二度目の恋もあなたと

雪本 風香

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小心者

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記念に、というつもりはなかった。
だが、奇しくも2つ買ったぬいぐるみは美咲とデートした証になった。
お互い一つずつ持ち帰ったサメのぬいぐるみ。

ベランダでタバコをくゆらせながら考える。
なんでサメだったのか。つり上がった目つきと尖った歯で、お世辞でも可愛いといえないフォルム。

(次、彼女とあったら聞いてみるか)
安村はそう考えて、苦笑する。
先程まで会っていたのにすぐに次の約束を取り付けようとしている自分に呆れる。

きちんと付き合っている訳ではないのに。

自分のズルさにため息を付いた安村は窓越しにベッドの片隅に置いてあるサメのぬいぐるみを見る。
そしてため息と一緒にふぅーっと煙を吐いたのだった。



フラッと入った居酒屋だが、デートで使うカップルが多いのか、案内された場所は半個室になっていた。
飲むときはカウンターに並んで座っていたからか、個室で向かい合うとなんだか尻の座りが悪い。
それでも他愛のない話と酒を飲んで、このまま解散できるかと安村が期待していた時に、美咲は核心に触れた。

何歳差まで付き合えるか、という美咲からの質問。

きた、と思った。
美咲の気持ちにはとうに気付いていた。昔のようにすまないの一言で納得はしてくれないだろう。
安村はしばし思案したあと、正直に答えた。
「僕は同い年かせいぜい2,3歳差までだな」
一瞬顔を曇らせた美咲はすぐに笑みを浮かべて問いかけた。
「なんでですか?」
「いくつか理由はあるが。一つは仕事柄、だな」
「仕事柄?」
「そうさ。僕が初めて勤めたのは共学の高校だったからな。最初に受けもった教え子との年の差は5つだ。5歳年上は気にならないが5歳下はあいつらと同い年かと思うと、な」
「そうですか」
「君はどうなんだい、美咲君」
「私は……」
少しだけ言い淀んで、それでも真っ直ぐに安村を見据える。
「今気になる人は8歳……いえ、今は7歳上なのでそこまでは許容範囲です」
ハッキリと伝えてくる美咲に安村のほうが飲まれそうになる。
「そうか。君がうまくいくことを祈っているよ。なんせ「」みたいなもんだからな」

いつも通り笑えただろうか。
安村の内心の動揺をよそに美咲はポツリとつぶやいた。

「私じゃ、ダメですか?」
安村は息を吐く。
「……君には他にいい人がいるだろう」
「いないです」
「君のことは妹のように……」
「でも妹じゃない」
「……それはそうだが」
「「女性」としては見れませんか?この先も、永遠に」

美咲の視線は揺るがない。
こういう目は生徒の指導の折、何度も見てきた。
ごまかしやすり替えは通用しない。本音で話さない以外は通用しない。
安村は黙って水割りを飲み干す。

「……僕には、君と同じだけの純粋な想いは返せない」
「はい」
「歳も歳だ。次に付き合う女性は結婚も視野に入るだろう。そうすると、純粋に「好き」の気持ちで行動はできないんだよ」
「……なんで?好きって気持ちがあって、じゃないんですか……」
「僕が小心者だから、だよ」

美咲が目を見張る。
安村は自虐するように笑った。

「意外、かい?でも僕は君が思っているよりビビリだよ。
前野の妹だということ。付き合うと君の初めての男になること。別れた時に君よりも何歳も年上の僕のほうがダメージを受けること。
君に心を動かされていることよりも、リスクを考えて回避する。そんな男だ」
安村の吐露に美咲は沈黙する。

幻滅しただろう。きっと。
これできれいサッパリ自分のことなど忘れて他にいい男を見つけてくれることを願う。

「そろそろ行こうか」
黙ったままの美咲を促して安村は席を立った。



「美咲君」
店を出たところで安村はいつもの癖で飴を渡す。
じっと見つめた後、美咲はクスリと笑った。
ほっぺたに現れたえくぼを見て、安村は安堵のため息をつくと自分の口に飴を放り込んだ。
舌で転がすと甘いレモンの味が口に広がる。

「安村さん」
やっと口を開いた美咲が静かに呼び止める。
「どうした?」
歩みを止めて振り向いた安村をすぐそこの路地に連れ込んだ。
「お、おいおい、美咲君。こん……」
「練習台になってください」
「ん?」
「付き合わなくていいです。いつか私に恋人が出来たときに失敗しないよう、安村センセイで練習させてください」
そう言うと美咲は安村の首に手を回した。

「安村センセイ、唇、届かないです」

考えるより先に体が動いた。

美咲の顎に手を添えるとくいっと上を向かす。
わずかに開いた口を塞ぐように自らのそれを重ねた。

初めてのキスなのにどこで知ったのか、絡めてこようとする美咲の舌を一舐めした。
「んっ……」
夏だというのにブルリと身を震わせた美咲を解放すると耳元でささやいた。

「悪い子だ、美咲君」

美咲は微笑を浮かべてポツリと呟いた。

「レモンの味だ。……しっかりこの味覚えておきます」

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