自己犠牲者と混ざる世界

二職三名人

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7-10:治すための旅へ

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 俺の名前はデーヴィッドだ。デーヴィッド・レイン。15歳の日系イギリス人で児童養護施設出身、一昨日から3人の姉と暮らしている。
 高校には行って居ない。生活が厳しくてね。身内に料理の腕を見込まれてメイド喫茶の厨房でひたすら注文されたものを、あれ? こう言うのって冷凍されたものをレンジでチンするんじゃねぇのかなんて思いながら調理するバイトをして居るんだ。
 
「「帰ったよー」」
「おかえりー」
 
 このバイトが異様に忙しくて、ほぼ常に握って居るフライパンの相棒にチャールズって名付けたくなるくらいだ。
 帰った途端、最低限の食事をしてシャワーを浴びたらぶっ倒れるように眠るミランダの気持ちもわからないでもない。
 でも、寝る前にある程度は髪を乾かしてとかしておかないと朝大変なことになるよ。ミランダはフワフワして綺麗なブロンド色をして居るんだから勿体ない。
 
「今日も大変みたいだったね」
「本当に大変だったよ。
 ミランダや先輩達は若い新人を酷使しすぎじゃないかって思うもん俺……ときろでアンナ姉ちゃん……熱い」
 
「熱いとは何だ熱いとはぁ。私ほどじゃないにしても弟のデイヴィもなかなかに熱いんだぞー? えーい、ドライヤーの熱風攻撃ー」
「うわっ熱!? やめ、やめてって」
 
 前のめりに眠るミランダの髪をドライヤーで乾かし、櫛でとかして居るアンナ姉ちゃんと雑談をしながら、なぜか俺はそのアンナ姉ちゃんの膝に頭を乗させられる。
 アンナ姉ちゃんは俺を弟として可愛がってくれる。でも同じ児童養護施設で育った仲なのにミランダやポーレットにシスターをつけると2人は私の姉なのと怒る。多分やばい人だ。
 思春期真っ盛りな年齢の男である俺を弟とはいえ無防備に膝の上に乗せたり、ミランダ程は無くてもそこそこある男にとって幸福なような、ある意味毒のようなお山に引き寄せては埋め、頭を撫でて今日やった事をひたすらに褒めてくるから男的に考えれば完全にやばい人だ。
 危機感を持って欲しい。
 俺も俺で、そんな事をされても心温まるだけで俺の息子が一切反応しないのは男としてやばいかもしれない。
 いや、家族って認識だから立たないのか? ギリギリ大丈夫?
 
「はぁ、よいしょっと」
「お帰りー、ご飯温める?」
 
 夜遅くになって、ミランダが完全に寝入り、俺も横になった頃にポーレットが帰ってきた。いつも肩にかけて居る、大きな本の入ったカバンから、茶色の封筒を取り出す。
 
「それは?」
「ノワールの奴にブツを渡した時、ついでに渡された宿題だよ。
 明日はアンナも出動するよ、即日に手柄を立てて褒めてもらうさね」

「はーい」
「しかし……また鳴ってるね。例のイタズラ電話かい?」

「うん、ほんと、嫌になっちゃうよね。用も無いのに電話してきて何がおもしろいんだろう」
 
 浅い眠りの中で、そんな会話が聞こえる。……ここ数日、家電話がやたら鳴って、アンナ姉ちゃんが取っても無言のイタズラ電話が多い気がする。
 
 
 
 
 異変が起きたのはなんて事のない、俺が3人と暮らし始めてちょうど1週間たった頃、バイトでチャールズを握って居た時のことだ。
 俺は突然頭痛を起こした。そして俺は───。
 能力による何かしらの審議が終わったのか、漸く記憶を蘇らせた天月博人は静かに発狂した。
 記憶が消えて居た。書き換えられて居た。本当の家族や仲間を忘れていた。自身の記憶を自分勝手に消す分、せめて自身だけは覚えておこうと心に誓ったのに消えて居た。
 ゴーグル型携帯端末が破壊された。
 花の髪留めをアン・レインに気に入られ、奪われた。
 天月博人にとって発狂の材料とするには十分すぎる要素が混ざった記憶に存在して居る。
 ここ1週間は厄日だ。最悪もいい所だ。
 
