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旅路
しおりを挟む「ベタだが、まずは大涌谷に行こうか」
安村の言葉に頷いた美咲。
安村は、スッと手を差し出した。
その慣れている様子に、美咲はモヤッとしてしまう。
――前の彼女とも手を繋いでこの道を歩いたんですか――
自分のしょうもない嫉妬心を気づかれないように、ことさら明るく振る舞う。
「大丈夫です。手繋がなくても子どもじゃないんでコケないですよー」
手は繋がない。恋人じゃないのだから。
「そうか」
安村は少々残念そうに手を引っ込めて、先を歩く。
ロマンスカーから登山鉄道に乗り換えて強羅駅へ向かうのだ。
美咲は遅れまいと安村の後ろをついて行く。
箱根は小さい頃以来の美咲は、ほとんど覚えていなかった。
急な坂をトコトコと走りながら、時折スイッチバックする姿を初めて見るかのようにワクワクしながら写真に納める。
その姿を安村は微笑みながら見つめると、何か思い立ったように自分のスマホで美咲の姿を撮った。
「よく撮れてる」
美咲にちらりと見せる。そこには窓に張り付いて必死にスマホを操作している美咲の姿が写っていた。
「ちょっ!安村さん!今の消してください!」
安村はハハッと誤魔化し笑いながらスマホをしまう。
「もうっ!」
美咲はワザと怒ったフリをしてそっぽを向いた。
(こんなこと、しないのに)
手を繋ごうとしたりふざけたり。いつもと違う安村の態度。
そして、時折何かを思い出すかのように目を細める。
心がぐちゃぐちゃだ。
ときめいたり、嫉妬したり。感情がジェットコースターのように烈しく上下する。
恋人ではないのだから、と戒めのように唱えるのに、美咲の心の内を気付かないように接してくる。
どんな顔で隣に立っていればいいか、美咲はわからなくなっていた。
※
登山鉄道からロープウェイに乗り換えて大涌谷駅で降りる。
箱根のモデルコースだが、奇しくも真希と来たときと同じデートコースを辿っていることに、安村は少々罪悪感を覚えた。
表情から何か気づいたのか、美咲は笑った。
「箱根に来たら、大体このコースですよね。気にしないでください」
気にならないはずないのに、明るく笑う美咲に安村は少しだけ気持ちが楽になる。
「とはいっても、きっと安村さんは気にするでしょから。……謝るのであれば、あそこの黒たまご買ってください!」
フッと吹き出した安村は、もちろんだよ、と答える。
「ついでにお昼ご飯などいかがですか、お嬢さん。もちろん、僕が出させて頂きます」
芝居がかった安村の口調に、美咲も吹き出した。美咲も、安村の演技に乗っかる。
「なら、お願いしようかしら」
「仰せのとおりに」
胸に手を当てて軽く頭を下げた安村と連れ立って、美咲は近くの食堂に入っていったのだった。
「なんだ」
呟くと安村は肩の力を抜いた。
「どうしたんですか?」
怪訝そうな美咲に首を振ると、芦ノ湖を見つめた。
今、真希にプロポーズした場所と同じところに立っている。
色んな感情が湧いてくると思っていたが、心は凪いでいた。
(もう吹っ切れていたんだな)
穏やかな気持ちで芦ノ湖を見れる日が来るとは、あのときは想像していなかった。
4年もかかった。4年しかかからなかった。
どちらが当てはまるのか、わからないが間違いなく美咲のおかげだ。
彼女と再会して、止まっていた時間が動き出したのだ。
「美咲君、ありがとう」
不思議そうに首を傾げる美咲を、安村は眩しそうに見つめた。
(今度失恋したら、4年で済むどころじゃなさそうだな)
「安村さん、大丈夫ですか?」
急に黙りこくった安村を心配そうに覗き込む美咲に、いつものように笑いかける。
「あぁ。苦しい思い出の場所だったはずなのに、美咲君が隣にいてくれるおかげかな。思った以上に平静だ」
ボッと顔を赤くする美咲を思わず抱きしめたくなる。
理性を総動員して気持ちを押し止めると、安村は改めて美咲に礼を言ったのだった。
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