隣の古道具屋さん

雪那 由多

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愛すべき時を刻む音 12

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 次の朝、いつもの通り『渡り鳥』の開店時間を無視してはたきの人はやって来た。
 相変わらずお高そうな着物を着て九条を連れてやってきた。
 当然もふもふ御一行様もご一緒に。
 今日も主が来るからと待っていた次郎さんをはじめ、太郎、菖蒲も大歓迎する様にはたきの人の周りをくるくる回っている。
 付喪神とはいえ神様と言う存在。
 すかさず朔夜に断ってボウルを借りてお水を入れてお出迎えをすれば
「「「いただきます」」」
 車の移動はかなりお疲れになるのかすかさずお水を飲んでくれた。
 しかもちゃんと頂きますができる付喪神。
 やばい。
 お行儀も良くてかわいいんだけど!
 どこぞのはたきの人に爪の垢を煎じて飲ませたい!
 良く冷えたお水にご機嫌ゆらゆらと揺れる尻尾を眺めてしまう俺は九条の咳払いと共に意識を取り戻す。
 その後は思い思いの席で店の前を通り行く人たちの見物。
 はたきの人の付喪神だというのを納得してしまう自由な方たちだった。
 そんな付喪神の主たるはたきの人は
「マスター悪いね。また今日もモーニング頼むよ」
「トーストでよろしかったですね」
「バターたっぷりで。あとつっきーの分もな」
「つっきー言うな」
 なんてふてくされた九条の顔にはたきの人はにやにやと笑う。
「そういや同級生だろ?高校時代のつっきーってどんな風だったんだよ」
 なんて聞かれても
「同じクラスメイトってだけであまり接点なかったからな……」
「出席日数ぎりぎりでいつも休んでいた記憶しかないな」
「良いんだよ。俺は家を継がないといけないから中退でもよかったんだよ」
 なんてふてくされた顔だったけど
「あれ?確か大学に進学したんじゃ……」
 朔夜が思い出したように言えばはたきの人が
「その頃だっけ。婚約者が変更されて急に頑張りだしたの」
「「婚約者?!」」
「今の奥さん。
 おうちの事情でほかに候補がいたけど急遽変更になって失礼な事に急に頑張りだした残念な奴」
「なぜに?!」
 思わず素で聞いてしまった。
「んなの見栄を張りたかっただけに決まってるだろ。
 相手の人が大学に進学する話をしたから俺も大学ぐらい出ておかないととなって急に寝ぼけたこと言いだしてな」
「で、進学したんだ……」
 進学ってそういうものかと呆れる朔夜。
「まあ、お家の事で中退になったんだけどな。成績問題も半分以上あるけど」
「「は?」」
「留年したら即退学、それが約束だったのにいきなり留年確定だったよ」
 はっと笑うはたきの人に九条は口をとがらせて
「仕方ないだろ。
 仕事しながら大学通う、いきなり出席日数も足りなくなったし」
「一家そろって全力で大学ライフの妨害、おそろしやー。
 まあ、本人の一応大学ぐらい行っておきたい言う希望も叶えたんだし十分だろうって判断されたんだろうな」
「えげつねえ……」
 さすがにかわいそうに思ってしまう。
「良いんだよ。それにこいつ普通の大卒以上の高給取りなんだから学歴よりも経験、実績の方が大切なんだから」
「まあ、ずいぶん助けられたから否定はしないけど」
 高校の夏以来ずっと身に着けていたお守りを考えたらきっと俺以外にも助けてもらっていた人がいたと考えれば大学なんて行ってる場合じゃないだろうというしかない。口には出さないけど。
「うう、綾人が俺をいじめる……」
「ただの過去だ。そもそも嫁候補が変わっただけでいきなりはっちゃけるからみんな迷惑したの忘れてないよな?」
「お前はスマホ越しで大笑いしていただけなのにな」
「物理的な距離があって助かったよ」
 はっ、と鼻で笑う。