(何が最も最悪かって、デーヴィッド・レインの記憶が混ざって居るジブンは、3人に対して情が湧き切って居る事だ。ジブンにはもうあの3人は倒せない)
 
 天月博人を最悪な状況に引きずり込んだ3人をとっとと殺せば済む話なのだが。
 だけれど天月博人の性分上、情が湧いてそれができなくなって居るのを悟り、酷く焦りを覚える。
 
(……ここは厨房だ。
 包丁を盗むことになって心苦しいが、さっさと脱出して自殺するべきか。
 いや、その後が若干困る。
 無一文で街に出てもナカタニさんへの連絡手段が、道行く人々に頼み込んで時間がかかる方法か、監視カメラに映って、巡り巡って異能に携わる世界に情報が渡ったなら大惨事になりかねない方法しか無くなる。
 それにあの3人からニコのサポートも無しに顔を見られないように尽力する事になる。
 それじゃあ……狙うは連絡手段は。レイン家の家電話、そしてメイド喫茶のスタッフルームにある置き電話。それか先輩達の荷物の中にあるであろう携帯電話の3つだ。……暫くはデーヴィッド・レインとして身を置くか)
 
「手が止まってるぞデーヴィッド。
 どうした?」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてました」
 
 少しずつ、思考がまとまっていく。取り敢えずは穏便な方針で行動していく。




「はーっむ。
 ……ヒンヤリ美味しい! 青いバタフライケーキ美味しく出来てるよデイヴィ!」
「本当に美味しい……材料があったら店の一部の料理、再現出来る様になったんだ……すごいねデイヴィ」
「ミントエッセンスをクリームに、バタフライピーをケーキの生地に混ぜるだけで、後の作り方事態はバタフライケーキと同じだからこんなもんだよ。後は味の調整かなぁ。エッセンスの入れすぎなのかちょっとミントのスーっとする感じが強過ぎる」

「そう? 私は好きだよこのスーっとする感じ。眠気もちょっとだけ覚めるし……ポーレットお姉様は食べないの?」
「私は遠慮しとくよ。ミントってこう、歯磨き粉みたいでどうにもねぇ。食べ物って気がしないのさね」
 
「一応言っておくけど歯磨き粉がミントの味なのであって、ミントが歯磨き粉の味じゃないから。でも、そう言うことなら私がもーらい」
「あっミランダお姉様ずるい! デイヴィ! お代わりー!」
「材料がもうないからお代わりは無いよ。ミントエッセンスとバタフライピーの着色料ならあるけど飲む?」
 
「……要らない。ねぇミランダお姉様、やっぱりそれジャンケンで……ってもう食べてるー!?」
「うふふふ、提案が少し惜しかったね。ここは早い者勝ちだったんだってことで諦めて」
 
「ブーブー、ズールイんだズルイんだー! ズルイ事をするような悪い人はいつか報いを受けるんだぁ!」
「……報いを受けるのは勘弁だね。だから報いを受けないように気をつけておくよ」
 
「わー開き直ったー!?」 

 夜、家電話を使う機会を伺いながら、3人と過ごして居るとポーレット・レインが時計を確認して上着を羽織り、大きな本の入ったカバンを肩にかける。
 
「さて、オヤツも終わったし手柄を立てる時が来たよ。アンナ、私と来な。ミランダはデーヴィッドと留守番を頼むさね」
「あっ、もうそんな時間? はーい」
 
 指示されメモ帳程度の赤いひし形の何かがが装飾されて居る本をポケットに突っ込み、上着を着たアンナ・レインも準備を終える。
 
「それじゃ行ってくるねー」
「そうだデーヴィッド。この間に私の分のオヤツを買っておくんだよ。シンプルなチョコケーキでいいからね」
「了解」
「ポーレットお姉様もやっぱりオヤツが欲しかったんだね」

