自己犠牲者と混ざる世界

二職三名人

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6.5-2:再開/EX1-1:大沢先生と変わり行く日常

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 養父、天月口也との再会を果たした天月博人は、自身が血族として割り当てられた役割を受け継ぐことを発表し、その日の内から遊ぶこともせず。週に一度のレジスタンスに顔を出す日を覗いて休むことなく、まともな高校生であれば大凡1ヶ月にも及ぶ長い休みを過ごすだろう季節の中で、卒業する事が叶わなかった中学で習うはずの勉学に励んだ。
 ある日「お外に出てご友人方と再会をなされては?」と従野圭に促されるが「案件が案件なので、巻き込みかねない可能性を作りたくないんです」と言って再会を拒む。世界が消滅する。これだけでも大概なのに、敵対しているロロ=イアに大切で巻き込まれなくてもいいはずの存在が目を付けられかねない事はしたくないのだ。
 その後、ニコにテストを出してもらい自身の1ヶ月詰め込んだ学力が中の下ほどだと確認した天月博人は、天月口成の仕事を手伝いつつレジスタンスに物資などを五条琉衣子を経由して贈ったりして補助したり、世界各地へと手を伸ばして世界を救うため、天月口成の病を治すための情報収集に注力する事に成る。
 情報収集を行う際、実はこっそりと真っ先に行ったのは一番の気がかりであった義姉の朽無心、腹違いの妹である朽無幸の2人が問題なく生活を送れているかどうかの確認であった。結果的に2人は贅沢をしなければ安定した生活が出来て、現状問題なく学校に行けているようなので深い安堵を覚え、天月口成に「見捨てないでくださり、ありがとうございます」と涙ながらに感謝を述べた。

『博人ー! いつこっち来るの? 巫女っちゃんとかウチとかが泣いてるよ?』
「一昨日行ったばかりでしょ母ちゃん。通信設備を送ってこうやって通話できるようにしたんですから辛抱を」

『ぶーぶー!』
「ぶー垂れないでください」

『にゃー!』
「にゃー垂れもしないでください。まったく母ちゃんったら。こんどお土産を持って行きますから」

『ほんとにー? あっでも教材ばっかり持ってくるのはやめてほしいわ。子供たちからの文句凄かったから。後お菓子だけなのも駄目、誠子ちゃんの厨房侵入率上がるから』
「ありゃそれは難しい……うーんアナログゲームあたり持って行きましょうか。トランプとかスゴロクとか」

「あっいいかもしれないわね。電気も使わないし。みんなで遊べるわ」
「なら決まりですね。それじゃあ面白そうなアナログゲームをかき集めて見ます。……それではそろそろ切りますね。また明日、寝る前くらいに」

 『うん、また明日ねバイバイ』と声を返してもらうとゴーグル型の携帯端末を操作して通話を切る。五条琉衣子にロロ=イアから得た情報を売って得たお金で#拵__こしら__えた通信設備は向こうでちゃんと起動していたことが確認できた。

「よし。通信機器を嫌がっている様子のロロ=イアに気が付かれたらと思うと不安は残るけれど。通信機器自体は拠点とは何ら関係ない通信機器専用の穴倉にあるから辿られても問題はレジスタンスにはあまりないし。使用中はナカタニさんが着いててくれる。運用は可能だ。こうして使用もできると。通信問題は完了っと」

 天月博人は一息ついていた状態から、腰を上げて従野圭にアナログゲームの取り寄せをお願いしに自室を後にする。確かこの曜日のこの時間帯ならば此処に居るはずだと言える場所に足を踏み入れてみると、そこに従野圭の姿はなく「あれ?」と素っ頓狂な声を漏らして首をかしげる。どこに行ったのだろうと思いながらその心当たりがありそうな天月口成に会いに行くと。部屋の中が騒がしいことに気が付いた。

「ミィはまだここでステイするデスよ! ミィは知っていますからね! 此処に最近入り浸っている人がいるという情報を! ここで待ち伏せしておけばやってくるデスよね? ヌッフフフフ、ネタは絶対逃がさないデスよ」
「はぁ……見世様、不法侵入をなさったのですから通報されるお覚悟はありますね?」

