自己犠牲者と混ざる世界

二職三名人

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3-6 :殺し、救い、嘆いて、覚悟して業を背負い進め

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 霜下太郎の加入により。これからは食糧が備蓄され、切り捨てられることが今のところ無いため大きくなる住人達を養えるかもしれないという目処が立った。そんな何処かで誰かが不安そしていた物に光明が見えて「よかった」と安堵の声を漏らす仲間も少なくは無い。
 そしてこれを機会にと思ったのか。楽善二治は増えた人手を通堂進に率いさせ、壁や地面をスコップで削っては溶かして固めて壁とし、拠点を蟻の巣のように広げる。
 その間、他の手の空いた他の人員たちは天月博人班、中田文兵班に分かれて今まで襲撃したロロ=イア研究所内の物資を回収しに行く。これはいい加減、襲撃し終わった地点に、ロロ=イアからの捜査と備品の回収の手が入ると思ったからである。もう天月博人と中田文兵がわざわざ2人でチマチマと何度も回収に赴かなくていいように。
 割り振り切ることができず残った人員は、通堂進班の補佐と、子供達の面倒を見てもらうことになった。

「ねぇ、お風呂は?」

 楽善二治が今回の旨を説明し終わると同時に、ふと、ある女性が手を挙げて言った。たしかに、肉体面や、一部の人の精神面から見ても精神衛生上よろしくは無い事ではあるが、シャワー室があるロロ=イア研究所には危険があるため足を踏み入れ難い。そこで楽善二治は申し訳なさそうに妥協案を口にする。

「これからはガソリン、水のポリタンクの色をきちんと分けます。
 ポリタンク水は、飲み物としての水はもちろん。お風呂の水……と言っても節約のため、布に染み込ませて体を吹く為の水として運用していきます。お風呂に入りたいその気持ちはとてもわかりますが。どうかご理解いただきたく思います。
 また。今回の天月博人班、中田文兵班に持ち帰っていただく情報に。研究所の出来るだけ精密な内部構造に関する資料を持ち帰っていただきたく思います。
 その資料をもとに、ロロ=イアがどこから水を得ているのか、どの様に汲み取っているのかを解析し。その再現を技術班にお願いしたく思っております。ほかに何かありますか? ……何かあればお願いします。……無いみたいですね。
 はい、それでは、略奪をはじめましょう。私たちはロロ=イアに奪われてきました。ですがこれからは私たちが奪う側だと教えてやりましょう」

 彼は甘い人間だと、もはやレジスタンスの誰もが認識していた楽善二治がこう言った事によって。自分たちは奪われた側なのだと、被害者側だったことを再認識し、今は小さな反撃。それを積み重ねることによって結果的に多くを奪い去ってやると。静かで確かな士気が上がった。

 結果的に天月博人班と中田文兵班の任務は完了した。そろそろ危ない頃合いではあったと思われたが未だにロロ=イアの手は入っていなかった。
 一切合切を奪うことが叶った。人間が集まったところでトラックの類がなければ運べないもの。そもそも床にひっついているものでさえ部品ごとにバラバラにして運びきれたのだ。
 また、通堂進班も負けていない。天月博人班と中田文兵班が運び入れた物全てを一時的ながら保管する部屋は勿論。自分の意思で使う力の扱い方に慣れてきた通堂進は。螺旋階段状に地下へ地下へと掘り進め。地下二階と地下三階に六畳程度の空間を作り上げた。この空間を基礎にXY軸、つまりは前後左右に新たな空間を作り、広げていくのだ。

「あー疲れた。ふー……明日、僕と、お手伝いさん達は別の拠点を拡張して、いつでも此処を捨てられる様にする準備をするから。
 その間、誰か見取り図を用意してくれると嬉しいな。地下何階は描きたいだけ描いていいけど。部屋ごとに優先番号を描くように。その番号の若い順になぞって作るから。
 それと、こういう構造にした方が頑丈になるよって知識があるなら見取り図に反映してほしい。僕の力は溶かして固める。それを自然の地面にやってるとなんかコンクリート擬きな感じがして知 識がない素人ながらに耐久性が心配なんだよ」
「見取り図が描ける人は、後ほど募りましょう」

