人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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手を伸ばしても掴みとれないのなら足を運んで奪いに行けば良い 8

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 時間は十一時。
 だけど大幅なフライングがあった。
 いい年をしたおっさん達がオリオールの料理を前にがマテ出来ず、そしてそれを見ていたレディース&ジェントルマン達も全部食べられたらどうしようと参戦していた。
 やけに庭に居る人の人数が少なく静かだなと思っていれば、飯田さんからの電話。
「皆さん食べだしちゃてるけどお出ししても大丈夫ですか?」
 レストランの方を日本語、フランス語対応できる飯田さんを一人にしたのが間違いだったか実桜さんの友人の名前を知らない方がいいお客様達もそちらで机に並べられた前菜を既に召し上がっていると言う。
「ああ、もう!何でマテが出来ない奴らばかりなんだよ!!!」
「それだけオリオールの料理が美味しい証拠ですね」
 さらっと師匠を褒め称える飯田さんの言葉には大いに納得するけどなんてあと十分程度が待てないんだろうとオリオールに説明して向こうに行きますよと言えば、今日も応援に来てくれたオラスの奥様達にもオリオールに挨拶に行きなさいと追い立てられていた。ちなみにオラス達はまだ城でのテーブルの設営中だ。息子さん達の応援があれどこれだけ大きな城だと移動だけでも大変らしい。リヴェットの奥さんが庭の片隅で野生化した花を活けている所を見れば設営もそろそろ完了だと間に合った事にホッとする。
 建物が大きいだけにえっほえっほと大きな体をオリオールは揺らしながら駆け足でレストランへと向かえば庭先にも並べられた机いっぱいの料理、と言ってもオードブルは既にないも等しい状態で、あっけにとられる俺とは別にオリオールはサンタ顔負けの高らかな笑い声と共に全員の視線を集める。

「まだ食事の挨拶もしてないのに摘まみ食いをする悪い子は誰だ? 
 折角のおいしいごはんが台無しになるぞ?」
 
 決して厳しい声ではない。
 まるで母親が幼子に語りかけるような優しいと思えるくらいの愛情あふれる声なのに、みんなテーブルになぶ宝石のようなオードブルに伸ばす手を止めてまるで叱られた幼子のようにオリオールを見上げるのだった。
「今日は私の何度目かの記念日に集まってくれてありがとう」
 何度目かの記念日と言う初めて聞くフレーズに失笑と拍手がさざ波のように響く。
「祖父が開いた店を私は祖父の時代から教えられた料理を忠実に守ったつもりが、時代を見ずに思い出の味だけしか向き合わなかったために周囲の忠告すら向き合わなかった結果、祖父の店を手放す事になりました」
 さざ波のような笑い声も止まり、無言の時間が広がっていた。
「現実を見ずに、ただひたすら祖父から守られた事だけを忠実に、そして料理以外目を向けなくてはいけない事も無視した挙句、実際どんな事になっているのか判っていても向き合えなかった私に、自ら店を閉める勇気がなかった私の目を覚ませてくれた恩人を紹介させてください。
 アヤト・ヨシノです」
 俺の背中に手を回して隣に立たされる。
「ご紹介に預かりました、綾人です。
 今回は色々な思惑を持ってフランスに着ましたが、親友と言っても良いのか判りませんが、今この場に居ない、レストランで多分一人で料理を作ってる飯田さんの願いと別件での個人的な思いがこの城を買う事となり、普段は国に居る為に誰かに面倒を見てもらいたくちょうど無職になったばかりのオリオールに押し付ける事となりました」
 さざ波の笑い声は苦笑が止められず、この経過を知らない人達は目を白黒さしていた。
 そして視界の端では本日の開催時間に合わせてやって来たオリヴィエとゆかいな仲間達と言うと怒られるけど、試食会のメンバーが既に始まっているこの光景にそーっと紛れ込むも、有識者の方達はその顔触れに驚きの悲鳴を上げるのだった。
 だが、それを俺は丸々無視をして
「ごらんのとおり、前城主から引き継ぐ間の時間にこの城は至る所で風が滞ったために傷みが生まれました。
 草花を美しいと感じるには必ず人の手が必要となります。
 城同様に放置されたこの広大な敷地の庭々はただの大地となって、人を拒絶する壁となってました。
 八月の初めごろから手を入れて、ごらんの通りかつては広大なサッカーコート、その前は馬が書ける牧場だった場所は、まだ完成すらしてない庭となっております。
 形は出来た物の植樹はされてもいないどころか明日の納品予定となってます。
 ですがそれまでに出来る事、小路を作ったりガゼボを作ったりと、一軒の家に対するには過剰なまでの人出を集めてくれたおかげで今日、この日までにオリオールのキッチンの試運転をできるまでになりました」
 見上げるレストランは前の店よりも規模が小さいものの、フランスの田舎にあるレンガと漆喰で出来たクラブハウスはたった数日を持っておしゃれでほっとするような懐かしいと心震わすレストランへと変化を遂げていた。
「どうぞ、この短時間でこれだけのレストラン開業に尽力を下さった、俺のイギリス旅行で知り合ったばかりに巻きこまれてしまいましたバーナード・エルソンと息子のクレイグ・エルソンその友人方に拍手をお願いします!」
 紹介をすればバーナードは俺が想像するより本当に有名人らしく、こちらの国では著名なアーティストとしても名が知られていて実桜さんに呼ばれてきた方達は驚きを隠せないようでいた。
「他にもこのレストランに相応しいカトラリーを始め、グラス、食器と言った物をヨーロッパ中を巡って集めて下さったカール・フォレットにも拍手をお願いします」
 知らなかったとはいえヨーロッパどころか世界中の骨董ファンの間では有名な彼がこの場に居る事に更に驚きが沸く。
 アイドルや有名俳優と違いクラッシックのコンサートのような感動がこの庭に響く中
「今回のヨーロッパ訪問で出会えた人達の素晴らしさは勿論、この短期決戦の工事に日本から駆けつけて来てくれた友人達が何故か一番端っこに居ますが、一目ぼれとその場の勢いで買ってしまったこの城を通してこのような方達と出会えたことを何よりの喜びとし、その喜びを皆様と分け合いたくこの場をもうけさせていただきました。 
 長くなりました挨拶はここで終わりたいと思いますので、皆様、いまさらですがグラスをお持ちください」
 オリオール特製スパークリングジュースを手に持って

「この城でつながる出会いに乾杯!」

 

 青空に響く乾杯の合図とその後どんどん出される料理に喜びの悲鳴は尽きる事無く、広大な庭に退屈しがちな子供も小路の先に見つけたガゼボを秘密基地として満足し、そして全員が満足した顔で帰るのを見送ってからもう一つの別れの時間を迎えるのだった。
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