人生負け組のスローライフ

雪那 由多

文字の大きさ
213 / 976

冬の訪れ 2

しおりを挟む
「ごめん下さい!多紀さんを迎えに来ました!」
「多紀さーん!勝手に一人でうろついちゃだめでしょ!
 みんなで探したんだから!徘徊じゃないんだから出かける時は出先と帰宅時間を教えてよっていつも言ってるでしょ!!!」
 皆さんよほどご心配だったようで、先に勝手に門を開けて中に入って来て下さいと言う言葉通りにやって来た波瑠さん含む迎えの一団は既に出来上がってる室内に眉間を潜め、波瑠さんは突然差し出されたお猪口にもかかわらず当然のように頂いて駆けつけ三杯ではないがお酒を頂いていた。
「いらっしゃい。皆さんもどうです?今年初の猪で作ったシシ鍋です。しっかりと先週狩った物を冷凍しましたので安心ですよ」
 言いながらもお椀に盛って配り歩く飯田さん。有無を言わせない辺り酔っているのだろうと微笑ましく眺めていた。
 誰ともなく視線を合わせどうしようと言う彼らを強引にやっぱり外は寒いからと移動した母屋の囲炉裏の周りに座らせてドライバーの人以外もお酒をふるまい、囲炉裏で焼かれているお肉にも手を出してもらう。
 俺達既におなかいっぱいだから処理したお肉は食べてもらわないと困るからね。一度解凍したお肉を冷凍し直して食べてもおいしくないしねと押し付けて行く。
「波瑠ちゃん聞いてよ!飯田君ったら凄くかっこいいんだよ!」
「ああ、もう!多紀さんったらいきなり飲み過ぎ!」
 波瑠さんのお猪口はいつの間にか湯呑に変って多紀さんはご機嫌に注いでいく。
「だって飯田君が凄くかっこいいんだよ!」
「はいはい!判ったから。飯田君がかっこいいのね!」
 内容を言わずにひたすらかっこいいを連呼する多紀さんに何があったのと俺に話を振られた。
「今日ちょうど多紀さんが来るほんのちょっと前に庭で熊に遭遇したのですよ」
「え?それって大丈夫?」
 ぎょっとする波瑠さんに
「家の中で静かに通り過ぎて行くのを待ってたら多紀さんがタクシーでやって来てね、折角森に帰りかけてきたのに多紀さん目指して戻って来たんですよ」
「え?!じゃあ多紀さんは?!多紀さんは無事なの?!」
 ちらりと見て
「明日は二日酔い決定みたいだね」
 そこで冷静になった波瑠さんは今も飯田君かっこいいんだと一升瓶を抱きしめて呟く多紀さんを残念そうに眺めていた。ちなみに既に三十分ほどこの状態。猟友会の人が来てくれたから熊の処分をさっさと終わらせる事が出来て戻って来たらこの状態だったのだ。
「で、何があったの?波瑠さんに話してごらん?」
 波瑠さん一行はしっかりと話を聞く体勢になってシシ汁をすする。
「面白い話じゃないよ。
 ただ俺が囮役になって、飯田さんが猟銃で仕留めたって、ね?」
 面白くないでしょと言うもそれは話し手が悪いだけの内容だ。
 波瑠達には話し上手な人の話し方を山のように聞いてきた。
 ドラマや映画もそうだ。要約できる事を何十倍にも話を広げて膨らませ、人を引き込んでいく魅了の世界の住人だ。
 なので綾人のような合理的な人間の話しにふてくされてしまうも求める方が間違いな事も知っているのでこの話の素材をいろいろ拾い集めてふくらまして行くのが波瑠の楽しみ方。
「飯田君って猟銃もってるんだ?」
 綾人の隣に座り、囲炉裏の片隅で焼き鳥を焼く飯田は
「はい。こちらに遊びに来させていただくうちに在った方が良いかと思いまして。
 フランスでは勤め先の料理長に何度も鴨とか兎、鹿を狩りに連れて行ってもらったので銃のの取り扱いに離れているつもりです。
 なので猟銃のライセンスを取って猟友会の人にいろいろ連れまわってもらってます」
「じゃあ、猟銃とかあるんだよね?みたいなーって言うか?」
「見せたら触るでしょう?
