クリスタライズ~ある狙撃手へのレクイエム~

浅倉優稀

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#8 身体検査

#8 身体検査

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 明かりを少し落とした薄暗い部屋の中、暖炉ではぱちぱちと炎が爆ぜている。
 その暖炉の炎にじりじりと身を灼かれているせいか、それともなにか別の熱が身体の中で生まれたのか、ミズキの身体は熱くなっていた。 
『罰』という言葉自体が、目には見えないロープとなり、ミズキのすべてを縛り付けていた。
 手も足も、頭も。何も働かない。
 淫らでいやらしい、男の精だけを求めるようになる獣になるのだけは嫌だった。
「罰……いや、罰はいや……」
 もはや指の一本も動かせないまま、ミズキはミハイルによって衣服を脱がされていた。ミハイルに一発お見舞いして逃げることだってできるのに身体を動かす方法がわからない。
 最後の下着まで取り上げられ、ミズキは生まれたままの姿をミハイルの前に晒していた。
 身体は熱いのに、歯の根があわぬほどの震えは、寒さから来るものじゃない。これは本能的な恐怖だ。
 脳裏をふっとかすめゆく、汚い自分の姿。
 堕ちたくない。
「いや、やだ、やめて……」
「いやいやをしてもだめですよ。今日はやめないといったでしょう?」
 ミハイルはジャケットを脱ぎながら、氷の微笑で横たわるミズキを睥睨していた。
「では始めましょうか」
「…え?」
 身体検査なら、捕らえられてから何度もされた。
 武器は持っていないが、身体の中にはクリスタライズが埋まっている。
 しかし、ミハイルがそれを取り除く様子はない。
 クリスタライズ以外に危ないものはないはずだ。彼はそれを知っているはずなのに。
「危ないものを持っていないか調べさせてもらいます。もちろん、身体の中まで」
 何を調べる気なのか。
「身体の中…? いやだ……!」
 ミハイルはここで、麻酔もろくにせずに、クリスタライズを引っ張り出す気か。これはミズキが自分を貶めずに済む証なのに。
「取らないで……! クリスタライズだけは取らないで!」
「それは後で考えます。今はすんなり済むよう、協力していただきますよ?」
「取るのっ?! やだ!」
「大人しくしなさい」
 ベッドの上で後ずさろうとして暴れるミズキを、ミハイルが柔らかな掛布ごときつく抱きしめた。その力は驚くほど強く、身動きがとれない。
「いや、あっ……!」
 身体の動きを制限されることで、恐怖や不安といったものが全身を支配する。
 抜けたい。ミハイルの腕の中から抜けたい。
 クリスタライズ摘出の麻酔をかけられる前に。
「さあ、始めますよ。まずは口から」
 言うなり早くミハイルの唇がミズキのそれを塞ぐ。彼の舌がミズキの口腔を、隅々まで容赦なくねぶり回す。
 息苦しくなってミハイルの胸を叩くと、彼は唇を離して胸で呼吸をするミズキを見下ろした。
 唾液の鎖に繋がれ、少しの酸素を吸ったと思うと、またすぐに唇を塞いでくる。
 ミズキの舌を絡め取り、粘膜をくすぐってくる。こんなに性急で激しい熱いキスなんか、今まで経験などない。
 これがクラリス軍の身体検査だというのか。
 ミハイルは軍の人間だ。こんな淫らな身体検査を誰にでもやるのだろうか。
「ん、はぁ…っ!」
「口の中には何も隠していませんね……妙なものを持っているなら早めに白状なさい」
「もって……な……持ってないよ……」
「ふふ、男にだってヤバいものを隠す場所はありますからね。徹底的に暴かせていただきますよ?」
 熱を帯びた鋭い視線に貫かれ、不意にミズキの身体がびくんと跳ねた。そののけぞる喉にもミハイルは噛みつくようなキスを落とす。
「あう……」
「大人しくしていなさい。妙なことは考えないように」
 低く唸るようなその命令にミズキは抗えなかった。
 確かに自分は捕虜としてここにいる。捕虜としては過分な扱いを受けているが、その代償がこの行為だというのか。
 ミズキを包んだ掛布をゆっくりとはがしながら、ミハイルの唇が首筋から胸へ、腰へと唾液の筋を残しながら降りていくと同時に、彼の指がミズキ自身の付け根を這い回る。