 作業が終わり、ひと段落する。誰も彼もが疲れ果てて腰を下ろして体を休める。
 特にやることもないので通堂進が、明日の行動方針を語り、楽善二治がそれを元に全体の予定を組み立てていると。中田文兵班が酒を手にやってきた

「体が疲れてんのに頭を使ってんじゃねぇよ。休憩だ休憩。もうすぐ屋宮達が飯を持ってくるから、それとこれでパーっとやろうぜ、パーっと」

 酒瓶を掲げニカっと笑う中田文兵率いる中田文兵班に、楽善二治が酒は保存性の高い飲料であり、いざという時に傷をアルコールで消毒できることから消費するのは惜しいと物申すが。中田文兵班は勿論もちろん通堂進も加わった多くの人が「少しくらいいいじゃないか」と反発したため。楽善二治は考え込んだ後に「では今日を、私たちレジスタンスが一丸となって動き出した祝うべき人しましょうか」と無理やり今日を特別な日にして、豪華に飲食を楽しんでもいい事にした。

「それじゃあ、みんなの今日の働きに乾杯!」

 中多文兵を皮切りに乾杯と大勢が声を上げて呑み始めた。天月博人をはじめとする未成年者もジュースを片手に参加する。
会場に並べられているのは、肉や魚、卵といった生物なまものを中心に調理された料理ばかり。ガスが引けていないから冷蔵庫が使用できないため、腐らないうちに食べようとのことなのだろう。

「なに飲んでいるんですか?」
「あん?キメラカクテルだよ。飲んでみるか?」
「キメラカクテルって何ですか……えっと、頂きます」

「その人から酒を取り上げないでくれ。その人は子供みたいだけれど、その実30歳なんだ」
「君の優しさは嬉しいけどやめて頂きたい……この状況をどうフォローしても、社会から迫害される運命にあるロリアラフォーな私は辛い思いをする……とりあえずその日本酒を返してくれないだろうか」

 中田文兵や針城誠子をはじめとする酔っ払い達は、互いの壁がなかったものかのように気安い友人となり。心が潤って行く。

「唐揚げだ!!」
「アセロラゼリーもあるよ!」
「嘘でしょ……酢豚にパイナップル入ってる……」

 天月博人をはじめとする未成年者達もジュースを片手に参加する。つい先ほどまで何所か他人行儀だったことも互いに忘れて遠慮なく取り合い、勝ち取った甘味や油に心が豊かになる。

「ゼリー作れるの?」
「誰もゼリーは作ってなかったよ。アレは確か冷蔵庫に入ってたやつ。ちなみに私が作ったのは酢豚ね。パイナップルと食べると美味しいから一度は騙されたと思って食べて欲しいな」

「うえ、この野菜の種、作らなきゃあ駄目なのか?」
「俺が好きだから駄目」

「この小石をよく見てくださいね……1、2、3!……っで不思議なことが起きますからねー。1、2、3.ふん!」
「わっコップが消えた!?」
「すげー! どうやってんの!?」

「桑原氏は手品で子供たちを笑わせるのが好きですなー。さてさて俺もこういう時は好きに過ごしますかな? ……俺が皿に乗せた生姜焼きどこ行った? ……おいお前、なんで俺の隣に? 皿の上には野菜だらけなのにどうして口に油が……おい逃げるな! 俺の男女平等アタックを見せてやる」
「ひーん。すいません! 生姜焼きが無くなって途方に暮れていた時に、呆然としているあなたが居たのでつい!」

 鉄田大樹、桑原真司、霜下太郎をはじめとする人たちは、食事よりも語らい、戯れることを楽しんでいる。彼らがいるからこの場は一層賑やかに陰鬱な空気とはかけ離れた空間になり、心が温かくなる。

「人は自分自身をさらけだし、相手がそれを受け入れられれば、自然と仲良くなれる。限度さえわきまえればこんなにも簡単なのに、何故、世界は平和にならないのでしょう」

そんな彼らを遠目で全体が観える場所で眺めながら、楽善二治が、いつの時代でも何処かの誰かが願った筈のありふれたそれが叶わないのかと口にする。すると頰に冷たいものを感じ。ワッと声を上げて振り返ると屋宮亜里沙が酒の入ったコップを両手にそこで立っていた。

