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二人の朝②
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大きな荷物はホテルのサービスを使って箱根湯本駅まで届けてもらうことにしたから、身軽な状態で安村と並んで歩く。
まだ夢のようで、足元がポヤポヤしている。
問いかけを何度か聞き逃して、訊ね返すのを繰り返している美咲に、とうとう心配そうに安村が聞く。
「体調でも悪いのかい?」
「いえ。……まだ夢みたいで。家に帰ると全部ウソだったってなりそうで……」
「僕の気持ちが信じられない?」
「そうじゃないんです……。片想いが当たり前過ぎて、気持ちが通じるって思っていなかったから」
美咲は自分でもどうしたらいいのか戸惑っていた。
9歳の頃から――一度は気持ちを封印していたけれど――ずっと心のどこかに彼がいたのだ。
今まで生きてきた半分以上は安村を一方的に想っていたのに、今は気持ちが通じているなんて。
何度も想像はしたけれど、あくまで美咲の妄想の中の出来事でしかなかったことが現実に起きている。
美咲にとって奇跡的すぎて信じたいけれど、にわかには信じきれないのだ。
「それなら……」
安村は何かを思いついたように携帯を取り出した。
ニカッと笑うとどこかに電話をかける。
安村の行動の意味がわからない美咲は戸惑うばかりだ。
「あぁ、朝早くにすまない。……うん、……あぁ」
安村が意味ありげな視線を寄越す。
「僕、美咲君と付き合うことになった」
「ちょっ!安村さん!!」
自分でもまだ消化していないのに、アッサリ他人に伝えるなんて。
美咲の悲鳴に似た静止を気に留めることなく、電話の相手と話を続ける。
「あぁ。……遊びなわけないだろ。もちろん先も考えてるさ。うん……あぁ」
安村はおもむろに美咲に携帯を渡した。
「えっ……と」
「代わってくれ、だって」
意味ありげに笑う安村は電話口は誰か言わない。
美咲が思い当たる人を考える前に、安村が「早く」と促す。
怖い人じゃありませんように、と祈りながら美咲は恐る恐る「はい」と声を出した。
『お前、安村を弄んだんだって?』
「えっ、あっ?お、お兄ちゃん!?」
身構えていた美咲の体から力が抜ける。
兄と分かってホッとしているのも束の間、新たな疑問が湧いてくる。
兄は、どこまで知っているのだろうか、と。
『全部知ってるよ。俺のほうが付き合いは長い。誠実の塊のような男だしな。お前と違ってちゃんと事前に頭下げに来てるさ』
少しだけ嫌そうな兄の口調は何故なのかは、直後に付け加えられたセリフで判明する。
『お前との宙ぶらりんな関係の報告がてら早々にお義兄さんって呼ばれるしさ。ってかお前、ずっと安村のこと好きだったんだからサッサと付き合ったら良かったんだよ。ウダウダと拗らせて、面倒くさいぞ、お前』
電話で起こされたのがよっぽど気に食わなかったのか、流れるように文句が出てくる。
美咲は兄の言葉に安村を見つめて固まることしか出来なかった。
『あいつは美咲には勿体ないくらいいいヤツなんだ。……泣かすなよ』
低い声で念押しする前野の言葉は真剣味がある。思わず背筋を伸ばした美咲を他所に唐突にブツッと電話は切れた。
切れた携帯を見つめる美咲に安村はどうだった、と訊ねる。
「安村さん」
「ん?」
「兄の前で、泣いたんですか?」
「あ、いやっ!泣いてはない。無いぞ!」
珍しく安村が慌てる。ほんのり顔を赤くして、そっぽを向くと早口で伝える。
「し、少々弱音は吐いた……かと。君から好きと言われてもないし、付き合おうと言っても色よい返事は貰えないし、な」
ポリポリと頬をかく様子の安村を見て美咲の口から声が漏れる。
「可愛い」
「おいおい。三十路すぎの男に「可愛い」はないだろう」
眉をへの字にして困り果てる安村に美咲は声を上げて笑う。
安村は楽しそうに笑う美咲に頬を緩めると、いつものニカッとした笑みを浮かべた。
「さて、約束のデートをしようか」
差し出された安村の右手。
昨日は繋ぐことが出来なかったその手に、そっと自分の手のひらを重ねた。
嬉しそうに笑う安村に指を絡ませてながら握られる。
大きくて温かくてそして優しく包まれる自分の手。
長い時間をかけてやっと繋ぐことが出来た幸せを噛み締めながら、美咲は彼の隣を歩く。
「好きです、安村さん」
小声で呟いたつもりなのに、彼の耳には届いたようだ。
