人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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手を伸ばしても掴みとれないのなら足を運んで奪いに行けば良い 9

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 ハードスケジュールな滞在時間、日本よりも日照時間が長い為に労働時間なんて無視をして日が暮れるまで作業を続けてくれた山川さんを始め浩太さん、宮下、圭斗、陸斗、岡野夫妻と究極の癒しを与えてくれた凛ちゃんは疲れ切ったと言うよりやりきったと言う顔でお土産いっぱいトランクに詰めた荷物を持って来た時よりも小ざっぱりとした城を見上げるのだった。
 パーティの終わりの頃には午前中マイヤーはオリヴィエを同行させて十一月から始まる音楽会の顔合わせを終え、名前を知らない方が幸せな方達が帰る頃になってやっと戻って来れたのだった。当然と言う様に前回やって来た人達も残り物を狙って連れてやってきて、遅れてやって来た特別ゲストに実桜さんのお客様も感激の悲鳴を上げ、そして国の中心人物達が何故かいる光景にマイヤーは動揺する事無く即効の楽団を作って青空の下で披露する特別コンサートを開いてくれた。
 サービス良すぎだろうと思うもお客様が帰った後マイヤー達にもオリオールの作る料理が振舞われ結局このまま夜まで大騒ぎは続きそうになっていた。
 案の定皆さんは泊まるつもりなのかワインを片手に勝手に潰れてしまっているので、それはそれでそっとしつつ城を抜け出すのだが、振り返って見上げる城、そして見晴らしのいい庭にはまだ出来たてどころかやっと形になり、植樹されてない花壇が広がりるもそれでも元々あった木々を使った小路は先生が枝を落してくれたおかげで見通しの良い明るい小路が出来ていた。
 最後にと言う様にみんなでその小路を歩けば実桜さんが植えられている木々の名前を紹介してくれて、花が咲くのでその後剪定してもらえばいいと花の季節を教えてくれるのだった。 
 俺がこの季節ぐらいしか来れない事判ってるのかなと言うツッコミはせずに。
 まぁ、可能なら雪が融けた後ぐらいには一度来るようにしよう、年に二回は訪問したい予定をしながら風通りの良い小路を進むとそれは在った。
 謎の購入費は在った。だけど建築に関しては知識でしか知らないから資材程度でしか想像が働かなかった。
 というかだ。
 どうしてこんな所にガチで作るかなぁ。
 もっと目立つ場所があっただろうし、ましてやこうやって探さないと辿り着けない場所に
「なぜに日本庭園」
 思わず驚きと喜びを通り越えて愕然と見つめてフリーズする俺。一瞬ここは何所だと思考が止まってしまった。
「あ、綾人さんの思考が完全にオーバーヒートしてます。皆さんやりましたね」
 こんな事をたくらむ人達とハイタッチをする飯田さんもこの作戦に一役買っていた事を理解するのだった。
「ああ、綾人君をこちらに気付かせないようにしてくれて助かったよ。中々面白い綾人君が見れた」
「ですね、驚かされっぱなしなのでやっと一つやり返してやったって気分ですね」
 まんぞく気な山川さんと浩太さんがネタばらしをしてくれる事になった。
「綾人君が日本庭園も好きな事は圭斗君達から聞いていたからね」
 きっと広島旅行の時のはしゃぎっぷりを話したのだろうと思わず両手で顔を隠してしまう。俺そんなに浮かれてたんだと咳払いして視線を彷徨わせてしまうも
「こちらの大工さん達とも漆喰から日本の建築技術の話しになったんだが、生憎言葉が不自由してな、それならいっそ作ってしまおうかって言う事になって大変申し訳ないが追加でいろいろ買わせてもらったんだが……」
「いえ、それは構いません。費用の方は俺の方で確認してますので大丈夫です」
 正直竹ってこう言う金額か、と言う位しか思ってなかった俺が一番悪いのだろうが
「こちらの人に日本庭園って言えば何を思うって聞けば茅葺屋根とか言うけどそれには時間がかかりすぎるからって東屋をテーマに考えて貰えば光悦寺垣をいわれてな、フランス人の口からそれが出たって言うのも驚きだったが、今でこそ造る期会は減ってしまったものの小さい物ならぼちぼち程度で作ったり、作り直したりはしてたからな。
 浩太もよく手伝わされたはずだし、ちょうど宮下君も向こうで手伝わせてもらったと聞いたから復習と圭斗の勉強も兼ねて本気を出す事にしたんだよ」
「左官屋も大変ですね」
「なに、昔は何でもやらされた。それこそ鉄治のオヤジさんにもいろいろ仕込まれた」
 カラリと笑う山川さんは懐かしげに目を細め遠い昔を眺める様にこの仕上がりを見つめていた。
 美しいまでに規則的な菱の竹垣と一度細く割かれた竹を組み直してまるで一本の竹が走るかのように芯材にきつく締め直した頂部。何より竹の節が竹が生えていた時のように揃っていると言う狂気の仕事は優美さを描く曲線と向こうの景色が見える透かしの絶妙さにこの広大な庭から切り離された空間ではなく一体としつつも特別な空間と言う、こみ上げる故郷への思いを呼び起こすのだった。
「井上が居れば東屋の屋根を茅葺にさせる事が出来たが、まぁ、生憎ここには俺しかいないからな」
