自己犠牲者と混ざる世界

二職三名人

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7-8:治すための旅へ

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「はぁ……」
 
 イギリス、霧の都にて天月博人は溜息を吐いた。
 すると使用しているマイク付きコードレスイヤホンから『大丈夫?』と心配そうなニコの声が聞こえる。
 
「いやぁ、昨日の事を思い出すとどうしてもな。
 厄日も厄日、災厄もいいところだったなぁって思って」
『あ、あはは。不幸の連続だったもんね』
 
 昨日のギリシアは散々であった。
 探索1日目から朽無幸達と遭遇してからの、一連の流れは天月博人の人生上、最上級の不幸だったのもあるが、それ以降もその副産物である不幸が降りかかって来たのだ。
 報告の為、覚悟しながら家に帰ると天月博人が死ぬと天月博人に関する記憶が消去されると、何処ぞから知った文月見世経由で知っている天月口也に、どんな無茶をしたのだと怒られ。
 花の髪留めを手放したが故に弱体化したので、2つで1組として購入した花の髪留めの片割れがどこにあるのか、【照らしの六人衆】のメンバーである友影可壊に尋ねたら。
 これまた文月見世経由で知っていたため、何また1人で血反吐を吐くような思いしてんだよと胸ぐらを掴まれ、その場に居合わせた二海稀理に涙ぐまれる。
 ……五条瑠衣子や伊藤改が文月見世をゴキブリと貶す理由が理解できそうな気がする。
 あの時は文月見世に任せたと言うので朱鳥あかみとり島に赴くと「髪留め場所を教えたら博人君はどうするデスか?」と尋ねられ、暫くはイギリスに行くかなと答えたら、真顔で教える対価として聞屋の手伝いをさせられる。
 そしてその誰もが死亡理由自殺と聞いて、説教、怒り、罰が激しくなった。
 
 余談だが、花の髪飾りは天月博人自身の部屋にある。あまり使用されていないクローゼット下の段の奥にあった。
 
『でもぉ、ニコ的には自殺云々の流れは自業自得かなぁって思うんだよ。
 敵とか、怪物だとかにやられたら、まぁまぁ……よくは無いけど納得はしやすいかなぁ。それに比べて自殺は……何かねぇ?』
「そうか? 腹を切って自殺をするのは誉らしいし、未来がないのを悟って双方同意のもとで行われる自殺、心中は究極の愛らしいぞ?」

『えー、その考えって日本に昔いた。侍とかの思考じゃないかな。古いんだよ』
「いいじゃないか侍、格好いいじゃないか。それになニコ、まるで思考が古いのが悪いような言い方だけれど、決して悪い事ばかりじゃあないぞ」
 
『そうかなぁ』
「そうなんだって。腹切り自殺はあらゆる罪の清算。もしくは己が己である為、辱めを受ける前にと誇り高い。
 心中は、如何あっても不幸になる未来に追い込まれながらも最期まで共にあろうとする愛の形だ
 自分は格好いいと思うぞ、己はこうあるのだと、譲れないものがあるのだという思いに、強く堅い芯が通っててさ」
 
『……自殺に価値を見出そうとしてる?』
「いや、違うから。本当に違うから」
 
 一転しこれから会話が二転三転するかと思いきや巻き戻り、『ふーん』と責めるような冷たい態度のニコに、「信じてくれよ」と天月博人は下手くそな笑みを浮かべた。
 暫く歩いていると、通行人はいつしか消えていて、人が居なくなったと思えば、霧は立ち込めて人影が数人見えてくる。
 イギリス人と思わしき男が2人、街の路地裏という光景の中にある、覗き穴程度の異質な森のような光景を見張っているのを確認した。
 
「急に人が居なくなったんですけれど。この霧の作用だったりするんですか? こう、人払い的な」
「うん? ここに来られたって事はここに来るって意志を持って来た人だね。という事は君が与神の血族、その養子、ヒロト・アマツキだね」
 
 自己紹介をおそろかにしていた事に気がついて帽子とゴーグル型携帯端末を取って「おっと、失礼しました。はい、ジブンはヒロト・アマツキです」と先に言われた自身の身分を肯定した。そして男も自己紹介をする。
 