そっと顔を耳に寄せると安村は囁いた。
「僕もだよ、美咲君」
と。
大きな荷物はホテルのサービスを使って箱根湯本駅まで届けてもらうことにしたから、身軽な状態で安村と並んで歩く。
まだ夢のようで、足元がポヤポヤしている。
問いかけを何度か聞き逃して、訊ね返すのを繰り返している美咲に、とうとう心配そうに安村が聞く。
「体調でも悪いのかい?」
「いえ。……まだ夢みたいで。家に帰ると全部ウソだったってなりそうで……」
「僕の気持ちが信じられない?」
「そうじゃないんです……。片想いが当たり前過ぎて、気持ちが通じるって思っていなかったから」
美咲は自分でもどうしたらいいのか戸惑っていた。
9歳の頃から――一度は気持ちを封印していたけれど――ずっと心のどこかに彼がいたのだ。
今まで生きてきた半分以上は安村を一方的に想っていたのに、今は気持ちが通じているなんて。
何度も想像はしたけれど、あくまで美咲の妄想の中の出来事でしかなかったことが現実に起きている。
美咲にとって奇跡的すぎて信じたいけれど、にわかには信じきれないのだ。
「それなら……」
安村は何かを思いついたように携帯を取り出した。
ニカッと笑うとどこかに電話をかける。
安村の行動の意味がわからない美咲は戸惑うばかりだ。
「あぁ、朝早くにすまない。……うん、……あぁ」
安村が意味ありげな視線を寄越す。
「僕、美咲君と付き合うことになった」
「ちょっ!安村さん!!」
自分でもまだ消化していないのに、アッサリ他人に伝えるなんて。
美咲の悲鳴に似た静止を気に留めることなく、電話の相手と話を続ける。
「あぁ。……遊びなわけないだろ。もちろん先も考えてるさ。うん……あぁ」
安村はおもむろに美咲に携帯を渡した。
「えっ……と」
「代わってくれ、だって」
意味ありげに笑う安村は電話口は誰か言わない。
美咲が思い当たる人を考える前に、安村が「早く」と促す。
怖い人じゃありませんように、と祈りながら美咲は恐る恐る「はい」と声を出した。
『お前、安村を弄んだんだって?』
「えっ、あっ?お、お兄ちゃん!?」
身構えていた美咲の体から力が抜ける。
兄と分かってホッとしているのも束の間、新たな疑問が湧いてくる。
兄は、どこまで知っているのだろうか、と。
『全部知ってるよ。俺のほうが付き合いは長い。誠実の塊のような男だしな。お前と違ってちゃんと事前に頭下げに来てるさ』
少しだけ嫌そうな兄の口調は何故なのかは、直後に付け加えられたセリフで判明する。
『お前との宙ぶらりんな関係の報告がてら早々にお義兄さんって呼ばれるしさ。ってかお前、ずっと安村のこと好きだったんだからサッサと付き合ったら良かったんだよ。ウダウダと拗らせて、面倒くさいぞ、お前』
電話で起こされたのがよっぽど気に食わなかったのか、流れるように文句が出てくる。
美咲は兄の言葉に安村を見つめて固まることしか出来なかった。
『あいつは美咲には勿体ないくらいいいヤツなんだ。……泣かすなよ』
低い声で念押しする前野の言葉は真剣味がある。思わず背筋を伸ばした美咲を他所に唐突にブツッと電話は切れた。
切れた携帯を見つめる美咲に安村はどうだった、と訊ねる。
「安村さん」
「ん?」
「兄の前で、泣いたんですか?」
「あ、いやっ!泣いてはない。無いぞ!」
珍しく安村が慌てる。ほんのり顔を赤くして、そっぽを向くと早口で伝える。
「し、少々弱音は吐いた……かと。君から好きと言われてもないし、付き合おうと言っても色よい返事は貰えないし、な」
ポリポリと頬をかく様子の安村を見て美咲の口から声が漏れる。
「可愛い」
「おいおい。三十路すぎの男に「可愛い」はないだろう」
眉をへの字にして困り果てる安村に美咲は声を上げて笑う。
安村は楽しそうに笑う美咲に頬を緩めると、いつものニカッとした笑みを浮かべた。
「さて、約束のデートをしようか」
差し出された安村の右手。
昨日は繋ぐことが出来なかったその手に、そっと自分の手のひらを重ねた。
嬉しそうに笑う安村に指を絡ませてながら握られる。
大きくて温かくてそして優しく包まれる自分の手。
長い時間をかけてやっと繋ぐことが出来た幸せを噛み締めながら、美咲は彼の隣を歩く。
「好きです、安村さん」
小声で呟いたつもりなのに、彼の耳には届いたようだ。
そっと顔を耳に寄せると安村は囁いた。
「僕もだよ、美咲君」
と。
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