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6.恒例の
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恒例になった星野との病院終わりのランチ。いつものように取り留めのない話をする。
星野の誕生日に起きたことはお互いに触れずに。
年内最後の通院は、年の瀬の29日だった。
1ヶ月に一回でよくなった通院だったが、年末年始にかかるから12月は2回来院したのだ。
2回の病院の日と星野の誕生日。12月は3回も彼と会うことになったが、楓は苦痛には感じていなかった。
それどころか、来月は通院の日が一回だから会う回数が減って寂しく思うほどだ。
……決して好きになったからではない。
彼との会話が弾むから。共通点が多いから話すことが楽しいだけ。
仲のいい女友だちと話すのが苦でないように。
「年末年始、どうするん?」
話の区切りで星野が聞いてきた。
「大晦日に千葉の実家帰って2日にはこっちに戻ってくる予定。琴美の家に呼ばれてるし」
「田中琴美?」
「そーそー」
「山下と仲良かったもんな。よろしく言っておいて」
「おけ」
琴美は星野と楓の同期だ。そして、同じく同期の田中と結婚して今は産育休中だ。
同期で結婚一番乗りだった琴美は、楓が体調を崩したくらいに元気な子どもを産んでいる。
体調もマシになったし、琴美からも赤ちゃんが3ヶ月経ったから是非会いに来て、と言われているから、休みを利用して会いにいくことにしたのだ。
「ホッシーは?」
「俺も帰省するよ」
「どこだっけ?」
「四国の香川。行ったことある?」
「ないなぁ。四国って遠い気がするから」
「飛行機乗ったらすぐだよ。今度案内するから、うどんでも食いに行こ。うまい店知っとるから」
楓はうん、と返事をしようと思って、はたと気付く。
近所の、それこそタカノに行くように誘ってくるが気楽に行ける距離ではない。
ましてや星野の地元なら誰に会うかわかったもんじゃない。
「……行かない」
星野は惜しい、と言って笑った。
「もう少しナチュラルに言えば言質取れたのに。惜しかった」
憮然としてコーヒーを口に運んだ楓に星野は問いを重ねる。
「そういえばこないだのキス、嫌じゃなかったんだ?」
含んだばかりのコーヒーが気管に入って激しくむせた。
大丈夫か?といいながら背中をさすろうとする星野を手で押し留めて楓は何とか息を整える。
大丈夫じゃないよ。誰のせいだまったく。
突然ぶっこまれた質問に楓が星野の顔を見れるようになるまでしばらく時間がかかった。
顔を上げた楓のことを星野はニコニコと見つめている。
「俺、言ったよね。「嫌なら避けて」って。キスしたってことは嫌じゃなかったってことでいいんよな?」
その時の自分の気持ちを言いあぐねた末に楓は一言発した。
「無効で」
「え?」
「突然過ぎて避けるとか思いつかなかっただけ!だから無効だ、無効!」
嘘だ。避けようと思えば充分避けれた。星野もそれがわかっているのか、楓の言い逃れは受け付けない。
「そんなん認められると思う?」
からかい顔で見てくる星野だったが、楓は食い下がる。
「ちゃんとした誕生日プレゼントあげるから!無かったことにして!」
「やだ」
「そこをなんとか」
楓は手を合わせて星野にお願いをする。
キスを受け入れたことは失敗だった。
本当に失敗した。
星野が主導権を握ったらこうなるってわかっていたのに。
このままなら、星野の作戦通り3ヶ月の間に付き合うことになってしまう。
それだけは阻止したい楓は必死だ。
いつもの落ち着いたカフェは混んでいたから、普段行かないファーストフード店に入ったことが幸いだ。
言い合っていてもそれ以上に店内がざわついているからか、二人の会話に耳を傾けるものはいない。
お願い、やだ、の応酬が続く。
「わかった」
笑いをこらえるように星野がいった。
楓はなぜ彼がそんな表情をしているかわからなかったが、納得してくれたんだ、と喜んだのもつかの間。
次のセリフでその喜びがパニックに変わる。
星野は楓の耳元に唇を近づけてささやいた。
「キス以上のプレゼントくれるんだろう。楽しみにしているから」
「!?」
ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった楓を周りの人が振り返る。
咎めるような視線に耳を押さえながら楓は会釈をして再び座った。
恒例になった星野との病院終わりのランチ。いつものように取り留めのない話をする。
星野の誕生日に起きたことはお互いに触れずに。
年内最後の通院は、年の瀬の29日だった。
1ヶ月に一回でよくなった通院だったが、年末年始にかかるから12月は2回来院したのだ。
2回の病院の日と星野の誕生日。12月は3回も彼と会うことになったが、楓は苦痛には感じていなかった。
それどころか、来月は通院の日が一回だから会う回数が減って寂しく思うほどだ。
……決して好きになったからではない。
彼との会話が弾むから。共通点が多いから話すことが楽しいだけ。
仲のいい女友だちと話すのが苦でないように。
「年末年始、どうするん?」
話の区切りで星野が聞いてきた。
「大晦日に千葉の実家帰って2日にはこっちに戻ってくる予定。琴美の家に呼ばれてるし」
「田中琴美?」
「そーそー」
「山下と仲良かったもんな。よろしく言っておいて」
「おけ」
琴美は星野と楓の同期だ。そして、同じく同期の田中と結婚して今は産育休中だ。
同期で結婚一番乗りだった琴美は、楓が体調を崩したくらいに元気な子どもを産んでいる。
体調もマシになったし、琴美からも赤ちゃんが3ヶ月経ったから是非会いに来て、と言われているから、休みを利用して会いにいくことにしたのだ。
「ホッシーは?」
「俺も帰省するよ」
「どこだっけ?」
「四国の香川。行ったことある?」
「ないなぁ。四国って遠い気がするから」
「飛行機乗ったらすぐだよ。今度案内するから、うどんでも食いに行こ。うまい店知っとるから」
楓はうん、と返事をしようと思って、はたと気付く。
近所の、それこそタカノに行くように誘ってくるが気楽に行ける距離ではない。
ましてや星野の地元なら誰に会うかわかったもんじゃない。
「……行かない」
星野は惜しい、と言って笑った。
「もう少しナチュラルに言えば言質取れたのに。惜しかった」
憮然としてコーヒーを口に運んだ楓に星野は問いを重ねる。
「そういえばこないだのキス、嫌じゃなかったんだ?」
含んだばかりのコーヒーが気管に入って激しくむせた。
大丈夫か?といいながら背中をさすろうとする星野を手で押し留めて楓は何とか息を整える。
大丈夫じゃないよ。誰のせいだまったく。
突然ぶっこまれた質問に楓が星野の顔を見れるようになるまでしばらく時間がかかった。
顔を上げた楓のことを星野はニコニコと見つめている。
「俺、言ったよね。「嫌なら避けて」って。キスしたってことは嫌じゃなかったってことでいいんよな?」
その時の自分の気持ちを言いあぐねた末に楓は一言発した。
「無効で」
「え?」
「突然過ぎて避けるとか思いつかなかっただけ!だから無効だ、無効!」
嘘だ。避けようと思えば充分避けれた。星野もそれがわかっているのか、楓の言い逃れは受け付けない。
「そんなん認められると思う?」
からかい顔で見てくる星野だったが、楓は食い下がる。
「ちゃんとした誕生日プレゼントあげるから!無かったことにして!」
「やだ」
「そこをなんとか」
楓は手を合わせて星野にお願いをする。
キスを受け入れたことは失敗だった。
本当に失敗した。
星野が主導権を握ったらこうなるってわかっていたのに。
このままなら、星野の作戦通り3ヶ月の間に付き合うことになってしまう。
それだけは阻止したい楓は必死だ。
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言い合っていてもそれ以上に店内がざわついているからか、二人の会話に耳を傾けるものはいない。
お願い、やだ、の応酬が続く。
「わかった」
笑いをこらえるように星野がいった。
楓はなぜ彼がそんな表情をしているかわからなかったが、納得してくれたんだ、と喜んだのもつかの間。
次のセリフでその喜びがパニックに変わる。
星野は楓の耳元に唇を近づけてささやいた。
「キス以上のプレゼントくれるんだろう。楽しみにしているから」
「!?」
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