裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多

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顔をあげれば古民家カフェ三日月 8

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 一度抱きしめたらもう離さないと言う様にギューギューと抱きしめられた幸せなテディとは別に飲みかけのオレンジジュースは忘れ去られていた。
「さすがクマハンター。一度ロックオンしたら逃がさねー」
  俺の方がやられたと言う様に胸に手を添えて悶える綾人のキモさ。
 何でみんなこんなにもキモいのに何事もなかったかのように飯田さんと談笑をしていられるんだろうか。
 お前らメンタル強すぎるだろ……
 とにかくこのカオス何とかしてほしいと俺だけが取り残された空間の中で綾人は満足したと言う様に最後の一口を飲めば
「じゃあ、休憩もしたし家に帰るか」
「はい。皆さん待ってますから」
 思い出したかのような返事だけど誰も気にしない。
 綾人よ、お前の取り扱いも大概雑にされてるぞと少しだけ哀れに思う。
「先生はもう上に行ってるんだよね?
 先生が一番心配だ。変な事してないだろうな……」
「一番風呂を占領してるぐらいでしょう。急いで帰りましょう」
 そう言って席を立てば
「じゃあ、俺らも後から行くな」
「おう、土産あるから楽しみにしてろよ」
 言いながらも
「あ、とーかの分は明日着予定で配達してもらうから。実桜さん悪いけどそこの花器退けてサイドボードの上を空けといて」
「何か置物ですか?」
「まあね。元々そのつもりで設計してるから楽しみにしておいて」
 ニヤリと笑う顔に篠田達の顔が引きつっている。
 って言うかこれは何かのフラグか?一体何があるのか俺にも判るように言えよと思えば
「そうだった」
 そう呟いて、駐車場側ではなく表側の扉を開けた。
「まだ看板見てなかったんだー。長沢さんの奥さんの字は味があっていいよね」
 そう言って少しだけ薄暗くなった空の下にひょいと飛び出した。
 クルリと反転して掲げられた看板を見上げる。
 そっと零れ落ちる感嘆の溜息。
 ネット越しの画面からは伝わりきれない長沢さんの彫刻の美しさも加わっている。機械では出せない表現に感動と言う所だろう。
 一歩、一歩下がりながら家を見上げていた。
 全体のバランスを見るように、全体の景観までも見るようにゆっくり一歩一歩足を進める。
 そろそろ階段が、と言う所でもまるで見えているように階段を一段一段下がり、道路まで出て一番下から腰に手を当てて隣の家を含めて街に溶け込むかのような、でも渋さを醸し出す古民家を見上げる。
 まるでどこかの有名な建築物を見るように満足げな口元は弧を描いていた。
 そんなにも自分が設計した家の完成が満足かと思いながら俺も隣に並ぶ。
 見慣れたとはいえ立派だよな。
 何度見てもほれぼれする俺がいた。
「立派になったよな。建付けが悪かった家からあっという間に新築に負けない立派な家になった」
「ああ、これからとーかと一緒に年を取ってもらわないといけないんだからな」
「だな。目指すは生涯現役!」
「ちゃんとお犬様の言う事を守れば余裕っしょ」
「その前に俺の心がバッキバキにこわれまくりそう……」
「そうだ。蔵を見忘れた」
「そこは今度にしろよ。みんなも待ってるし、折角だから展示会やってる様子も見てほしいからな」

 本当に小さな個展ともいえないくらいの広さだが、母校の美術部の展示会も開催予定だ。ちなみに心ばかしのお金を貰っている。一週間千円。電気代として頂戴しているが、これを高校生達から回収するわけにはいかない。決して多くない部費なのだから。だけど高校生だからと言ってこれはフェアではない。
 ならどうするべきか。
 実桜さんの畑のお手伝いでどうだと言う案。お花や店のお世話をしてもらっているので代わりに行ってもらう事で高校生からは回収しない事に決めた。
 おかげでというか、華道部の作品展だったり、書道部の作品展だったり、美術部の作品展だったりと、文化祭後は華やぐ事になる予定も既に決まっている。
 知ってる教師は誰も居ないがこの年になって母校に貢献できるとは……
 高校生の若さについて行けなかった事が辛かった……
 
 俺の知らない所で蔵ギャラリーとして作られ、そして知らない所で話題になっていた蔵の使用方法は最初こそ蔵暮らしも悪くないかもなんて思ってたけど、二階に出来た部屋を見て一瞬でやっぱりお家暮らしがいいに変ったけど。
「ほんとうにありがとう。
 俺とは大して話もした事もなかったのに。爺ちゃんの為にこんなにもよくしてくれて……」
 もし綾人と会ったら言おうと思ってた感謝の言葉が胸に詰まって出てこない。
 だけど綾人は気にするなと言う様に肩をポンとたたいて 
「俺なりの感謝の仕方だから。
 とーかの先祖が助けてくれたおかげで今の俺が存在している。
 そして俺達が揃って三日月を見上げている。
 生前にこの家にお邪魔できなかったのが残念だけど」
「うん。俺も爺ちゃんが言った後に初めて知った。
 あと伯母が綾人の所に連絡しなかったの本当に悪い」
「うん。それは聞いた。
 伯父さん達とお婆さん顔を真っ青にしてたんだって?」
「悪い」
 かわって謝っても気にするなと笑い
「俺もバアちゃんが逝くまで知らなかったんだ。
 だから、こう言う時はこれからもよろしくなって奴だ」
「なるほど。
 確かに高校時代の事もあってよろしくとは言いたくないだろうけど……」
 あまりの自分のガキ具合の恥かしさに謝り
「本当に迷惑かけてた。悪い。
 だけど、これだけ爺ちゃんの家の為にしてくれた綾人には今までの俺からの成長を見ていてほしい」
 言えば首を竦められた。
 わざわざ口にする事かと言いたいのだろうが
「これが恩人に対する宣言って奴だ」
 なぜか苦笑された。

「綾人さん、そろそろ行きましょう!」

 階段の上から飯田さんの声が響いた。
「そうだった。そろそろ行かないと先生が何しでかすか」
 そう言って階段を駆け上がる足は軽やかだ。
 それに続いて駆けあがり、駐車場のある裏庭へ店内を抜けてお見送り。
 篠田達も庭先で待っていて、俺達が来るのを見てから後でなと手を振っていた。
「そうだ、とーかも俺んち知ってたら今晩来いよ。
 この天気だし久しぶりに星空観賞会やるから」
「うわっ!是非行く!絶対行く!一度行きたかったんだ!」
 嬉しいお誘い。
 何だか友達になったみたいで嬉しいななんて笑ってしまえば

『燈火、良かったな』

 風に乗ってさざめく枝葉の音と共になんだか懐かしい声が聞こえた。
 思わずと言う様に振り向いた物のそこには誰も居ない。
 お客の居ない店内の明かりの零れる店がそこにあるだけで、気のせいかと直ぐにお見送りする為に駐車場に視線を戻そうとした途中。
 綾人がじっと家を見ていて、それから見た事もない位丁寧に頭を下げていた。
 なんて言うか……

 さっきの声、気のせいじゃなかったんだ。
 懐かしい声、聞こえた声はきっと……

 ゆっくりと頭をあげた綾人もくるりと振り向いて駐車場に向おうとする途中で俺と目が合った。
 何故か人差し指を唇に当てて何も言わずに笑っていた。
 


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