人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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人生負け組のスローライフは楽しい事で詰め込まれている事は誰にもわかるわけがない 3

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 秋からはずいぶんいろいろな変化があった。
 飯田さんがご実家に戻ったり、庵が飯田さんのマンションに代りに住み着いたり。俺もフランスの行き帰りは東京から出国して関西で入国と言う変則を取るようになったし、その度に飯田家にお招きされると言う道草もプラスされるようになった。
 アイヴィーも年に一度はこっちに来て飯田母と日本の文化を満喫し、中学生レベルの語学力まで身に着けていたのだから驚くしかなかった。
 山での暮らしや麓の様子はこれと言って変わらないけど

「香奈ちゃんがおめでただって!」

 宮下からの嬉しい報告。
 いつも二人にこにことしていたからどうなっているのか心配していたけどこれは安心する所なのだろうかと逆に不安になってしまうのは相手が宮下だからだろうか。
「じゃあ、今悪阻とか酷いんじゃないのか?」
「ご飯が美味しいってよく食べてるけど、その後気合を入れて吐いてるよ」
「心配だな」
「まあ、綾人の二日酔いとは違うからね」
 俺の二日酔いは心配する価値すらないらしい。
 少し悲しくなってしまうものの当然かと涙をぬぐう。
「で、圭斗はどう言ってる?」
「んー、なんだかおろおろしてるよ」
「まあ、頼れる親族が圭斗以外じゃ宮下の所のおじさんおばさんぐらいだからね」
「父さんが頼れるかはちょっと不安だけどね。とりあえず実桜さんの所のおばさん達がいろいろ準備を手伝おうとしてるよ」
「同僚としては頼もしな」
 もうあの結婚式の様な事件は二度と起きていない。当たり前だけど、その当たり前が難しいと痛感した事件だった。今となればそういったことがあればよかったと言うべきか周囲にそういったことをしでかそうとする人はいないようだ。俺の目の届く話だけど、だけどいくら隠しても空気と言うものはどうしても伝わってくるもの。それすら感じないのだからよしとしている。
「同僚と言えば長沢さん達がベビーベッドとかおもちゃとかを作ってくれるんだ」
「だったらうちの納屋の材木とか持って行けよ」
「あのね、もったいなくってさすがに気が引けるよ。それにもしそれでベビーベッドを作るとなったらそれは綾人の子供の話しになるから。おっと、俺は子供を作る気はないとかいうなよ?そこの所は綾人のおじいさんは知る事のない情報なんだからさ。だからこそもし作るとしたらそれは綾人の子供のものだから。俺達に使うのはおじいさんの思いを裏切る事になるから。作るとしても綾人の子供以降の話しだから、気軽に持って行けって言うのは間違いだと思うんだ」
 宮下のくせに俺に説教をしてきた。
 しかもジイちゃんの事も含めて行ってきたけど、悔しい事にあながち間違いない順序の話しは長沢さん達も言い出しそうな言葉だから余計腹立たしい。
 少しだけ先回りして言われたことに腹を立てながらもその言い分には納得して
「だったら他の物を考えるよ」
「うん。普通に子供用のおもちゃとかでいいから」
「本当に普通だな」
「もう俺だけの問題じゃないから。やっと母さんたちを喜ばせてやれるし、圭斗も分からないながらも一生懸命香奈ちゃんの為に勉強してるから優先順位?そっちに甘えさせてもらおうと思って。もちろん綾人も大切だよ?だけどね、こうなると俺の立場ってずいぶん下に回るから綾人にも一緒に付き合ってほしいんだ」
「よし、こうなったら地盤を支えるように頑張ろうか」
 仲間がいれば楽しいじゃないか。
 そうやって毎日のように宮下が俺の家に来る理由は障子の張替えを頼んでいるから。
 イギリスから帰国した時以来の張替えになる理由はやっぱり黄ばんできたから。
 障子の張替えは自分でもできるがさすがに枚数が多い。宮下に仕事として応援を頼んでやってもらっている。ついでに網戸の張替えもだ。
「もう少したらふすまの張替えの依頼が入っているから張り替えるのなら今のうちにやっちゃおうか」
 そんなスケジュールを知っているからこその依頼。
 すでに依頼は入っているけどふすまの紙の取り寄せとかの時間の合間の張替えだからご迷惑はかけていない。
「まあ、二日がかりでやれば十分だしな」
「一人でやると泣けるね」
「言うな。今まで俺が一人でやって来たことを思い出すから言わないでくれ」
「水野達にやらせても皺が寄って張り替えたあのむなしさは忘れられないね」
「今じゃあいつらも器用に張り替えるようになったけどな」
 水野達の拠点の動画での様子でそれを見てあいつらもうまくなったなーと感心するしかない出来映えを披露してくれた。
「だけどああやって自分たちで何でもやってくれると建具屋として商売あがったりなんだけど?」
「そこはまねできない技術を培おうじゃないか」
「判ってるよ!判ってるけどさ!」
 かつてのように頼ってほしいのだろう。
 なんだかんだ言ってあいつらの面倒を見させてきて、宮下もあいつらの面倒を見てきた兄貴分としていつまでも頼ってほしい気がないわけじゃない。
「こうやってあいつらの成長を見れてよかったじゃないか」
 言えば寂しそうに唇を尖らせる様子に
「それに、何も水野達だけの話しじゃないし。宮下だって成長してるだろ?
 手に仕事を持って、結婚して家族も養って、さらに今度は子供も生まれる。
 誰にでも誇れる人としての成長だと思うぞ」
 手放しで褒めれば宮下は嬉しそうな顔をして、少しだけ寂しそうな色を瞳に浮かべるのだった。






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