人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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夏がくる前に 11

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 他のお客がいなくなったこともあり窯オーブンを一度見せてもらった。
 どっしりとした窯はレンガ造りで中央から煙突が突き出している。
 業務用なのでちゃんと温度管理とタイマーも設置してあり中は広く出されたパンもこの窯オーブンで焼いたものだ。そういやピザは焼いたことあるけどパンはないな。飯田さんは作ってくれたけど。ほら、材料を入れて放っておけば出来上がっているホームベーカリーっていう便利機械があるからね。材料買いだめておけば好きなだけ好きな時に食べれたからパンを焼くという発想はなかったけどね……何度か使って物置に放りっぱなしにしてるけど……
 バアちゃん、認めたくないけど孫は立派にあなたの血を確実に受け継いでいたようです。
 そんな思い出を彷彿と思い出していれば窯オーブンを説明してくれる小山さんが良い顔して
「完成したら一度見学に行ってもいいかな?」
 小山さんは話からの純粋な興味と流れに乗っての言葉だけど
「どうぞ。水、木曜日なら飯田さんも来ているのでその時にでも遊びに来てください。なにもない田舎なので暇をさせてしまうかも知れませんけど」
 言えば
「烏骨鶏が居るだけで暇にはならないと思うから!」
 一羽潰さなくてはいけない計算をしておく。今月は烏骨鶏増産に向けて烏骨鶏の卵を食べるのを禁止の決定だな。というかシェフという職業はこういった人種ばかりだなと悩んでいる間に小山さんの店を出て家に帰ることになった。
 
 すっかりと暗くなった山あいの道は街灯もなくびっくりするほど暗い。
 ハイビームで道路の先を照らしながら道を確認するように走る。高速に乗ってる間は安心だけど、高速を降りてからの道のりはなれた道とは言えこの闇の深さには少し怖く思う。
 その間暗さが怖くならないというように料理の感想を言えば飯田さんは今頃になって小山さんとの間柄を話してくれた。
 飯田さんが高校時代叔父でもある青山さんの店でウェイターとしてバイトをしていた時に調理学校を経てやってきたのが小山さんだという。いかにも都会に憧れてやってきた感じがしたと笑っていたけど、やはり年が近いので休日はよくつるんだりもしていたという。だけど変化が起きたのは高校三年の時だったという。
 子供の頃から叔父に付き合っていろんなレストランを食べ歩いた味覚から料理への興味は尽きなかった。店では調理させてもらえなかったものの家では台所に立ち、節目節目には忙しい家族の為に饗しもした。知識や技術は幼い頃からの知り合いのシェフ達から学び小山と知り合った頃には同等、それ以上の技術だけは持っていたと自他共評価をしている。そんな飯田を青山はフランスの友人の所に行かせて修行に行かせたあたりから小山との距離が生まれ始めたという。

「たまに帰って来てもつるむ事はなくなったし、決定的なのが六年ほど前かな?フランスの料理コンクールがあって俺がフランスの代表のチームに入り、小山が日本の代表チームにいました。現地で偶然再会して顔を合わせた時は驚いたけど、結果から言えばフランスのチームが優勝して俺が個人で賞をもらいました。
 小山はその年青山の店をやめて故郷に帰りあのレストランを開いたんだが、叔父に何度か連れてってもらったが、こうやって叔父抜き出来たのは初めてで緊張しました」
 
 はたから見ればそんなわだかまりがあるようには見えなかったが、色々と葛藤はあったようだ。
「俺、気軽に遊びに来てって言っちゃったけど」
「まあ、お互いあれから時間も流れたし、妙な対抗心を持つほどでもない歳にもなったので。戦う場も相手も変わったし、小山も自分の安住の地じゃないけど自分の城をもったんだ。優勝こそしなかったが参加したという拍もついたし有名人、著名人の隠れ家的なレストランな地位も築いている。叔父の店から離れられない俺とは大違いだ」
「じゃあ飯田さんもいずれ自分の店を持つの?」
 聞けばどうだろと首をかしげる。
「叔父は子供がいないから代わりに店を継いでもらえばいいって言ってくれるけど経理の方はさっぱりだからそれが悩みなんだ」
「それならきっと青山さんがすでに目星をつけているんじゃない?」
 なんせ東京は人材の宝庫だ。どこからか紹介してもらう伝もあるだろうしと考えながら心配する事じゃないと言っておく。
 やがて山道に入り会話は途切れ見慣れた家にたどり着いた。
 俺はすっかり眠くなり家につくなり烏骨鶏の小屋を扉を開けっ放しで出ていったために無事小屋に戻ったか確認だけをして扉を閉めた。雨が降っていただけに出歩く烏骨鶏が少なかったのもあってこっこ、こっこと小さな声を聞きながら母屋へと入れば飯田さんは買い物の荷物を運んでくれた後に自分の布団を敷いてすぐにでも寝る状態になっていた。
 買い物したりわだかまりのある相手の店に行ったりと随分疲れたんだろうと思うも朝の日の出時間にこちらを出て東京に帰るのだ。風呂は朝風呂で十分だろうと俺も程よく酔いが回ったので飯田さんとウォーターサーバーの水を飲んでお休みと挨拶をした。
 やっぱりね、山水は美味しくてもなにが混ざってるかわからないからね。日常では使っても口につけるのは怖いんだよと、飯田さんが初めて来た時見たウォーターサーバーの疑問に答えた答えは今も俺の中では定着している。こちらに来た頃水路になにかの大きな鳥の腐乱死体を見た時からの拒絶症状だ。バアちゃんはまただなんて言うが、俺は慣れる事ができずなんだかんだとバアちゃんを言いくるめ宅配のミネラルウォーターを毎月購入していたその話はすでに飯田さんにもしてあって、彼も食事や飲料だけは注意してくれている。

 そして翌朝、日の出少し前にいつものとおり目を覚まして昨日の雨雲は見当たらなくなり烏骨鶏達を鳥小屋から出す。
 チキンなので勢い良く、とは行かずとも様子をうかがいながら小屋を出てこっここっこと雑草を食べに散らばる。雨上がりの山にはミミズを始めとしたいろいろな虫も多く出るので烏骨鶏達はタンパク源の確保に大忙しのようだ。
 とりあえず目を覚まそうと風呂場へと向かえば
「綾人さんおはようございます。お風呂先にいただいてますね」
「おはようございます。飯田さんも早いですね」
「寝坊するわけには行かないので。寝坊したら二度とこちらに来させられなくなりますので!」
「それは、大問題だ」
 すでに五右衛門風呂に浸かって良い感じにご機嫌に茹で上がっている様子を見て俺も烏骨鶏の小屋の掃除を始める。
 卵を産んだのか抱卵したいと居残る烏骨鶏をいつもなら卵を横取りするも家の改築が終わった時振る舞う料理のために烏骨鶏を増やさなくてはと思ったばかりだ。そのまま放置することにして慌てて風呂場に戻り飯田さんに窓から覗き込んで
「飯田さん、烏骨鶏の数を増やしたいから当面卵を取るの禁止しますね」
 宣言した時の飯田さんの大好きなおもちゃを取り上げられたような犬みたいな悲しそうな顔は当面忘れる事は出来ないだろう。

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