「それで、さっきの質問だが。人払いの方は僕の力だ。霧の方は違う。僕の連れの方の……と言いたいところだが、見え辛いだろうが、穴から吹き出てんだ」

「なるほど」と状況を理解しつつ、穴に近づく。すると2人の男が慌てて覗き込むのを止める。
 
「あっぶねぇよ。その穴からは棘が伸びてくるんだぜ? 情報が行き届いてないのか?」
「えっ……あー」
 
 自身ならば、万が一があってもあらゆる意味で何とかなると思っている節のあった天月博人は、自身と中田文兵の歪んでしまった感性がおかしいのを思い出し、男たちの制止を即座に受け入れた。
 
「いやー、ちょっと慢心してましたね。すいません。それで、ジブンはここで民間人に被害が出ないように、そして穴から伸び出る穴が被害を出さないように見張る要員でいいんですよね?」
「そうだな。穴を封じ込む奴が来るまでの仕事仲間だ。よろしく頼むぜ同僚」
「短い間だがよろしく頼むぜ」
 
「どうも、よろしくお願いします」
 
 こうして男3人、その実女として作られたAI1人の計4人で見張りを行う。
 待ちの時間、ゴーグルをかけているのと片言なのを突っ込まれて、そこから会話が広がって待ち時間が消費されていく。
 
「腹減ったなぁ。交代で飯食いに行くか? 1人見張りが居れば大丈夫だろう。僕が行くときはバリケードテープを張れば早々、人は入ってこないだろう」
「お前と土地勘の無いコイツが残って俺が弁当を3人分買って来ればいいだろ」
 
「いやいや、ヒロトって日本人だろ? だから行って欲しい店があってさ。 おっと、どんな店か聞くのはよしてくれよ。そういうのはお楽しみって奴だ」
「ゲテモノ店とかはやめてくださいよ? ジブンは純粋にイギリス料理を食べてみたいんですから……2人共、誰か来ましたよ」
 
 夕食の話題になるほど薄暗くなった頃、3人の影が霧の向こう側からやって来た。
 3人の内2人はフードを被っているようで、更に2人の片方は背が高く、カンテラと思わしき光源を手に持って居る。もう片方は背が低く、己の背丈ほどの棒を持っているように見える。
 足音が近づく度、姿があらわになっていく。
 フードの背が高い方は、怠そうな表情で痩せ気味な男だ。手に持っているのはカンテラかと思ったが、余りに大きく、言ってしまえば布をかぶせた鳥籠の様であった。
 対して背が低い方は、うつむき、何処か幼さを感じる。
 手には、何か特異な木だろうか、血が古くなり黒ずんで固まったような印象を受ける棒を持っている。
 フードの双方に共通するのは、髪色が何処かくぐもって見える灰色がかったブロンドであり、両目が赤みがかった茶色である事だ。
 そのフードを被った双方に挟まれ、少し前を進んでいるのは、金髪で人形のように美しい、中性的な男がいる。
 
「見張りを有難う。ここからは私に任せてよ」
 
 中性的な男がそう言って手を穴へとかざす。すると何もなかったはずの手首に腕輪が出現した。
 嘘だろ!? あの話は本当で、もう目的の物が見つかったぞと、天月博人はその腕輪を見て思わず反応したがそれ以上のことはせずに観察する。
 
 腕輪から淡く青い光が眩しいくらいに放たれ、目に映る世界に広がり瞬く。
 
「うーん、私じゃあどう頑張ってもこれが限界かな」
 
 眩しさに眼が慣れてくると、空間に開いた小さな穴はシャボン玉の様な物に包まれていた。
 
「これで処置は完了。
 これで普通の人は触れられないし。
 無意識にここを避けるよ」
「えっ、穴そのものを閉じないんですか?」
 
 天月博人は腕輪を見て、今までの人生で感じたことのない期待という感情で胸を一杯にしたが、結果を見て思っていた。聞いていた結果を下回り、これがどういうことかと尋ねる。
 すると中性的な男は申し訳なさそうに謝罪した。 
 
「ゴメンね。私ができるのは世界の病気を治す事。
 怪我を治すことはできないんだ。精々こうやって応急処置をする事なんだよ」
 
(あぁ、なんだ。
 噂に脚色がついて、元々あった一部分がそぎ落ちたのをジブンが勝手に期待しただけか。
 いや、これが聞いていたものの別物だと考えると希望はまだ捨てるには早いか。
 何はともあれ、勝手にこの人に期待して勝手に残念に思ったのはジブンが悪い)
 
 天月博人は「あっいえ、責めたわけでは無いんです。こちらこそ、なんかごめんなさい」と帽子とゴーグル型携帯端末を取って謝罪する。
 中性的な男は苦笑して「謝り合うことでもないから。謝らなくて良いよ」と言って、天月博人の顔を見ると制止する。
 
