人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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山にお帰り 13

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「それにしてもスイートルームはこうなってるのですね。
 前回の時はろくに見ずに深山へ向かいましたので、インナーテラスにジャグジーって贅沢ですね」
「それー!毎日朝夜浸かってさいこー!」
 既にお湯が抜かれたばかりの状態に朝風呂もしっかり堪能したと言う所だろう。
「文明を堪能してますね」
「うちでやったら真冬に一発で凍って水道管破裂するしかないからね」
 キッチンもあるしバーもある。置いてあるお酒は飲み放題だしベッドルームが三つもあって毎晩寝比べてた」
 案内されたメインベッド、ゲストルーム二つとあり、昨夜寝た場所以外はちゃんとベッドメイクされていた。ジャグジーの他にバスルームとメインベッドルームにはシャワーブースまである至れり尽くせり。
「一人で泊まるには贅沢だけど一晩じゃ堪能しきれないな」
「スイートルームでなくていいでしょう」
「ジャグジーにはまった」
「今時銭湯に行けばありますよ」
「実家方面にがないのが悔しい」
「代わりに足湯があるじゃないですか」
「急にほっこりワードに変ったな」
 ニマニマしている間に気が付けば増えた荷物をいつの間にか飯田さんはしっかりと持っていて
「満喫したのならそろそろ行きましょうか」
 早く山の家に行きたいのか何なのか判らないが俺だけを置いてさっさと部屋を出て行ってしまった。
「え?ちょっと飯田様、置いて行かないで?」
 慌ててルームキーと財布やスマホを入れた鞄を掴んで慌てて追いかけてチェックアウト。
 しっかり飯田さんの監視の下で清算をしていれば
「吉野様本日はご利用ありがとうございました」
「植草さん、今回も快適な滞在ありがとうございます」
 名札には支配人と書いてある相手にカードを渡して精算を済ます。
「もうご自宅の方にお帰りになるのですか?」
「はい。用事は済ませたし、また冬が来る前には一度向こうに行きたいので戻ってきますけどね」
「なかなか忙しいようで何よりです」
「そう言う植草さんも。アメリカ行ってシンガポールに居たと聞きましたが?」
 言えば苦笑して
「希望としてはイギリスかフランスでしたが早々巡り合わせは来ませんでしたね」
「そこまでは上手く行きませんでしたか」
 言いながら少し話が読めない飯田さんに
「植田さんは前によく利用していた青山さんのお店の近くのホテルの支配人をしてらしてその時にとてもよくしてもらいました」
 言えばああと頷いて
「なるほど。あの時の支配人とは違うお顔でしたので気になりました」
 言えば今度は逆に植草さんが少しだけ疑問を浮かべる顔をするので
「ああ、まえにダブルブッキングになってしまって綾人さんにスイートを勧めてくれた支配人がいましてね。その時普通なら無償になるはずでしたのにしっかり部屋代を取った支配人でしてね」
「それは大変ご迷惑を」
 ご迷惑おかけしましたと言う顔をしながらも何故か生き生きとした瞳にこの人がやり手だって言うのが嫌でも判る。
「私がアメリカに行ってお客様からのお言葉が増えてそれに伴って質も下がって大変な事になりましてね」
 笑顔でそう言うあたりこの人怖い。でも大した事じゃないと言うような態度に働くとしたらこう言う人の下で働きたいと言う謎の安心感を与えてくれる。
「お疲れ様です」
 とりあえず当たり障りのない程度の言葉で労っておく。
 すぐに頭を切り替えるように不思議そうな視線で飯田さんを見て
「お一人ではないのは珍しいですね」
「ええと、コックさんです。今日家に帰るので向こうに行くにあたって一緒に行こうって事になって待ち合わせをしてました」
「いつもおいしそうなお料理羨ましく見てます。
 飯田様も宜しければいつでもフランス料理部門のスーをご用意してお待ちしております」
「おや?ばれてるとか」
 なんて言うも品良く笑う植草さんは
「何せ狭い世界の上にオリオールの店で働いていた日本人となれば限られてるので」
「やはりばれないわけありませんよね」 
 あははと笑う飯田さんは別に気を悪くしたわけもなくにこにことした営業スマイルを顔にはりつけていた。
 何かこの二人怖いんですけど?
 俺は返されたカードを財布に入れて
「それじゃあ行こうか?」
 ちょっとびくびくしながら言えば飯田さんは命令を受けたお犬様の顔で
「はい。途中昼食と休憩をいれれば夕方にはつくでしょう」
 日本に戻って来てからも増えた荷物を持って飯田さんは地下駐車場に向かうエレベータへと向かえば
「それではまた」
 植草さんとはそんな短い挨拶で飯田さんを追いかける。
 後は乗り慣れた飯田さんの車の助手席に座ってシートベルトを付ければこの数日の事の情報交換。
 案の定多紀さんや蓮司が飯田さんの家に乗り込んできた事には笑うしかなかったが
「お会いしておきたい方に帰国のご挨拶が出来たのなら満足ですね」
「それー。最後に植草さんにも挨拶できたし、後は帰るだけってね」
「皆さんお待ちかねですよ。
 今日の為にいろいろごはん買い込んでいたようなので絶対連れて来てくれってそれは何度も念押しされて」
「何だか今日の飯田さんが強引だった理由が理解できた」
「ほら、皆さん社会人だからお休みの時間が限られていますので」
「そうだな」
 久しぶりに見るあの後輩たちはどうなっているのか、スマホ越しではよくあっていたはずなのに気分はもう懐かしいときもちが膨れ上がり