 その間にも朔夜はトーストにバターを塗り、コーヒーと紅茶を淹れればドアの外からちらりと店内をうかがう影。
 しいさん達が
「主、昨日の人来たよ!」
と言うから俺が振り向けば
「おう、入ってこいよ」
 なんてはたきの人が手招きをした。
 とたんにぱっと顔を明るくした人物は楠商会会長のお孫さんの楠征爾君、高校三年生。
「っはようございます」
 昨日と打って変わって元気な声にそれだけで物事がいい方向へと流れているのを知る。
 まあ、その理由を俺は知ってるんだけどそこは自分の口から言わせるのが大人の務め。頑張って報告したまえ。
「今日はいい顔してんなサボリ」
「わかります?昨日親父があの時計を直すって決めて嬉しくってつい来ちゃいました」
「ンなこと言いつつさぼる口実見つけてきたくせに」
「へへへ、今まで優等生してきたから誰も気にしなかったからね」
 そんな会話をしながらもはたきの人はメニューを渡せばメニューは見ずに昨日と同じくコーヒーを頼む高校生。
「実はあの時計、イギリスの職人さんに直してもらう事になったのです!」
 ニコニコと報告する征爾君。
 仲介してくれた人に向かってその告白、かわいすぎるよと顔を背けて肩を震わせてしまう。
 昨夜のうちに朔夜にも話をしていたからそのことを知っていて、朔夜はさりげなく厨房へと引っ込んでいった。
 ずるい、俺も連れて行け!
 なんて思うも事情を知ってるだろう九条はポーカフェイスを決めているし、当事者のはたきの人は
「よかったなー」
 なんてちゃんと話を聞く姿勢をとっていた。
 やだ、誰よりも空気読まない人が一番大人な対応してるってどういうこと?!
 思わず俺も居住まいを正してコーヒーを口にする。
「そんでもって隣の古道具屋さんの人がイギリスまで直接運んで修理に行ってくれる事になりました」
「大仕事だな」
「その分送料が高くつきますが、代わりに先祖代々受け継がれた時計が復活するなら金額の問題じゃありませんから!」
「そりゃ太っ腹だ」
「一応あの時計はうちの顔みたいなものですから。
 週末に限らずうちには沢山のお客様が見えて皆さんあの時計の事を知ってますから。
 たまたま昨日みえたお客様に時計がない事を指摘されまして、それが大切なお客様だったようでおばあさまも慌てて修理に出していることを説明してたって母さんが言ってました」
「まあ、あれだけ貫禄あるアンティーク時計だからな。
 何十年と見続ければない方が違和感しかないだろうね」
「はい! おかげで修理することを渋っていた親父も旅費代を大盤振る舞いすることにしましたし!」
 そして星崎さんはウキウキではたきの人から紹介された工房の方たちと片言ながらもPC越しに一生懸命打ち合わせをしていた。
「こんなにもスムーズに直してもらう事が出来て本当に嬉しくって、思わず来てしまいました」
 言えば本当にあの時計が好きなのだろう。
 むしろあの時計に育てられたと言ってもいいだろう征爾君は一気にコーヒーを飲み終えて
「それじゃあ学校行きますので!」
「がんばれよー。そして明日からはまじめに学校行けよー」
 なんてはたきの人のまったく心のこもってない応援。だけど今時の高校生にはそれぐらいがちょうどいいらしく、代わりにものすごいいい笑顔でごちそうさまでしたと言って走り去っていくのだった。






::::::::::::::::::::::::::::::::::

何とか復活です。
熱は下がっても頭は痛いし鼻は詰まってるし咳は止まらないし味覚が鈍くなってますがこういうものかと驚きの初体験。
二度となりたくないですねとマスクの重要性を感じました。
マスク生活には戻れないけど、すぐには手放せない存在です。
改めてご心配頂きありがとうございました。
薬のおかげで一日中眠ってましたが少しずつ日常に戻りたいと思います。
これからもよろしくお願いします。
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