人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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本と嵐と 4

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 あれからすぐに電車に乗ってケリーの自宅まで来たエドガーともう一人呼び寄せていた人物も辿り着いた。と言うか、エドガーの行動力の早い事。ケリーの兄のジェームスが到着する前に来るとはどういう事だと思うも単にジェームスが仕事を片付けてきた空の時間になっただけの話しだ。
 その間に夕食を済まし、俺は風呂までしっかり頂いてケリーに服を借りて寛いでいた。本を読みながら時間を過ごす俺に
「全然人の家にいるって言う姿じゃないね」
 そんな評価を頂いたので
「リビングの蔵書が素晴らしいからな」
 適当な言葉で誤魔化して奥様を喜ばせるのだった。
「素敵でしょ?どれももう絶版になってしまったばかりの書籍で祖父のコレクションだったの。ケリーの大学進学に合わせてお父さんがケリーにってプレゼントしてくれたの」
「数学者を目指して譲られたのは哲学書。俺は面白いけど、残念だったな」
「不思議と本を開くと寝ちゃうんだよね」
 なぜかお兄さんまで力強く頷いていた。
「数字だったらずーっと見ていられるんだけど文字になるとどうしてもね。不思議だよね」
 なんてバカな事を言うので俺が紙を貰って訳してやった。
「とりあえず一ページ分だけど数字に変換してみた」
「ごめん。文字以上に意識が遠のいた」
 なにこれ、見たくないと言う様に隣に座る兄に渡し、兄からは両親、それからエドガー達にも渡った所でくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へと投げ捨てられるのだった。ちなみに入らずゴミ箱の縁に当って足もとまで跳ね返ってきた。
「色々と酷い」
「俺達が調べている間にこんな高度で下らん遊びをしてるな」
「ちょっと訳してあげただけなのに」
「まったくもって無駄な才能だ」
「いやいや、頭を整理するにはこう言うのが一番だ。どの世界にも通じる文字で何所までもシンプルにした結果が二進数じゃないか。ゼロとイチ。数学の世界に置いてもっとも美しく、悩ましい数字じゃないか]
「気持ちはわからないでもないけどな、だけどね、幾らなんでも見ただけじゃ読めないよ……」
 何とも言い難い様に笑う事も出来ない空気はの中ちらりと視線を向ける先には
「レックス、難しい顔をしてるが何か分かったか?」
「アヤト、俺は証券会社に勤めてるからこんな事はコンプライアンス違反なの知ってるだろ」
「悪いな。証券会社に務めた事ないからコンプライアンスなんて知らないんだよ」
「嘘だね!証券会社の人間が社内で知った情報を漏えいする事ほど有名な罪名を知らないはずがないだろう!」
「まぁ、そこはグレーゾーンを狙うから。
 聞いた話しで儲けようと何てしてないし。ただ、エマーソン修理工房の株がどう流れて行ったかが知りたいだけだ」

 ケリーの家は時計の電池やベルトの交換から精密機械を分解修理したり、内部の機構の交換、ガラスの研磨から宝飾品の修理などもしている。
 ケリー父の祖父の時代から始まり、工房には沢山の古い時計の在庫を抱え、大きな功績はないが腕利きの職人い寄る丁寧な仕事から各種ブランドからも信頼を得た工房だと言う。
 ケリーの父も例外にもれず職人の一人で社内でも指折りの技術者だと言う。
 ただ、スマホを持つ人が多くなり、だいぶ下火となって来た上階だがそれでもレディース&ジェントルマンの国。身だしなみの一環として時計を持つ人がまだまだ多く、大きな店では気後れするような人でも足が運べるようなほっとした店構えの店舗をロンドンの町に構えていた。精密な仕事柄ネックレスの修理やリフォームも手掛けるように、多くはないが時計を買いに来るお客様にお手軽な価格での宝飾品も売っていた。職人による職人の技術を詰め込んだ細工が美しく、ブランド品でないだけにあまり評価は高くないのが悲しいゆえん。ここ数年ほどテーマと名前を統一してブランド化を図っているもののぱっとしないのはあまり若者向けの店舗ではないからが理由のようで、職人達も若者向けに作ってるわけではないのでSNSで広まらない。今時それでは繁盛しない。だけど技術者は満足しなかった。特に若い世代あたりはこの技術はもっと見てもらいたいと言う思いがくすぶっていた。営業側も高価な時計を取り扱う割には修理費は安く、そして交換パーツを確保する為にアンティークの時計を買いあさる様子をみて、それよりも従業員の給料を上げろと言う思いが高まって行った。何一つ恥ずかしい仕事はしてないのに何でいつまでも古めかしい時計屋の様な薄暗い店構えなのか。誇るべき仕事なのに誇る店構えでないと言う思いは何時しか恨みへと変って行き……
 大量の職人を引き抜いて、取引先をスライドする様に契約を移し替えての独立となった。

