだ。
中には院長からの手紙が入っており、どうやら私のことを訪ねて寮に来たけれど、不在だったから寮長に預けてくれたらしい。あのあと、私の顔を見に寮に寄ってくれたことに嬉しくなると共に安心する。
「ミレナへ
不在だったので、この手紙は寮長さんに預けておきます。
学校での暮らしはどうですか。ご学友とはうまくやれていますか。
勤勉なところはあなたの良いところですが、時には息を抜いて休息をとることも忘れないでくださいね。適度に休息を取ることも、自らを磨くためには大切なことです。
もしも何か困ったことがあれば、いつでも手紙を送ってください。私はいつだってあなたたちの味方ですよ」
相変わらず丁寧な字で書かれている。院長の字に憧れて、練習を頑張った日のことを思い出す。
すみません院長、学友とはうまくやれてないんです。
今日が始まる前だったら、そう答えるしかなかったかもしれない。けれど、今日は結果的にアーシャと仲良くなれたから、この手紙を読んでもそんなに気分が沈まずに済んだ気がする。
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