隣の古道具屋さん

雪那 由多

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愛すべき時を刻む音 10

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 はたきの人達を連れて家へと戻る。
 朔夜は店の外までお見送りしてくれたけどものすごくついて来たそうな目をしていた。
 こんな状況だから俺としてもついてきてほしい。
 だけど開店準備をしている朔夜を連れていくことなんてできなくて「また昼にな」なんてありきたりの別れの挨拶。
 俺の心のよりどころが!!!
 なんて嘆いている間にも太郎さん達に
「ささ、早くお戻りになりましょう」
「主もお待ちです。早く参りましょう」
 なんて促されてしまう。
 これが主従の力か。
 俺達よりも大して一緒にいたわけでもないのにどれだけ主が良いんだよと聞きたい。いや、聞きたくはないけど。
 仕方がなく最後尾から謎の大名行列についていけば、店先で掃除していた親父が固まっていた。
 視えなくても気配とかはわかる親父。はたきの人の周りの光の玉に見えるだろう皆さんに固まってしまっていた。

「おはようございます!
 次郎さん達に会いに来たらなんか珍しい時計を手に入れたとか。
 見せにもらいに来ました!」

 謎のさわやかなスマイルの挨拶。
 かつての俺同様次郎さん達が光の玉に見える親父がびくっとしたような姿は面白い、とは言ったら怒られるから言わないけど動揺する姿は珍しいなと顔を背けて笑ってしまった。
 だけど親父は俺を一睨みしてからゆっくりとため息を吐く。
「香月、お客様の個人情報だ」
「すみません。
 だけど先ほど隣に依頼人のご家族の方が見えて、お話をされていって……」
 これはどうしようもない、そんな風に頭を振る親父。俺ではどうしようもない事は理解してくれたらしい。
「とりあえず時計見せてよ。話は見ながらでも十分だろ?」
 ウキウキワクワク、またどうしようもない俺様のお出ましに
 「あれは危険なものです。万が一何かあれば……」
「その時は暁がいる。任せておけば安心だろ」
「おい……」
 そんな軽い扱いをしていいのだろうかと九条家の次期当主と言う同級生のイメージがボロボロだなと俺の中でブラックに努める社会人にしか見えなくなってきたがそこは気にしない。この人と知り合ったばかりに威厳のかけらもない人物になり下がっていて、少しだけかわいそうに思うも俺が九条を憐れんでいる間に親父は時計を持ってきて
「こちらが件の時計です」
 今日は家の中に上げるつもりはないのか店のかまちに座りながら時計を見せればはたきの人はひょいと持ち上げて時計をぐるりと見てから裏蓋を取る。
「スイスのレイヴァース社の時計じゃないか。貴重だな」
「ご存じで?」
 親父が聞けば
「19世紀の時計メーカーだよ。すぐに店をたたむことになったが、金や宝石を使ってものすごく贅沢な品だ。一人の天才職人が彼の持てるすべての技巧を詰め込んだと言ってもいい時計で金持ちの受けが良かったって言うか金持ちじゃないと買えない価格だ。時計のボディは家具職人に作らせて楽器にも使うようなニスを丁寧に重ねて塗ったのこの飴色。ニスの配合は現物が少なくて調べることが出来なくて不明だ。あまりの繊細なデザインからの製作の難しさにレイヴァース社の職人が匙を投げて潰れたメーカーだよ」
「なんともまあ本末転倒だな……」
 なんて話している間に星崎さんがやってきて
「わわ、レイヴァース社を知ってる人時計屋さん関係以外で初めてかも」
 俺も知らなかったし親父も知らなかったしね。
 へーなんて星崎さんの話を聞いていれば
「教養の1つだからって教えてくれた人がいてね。
 それに友達の家で一度その修復作業を見た事がある。見ていても気が狂いそうだったよ」
 俺には無理だと言いながらお袋が持ってきたお茶をありがたく受け取ってすするはたきの人に

「「その人紹介して!!!」」

 俺と星崎さんが前のめりでお願いしていた。
 「「ん?」」
  お互いそんな疑問符を頭の上に浮かべたままお互いの顔を見て何かを言わなくちゃと思う俺より先に

「レイヴァースの修理ができる人がいるなんて初めて聞きました!ぜひともその方に紹介してください!修行させていただきたいです!」
「仕事、どうするの」

 はたきの人は星崎さんの熱意なんて全く無視して現実をどうするのか問いただしてきた。
 うん、確かにそうだけどさ、そこはもうちょっと盛り上げようぜと言いたかったが

「仕事辞めます!貯金はいつか自分の工房作る為に貯めてあるのでそれなりにはあると思ってます。もちろん資産運用で働かなくても食べていけるぐらいの副収入はあります!」

 夢を持った人間の瞳で星崎さんははたきの人に訴えていた。
 いつかは独立と言う思い描いた未来すら変えてしまうほどのその情熱。

「冷静になれよ。
 レイヴァースの時計は世界にどれだけあると思ってる。
 独立資金を削ってまでの価値があるか?」

 そんなリスクを背負う事はないという忠告。
 だけど星崎さんはゆっくりと首を横に振り

「こんなすごい時計を見たんだ。こういう時計の修理じゃなくって自分のものにして作れるようになるレベルアップをしたい!それだけの価値がある時計は十分に芸術の世界だ」

 そんな熱量、俺は知らなくて、自分はそこまでこの家を継ぎたかったのだろうかと思うなか一つの覚悟を見せた人に下す言葉を固唾を吞んで見守っていれば
「その前に大切な事がある」
「なにをです?!」
 星崎さんは夢に近づく為にはたきの人を仰ぎ見るように聞けば

「レイヴァース、お前はあの一族と共に過ごすために修理されたいか?
 それとも壊れたままあの一族に執着して処分される運命を選ぶか?
 お前と言う存在はどうなるかわからないが、おとなしく修理されてあの一族と一緒にいる事を選ぶのなら時計を動かせ」

 そんな二択。
 星崎さんは何を言ってるという顔をしているが、太郎と菖蒲の一件を知る俺達はこの期に起きるだろう軌跡をだまって見守っていれば……

 カチ、カチ、カチ、カチ……

 時間にして大したことのない間だったがひどく懐かしい音を聞いた気がした。
 はっとしたかのように周囲を見回す星崎さん。
 親父はゆっくりと弧を描くように微笑み、九条は呆れたと言わんばかりのため息をこぼし、はたきの人は感情が読めない顔をしていた。
 預かった時計は動かない。
 だけど代わりに壁にかかる振り子時計がまるで動いてなかったのが嘘みたいにいつも通り時を刻んでいた。



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