「ストーップデース! 圭さん、ポ、ポリスは勘弁してくださいデス」
「まったく……口成様、何とか言ってあげてください」
「はっははは! 儂としては茶目っ気があって別によいと思うがのう? それに、こんなにも騒いで居るとその入り浸っている人とやらは見世ちゃんに気が付いて隠れて居るかも知れんのう?」

「……ウップス。確かにそうデスね。ちょっ探してみますデス!」
「あっ勝手に歩き回れては困ります見世様! あぁ静止も聞かずに行ってしまわれた……口成様……後で博人様に恨まれても知りませんよ」
「それは困るが、見世ちゃんは血族である以上は。情報の進展があればどうしても知る事に成るじゃろう? それに博人も情報を集めることが得意な者と再会した方が得じゃろうて」

 そして、天月博人は文月見世からの逃亡を図るもかつての友人たちに協力を求められ少しずつ追い詰められた結果、再会を果たす事に成り、観念する事に成るのであった。
 家族を得て、友を得て、力を得て、仲間を得て、当初はたった2人の家族の為に身をささげた天月博人の行動理念は拡大して、今では皆の為に世界を救う事にその身を駆り立てている。






 空に写真で見るような大きな月を思わせるくらいの穴が開いたのが、去年頃の事だっただろうか。最初は皆が驚き何だアレはと喚いていたが。今ではそれは異質だったものから、時折名も知らない誰かが話題にするくらいの空に映る背景の一部となっていて。なんの問題もなさそうに社会は回り始める。
 広告塔に張り出された商品の宣伝に抜擢された最近話題のアイドルや。おっ可愛いと思うような行きつけのコンビニの新人店員など。変わり映えのしないと思っていた日常でさえ違和感が無いほどにゆっくりと光景は変わっていくのだから、皆がいつの間にか慣れているのはきっとそう言うものなのだろうと思えてくる。
 そう考えると刺激を求めて新しいことをやる学生たちは、その新しい物に慣れて日常となってしまうから物足りなくなって次の新しい物を探すのだろうか。それなら日々に疲れる者としては羨ましい限りだ。僕なんて疲れすぎて何をするわけでもなく無意味に社会への不満を愚痴の様に口ずさむ位の事しかしないのだから。

「大沢せんせっ!」

 自分でもくだらないと思えることを意味もなく時間つぶしに考えていると、誰かに背中を張り手され。飲みかけの缶コーヒーをこぼしかける。

「へへへ。コンビニのテーブル席で黄昏て居るのを見かけたので話しかけちゃいましたっ」
芳奈よしなか……話しかけるなら、せめて肩をポンと叩くくらいにしてくれ……それで、何のようなんだ?」

「えー? 用が無いと話しかけちゃあダメなのー? 私とはそんなに世知辛い仲じゃないでしょ? 別にいいでしょ? 隣座るね。それにしてもまーたすっごい甘いコーヒー飲んで。その歳で糖尿病になっても知らないよ?」
「もう糖尿病だよ。まったく、モーニングくらい静かにさせてくれ」

「えっ手遅れ? ちょっとちょっと! だったら飲んじゃダメだよ。コレは没収ね」
 
 面倒くさい奴に見つかってしまったとひどく億劫な気分になって居るのを知っている筈なのに、彼女、木下芳奈《キノシタヨシナ》はそれでも僕に接触する。彼女にどんな思惑があれど、どうあれ僕にとっては嫌がらせでしかない。

「僕が糖尿だろうがどうでもいいだろそれで苦しんでも自己責任だ」
「どうでもいいって……自己責任って言うなら、私に心配されて管理されることになっても自己責任って言えないかな?」

「……そんなの屁理屈だ」
「屁理屈でも理屈は理屈だよ。筋が通って居ない訳じゃない。これは私が飲むよ。代わりの飲み物奢ってあげるからさ。センブリ茶でいいね。ちょっと買って来るよ」

「おい、露骨なまでの嫌がらせやめてくれ……おい、聞く耳持ちやしないか……まったく」

 僕の言葉なんて聞かない、はたから見れば仲がいい先輩と後輩だろうが。僕からしたら何か恨まれることをしたのかと聞きたくなるくらいに嫌われているようにしか思えない。そんな彼女がセンブリ茶を買いに行く姿を横目に憂鬱な気分で僕はコンビニの窓越しに見える外を呆然と眺める。
 見返りが来るまでに生きている保証なんてないのになぜ年金を強制的に払わされるのか、なんて考えていると。人混みの中、長い金髪と思いきや毛先が白い。女が膝を抱えて居るのが見えた、何をするわけでもなくまるで何をしていいのかがわからない子供のように俯いて居る。遠くて細かくは見えないが、きっとあの女は気分を落ち込ませているのだろう。