 言いながら宮下に背中を押され東屋の中へと入り、上を見ろと言う様に指し示す指先には
「こ、鏝絵?!」
「まあ、レストランで断られたからリベンジだな。折角だと言うのに普通の東屋じゃつまらんだろ。
 日本らしくって事で雲から龍が覗いている絵をかいたらこっちの皆さん歓んでくれたぞ」
 立体的な龍が天井からこちらを覗く迫力に唖然としていれば
「小さな子供達が泣き出してて笑えたね」
 ケラケラと笑う宮下に
「ここで悪戯するガキはいないだろうな」
 俺もビビるわと言う圭斗。
「ですが、肝試しに夜中に子供がやって来そうなので気を付けたいですね」
 飯田さんの意見には確かにそれは勘弁してほしいと頷いてしまう。
「森下さんが居たらもっと面白くなるのかな」
 今回仕切り屋の森下さんが居ない為にみんな好き勝手なことやってくれたのであのひとが居ればこんな事にならなかったかなあと思うも
「森下はダメだ。腕の話しじゃなく、あいつは良くも悪くも優等生なんだ。
 仕事をする上ではあいつがいると段取りがすべてうまく行って楽させてもらえるが、こうやった遊び心をあいつは判ってねーんだよ。だからいつまでたっても出来ねーんだ。
 そう言う意味じゃ長沢さんが居たらこの四阿の柱全部を彫刻するぞ。今回は時間が無くて板をはめ込んだだけだが、この腰板に欄間みたいな透かし彫りを入れるぞ。しかもそれが全部下絵なしであの人やってのけるんだぞ」
 彫刻の腕は二階の家具の補修の時で十分理解してる。今にも動き出しそうな鼠たちの生き生きとした描写に美術がさっぱりな俺でも見惚れてしまった。
「あれほどの人はもう早々に出ないだろうし、西野さんも腕は確かだが、あの人は長沢さんほどじゃないんだ。やっぱり内田の爺様の最後の弟子なだけあって凄いんだよ。西野さんが未だに突っかかる理由なんていちいち口にする事じゃないんだよ」
 やはり狭いこの世界での評価は中々覆せれないようで腕を維持するだけでも大変だと言う日々修行な世界は判らないでもないけど未知の世界過ぎる俺は口を挟まないようにするのが精いっぱいだ。
「まあ、俺も年だし、フランスなんてなかなか来れない所に作品を残すのも悪くはないな」
 そりゃあ、やりきった感出している山川さんはそうだろうけどと乾いた笑いを零してしまうのは当然だろう。
「どのみち気に入らなければ倒して土に還せばいい物だ。土に還るまで頑張ってくれよ」
 そっと柱を撫でるその姿に
「簡単には土に還せませんよ。お金払ってるのですからしっかり働いてもらいますからね。この東屋を見つけてくれた人達に職人の本気の遊び心を見せつけてもらう使命があるのですから。日本人がフランスの城を買ったからって馬鹿にされるような城の修繕を俺はしませんよ」
 やはり異国の人に城を買われると言う懸案に地元の人は冷めた目で見られている事を俺は気が付いている。
 だから何なんだ。文句言うなら自分達で買って補修すればいいだけだろと言い返すつもりもある。まぁ、その文句もオリオールのレストランが開くまでだと期限が分っている以上無視していればいい程度の問題だ。
 それにあの十数台に連なる黒塗り高級車はきっとすぐに噂になるだろうし、そう言う人達が出入りする場所やベーって言うのが心情だろうから変ないたずらはないと思っている。
 柱に手を添えて鏝絵を眺める山川さんの後姿を眺めながら俺も自分に気合を入れ直して
「よし!九月の連休には麓の家も出来ているだろうからみんなで打ち上げをやろう!皆集めてフランスでの集大成をみんなに自慢するぞ!」
 このフランス遠征がいかに実のある出来事だったかという様にみんなが帰った後もこの城の止まらぬ進化を一人胸の中に誓えば
「お前のやる気は判ったから、巻きこむのなら付き合うからいきなり来いだけはやめてくれ」
「そうだよ、先生がひょっとしてって言って準備させられたから呼ばれて直ぐにこっちに来れたんだけどさ、みんなパスポートの期限切れてる人達ばっかりだったから凄く悔やんでいたよ?」
 そういや結婚して十年以上の人達ばかりだなと、大学卒業、もしくは結婚ぐらいがパスポート取得のタイミングだと言う事を逆算すればあの山に来る人たちのパスポの期限は皆さん切れまくっているタイミングだ。
「そうですよ、俺だって先生に一応パスポートの更新しとけって言われて慌てて更新したぐらいなんですから」
 浩太さんにも迷惑かけていた事に頭は下げまくるしかない。
「でも、それだけの価値ある一週間でした」
 しんみりと言うセリフに東屋のベンチに座って光悦寺垣越しの城の景色を眺める
「足を運んで得たこの経験、絶対ここに来ないと手に入れられない物ばかりでしたから」
 体験以上に勝る物はない、それを実体験してしまえば誰の目にも輝く物があった。
 少しの感慨深い沈黙にこの駆け足の一週間の思いに浩太さんは大きく息を吸い込んで
「じゃあ綾人君、一足先に帰らせてもらうよ!」
「はい、九月にはまた戻りますので、それまでよろしくお願いします」
 別れの挨拶ではないけど差し出された手にはこれからの事を頼みますと言う様にガッツリと重ねて力強い握手と共にここが一時の別れの場となるのだった。 


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