裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多

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躓いて転んだ後の手作りプリン 2

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 カフェ、この街にこれ以上似合わない言葉だけに魅力は膨れ上がる。
 就職先の倒産と言う幸先の悪い卒業後だったがこんな縁もあるんだと言う様に古風な門をくぐって……
 
チリン……
 
 涼しげなチャームの音に耳を澄ませば

「いらっしゃいませ」

 白いシャツと黒のカフェエプロンが似合う男性が待っていた。
 清潔感のあるさっぱりとした短い髪ときっちりアイロンをかけたシャツは好感度が高い。そしてスタバにでもいそうな素敵な男性の笑顔に彼氏いない歴三年の私には一瞬くらりと来たのは内緒でお願いしますと誰に言うわけでもなく心の中で言い聞かせていた。
 苔むした通路に置かれた石畳に誘われるまま入った店は記憶からあまりかけ離れてないこの街に昔からあるお宅で、だけど古民家カフェと言うのにふさわしく太い梁が剥き出しの内装。いや、元々が古民家だったのだろう魅力を十分発揮するようなほっとする木と土の空間が広がっていた。
 まだ真新しい漆喰に杉とコーヒーの香りが漂う店内。
 光量を落した雰囲気のある店内に思わずぐるりと見渡しながら中はこんな広い開放的な空間になってたんだととりあえずカウンターに席を貰った。
 お客様は私の他に一人。
 二階に上がれるようになっていて内窓から見える人影はともかくそこから零れ落ちるキーボードの音にお客さん良い隠れ家を見つけたねと他人事ながら心が躍った。
 大学生時代課題をやる為によくカフェの一角で長時間居座った事を思い出した。少なくともあの時は一生懸命でひたむきに課題や資格を取ろうと前向きだった。
 ほんの少し前の事だったのにずいぶん遠い出来事のようで目頭が熱くなりだす物の今となれば眩しい青春時代を思い出しながら