「冷た!?」
「まーたぼんやりして。はい麦茶だよ」

 首筋に冷たい麦茶を押し当てて勝って戻ってきたことを表明する木下芳奈は、悪戯っぽく笑う。僕は僕を弄ってようやく出すこの表情に。それを僕以外に向けてくれと言いたくなったが、言うのも億劫になった空麦茶を奪い取って飲み干した。

「はぁ……何で僕を待っているんだ。さっさと行くぞ。遅れても知らないからな」
「ちぇー。先生冷たーい。……ふふ。私が面倒なら絡まれた時点で逃げればいいのに。先生は私を置いて行かないもんね」

 本当に、この女は僕に嫌がらせばかりしてくる。門わざわざ律義に反応するのも馬鹿らしくなったので「早くいくぞ」とだけ急かして僕は、何時もの日常へと溶けていく。



 今日の分の予定が全部消化し終わって、伸びをすると。見計っていたかのようにコーヒーの入った紙コップが僕の机に置かれる。

「お疲れ様です大沢先生」

 コーヒーを置いたのは同い年の早乙女桃花サオトメモモカという八方美人と言うかお人よしと言うか、何はともあれ日陰者の僕にさえ声をかける女だった。彼女は普段、僕に限らず皆の事を名字にさん付けで呼ぶのだが、この時、大沢線背と呼ばれた僕は顔をしかめていたように思う。

「桃花さん。……貴女まで僕をそう呼ぶんですか?」

「はい、難しい後輩と同期の中で有名な芳奈ちゃんにそう呼ばれていあのを見かけましたので。習ってそう呼んでみたら芳奈さんと仲良くなれるかなーって思いまして」
「あぁ……あいつと……苦労すると思いますけれど頑張ってください。僕はやる事やったので帰ります。コーヒー有難うございますね。それではお疲れ様でした」

「あっ私も帰るので一緒に帰りましょうよ!」

 僕は疲れ切った今この時に木下芳香の話題はやめてくれと思いながら、逃げるように早乙女桃花さんに別れを告げて帰路に着こうとすると。彼女はそれならばと着いて来た。「途中でスーパーによりますけど良いんですか?」と言っても「それならお付き合いしますよ」と言ったので変に拒むのも面倒臭くなったので僕はもう勝手にしろよと彼女が着いて来るのを許すのだった。

「け、結構買い込みましたね」
「人と行くなんて久しぶりだったのでついでに一週間分買い置きしようかと思いましてね」

「大沢先生って結構したたかだったんですね。初めて知りました」
「……何でうれしそうなんですか」

「人の一面が見れるのはうれしい事だと思いませんか? こう、仲良くなれたような感じがして」
「僕にはよくわかりませんね。さて、もう少しで僕の家です。荷物有難うございました。ここまで来たら全部僕が持っても大丈夫です」

「いえいえ、最後までお付き合いしますよ。へへ、これくらいの荷物に私、負けませんから」

 キリリと顔だけ平気なように装う早乙女桃花に「そうですか」とそっけない返しをして、僕は家へとまっすぐ帰るはずだった。だけれどその道中。朝に見かけたあの女がいた。金髪で毛先が白い、俯く女が俯いたままに同じ場所にいた。誰も声をかけなかったのか? と世の中の冷たさに驚愕しつつ僕自身、それを素通りしようとしたけれど。腹の鳴る音が耳に入って足が止まる。

「大沢先生? どうしたんですか?」
「少し気になる事があって、待っててください」

 あぁ、何で皆、声をかけないのか。もしかしてほかの人がやってくれると思っているのか? であれば喜ぶがいいさ目論見通りだよ冷めきったクソどもが。

「君、朝からずっとそこに居ますけれど、どうしたんですか?」

 あぁ。こんな社会何て大っ嫌いだ。そう思いながら僕はお腹を鳴らす外国人に何の気遣いもなく通じなければ諦めようの精神で日本語のまま、彼女に声をかけるのだった。
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