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きっかけ
しおりを挟む「いや~!青春だねぇ!!」
ヒューと口笛でも吹きそうなテンションで言うと、彩葉はウーロン茶をグイッと飲み干した。
一緒に任されている仕事が一段落したところで、彩葉の宣言通り飲みに来たのだ。
もっとも彼女は酒が飲めない体質なので、ウーロン茶オンリーだ。
お茶で飲んでる人と同じくらいテンションを上げる彩葉はいつ見ても感心する。
酒飲みの美咲は彩葉に遠慮することなく美味しそうに水割りを飲み干すと、彩葉の分も合わせて同じ飲み物をオーダーする。
美咲は彩葉に洗いざらい話していた。
彩葉が聞き上手ということもあるが、誰かに聞いてほしかったのだ。安村のことを。
ただの会社の同僚で、同期で、違う部署。
プライベートのことをお互い深くは知らない彩葉。
友人でもない関係の彼女には、このややこしい関係を話しやすかった。
「いやー!少女漫画みたい!初恋の人と結ばれるって」
「結ばれた、って言っていいのかな?」
「いいよ、いいよ。実際そうじゃん!初めてのもの全部あげたんでしょ?」
かぁっと頬が熱くなったのは、きっと酒のせいだ。思い込もうとした美咲に彩葉は追い打ちをかける。
「いやー、赤くなってる!可愛いー」
語尾にハートマークでもついているように言われ、美咲は固まる。
友人にいないタイプだ。どう反応したらいいかわからない。
黙っている美咲に彩葉はしみじみ語る。
「前野さんって同期で集まっても恋人の話しないし、話にも乗ってこないから興味ないのかと思ってたわ」
「んー、恋愛経験ないから話せなかっただけだよ。こんな話したの、初めてだし」
「そっかぁ」
彩葉はにっこり笑う。美咲はその笑顔がどことなく安村に似ていると感じた。
だからなのか。あまりプライベートを話すのが得意ではないのに、彩葉にはペラペラと喋れているのは。
美咲の思いを知っていたかのように、彩葉は言った。
「その、安村さんだっけ?彼のどこが好きなの?教えてよ」
「えっと……」
普段なら決して口にしないのに。
酒を飲みすぎたせいにしよう。美咲は自分に言い聞かせるように心の中で呟く。
「長くなるけど……聞いてくれる?」
彩葉は満面の笑みで頷いた。
※
とても素敵な声だ。
まだ小学生だった美咲は、それがバリトンと分類されるのだとは知らなかったが、兄が連れてきた友人の「おじゃまします」の声にうっとりした。
興味本位でリビングからピョコと顔を出すのと、彼が廊下を歩いてきたタイミングは同じだった。
「っと、危ないな。あっち行ってろ」
年頃もあって美咲を邪険に扱う兄の後ろを歩いていた安村は頭一つ分大きい。
びっくりして固まった美咲を見つけると、わざわざしゃがんで目線を合わせてくれた。
「前野の妹、かな?はじめまして、安村龍彦です。お邪魔するね」
彼はニカッと笑う。
ガタイは大きいのに笑うとまなじりが下がり、優しそうな目が強調される。
そこできちんと挨拶が出来たらよかったのだが、その時美咲がとった行動は正反対だった。
逃げた、のだ。
「あ、こら!」
兄の怒りを含んだ声が聞こえるが無視する。
見知らぬ男の人だ。
素敵な声だがよく響くし、体も大きい。笑うと優しそうだけど、怖い。
(勝手に知らない人連れて来ないでよ!ってか、もっと遅く帰ってきてよ!)
両親は共に仕事だ。一人で留守番できるようになって兄が帰ってくるまでは好きなことができる貴重な時間なのだ。
この春、高3になり「受験生」になった兄は美咲の立てる音に敏感だ。
宿題の音読をしたり、テレビを見たりゲームをしていると、必ず「うるさい」と注意される。
反抗期、というのもあったのだろうが、この時期の兄は美咲には鬱陶しくてたまらなかった。
ただでさえ年が離れていて、異性同士。そんなに仲良しな兄妹ではない。
むしゃくしゃした気持ちでリビングに戻った美咲に廊下から「静かにしてろよ!」と声を張り上げ、兄は安村を連れて自室のある2階に上がっていった。
「うー、最悪だー」
うめき声をあげ、それでも美咲は兄のいいつけを守るべくテレビのスイッチを消したのだった。
「今日は突然すまなかったな」
安村は帰り際にしゃがんで目線を合わせた美咲に詫びる。
美咲は首を振って安村に答えた。
それだけでホッとしたように笑うと、ポケットから飴を取り出す。
「今、これしかないんだ」
おばあちゃんちに行ったらあるような、ザラメがまぶしてあって果物の味がする飴。
兄と同い年の人が選ばなそうなチョイスに、美咲は安村の顔を見つめた。
「好みじゃなかったかい?」
「年寄りくさいからじゃねぇか?」
「っつ。仕方ないだろっ。これが好きなんだから」
兄のちゃちゃ入れに安村は半分照れたように言い返す。
美咲は手を引っ込めようとした安村に首を振って飴を受け取る。
「ありがとう……ございます」
安村は嬉しそうに、ニカッと笑ったのだった。
兄とは3年でクラスが一緒になって急速に仲良くなったらしい。
安村は、2週間に一度は訪れていた。
そのたびに美咲にお土産と称してちょっとしたお菓子を渡す。
何故か和菓子が多かったのは、安村が曾祖母の代から四代に渡って同居しているためだ。
いつも膝をついて美咲の顔をきちんと見てくれる安村。
体は大きいのに、目はキラキラしていて大型犬に似ている。
美咲がお菓子の礼をいうと、ニカッと朗らかに笑う。
子どもの美咲にも真摯に向かい合う彼に、怖い以外の感情を抱いていったのだった。
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