 もっとちゃんとそこに刺激がほしいのに、そこにはいかないもどかしいばかりの指がミズキを翻弄する。
 そんな中途半端じゃ嫌だ。無意識に腰を動かし、ミハイルの指を花芯に導こうとして、ミズキははっとしたが今さら遅かった。
「おや? これは身体検査ですよ? あなたを抱く儀式じゃない。動けば抵抗と見なしますよ」
 ミハイルがニヤリと意地悪く笑い、快楽を求めようとしている己の痴態に気付いてふるえるミズキを見下ろす。
 男を知らない身体じゃない。ディスタンシアでは散々に弄ばれた。だから知っている。
 貫かれる熱も重みも。そして自らが堕ちたその先に麻薬のように欲して止まない快楽があることも。
 動くなと言うから、必死に動かないようにミハイルに身を委ねている。しかし、彼の愛撫は狡猾で、ミズキの弱点を正確に探り当ててくる。
 まるでミズキのことを全部知り尽くしているように。
「あっ、そこは…だめ…っ」
「そこ? そことはどこです? 口に出しておっしゃい」
「言えない、そんなこと……ああ……」
 ギリギリで踏みとどまる意識を唆す囁きすら、快楽に全身が震える。
 ミハイルの長い指がミズキの性器に絡みつき、ゆるゆると扱き始めた。そこから生まれる熱が理性をとろかせていく。
「だめぇ…それ」
「なぜ? ほら、こんなに蜜をこぼしてるのに?」
 どこまでもミハイルの視線は冷たかった。
 よく研ぎ込まれた刃のような双眸、そこに感情などないかのように見えるのに、瞳の奥で獰猛な欲望が燃えさかっている。ミハイルの視線に全身を貫かれ、ミズキは羞恥と快楽に身悶えした。
 吐息が熱く跳ねる。もっともっと触れてほしい。
 麻薬にも似た悦楽が全身を駆け抜け、身体の心もなにもかもがミハイルに支配されることを望んでいる。
 ミハイルから身体に落とされるキスの熱さと強さが、理性の縁でわずかに踏みとどまる意識をぶち壊していく。
 それでも完全に堕ちるわけにはいかなかった。
「罰」以外で、抱かれることがどういうことなのか。ミズキにはわからない。
 先の見えない暗闇と同じなのだ。だから怖くてたまらない。
 人間同士が殺し合い、騙しあう。こんなおかしな世界なのに、ミハイルは優しくミズキの身体を花開かせていく。
 ミズキを扱くミハイルの手が淫靡な意志を持って速さを増す。身体の奥に溜まった欲情が出口へと急速に向かっていくのを感じ、ミズキは無意識に腰を上下に激しく動かしていた。
「ああっ、いいっ…、あ、んっ…!」
きそうですか、ミズキ?」
「やだ、ちがう…イきたくない……」  
「なぜ? こんなになって、出したくて仕方ないでしょう?」
「僕は出しちゃだめって……あっ、んんっ、おじさんが……。だしたら……ぼく、ひどくされる…こわいから……」
 もはやろれつも回らない。何を言ったかすらわからない。
 ただ、出してはならないのだ。シュトラウスから『勝手に出して、汚すな』ときつく言われている。
 このまま出せば、ミハイルを汚してしまう。それに「出して良い」なんて言われていない。
 だがミズキの我慢などお構いなしに、花茎の先端、淫靡の泉を湧かせる鈴口を、ミハイルは爪で軽く引っかいた。それだけで全身に強い電流が走る。
 その刺激は毒を孕んで、ミズキの心を丸裸にしていく。抵抗する気力も理性も羞恥心も、何もかもを奪い去る。
 ミハイルは容赦なくミズキを快楽の高みに引っぱり上げてくる。
「何も隠していなければ、ここから出てくるのはあなたの精液だけだ。しかし、こんな場所でも細めの道具や銃弾なら隠せてしまう」
「そんな場所に……普通、なにもかくさな、い…」
「言いましたよね?これは身体検査なのだと。達きたくなくても、無理矢理達ってもらいます。さあミズキ、これは命令です。達きなさい……!」
「やっ、そんなっ! だめぇっ!」
 耳に流れ込んできたミハイルの獰猛で低い声は、抗う事を許さない命令。
 無理矢理に射精を押し込む装具などもない。ミズキがどんなに唇を噛みしめて我慢しても、湧き上がる間欠泉の勢いを止められない。
「あっ、うあああっ!」
 我慢を無理やりはぎ取られ、ミズキはその声に導かれるまま射精する。
「見ないで! 僕を…見ないでぇ! あっ、んあっ、だめっ、止まらない…っ!」
 腰が揺れる。全身で息をしてもまだ、最後の一滴まで絞り出すように、ミハイルは手を緩めなかった。