 何て聞こえの良い言葉だろうと関心をしてしまう。
「ジェームスの時代には時計よりも宝飾品を中心に店を変えて行こうと思って宝石商に修行に行かせていたのだが……」
 このままでは返って来る店が無くなると頭を抱えていた。
「ケリーは不器用だから職人はまず無理だから。好きな事をしてもらいたいと思ったが、私では想像が付かない道を進んでいるみたいだからな」
 ゴミ箱には入らず足元に跳ね返って来た丸められた紙を丁寧に広げてこの悲しい裏切り劇を誤魔化すように困ったかのように眺めていた。
「店は畳むとしよう。預かってる時計の修理を終わらせれば今月払うだけの家賃と残った職人の給料ぐらいは出る」
「オヤジ、それじゃあ買い集めている時計の支払いが……」
「そこはこの家を売ればいい。
 通りで今まで中々手に入らなかった時計がここで大量に見つかったわけだ」
 恨みは復讐と言う形で果たされた。
 いや、これは復習なのか?
 綾人が思うのは今朝会った時の人としての温かみのない人、そして帰宅時の激昂した姿。そう言った人物が常時穏やかなわけではなく、人間的にも辟易してたのは想像が付くが
「すまない。お前達には迷惑をかけた。
 ケリーの学費はちゃんと別に積み立ててあるから気にせずに大学に生きなさい」
「いや、だって、あれだけの学費があれば返済に充分充てられる……」
「いや、全然足りないな。
 時計の購入費、宝石の購入費、昨年購入した研磨機のローン、従業員への支払い、店舗の家賃、別に借りてる作業場の家賃、その他もろもろに合わせると学費の十倍は必要となる。
 ただ手持ちの時計や宝石、研磨機は売り払えば半額ほどにはなるだろう」
「だいぶ買いたたかれるな」
「むしろそれを何とかして売った方が取り返せる」
 エドガーの見立てではそうだが
「ただし借金取りがそこまで暢気に待ってはくれない」
 レックスの冷静な判断にはエドガーも頷き
「むしろタダ同然で手放すのを待っている奴らがいる。
 法律的には株の購入も問題ないが、支払いがすべてエマーソン氏のサインが入っている。営業をまかせっきりにした付けをここで払わされることになったな」
「はっ!
 ったく職人って生き物はほんと取り返しの利かない所まで来てやっと自分がしたい事しかしなかったと反省する生き物だな」
「アヤト、オリオールの件を思い出して腹を立てるのは判らないでもないが、今回はオリオールとは質が違う。
 エマーソン氏が興味がない事をついての強奪だ。一年近くかけての計画的な犯行だが、それを許したサインをエマーソン氏が入れている。法的にも何も問題なく移行している。諦めろ」
「ですよねー。
 俺の見立てと同じ意見で安心した今が一番腹立たしい!」
 どこかに俺のみ落しや隙がないかと期待して集めたレックスとエドガーだったが俺の想像を確信にするしかなかった。
 何か助けになればと思って呼び寄せたのにと視線を落せば、小さな溜息が耳に届いた。
「一応アヤトに聞かれて調べてみたけど、株を購入した後直ぐに第三者に売られていた。公開株じゃないから一般には知られる事はないが、マドック工務店に流れてる」
「マドックだと……」
「ダレン・マドック。あなたが信頼した経理のご実家ですね」
 その言葉を聞いて綾人は鞄の中のノートPCを立ち上げて検索を始める。
 そのタッチの速さにケリーも驚き、少なからずキーボードから与えられる指示に追いつかない処理にモニターは読み込み状態が続いていた。
 だけどお構いなしに綾人は持っているPCの処理能力を優先してどんどん命令を与えて行く。むしろ一体何を打ち込んでいるのかわからないくらいの速さに何をしようとしているのか少なからず知っているエドガーは顔を顰めて近くの本を手にしてみないふりをしていた。
 暫くしてその手が止まる頃、綾人はしかめっ面をしていた。
「で、何が分ったんだ?」
 エドガーが本から目を離さないように尋ねれば、次々に開いては消えて、いく遅れて処理されるモニターが最後に安定して写した情報は
「ああ、明日付けでマドック工務店に就職って事になってるな」
 恐ろしく計画的な行動に綾人はすぐに誰の目にも見せる事無くPCの電源を消した。




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