裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多

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一年、三年、十年先のブルーマウンテン 6

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 昔をなぞるようなそんな口調。
 思い出は美しくと言うよりただ懐かしい、そんな口調だった。
「彼のコーヒーを頂いてあまりの美味しさに驚いて少し放心していれば
 『この店に出すなら最低限このレベルで出してくれ。高遠さんの食事の後に不味いコーヒー何て飲ませんじゃないぞ』
 なんて高校生に言われましたからね。実際その時彼に頂いたコーヒーは同じ豆を使っているのにこれほど味も香りも変わるのかと言うくらいびっくりするほどおいしくて、でも私も立派な大人。高校生に負けないと言うプライドだけで頑張ってやっとここまでたどり着きました」
 にこにこと笑うお爺さんだがまさか高校生からのダメ出しを貰うとは思いもしなかっただろう。と言うか飯田さんまじこええ……
「当時勤めていた店の店長の甥になるのですが生まれにも恵まれていましたが彼はまた天才的な舌を持っていましてね、高校卒業したら一人でフランスに渡って名誉ある賞を手にした本物の天才でした。十年越しに再会した時はもういつ独り立ちしてもおかしくないシェフになってたのに、向こうでやっぱり色々あったらしくてかなりひねくれて帰って来たんですよ」
「色々って何を……」
「ふふふ……」
 色々とは何だろうと思うもそこは教えてくれなかった。
 気になったが山口さんの笑い方がちょっと聞かない方がいいと言う本能を感じる笑い方だったしちょうどお湯が沸いたのでおしゃべりはいったんお休みとなった。
 並べてあったミルはしっかりと洗って乾いていた。
 そこにスケールできっちりと計ったブルーマウンテンを入れてゴリゴリと削る。
 その前にお湯でフィルターを濡らしてドリッパ―とサーバーを温めておく。
 ドリッパ―のお湯を捨てて丁寧に拭った所でコーヒーを作り始めれば山口さんはニコニコとした顔でカウンターで俺を見守ってくれていた。
 俺は朝飯田さんから学んだことを実践する。
 腕時計や他に時計が見当たらなかったのでスマホの時計にある機能ストップウォッチを使う事にした。
 円を描くようにお湯を注ぎ、ドリッパ―の壁に付いた粉もきちんと剥がして山をつくる。蒸らし時間とお湯の量を計りながらその間にカップも温めておいて二度目のお湯を注ぐ。一回目もだが飯田さんみたいな美しい山はまだ作れないけど、それでも何も知らなかったころと比べればましな姿をしていた。そして三回目できっちりと粉に対したお湯の量を注ぎ、しっかりと蒸らして最後に空気を含ませるようにクルリと底を揺らして馴染ませカップに注いだ。
「どうぞ」
 緊張しながら差し出せば山口さんは優雅な手つきで色と香りを楽しみ、そっと口をつけた。一口飲んでほっと溜息を落すかのように余韻を楽しんだ後
「基本は十分にできてますね。随分頑張ったでしょう」 
 コーヒーを淹れ始めて初めてお褒めの言葉を頂きました!
「はい。まったく知らない未知の世界だったので通信講座が無ければ一年を待たずに店をたたむ事になったと思います」
 初めて淹れた時のあのお袋の死んだ魚のような目、二度と忘れられない。あの目を思い出す間にも山口さんは二口目と口をつけて

「安心してください。これだけ飲めるコーヒーなら一年は経営できますよ」

 し、辛辣な言葉再び頂きました!
「い、一年は経営できますか……」
「三年は持たなそうですが、まだまだ改善の見込みはあるので頑張りましょう」
 なんて笑顔で言いながら今度は山口さんがキッチン側に立ち、俺をカウンターに座らせるのだった。
 そしてまず始めたのはコーヒー豆をお皿の上にざらっと広げてまだ少し緑色っぽいものを取っては捨てていた。
「豆の選別ですか?」
「はい。やっぱりこう言った物があると少し青臭く感じてしまいます。
 ピックと言う作業ですが少量とは言え自家焙煎なのでここは淹れる前に必ず確認してますね」
「た、大変ですね」
「はい。量り売りをしてますがその際にはやっぱり一人では限界があるのでお客様にもご注意を促しております」
 気の遠くなる作業だと思うも
「ええと、こちらのコーヒーを頂いたのですが、記憶の限りではそう言った物は混ざって無かったような気がして……」
 俺の信頼のない記憶を頼りに確認を取れば
「はい。ご依頼人の方がとてもお世話になってる方なので。
 そちらの作業は私が責任もってさせていただきました」
 ここでまさかの魔王の存在が出現! 
 っていうかお前どんだけ影響力あるんだよ?!なんてもう身震いをしてしまいながらも
「あ、ありがとうございます」
 お礼はきっちりと。お袋の教育のたまものです。
「はい。お送りしたコーヒーはもう全部お使いになりましたか?」
 あの量を全部使ったかって、ひょっとしてあの量を全部使いきってないといけなかったのかと冷や汗を流すも、にこにこと期待した笑みを浮かべる山口さんに嘘はつけなく……
「すみません。まだ使いきれてません」
「おやおや……
 目安はひと月で使い切ってください。時間が経つと豆自体が酸化して酸っぱくなってしまいますよ?」
「はい。飯田さんがおっしゃってた豆の状態の悪さの意味をやっと理解しました」
 言えば飯田も相変わらずしょうがない人ですねぇと言う様に笑い
「飯田がこちらに連れてきた理由が何となくわかりました。
 彼なりに貴方には頑張ってもらいたいようですから」
 せめて三年持つように一緒に頑張りましょうと笑う山口さんに俺は涙目で
「もっとわかりやすく言って欲しいです」
 何でこんなにも遠回りなのだと思うも
「あの子は料理に関して口だと辛辣になるのであれでも心を折らないように気を付けてるのでしょう。その上手ではなく足を出す子なので。身内ではない夜月君を気にかけていての対応かと思います」
「え?」

 なんか物凄いパワハラ上司のようなワードを聞いた気がした。錯覚であってほしい。












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