智識神の封印書庫

文月沙華

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少女と精霊

7話

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 あの日以来、アーシャと一緒に過ごす時間が増えていた。教室で孤立することもなくなり、私の心は、自分でも驚くほど落ち着きを取り戻していた。自分がここまで孤独に耐えられない人間だったとは思っていなかった。

 アーシャは口数が少なく、必要がなければ自分から話すことはほとんどない。けれど、これがアーシャの性格によるものなのか、それともヒュームの言葉――共通語に不慣れだからなのかは未だによくわかっていない。多分後者なんじゃないかと思っているけど、確信は持てなかった。

 アーシャは発音も文法も違和感なく話すけれど、共通語を学んだのは留学が決まってからだったらしい。ルシスの言葉は共通語と発音が似通っている部分も多く、アーシャの暮らしていた集落では共通語を使えるルシスも珍しくなかったため、習得は比較的簡単だったそうだ。私としてはアーシャの頭の良さのおかげも大きいと思っているけど。
 とはいえ、語彙にはまだ疎いみたいで、難解な言い回しや難しい単語はあまり使わない。語尾が少し変なこともあって、そういうところも話していて可愛くて私は好きだった。

 一緒に過ごして、この子の頭の良さ、勤勉さに感心させられる機会は本当に多かった。ヒューム社会の常識に疎いといっても、それが問題になるようなことはほとんどない。常識に疎いからだろう、ルールや目上の人からの言いつけには律儀に従うところがあり、規則違反などとは縁遠い。宿題をこっそり写させてほしいなんていう要求もないし、サボりの提案もない。私としては一緒にいて気を遣わなくていいから助かるけれど、その融通の利かなさは少し心配になることもある。

 魔術の腕前に関しては私と大差なく、基礎魔術の併用は私よりも得意だけれど、上級魔術は使えないといった感じだった。とはいえ、アーシャには私にも他の同級生たちも持たない明確な強みがある。
 それが精霊との契約だった。

* * *

 契約学の授業は特に面白かったからよく覚えている。先生は私の知る中だと唯一の、ルシス族の教師だった。壮年――に見える男性で、ちょっと渋い顔立ちの寡黙な先生だった。

「精霊とは魔力の塊が意思を宿した、魔力の濃いところに自然発生的に生まれる存在だ。精霊を生物に含めるか否かは専門家の間でも意見が割れているが、一般的には生物とは別の存在だと認識されている」

 必修ではないし、先生がルシスだからこの授業はあまり人気がない。生徒数も少なくて空席が多いけれど、それでも先生は気にせず授業を進めている。

「精霊は単独で魔術を行使することもでき、人間と契約した場合は契約者の指示に従って魔術を行使する。とはいえ、精霊との契約は良いことばかりではない」

 使い魔や精霊との契約には共通の欠点が存在している。それは、契約した対象に応じて自身の扱える魔力量が減ってしまうことだった。魔術によって戦いや仕事をこなす魔術師にとって、これは大きなリスクになり得る。

 それを抜きにしても、精霊との契約には複雑な手順が必要になる上に、精霊は必ずしも契約者の意のままに動いてくれるとは限らない。先生の話を要約すると、そういうことだった。そのため、面倒な手順をこなしてまで精霊と契約したがる魔術師はそう多くないらしい。

 話を聞いて生徒たちの興味はさらに薄れたらしく、初日以降、授業を変更したり、授業には残っているけれど露骨にやる気をなくした生徒も増えてしまった。自分が強い魔術師になる上で役に立たない授業は、この学校ではそれだけで人気が落ちる要因になる。

 けれど私は、先生が見せてくれた精霊の姿に心を奪われていた。別に私に限った話でもない。授業を受ける少ない生徒たちの中には先生と契約した精霊に見惚れている人も確かにいた。

 先生が目を閉じ、角が赤い光を帯びる。魔力の高まりと共に教室の空気が重くなり、生徒たちがしんと静まり返った。
 先生の背後に、赤い透き通った身体の浮遊体が、空気に溶け出すように現れる。精霊の色は自身の身体を構成する魔力の属性に応じて決まり、先生の精霊は赤属性。何か特定の生き物の姿をしているというわけではなけれど、私は鹿に似ていると思った。しなやかな身体を空中で跳ねさせ、脚の無い赤い鹿が綺麗な帯を引いて空を漂う。

 圧巻だった。実用性なんか考慮しなくても、その美しさだけで契約する価値があるように思えた。そして、私は隣に座るアーシャの横顔をちらりと見た。

* * *

 アーシャはクラスメイトの中で、唯一精霊と契約している生徒だった。

 ルシス族は文化的に精霊と根深い関係があり、多くの場合は産まれつき精霊と契約した状態で産まれる。宝石のような角は精霊との意思疎通を助けてくれる機能を持ち、なんとなく精霊と気持ちが通じ合う……らしい。

 だからなのか、アーシャは精霊とすごく仲が良く、命令――アーシャから言わせればお願いを聞いてもらえないことはまずないそうだ。とはいえ、アーシャの精霊は防御系の魔術しか使えないらしく、日常生活の中で頼るようなことは基本的にないそうだけど。

 私は思い切って、アーシャの精霊を見せて欲しいと頼んだ。アーシャは少し恥ずかしそうにしながらも、二つ返事で了承してくれた。
 人のいないところを探すもののいいところが思いつかず、結局寮の私の部屋で見せてもらうことになった。寮の部屋に人を招いたのは初めてだった。

「じゃあ、いくよ」

 アーシャが目を閉じ、灰色の角が光を帯びる。先生の時とは違って、その精霊は花が咲くように現れた。そう、花だ。大きな花弁のような灰色の身体を広げ、中心から花の茎の方向に向けて、先端にかぎ爪のようなものがついた触手が伸びる。それらを優雅になびかせながら、狭い部屋の中をゆっくりと漂う。形は花みたいだけど、。動きはどこかクラゲを思わせた。

 精霊の灰色は、無属性の色らしい。〈盾〉や〈魔力の矢〉といった、誰もが最初に習う基礎魔術と同じ属性だ。
 アーシャは自分の精霊はそんなに強力な力を持たないようなことを言っていたけれど、私が綺麗だと褒めたら嬉しそうにしていた。

 精霊には表情も言葉もないけれど、先生の精霊も、アーシャの精霊も、契約者に対する不思議な……信頼みたいなものが感じられた。それを当たり前のように受け止めているアーシャを見て、私はすっかりルシスと精霊の関係性に惹かれてしまっていた。

 いつかルシスの集落を見に行きたいと口にした私に、アーシャはいずれ機会があれば案内すると約束してくれた。
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