「素敵」

 こんなにも魅力的な場所があるなんて故郷も見捨てた物じゃない。
 気が付けば声に出していて私の声に反応する様に
「ありがとうございます。
 ここは元々祖父の持家だったのですが処分すると聞いたので譲り受けてカフェに改装してしまいました」
 ご贔屓にと笑う店主は長身で物腰柔らかく、その上笑顔が素敵で今度こそかなりドキッとしてしまう。
 ヤバイ。
 私、顔赤くなってないかな?なんて思いながらも差し出されたメニューを受け取って誤魔化すように顔を隠すように視線をメニューに移す。
 メニューはいたってシンプルだった。
 コーヒー何種類かに紅茶も数種類。ジュースとトーストと言った軽食ぐらいしかない内容にこれはモーニングか?やる気があるのか?と思っていれば
「とーか、アールグレイをミルクティーで。あとピザトースト追加よろしく」
 二階にいた人だった。
 内窓から手首をこなれた風に振ってのアピール。何だか可愛い人だなと思うも
「とーか、さん?」
 思わず聞けば
「はい。夜月燈火って言います。なので彼にはとーかって呼ばれてます」
「あ、朝野朱里です。大学卒業してちょっと分けあって実家に帰って来ました」
 少し恥ずかしいけどと言う様に顔にかかる髪を耳にかけてちょっと色っぽいと男性には思われる仕種で少し俯き、名前も事情も言うか普通なんて思いながらも
「そうでしたか。ご卒業おめでとうございます」
 出されたおしぼりを受け取ってお冷も頂きながらなんてむしろ何で今実習とかあるタイミングなのに実家に帰ってるんだと突っ込まれそうな視線はただの被害妄想だと思いたい。普通の喫茶店とカフェの差って何だろうって思考を誤魔化しながらも素敵な笑顔のお兄さんなのでそこは良しとした。
「俺は高校出て就職してたんだけどやっぱり田舎の人間って言うか、隣町の出身だけど都会のペースに合わせれなくって、法事で帰って来た所でこの家を譲り受け仕事をやめてカフェを開いてみたのです。まあ、商才もないのでごらんの通りなんですが」
 二階にお客がいるくらいで他にお客はいない。よくあるレジ付近のコーヒーチケットもまばらなようだし大丈夫かなと思いながら店内の至る所に置いてある茶器に目が留まった。
「アンティークですか?可愛い」
 カウンターの片隅に置かれた花柄のティーポットのセットにびっくりするようなお値段が掲げられていた。
 さらに見回せば茶道具だったり花器だったり壺だったり。挙句の果てには見上げた電燈にもお値段が付いていた。それらを飾るサイドボードも年季が入っている割にはちゃんと綺麗にしてるし、都会で大学生らしくお小遣いを切り詰めてきただけに良い物はすぐに見分けられるようになった。あまりにも緻密な細工の彫刻にこれは一点物ではないのではと唸ってしまう。
「凄い、アンティークショップも兼ねてるんですね?」
「アンティークショップと言うか、祖父の趣味の骨董ですね。
 祖母からこの家を譲り受けるつもりならこれもよろしくねってどうせ騙されて摘ままされたものだから処分しろと言われて。だけど見ているうちに愛着がわいて手放せなくなりまして、でもご縁があればお持ちいただけるようにしてこうやって店を飾るアイテムになってます」
「可愛いじゃないですか!たとえ偽物だとしてもこの可愛らしいカップでコーヒー飲めたら幸せですよね!
 あ、そう言えばブレンドコーヒーお願いします」
「はい、承りました」
 こんな田舎で一杯五百円も取るからお客様が来ないんだよと心の中で突っ込むもお兄さんの笑顔が見れたので全然課金イケるとにこにことしながら一目ぼれした白磁に青い花の絵がえがかれたカップを手にした所で値札を見てしまった。
「四万…… ヨンマ、え?これ四万八千円もするの?!うそでしょーっ!」
 ありえないと悲鳴が勝手に迸っていた。
「はい。こちらはマイセンですので。マイセンでしたら妥当な金額ですよ」
「いやいやいやいや…… 有田焼だと思ってました。すみません」
 素直に無知な事を告白。
 二階にもこの声が筒抜けなので二階の人の吹き出すような笑い声も聞こえて居た堪れなかった。逃げたい。
 落とさないようにそーっとカップを置いて
「こんな高級品をこんな適当な所に置いておいて大丈夫なんですか?」
 落したり盗まれるんじゃないかと心配すれば
「大丈夫ですよ。祖父の収集癖は酷い物でして近所でも有名だったぐらいですから。なので随分いろんなものを処分してやっとすっきりしたぐらいなのですから」
 そう言って店先の手入れが行き届いた庭を眺める。
「素敵なお庭ですね。今度はお庭の見える席に座りたいです」
「ありがとうございます」
 そう言いながらこんな所でと言うと語弊はあるがサイフォンで入れてくれたブレンドコーヒーが出された。そしてすぐにトースターのピザトーストが焼けた合図と共に温めていたティーポットに茶葉と沸騰したばかりの熱湯を注いで砂時計をひっくり返し木製のトレーに乗せてゆったりとした階段を上がって二階のお客様に運んで行く。
 これだけ席が空いてるのに二階に席を取るなんて迷惑なお客だなと思うも代わりに空いた食器を持って来た燈火さんは階段を下りた所でその上り口に進入禁止と言う様にロープを引っ掻けていた。
「あ、ひょっとして予約席とか?」
 感じ悪い客、なんて言わずに特等席だったのですねと言うように言えば
「お仕事をなさっているからね。他のお客様が上がらないようにちょっとした配慮だよ」
「サービス善すぎ!」
「お客様が少ない時だけなので」
 なんて言われたけどここが繁盛する時なんて来るのだろうかと思いながら素敵なお兄さんとお喋りを楽しもうとして骨董の話しはあまり興味がないけどと言う気持ちを悟られないようにあの茶器は何焼きだとか興味あるふりをしながらおしゃべりを楽しむ事にした。





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