「……? どうしました? ジブンの顔に何か付いてます?」
「いや……なんだか私達の大切な友人に、若ければこんな容姿をしていたのかなと思うくらい似ている気がしてね。
 よく顔を見せておくれ」
 
 中性的な女が天月博人の顔に触れて、覗き込む。長い髪の毛がくすぐったくて、甘い匂いがする。
 
「君は、やっぱり日本人だね。アジア人の顔は皆んな似たり寄ったりでゴッチャになるけど、君の顔の形状は、忘れもしない私達の良き友達である日本人と酷似しているからよくわかるよ」
「は、はぁ」
 
 中性的な男は懐かしそうに、天月博人の顔を親指の腹で撫でる。
 
「あぁそうだ。名前を聞かせてほしい。君の名前を心に刻みたいんだ。それとも先に名乗ったほうがいいかな?
 私は【アーサー・ワンダ・カステン・ニコラ・リオネル・レア・レオナルド・シルヴィア・テオ・ソニア・ケビ・アリシア・ペッコ・アイラ・マクシム・レイラ・ローベルト・バーラ・テオドール・メリッサ・ハオ・シェンメイ・ヴァン・トゥイ・ユウキ・ハルカ・アレクサンダー】って名前だよ。日本人の君にはユウキかハルカって呼んでほしいな」
 
 天月博人は中性的な男の名乗りの途中で困惑する。
 名前の長さもそうだが、まるでいろんな国の男女の名前をぶち込んだ様であったからだ。
 ミドルネームだったかセカンドネームだったかは幾つでも好きなのを入れても良いと聞いたことがあるけれどここまで自由なのかと。
 今回見張りの同僚になった男2人もその表情は「うっそだぁ」と言っている様である。
 
「この名前は本当にこいつの名前だよ。
 外国に遊びに行った時、この国の名前が欲しいって思い始めてそして今に至るらしい。
 どう考えてもたどり着く印象はアホだよな。ゴメンなこんなアホに付き合わせて」
「アホとは不敬な、私はこれでも王たる器だよ」
 
 明るい鳥籠的なのを持ったフードの痩せ気味な男が、こちらの心情をくんでかそんな事を言う。
 
「ハイハイ。でもアーサーの言ってる事もわかるんだぜ? 本当に君は似てるんだよ。オレ達の大事な人によく似ているんだよ。
 あっオレの名前はジミー、【ジミー・マイルズ・バーニー・アンダーソン】だ。
 それで、アーサーの後ろで俯いてるのがオレの姉さんのモニカ、【モニカ・メアリー・アンダーソン】だ」

 モニカと呼ばれた女性を見る。弟もジミーと比べて頭3、4個分くらい背が低いがどうなってるんだ遺伝子と思いつつ見ていると、モニカ・アンダーソンは恥ずかしそうに身体をアーサーに隠す様に引っ込める。なんだか小動物の様だ。
 
「気にしないでくれ。姉さんは人見知りなんだ」
「はぁ……」
 
 人見知り云々の流れは置いておいて天月博人は思う、ここまで自己紹介されたら、ジブンは自己紹介しないのは失礼ではないのかと。
 今日だけの同僚である男たち2人を見ると小声で「僕達も名乗った方がいいのかな?」「聞かれたのアイツだけだし、俺達には興味なさそうだし別にいいだろ」なんて会話をして居るのが聞こえる。どうやら天月博人が名乗るのはほぼ確定事項らしい。
 
(まぁ、こっちの世界でちょっと調べれば出てくる情報だし別にいいか)
 
 天月博人はそう思い至って名乗ることを受け入れ「ジブンはヒロト・アマツキです。コウセイ・アマツキの養子で与神の血族に所属しています」と、ニコ字が作った英語辞典の一語一語を必死に思い出して引っ付けて、カタコトと意味をなさない身振り手振りで名乗った。
 
「ヒロト……いや、まさかそんな、でも似て居るし可能性は……でも、基本不幸なあの人にここまでうまい……」
 
 ジミー・アンダーソンとユウキ・アレクサンダーはよくわからない事を言いながらm驚いた様子を見せ、ユウキ・アンダーソンが「ねぇ、もしかしてこの名前に聞き覚えはないかな。クチナ───」と言いかけたところでモニカ・アンダーソンが割り込んで、天月博人の顔をユウキ・アレクサンダーから奪い取り。
 小さくひんやりとした手でペタペタ触りながら何かを確かめる様に覗き込み。
 何かを確信すると「わ、わわわ、私、立派なお母さんになるから!」と、あらゆる過程をすっ飛ばして、訳がわからないトチ狂った事を口にした。
 
