人生負け組のスローライフ

震える足が止まらぬように 10

　大人達が仕事に戻った瞬間なぜか綾人の風呂に飛び込んだ三人組に巻きこまれるように俺も陸斗も一番小さい幸治も服を脱がされて風呂に入っていた。
『それよりテスト大丈夫なの？』
　なんて聞くも言葉の壁で誰も理解したりしない。
　陸斗は何だか諦めてたけど幸治は「なんで？なんで？」と言葉を繰り返していたから調べれば納得した。親の仕事先の家の風呂に入っている状況に納得できないのと、俺同様脱がされて風呂に押し込まれているこの現状に理解できてないのだろう。陸斗は慣れているのかお風呂の縁に頭を乗せて心地よさそうにウトウトとしている。俺達をこんな目に合わせた三人組は腰にタオルを巻いてテラスでだべり、綾人は既に服を着てマサタカと話をしていた。
　俺も仕方がなくぼんやりと山登りで疲れた足をマッサージしていれば三人組がスマホ片手に開け広げたドアから話しかけてきた。
　お湯は温かいけど空気が涼しいので幾らでも入ってられるなと思っていれば何やら色々と陸斗と話していたけど肩を叩かれた所で振り向けば全員の視線が俺に向けられていた。
　その中で幸治だったかの視線が可愛そうな子を見る瞳だったので悪い予感しかなかった。
『いつ帰る？』
　三人よれば何とかって言う言葉をマサタカから聞いた覚えがある。
　一つのスマホに三人頭を寄せて見せた画面にそう書いてあったのでこの程度ならわかるだろうと三日後と伝えればまた三人といつのまにか陸斗も引き寄せられて、巻きこむように浩太も陸斗によって捕獲されていた。
　それから五人頭を寄せたかと思えば俺と会話をしていたスマホとは別のスマホを取り出して、画面には新たに三人が加わっていた
「うわ！本物？！オリヴィエ・ルベルだ！」
　スマホ越しの眼鏡をかけてた奴がどうやら俺を知っているようだった。
　他の人達は有名人なの？って言う顔をしてたけど、風呂場組は陸斗から俺の事を聞いてるようだけど興味がないと言う様にそのテンションにそんなにも有名なのかという顔をしていた。
　だけど日本語で早口で何か訴えて来てるけど全く持って何を言ってるのかわからないからまた風呂に浸かる。うん。幸せ……
　目を瞑っていつの間にか風呂に浸かってるのが俺だけなのを良い事に綾人がやっていたようにお風呂の縁に頭を乗せて足も風呂の縁に引っ掛けてぷかりと浮かばない……
　あれ？綾人は浮かんでた気がしたけど……？
　どうやってたんだと思っていればソノダがスマホを向けてきた。
　何だ？写真かこの姿はやめてくれとフランスに居た時みたいなプライバシーのない生活は勘弁してくれと言うか、この無防備な姿は取らないでくれと綾人の知り合いなら綾人に言いつけてやろうと思うも、スマホには直訳過ぎる一文が書かれていた。
『協力してください』
『何を？』
　聞けば眼鏡が単語だけだからと訳してくれた。
「綾人さん……」
　綾人に何かしたいのかとそこは判ったから頷けば
『元気になった』
　確かに元気になったなと頷く。
『俺達役に立たなかった』
　そこの辺りは基準が分らなくて首をかしげておけば
『お前、帰る』
　二つの単語が並べられただけだけど意図するとこは理解で来て頷いておく。
　だんだんこのやり取りのルールを理解して来たのかみんな俺の一挙一動を見て一喜一憂としていた。
『記念、動画、作ろう』
『綾人に？』
『花、喜ばれない』
　難しい顔でなお続ける。
『プレゼント、難しい』
　ならどうするんだと首を傾げれば
『オリヴィエ、バイオリン、弾く』
　それぐらいは任せろと頷けば
『俺達、記念、撮影する』
　記念動画に繋がるのだろう。まぁ、それぐらいいいと頷けば
『撮影、時間ない。明日、朝、撮る』
　容赦ない突然のミッションは綾人の教え子らしくて呆れて笑う。
　そしてよく見ていればスマホ越しの三人がフランス語の文を打ってソノダだったかに転送して俺とやり取りをする横で一人がひょいひょいと絵をかいていた。
　言葉よりわかりやすい絵。しかも不思議と上手い。とても指先で書いたようには見えなかった。その絵は何枚にも渡り
『綾人、呼び出す。鶏……上手いなぁ』
　よくあいつらの特徴をとらえてると誉めてしまえば照れた様に笑い、だけど彼の手は止まらない。
『鶏小屋の部屋、窓、開ける』
　あの部屋に大きな窓があったのかと、壁の装飾だと思っていた俺は一度は開ければよかったと思えば
『風景、背景、演奏、綾人、聞かせる』
『綾人そっくり！』
　綾人の絵に俺は笑ってしまう。俺の絵はとんでもないけど、何がしたいかは判った。
『任してくれ』
　言えばスマホ越しの奴らが通訳なのかそちらから喜びの悲鳴が伝わったのを俺も笑うも
『明日、日の出、スタート！』
　どうやらこの国の人間は太陽と行動するようで、相当早起きをしなくてはならない事に気が付いて顔を引きつらせるのだった。