「う、煩いわ! 甘味が欲しくて何が悪いさね。ふん、それじゃあ行ってくるからね。お金はミランダから貰いな」
「はーい。2人とも気をつけて行ってらっしゃーい」
 
 そう言ってポーレット・レインはアンナ・レインを連れて外出する。
 その後、天月博人はミランダ・レインからお金を貰い、チョコケーキを買いに外出する。
 公衆電話にお金を使おうかと思ったが振り払い、近所のギリギリ開いていたスーパーマーケットで素直にチョコケーキを購入して帰宅すると電話がなって居るのに気がつく。ミランダ・ポーレットは? と思い少し探すと彼女は寝室で濡れた髪のまま眠りこけて居るのを発見した。チョコケーキを冷蔵庫の中に入れて、電話が鳴り止んだら使おうと待機して居ると、一向に鳴り止まない電話にしびれを切らして受話器を手に取る。
 耳を当てて、向こうが喋り出すのを待つがそれは無く、最近続いて居る無言電話のイタズラかと溜息を吐いた。
 
『……あっ、この溜息の感じ。ヒロ? ヒロだよね! わかる? ニコだよ!』
 
 すると懐かしい声が聞こえて、天月博人は深い安堵に膝をついた。よかった。ゴーグル型携帯端末ごと消えてしまったのかと、静かに嘆いていたから。
 
「よ、よかった。今日、記憶が戻ってから携帯端末ごと居なくなったニコがずっと心配で、だからってなんとか行動しようと思っても、こっちの人たちにも情が湧いちゃったから痛めつけるのも気が引けて。何もできないで居たんだ。心細かったんだよ……本当に良かった。生きててくれて」
『お父様に頼み込んでオンラインにニコを繋いでくれたヒロの判断のおかげでニコは、携帯端末を焼かれた後も、こうして無事なんだよ!
 さて、捕まって拘束されてたわけじゃないのは街中に監視カメラから把握してたけど一緒に行動してるのはどう言う事なんだろう? って疑問や、記憶が戻ってって部分は後で詳しく聞くとして、情が湧いて傷つけられないんだね?
 ……それじゃあさっさとナカタニさんに回収されて、ニコ的にはすっごーく嫌だけど自殺する?』
 
「うん、そうしてくれると助かる」
 
 こうして今まで電話をかけて天月博人の身を案じて、毎日迷惑な無言電話をかけ続けてくれたニコによって中田文兵に連絡が届き、天月博人はイギリスを脱出する。
 そして中田文兵と中田文兵の持つただの携帯端末越しに居るニコに事の経緯を話し、世界を救えるかもしれない腕輪が期待していた性能と違っていた事を物のついでに話す。
 そして日本群島の白雉島に帰還して、頭部を中田文兵に握りつぶされる形で即死させてもらい。また色んな人に怒られながら、伊藤改にゴーグル型携帯端末の製作を土下座する形で依頼。
 
 その後、全世界でゲリラを行なっていた兵器擬人の全滅を聞いて、安堵し、今度はギリシアのリベンジに行くかなぁと思いながら寝床に着いた。
 
 
 
 
 
 
 翌日、目を覚ますと見慣れた。
 それでも昨日寝入った場所ではない寝室で。顔面が間近にあって天月博人は驚く。
 体温の熱い誰かの抱き枕にされ、天月博人の寝てる間に抱きつく癖も相まって抱き合って居る状態にようだ。
 天月博人が驚いたことによって目を覚ました女性が目をこすりながら、起き上がる。
 
「ふわあぁ……どうしたの? デーヴィッド? 怖い夢でも見た?」
「な、何でもないよ。あ、アンナ姉ちゃん……」

 天月博人的にはアンナ・レインと抱き合いながら目を覚ましたこの朝が、ある種の怖い夢であってくれと思いたくなる状態なのだが、何とか飲み込んで周囲の状態を見る。
 部屋はイギリスにある筈のレイン家の寝室のように見える。アンナ・レインの隣にいる女性とその隣にいる女性がポーレット・レインとミランダ・レインであることからレイン家であることは間違いではないのだろう。
 困惑しながらもさらに状況を把握しようと周りを見て居ると、小棚の上にランプの横に充電されながら置かれて居る携帯端末が目覚ましを鳴らす。
 
「はぁ……おはようデーヴィッド」
 
 朝が弱く眠ったままのポーレット・レインと、夜早く寝るせいか、朝はすぐ目を覚ますミランダ・レインを横目にこの時、天月博人は驚愕していた。
 アラーム鳴り響かせる携帯端末には、昨日の日付が表示されていたのだから。
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