「は? ……はぁ!?」
 
 一瞬理解ができず言葉が漏れる。言葉を頭の中で反芻はんすうして、とりあえず言葉そのままの意味を理解するとそれはそれで驚きの声を漏らす。
 するとその驚きの声にモニカ・アンダーソンは驚いて「ヒニャ!?」っと声を上げた。
 驚くモニカ・アンダーソンはジミー・アンダーソンに片腕で持ち上げられた。
 
「姉さん、姉さん姉さん。そりゃあ驚くのは分かりきってただろうに何で姉さんが驚いてるんだよ。足りないよ、姉さんの言葉も、場数も、人とか変わる力も何もかもが足りないよ。全く姉さんはそれだから姉さん何だよ。この様子だと博人は多分、あの人にまだ会ってないって」
 
 モニカはジミーの言葉にムッとして、ジミーのすねに思いっきり手に持った棒を叩きつける。
 するとジミーは、片手の方で持って居る鳥かごの様な明かりを器用にも揺れない様にしながら悲痛な声を上げて脛を抑えて屈み込む。原因であるモニカは「これは私を悪く言った罰よ」と言わんばかりにフンスと胸を張って自身よりも低い視線になった弟を見下ろして居る。
 漫才でもしに来たのだろうかこのアンダーソン姉弟は。
 
「あ、ははは。ゴメンね全然わからないよね。でも博人君なら絶対にあの人と会うだろうから、その時にでもまた私達と会おうね」
 
 ユウキ・アレクサンダーはそう言って、結局何もわからないままに、アンダーソン姉弟を連れて晴れ行く霧の向こう側へと帰っていった。
 
「ヒロト、何か身に覚えあるのか?」
「突然お母さん宣言される覚えは一切ないです」
 
「そうかー……それじゃあ何だったんだあの人達」
「さぁ?」
「まぁいいじゃないか、取り敢えず仕事が終わったし飯に行こうぜ飯! 驚くぜきっと」
 
 混乱を残しながらも、それでも一段落したなら気は緩んでお腹が鳴る。
 そんな訳で男に連れられてとある飲食店に足を運ぶ。
 連れられてやってきた店の中では、長いスカート、長い袖、なんかよくわからない髪飾りで装飾された、召使いの様な女性たちがお客様をもてなしていた。
 言ってしまえばメイド喫茶である。
 
「メイド喫茶……メイド喫茶ですか」
「どうだ? 良いところだろう。日本人の評価を聞かせてくれよ!」
 
 メイド喫茶どころか普通の喫茶でさえ行った事が無いよと思いつつ、オタクなのだろう男の子供の様な輝く視線にそれを言うのを気持ち的にはばかられる。
 もう片方の男に視線を向ける。男は申し訳なさそうにして居る。彼はこの男に普段から苦労させられていそうだなとどことなく察せられ、助け舟を求めるのはやめて、取り敢えず乗っかることにした。
 
 



「はぁ……」
『まーた溜息なんか吐いて。溜息を吐くと幸運が逃げちゃうんだよ?』

「逃げる幸運が無いからいくら吐いても問題ないって事だな……いや、ゴメンって。怒った顔をしないでくれよ」

 イギリス料理が食べたかった事から溜息を吐いた天月博人は、つかの間の同僚となった男達2人と別れを告げて、レジスタンス本拠地の島でロロ=イアを斬滅にかかっている中田文平の連絡を待っている時であった。

「ミランダお姉ネェ様ー何処ですかぁー」

 ふと、どうやら彷徨さまよって居る様子の、おそらく天月博人よりも年上であろう女性が目に留まる。
 少女は何処か黒装束を思わせる服装をしていて、スラッとしたショートの赤毛である。

「ポーレットおネェ様~、聴こえませんか~。私はココですよ~……ここ何処ですか? ……うぅ、おネェ様達~、助けて下さーい。ここがどこか分かりませーん」

 発して居る言葉からどう考えてもあの態で迷子である。ニコが『イギリスに来てから5人目だよ? 毎度毎度人を助けていたらキリがないからやめた方が良いんだよ』と注意されるが、天月博人は「仕方がないだろ眼に入ったんだから」と言い訳しながら立ち上がり、女性の人に声を掛けるのだった。
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