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バーサス 10
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綾人君のスタイルにあっけにとられてみていれば初めて聞くだろう機械のモーター音にびっくりして逃げ出した熊を見送れば建物に影に入り
「飯田さんっっっ!」
ターンッッッ……
合図のような叫び声に答える返事は酷く乾いた音だった。音源を探すように見上げれば母屋の二階の窓からフランス料理のシェフの彼が猟銃を構えていた。
ぱたりとは倒れはしなかったが、空腹よりも恐怖と痛みを覚えてなお森に逃げようとする熊にシェフの彼は家の中に入ったかと思えばこんな短時間で穿けるわけのないブーツで駆け寄り、チェンソーを動かしたままの綾人君が代わりに家の中に隠れたと思えばシェフの彼が綾人君の前に立って猟銃を構え、森に逃げ込もうとする熊に止めの一発を放っていた。
ターンッッッ……
山間に響く銃声を最後に熊はその後動かなくなり、綾人君もシェフの彼もしゃがみこみながらゆっくりと猟銃を手放し、チェンソーも電源を落として手放すのだった。
「あー、久しぶりに焦った……」
「はい。さすがに庭で対面するとは思いませんでした」
二人は手を空に伸ばして生き延びたと拳をぶつけ合っていた。
全身の力が抜けた様に立てないでいる姿はまるでフルマラソンを走り終えた選手のザマ。
暫くその姿をカメラに収めるもうんともすんともしなくなった二人に地面にうつぶせになったままの姿勢から身体を起こして気が付いた。よほどの恐怖に身体がこわばったようでぎくしゃくとした動きで足を引きずりながら二人の元へと行けばスマホのバッテリーも切れてしまった。
「多紀さん、この季節に大声何て勘弁してください」
苦笑する綾人君に
「申し訳ない。
週末には向こうに帰る事になってね、お別れと、どうしても一度ちゃんと謝っておきたかったんだ」
「ああ、先生から何かメール来てたっけ」
先生は仕事早いなあと感心しながら
「ほんとに申し訳ない。あの先生に怒られるまで君を追いつめていたとは想像もしてなかった」
頭を下げて苦笑すれば綾人君は苦笑して
「タイミングが悪かっただけだと思ってください。
波瑠さんからもチョリチョリさんからも何度も謝罪の電話を貰ってますし……
普段なら何て事のない言葉だったのだけど、親父の呪いが随分と長引いてたみたいで」
逆に気を遣わせてしまって申し訳ないと言われてしまった。
殴りかかられても仕方がないつもりでいたのに、何でここまで理性的になれるのかと思うも
「考えたら多紀さん何て熊に比べたら全く実害がないって気付いたらね。多紀さん雑魚でしたね。
アイテムも落とさない雑魚とエンカウントするだけ無駄だって思ったら何だか色々とばかばかしく思ったんですよ」
子供の頃ならともかく今はこの自然が綾人君の教師なのだと思い知らされた。とは言えアイテムすら落とさない雑魚って酷くない綾人君?
「オヤジにだって殺されるわけもないし、ただ不快なだけで。ゴキと同類かと思えば叩いて掃いて捨てればいいだけだし。
ああ、でもそのうち親父に殺されるかも」
くつくつと笑う綾人君にぎょっとしていれば
「綾人君東京の一件の後に一度お父さんから連絡があったようで。あんまりに勝手な事を言うのでついにブチギレてお父さんの職場の本社に乗り込んだのですよ。弁護士さんと不正資料を用意して、後接近禁止令も発行してもらったようですが?」
「六ヶ月の期間も我慢できずにそれを理解できなくて突撃してきたのがオヤジです。
この家中心に半径三キロ近づくなって奴だけど、ここじゃ意味ないよねー。警察も間に合わないだろーし。たまたま見回りで挨拶に来てくれたからいいけど天にも見放された運には笑うしかなかったね!」
「さすがに、ですね」
一緒に笑う飯田さんを二人含めてぎょっとした目で見てしまう。
「銀行は一発で懲戒免職!二十年以上勤めて退職金なしザマー!」
「銀行じゃなくても社内不倫はご法度ですし、ましては不倫相手の貯金を内部で操作して勝手に全額を借金の返済に使ったのはただの犯罪ですし。
さらに綾人君はどうやってか不倫相手のご子息とコンタクトを取って育児放棄で母親と内縁の夫となってる綾人君のお父さんを訴えさせ、借金の残りはマンションを売り払わせて完済させましたけど、不倫相手をそそのかせて不正利用したお金の返済を申し立てさせました。今はご実家に戻ってご家族と息子さんと一緒に頑張って働いているそうですが、家族関係は随分とぎくしゃくしてるようですよ。
ああ、お父さんの方は銀行内部の操作はみんな監視カメラにばっちり写っていたそうなので今は檻の中にいるそうです」
「夫婦そろって檻暮らし何て気が合うじゃないか」
はっ!と鼻で笑いとばす。
「所で聞くけど、どうやってその証拠を集めたんだい?」
シェフ君は顔を背けるも綾人君はニヤリと笑い
「そんなの良心と法とお金の力だろ?
頑張って六法全書読んだ価値あったー!