「なんで祝いの場で、何寂しくそんな小難しくて大層な事を言ってるの。はぁ……ウチとしては君も心配だよ……よし、1人ならウチと話そっか」

 屋宮亜里沙が両手に持っていた酒の片方を楽善二治に手渡す。楽善二治が「あっ、どうも」と言いながら受け取ると、屋宮亜里沙が隣で腰を落ち着けて。グイッと酒の半分を飲み込んだ。

「それでー。世界平和だっけ? うーんそもそもの話、ウチ的には世界平和とか無理だと思うんだ。だってそんなの地球の全人類が同じ方向を見ない限り実現は不可能だと思う。人の個性は十人十色なんだからね」

 屋宮亜里沙はすでに赤くなっている状態で、残りの酒を飲み切って。拠点内のどんちゃん騒ぎを、その中でも子供達を見つめる。

「いつも悟っているような態度をとってる博人君にだって、アレが食べたい。コレはいいやって食べるものが偏るくらいの個性があるんだもん。それで狙っている残り少ないやつを…取り合うんじゃ無くて、譲ってあげるんだ。優しい……あれ? ……あっ、さりげなく麻婆豆腐のナス食べてもらってる。ウチが作ったやつなんだけどなー……後で美味しいナスの肉詰めを食べさせてやろ」
「あ、あはは。勘弁してあげてください」」

 「嫌」と言って優しく笑う屋宮亜里沙の横顔は、楽善二治には寂しそうに見えた。どうしてそんな寂しそうなのだろうかと思っていると。屋宮亜里沙が、空になったコップを側にちょこんと置いて自身の両膝に両手を添えた。

「博人君は少し例えにくいかなぁ……うーん。じゃあ、楽善君ってさ。子供が好きみたいだけど。子供がいたの?」

 楽善二治は苦い顔をして首を振り「残念ながら私は独り身です」と答えたら、屋宮亜里沙は「そっか」と言って子供達に向き直った

「もし出来たらさ。観察してみるといいよ。あぁ、世界平和なんて無理なんだなってわかるから」

 楽善二治はその言葉の意味がわからなくて「どうしてなんですか?」と尋ねると。屋宮亜里沙は、子供達を眺めていた目が、どこか遠くを見るような目になる。

「博人君は譲ったけどね。ウチが知る子供って、譲れないものがあったらとことん譲ろうとしないの。このお菓子が好きだから相手よりたくさん食べたい。残り1つだから自分のものにしたいってね。それが原因で喧嘩したりする。コレを大きくしたのが戦争だって考えられない?」

 その言葉は、ストンと楽善二治の胸に入った。なんてわかりやすいのだろうと。部屋で1人、寂しさに耐えている時。近所から聞こえてくる。寂しさ癒す子供達の声の中が、1枚のビスケットを誰が食べるかという、なんて事のない理由で言い合いを始めたのを思い出す。
 これの拡張解釈。子供を人類に。1枚のビスケットを少ない食糧に。言い合いを戦争に。こう考えれば。なるほど確かに、喧嘩を拡大しただけのものならば、戦争なんてなくなるわけがない。
 楽善二治はそう納得し。頷いて肯定すると、屋宮亜里沙が「でしょー?」と言って、二ヘラと笑う。

「ちょっと脱線しちゃったかもだけど、以上! ウチが世界平和は無理だと思うその理由でした!」
「貴重なご意見、ありがとうございます」

 楽善二治は世界平和が叶うことは無いと納得した。それでも何かしら希望を抱けるようあものをと、願う事はあきらめきれず。少しの思索の果て、世界平和の代わりにこの場にいる誰もを見て願いを決めた。

「おい、何してんだ? お前ら。 こっち来いよ」
「おっと。中田さんに呼ばれちゃった。行こっか」
「そうですね」

 せめて、この場に居る君たちに幸あれと。
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