 銃刀法違反になるので残念ですが諦めてください」
 あっさりと断る飯田さんは強請られないようにと台所に行ってしまった。
「あーん!波瑠さんもっと飯田君のかっこいい話聞きたい―!戻ってこーい!」
 なんて言いながらも俺とがっしりと肩を組んで
「それで綾人君はなんで囮何て危ない真似するのかなー?」
 声は見事なまでの底冷えをする怒りを含むもの。それに気づいてかあえて気付かないように陽気に笑い声を立てる猟友会の人に助けて下さいと言うこと自体聞いてもらえないのだけは判ったので
「一応俺だって猟銃もってますよ?My猟銃?しっかりと厳重に保管してますよ?
 だけどね、人はセンスが問われる生き物なんですよ」
「え?つまり、どういう事?」
 だから何だと言う波瑠さんに周囲は顔を背けて笑い声を零さないように押しとどめている。そして勘のいい波瑠さんはそれだけでどういう事か理解して
「ちょっと待って!ひょっとして凄い下手とか?当らないから撃たないとか?!」
「シューティングゲームは得意です!昔はゲーセンの記録を書き換えるのが趣味だったんです!」
「必死の言い訳の綾人君かーわーいーいー!」
 やだ、なに、ありえないんだけど!何てケラケラと笑う波瑠さんはしっかりと酔っぱらってしまったと思いたい。
 いいさ、思う存分笑うが良いとふてくされて日本酒から焼酎に変えた。さあ、悪酔いするぞと気合を入れて飲めば皆様から拍手を頂いて俺も二日酔い決定だ。
 ふてくされる俺の代わりに飯田さんは台所からお漬物を持ち出してきたり、カラアゲの追加を持って来てくれたりと波瑠さん一行の皆さんに振舞いながら
「俺は経験者ですから。綾人さんみたいに始めたての初心者でもないですし、でも猟友会の皆さんの方が見事ですよ?」
「それを言ったら俺達の年季と経験が違いすぎるわ!」
 豪快に笑う笑い声が部屋中に響く。
「だけどだ。今年も無事猟の季節が始まって、獲物も豊富でありがたい」
 一人が頷けばみんなも頷き
「無事この長い冬が乗り切れればまた一年生き残れるぞ!」
「田尾さんはどれだけ長生きするつもりだ!」
「この家がある限りだ!」
「田尾は年齢を考えろ。今年八十何歳になった?」
「そんな細かい数字覚えてるわけないだろう!」
 そう言ってまた豪快に笑うのを綾人も一緒に笑う。
 こんな賑やかな場所でお酒の飲めないドライバー君はこのテンションについていけない物の、プレゼンテーターとしてのプロの飯田が新鮮な鹿の心臓や肝を刺身にしてごま油と塩で食べさせていた。
 最初はどんびきの彼だが、思い切って一口食べれば臭みもなくとろけるような食感に箸は止まる事を知らず、肩ローストのたたきをニンニクとポン酢で食べるように勧めていた。勿論ごはんにはユッケを準備してウズラの黄身を頂点に飾って差し出せば、生食にビビっていた彼はもうどこにもいなかった。
 こうやって飯田ファンが増えて行くんだよなと綾人もたたきをもらいながらすりおろしたニンニクをたっぷりと乗せて玉ねぎのスライスと共に食べて行く。うまくさー。
 そうやって夜は更けて行き、すっかり出来上がった波瑠さんと多紀さんを車に押し詰めて帰らす頃には日付が変わる時間。勿論猟友会の皆さんは飲酒運転をせずにお泊りしてから帰ってもらう。
 勿論彼らが止まる場所は台所の隣の使用人達が寝ていた雑居部屋。かつてはこの雑居部屋の住人だった。今でこそ綺麗にしてしまったが、ここには畳に一枚につき一人が寝る広さと決まっていて、皆さんこの狭さが懐かしいと布団を敷きつめて、横になった途端鼾をかいて寝てしまったのを俺と飯田さんは囲炉裏の部屋から見守っり、あまりの鼾の大きさに失笑していた。

しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

処理中です...