夏からのめんどくさい事が一気に片付いてバンザイだね!」
それだけじゃない臭いは嗅ぎ取れたが、深くは追及してはいけないのだろう。
この子なら負ける戦いはしないだろうし、言ってる内容も正当な割には何一つ真っ当に聞こえない。そもそも今まで動かなかったのに何で今頃になってと言うのも気になるが、やはりそこも深く追求しない方が良いのだろうと心の中だけに納めた。
「飯田さんっっっ!」
ターンッッッ……
合図のような叫び声に答える返事は酷く乾いた音だった。音源を探すように見上げれば母屋の二階の窓からフランス料理のシェフの彼が猟銃を構えていた。
ぱたりとは倒れはしなかったが、空腹よりも恐怖と痛みを覚えてなお森に逃げようとする熊にシェフの彼は家の中に入ったかと思えばこんな短時間で穿けるわけのないブーツで駆け寄り、チェンソーを動かしたままの綾人君が代わりに家の中に隠れたと思えばシェフの彼が綾人君の前に立って猟銃を構え、森に逃げ込もうとする熊に止めの一発を放っていた。
ターンッッッ……
山間に響く銃声を最後に熊はその後動かなくなり、綾人君もシェフの彼もしゃがみこみながらゆっくりと猟銃を手放し、チェンソーも電源を落として手放すのだった。
「あー、久しぶりに焦った……」
「はい。さすがに庭で対面するとは思いませんでした」
二人は手を空に伸ばして生き延びたと拳をぶつけ合っていた。
全身の力が抜けた様に立てないでいる姿はまるでフルマラソンを走り終えた選手のザマ。
暫くその姿をカメラに収めるもうんともすんともしなくなった二人に地面にうつぶせになったままの姿勢から身体を起こして気が付いた。よほどの恐怖に身体がこわばったようでぎくしゃくとした動きで足を引きずりながら二人の元へと行けばスマホのバッテリーも切れてしまった。
「多紀さん、この季節に大声何て勘弁してください」
苦笑する綾人君に
「申し訳ない。
週末には向こうに帰る事になってね、お別れと、どうしても一度ちゃんと謝っておきたかったんだ」
「ああ、先生から何かメール来てたっけ」
先生は仕事早いなあと感心しながら
「ほんとに申し訳ない。あの先生に怒られるまで君を追いつめていたとは想像もしてなかった」
頭を下げて苦笑すれば綾人君は苦笑して
「タイミングが悪かっただけだと思ってください。
波瑠さんからもチョリチョリさんからも何度も謝罪の電話を貰ってますし……
普段なら何て事のない言葉だったのだけど、親父の呪いが随分と長引いてたみたいで」
逆に気を遣わせてしまって申し訳ないと言われてしまった。
殴りかかられても仕方がないつもりでいたのに、何でここまで理性的になれるのかと思うも
「考えたら多紀さん何て熊に比べたら全く実害がないって気付いたらね。多紀さん雑魚でしたね。
アイテムも落とさない雑魚とエンカウントするだけ無駄だって思ったら何だか色々とばかばかしく思ったんですよ」
子供の頃ならともかく今はこの自然が綾人君の教師なのだと思い知らされた。とは言えアイテムすら落とさない雑魚って酷くない綾人君?
「オヤジにだって殺されるわけもないし、ただ不快なだけで。ゴキと同類かと思えば叩いて掃いて捨てればいいだけだし。
ああ、でもそのうち親父に殺されるかも」
くつくつと笑う綾人君にぎょっとしていれば
「綾人君東京の一件の後に一度お父さんから連絡があったようで。あんまりに勝手な事を言うのでついにブチギレてお父さんの職場の本社に乗り込んだのですよ。弁護士さんと不正資料を用意して、後接近禁止令も発行してもらったようですが?」
「六ヶ月の期間も我慢できずにそれを理解できなくて突撃してきたのがオヤジです。
この家中心に半径三キロ近づくなって奴だけど、ここじゃ意味ないよねー。警察も間に合わないだろーし。たまたま見回りで挨拶に来てくれたからいいけど天にも見放された運には笑うしかなかったね!」
「さすがに、ですね」
一緒に笑う飯田さんを二人含めてぎょっとした目で見てしまう。
「銀行は一発で懲戒免職!二十年以上勤めて退職金なしザマー!」
「銀行じゃなくても社内不倫はご法度ですし、ましては不倫相手の貯金を内部で操作して勝手に全額を借金の返済に使ったのはただの犯罪ですし。
さらに綾人君はどうやってか不倫相手のご子息とコンタクトを取って育児放棄で母親と内縁の夫となってる綾人君のお父さんを訴えさせ、借金の残りはマンションを売り払わせて完済させましたけど、不倫相手をそそのかせて不正利用したお金の返済を申し立てさせました。今はご実家に戻ってご家族と息子さんと一緒に頑張って働いているそうですが、家族関係は随分とぎくしゃくしてるようですよ。
ああ、お父さんの方は銀行内部の操作はみんな監視カメラにばっちり写っていたそうなので今は檻の中にいるそうです」
「夫婦そろって檻暮らし何て気が合うじゃないか」
はっ!と鼻で笑いとばす。
「所で聞くけど、どうやってその証拠を集めたんだい?」
シェフ君は顔を背けるも綾人君はニヤリと笑い
「そんなの良心と法とお金の力だろ?
頑張って六法全書読んだ価値あったー!
夏からのめんどくさい事が一気に片付いてバンザイだね!」
それだけじゃない臭いは嗅ぎ取れたが、深くは追及してはいけないのだろう。
この子なら負ける戦いはしないだろうし、言ってる内容も正当な割には何一つ真っ当に聞こえない。そもそも今まで動かなかったのに何で今頃になってと言うのも気になるが、やはりそこも深く追求しない方が良いのだろうと心の中だけに納めた。
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