 見慣れた山と山道と。
 整えられた道路の脇と夕方でも明るい山道と。
 空気も窓を開ければ寒い位の気温と澄んだ緑の香り。
 やがて待っていたと言う様にともされた明りの温かな色合いにずっと待っていると言う様にたむろしている子供達。
 いや、もう大人な顔をしていて車のエンジン音に合わせて門に駆け寄って来てくれて開けてくれて……
 家の近くに車を止めてくれた先には先生が待ち構えていた。
 どこか不機嫌そうな、でもご機嫌な瞳。
 器用だな、なんて思いながらもげ車を降りた所で

「ただいま!」

 大きな声での挨拶に先生は
「やっと帰って来たな。道草ばかり食って来て、さっさと帰ってこないか」
 伸びた手が俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
 あー、これ、久しぶりにやられたとなんだか嬉しくて笑ってしまえば
「「綾っちお帰り!」」
 水野と植田の合唱にみんなもお帰りと続き
「荷物家の中に運びますね!」
「飯田さんも休んでください!」
 なんて先生と俺を放っておいて家の中へと入ってしまったのを見送る。
 何だか気を使われた気がしてくすぐったいけど
「満足できたか?」
「当面は。だけどまだまだ知りたい事が増えたって言う感じで世界は確かに広かったってね?」
 言えばそうだろそうだろと頷き
「また行きたいのならここは預かるから、足を運んで体験してこい」
「うん。その時はまた頼むよ。だけど……」
 久しぶりの我が屋と開け放たれた玄関から見える家の中の景色。 
 何処かに行きたいと思うよりも今はまだこの扉の中の景色の方が温かくて
「折角学んだから、まずはここで出来る事を全力で試してみる」
「それはいい傾向だ」
 俺の決意とは別に先生は相変わらずどこか抜けたような明るい声で笑い
「さあ、みんなが待ってる。沢山話をしてやれ」
 背中をポンと押され、高さ三十センチはあるだろ敷居をまたぐ。
 料理を運ぶ足が台所と囲炉裏を行ったり来たりするのを見て俺はにんまりと笑みを浮かべ

「おら!今日は天気が良いから外で食うぞ!
 久しぶりに星空観察会だ!
 水野!上島兄弟は納屋から机を取って来い!あとバーベキューセットもだ!」

 いきなり?!
 折角の準備!
 綾っち横暴だ!
 一人前に文句は言うもその手も足も指示に従うように動いている姿を見て

「良い後輩だな」
「頑張って躾けてきたかいがありましたね」

 いつの間にか飯田さんも先生と並んで笑う様子も合わせて俺も一緒に笑う、そんな幸せは気が付けば全員に広まっていた。

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