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爆発
しおりを挟む安村が予約してくれていたホテルは、部屋から芦ノ湖の絶景を見ることができた。
「中々いい部屋だな」
キャリーサービスで箱根湯本駅からホテルに届けてもらっていた荷物を床に置いた安村は、美咲の後ろに立って窓からの景色を堪能する。
目の前に広がる芦ノ湖。そしてその向こうに富士山が顔を出している。
まさしく絶景だ。
「本当に素敵です。……ありがとうございます」
日帰りで行けるからか今まで箱根に宿泊したことはなかった美咲だが、こんな素敵な場所があるなんて。
(ダブルでも良かったのに……)
部屋がツインだったのがちょっとだけ残念だ。
それを引いてもこのロケーションは素晴らしかった。
「ここ知っていたんですか、安村さん」
「いや」
真後ろから聞こえて来る安村の声。
顔が見えない分、彼の声に集中してしまう。
安村の魅力の一つである、低くてよく通るバリトン。
声が後ろから聞こえてくるだけで彼に抱きしめられているように錯覚して、変にドギマギしてしまう。
「同僚に教えてもらったんだ。僕も箱根に泊まるのは初めてだから」
――前の彼女とは泊まっていないんですか。
喉から出かかった言葉を飲み込み、美咲は振り返る。
真後ろに立っていてくれてよかった。見上げても身長差があるから、微妙に目線が合わない。
「夕食までまだ時間あるので、先にお風呂に行きませんか?」
「ん……あぁ、そうしようか」
「じゃ、私準備しますね」
すり抜けるように安村の横を通り過ぎると、美咲はクローゼットから二人分の浴衣を取り出したのだった。
※
やっと一人になれた。
美咲は半露天風呂に浸かりながら、深い溜め息をついた。
早めにチェックインしたからだろうか。入浴していたのは、美咲の他に一組だけだった。
その親子から離れた場所に腰掛けると外の景色を眺める。
ここからも富士山を望むことができる。
雄大な景色なのに、美咲の心は晴れない。
安村は最大限美咲に気を使ってくれていた。
前の彼女と来たと聞いていたが、できる限り美咲に気付かせないように振る舞っていた。
美咲が注意深く見ていなければ気付かないくらいの些細な表情の変化。
それでも、どうしても目についてしまうのだ。
安村が遠い目をして美咲の向こうを見ていることを。
わかってはいるのだ。
安村にこのモヤモヤしている気持ちをぶつけたら、彼は真摯に受け止めてくれるだろう。
心の内で納めようとしているのは美咲自身の判断だと。
「だって、恋人じゃないから……」
口に出した瞬間、目頭が熱くなる。
好きだ、と言えば安村は受け止めてくれる。
それが美咲の望む答えじゃなかったとしても、昔告白した時と同じように目線を合わせて誠実に返事をくれる。
美咲が答えを聞きたくないだけなのだ。
「まいったな」と、言われたくない。
「情で抱いた」と、言われたくない。
「ただの練習相手だろ」と、言われたくない。
一時のことだとしても、今のままなら安村の隣にいることは許される。
かつては叶わなかった。幼すぎて、安村の隣を歩くことすらできなかったのだ。
一度目は、ただ気持ちをぶつけるだけで良かったのに。
二度目の今は、それだけじゃ満足できない。
隣を歩きたい。側にいたい。
キスもしたいし、抱きしめられたいし、……抱かれたい。
同じ温度で恋愛はできないと、以前釘を刺されている。
安村には「友人の妹」としか見られてないのだ。
それなら望みがない恋人ではなく、都合のいい関係でも側にいたい。
聞き分けの良い女を演じて、にっこり笑って。
その一方で恋人になりたいと強く望んでもいるのだ。
自分でもわかっている。拗らせていることは。
だけど恋愛経験ゼロの美咲には、もう何が正解かわからないのだった。
※
爆発したのは、夕食後だった。
安村と別れて土産売場を覗いて部屋に戻った美咲の目に飛び込んできたのは、窓際の椅子に腰掛け、遠い目をして湖を見つめる彼の姿だった。
美咲が戻ってきたのにも気付いていない安村に、我慢していた糸がプツンと切れた。
「……っているんですか?」
「ん、美咲君。おか……」
「誰のこと考えているんですか?前の彼女のことですか?」
「どうしたんだい、美咲君」
戻ってくるなり低い声で突っかかる美咲に安村は驚いたように眉を上げた。
引かれている。そう思ったが一旦言葉にして発すると、もう止まらなかった。
「なんで私をここに連れてきたんですか?私が隣にいるのに、なんでそんな遠くを見ているんですか?」
「美咲君」
「一緒にいる間くらいは、私のことだけ考えて欲しいのはワガママですか?」
「美咲君!」
「「友人の妹」としてしか見てくれないのに。想っても同じだけの想いを返せないからって……」
言葉に詰まる。
泣いても困らせるだけだ。でも、涙を止めることができなかった。
せめて見られないようにと俯いた美咲の前に安村が立つ。
涙で歪んだ視界には、美咲の靴と安村のスリッパがボヤケて映る。
「美咲君」
安村の声が上から降ってくる。
「顔を上げてくれ」
美咲は首を左右に振る。泣いているところなど、見せてはだめだ。
「美咲君、頼む」
再びの依頼にも首を振る。
ふぅ、と息を吐いた安村は美咲の肩に手を添えた。
「美咲君、顔を上げなさい」
キツい言い方ではなかったのに。
安村の職業柄かピリっと背筋が伸びる声のトーンに美咲は思わず従った。
涙で滲んだ視界の先には、安村の困ったような少し照れたような顔がある。
すぅーっと息を吸い込んだ安村は、息を吐くと同時に美咲がずっと欲しかった言葉を告げた。
「君のことが、好きだ」
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