 彼の手だけでなく、ミズキの腹やミハイルの身体にまで白濁が飛ぶ。
「汚した……僕、あなた、を……汚した……」
「気にすることはありません。あなたに密着しているのだから」
「でも、汚すと、怒られ……っ」
「誰に怒られるのです?」
「おじ、さんが……」
「でも今は全部吐き出さないと、あなたの潔白を証明できないのですよ?」
 ミズキが全て吐き出すのを満足げに眺めながら、ミハイルはミズキの額に優しいキスを落とす。
「よろしい。性器には何も隠していないようですね?」 
「そんなところになんか隠さない…」
「だがまだ終わっていません。ここが残っています」
 ミズキの精液にまみれたミハイルの指がミズキの薔薇の中心にするんと入り込んだ。そのまま指先で軽く中を撫でられだけで、ミズキはまたたまらず達してしまう。
 たった今、あれほど吐き出したのにと、ミズキ自身も驚愕する。
 人の手で導かれる快楽が狂おしいほど気持ちいい。
「後ろには何もないようですけど…」
「だめっ、お尻触らないで…!」
「おや? なぜです?」
 ミハイルの指がひくつく蕾に潜り込み、浅いところで小刻みに動いていた。
「隠しているなら、おとなしく出しなさい」
「違う、ちがう…んっ…あっ…」
「喋らないのですか? なら、くまなく検査しないといけませんね?」
 つぷつぷと音をさせながら、ミハイルはミズキの固い花蕾を丁寧に愛撫していく。ミズキの中を蠢く狡猾な指は3本になり、粘膜を磨き込むように刺激される。
 やがて蕾は綻び、ミハイルの指で大きく入口を広げられ、雄心の侵入をミズキの身体全体が待ちわび始めた。
「お願い。助けて……」
 自分でも何を要求しているかわからない。ただただ身体にため込まされる熱を吐き出したい。
 気がつけば、いつのまにかミハイルが、脚の間でミズキを見下ろしていた。
 性急さを求める意識がとらえたジッパーの音。そのままミズキの膝裏が掬われる。大きく脚を開かされ、ミズキのすべてがミハイルの前に暴かれた。
「どうにか……して……僕を」
 潤んだ視界の中で、ミズキを見下ろしている黒衣の悪魔に縋る。
 ミズキの身体の中で這い回る、虫の如く狂おしい欲求を解放できるのは、この人しかいない。
「どうにかしてとは?」
「ひどいの……ほしい…」
「残念ながら、その望みは聞けませんね」
「なんで…っ!」
「あなたを楽しませては検査にならないのでね。さて…」
 ひくつく花蕾にひたりと押し当てられる熱を感じ、ミズキは息をのんだ。
「あなたの中を検めさせていただく」
「ん…」
「…許しなさい、ミズキ」
「んああっ!」
 ずぶりと大きなミハイルが入り込んだ。
 解されたとは言え、やはり最初の侵入は身体が痛みにこわばる。それでもディスタンシアで遠慮も何もなく犯されていた事に比べたら、まだ負担は軽かった。
 ミハイルはゆっくりゆっくりとミズキの肉を割り裂いて奥へ奥へと腰を進めた。時折腰を引きながら、またゆっくりと。ミズキの身体を労るように優しく。
 熱いものが身体を貫いてゆく。その感覚が……たまらない。
「わかりますか、ミズキ。あなたの中に私が全部入った」
 荒い息を付きながら、長い時間をかけ、ミハイルはミズキの中に自らを埋めた。
 大きな存在感がミズキの中で堅さを増している。でもそれは、ミズキが待ちわびた火槍だ。
「ミズキ…つらいですよね。でも、止められない」
 ミハイルがミズキの頬を撫でる。壊れ物にそっと触れるかのように、優しく。
 こんなふうに扱われては勘違いしそうになる。ミズキとミハイルは敵同士。
 こんなところで心を通わせてはいけないのに、ミハイルに溺れたくなる。
 異色光彩の狙撃手は、クラリス軍にとって最大級の犯罪者のはずだ。
 ミズキの身体には、父親の血ークラリスの血が流れている。
 それなのにクラリスに銃口を向け、引き金をひいた。
 ミズキの放った銃弾は、クラリス軍の主要な軍人を狙い撃ちにした。
 軍の指揮や決定を下す人間が短期間にいなくなって、クラリス軍は大混乱を極めたはずだ。
 それでも、その功績が本国ディスタンシアで称えられたことはない。
 誰に賞賛されるでもなく、常に隔離と監視の中、淡々と任務をこなし、帰還すれば男に抱かれる。
 両親がディスタンシアから奪ったものを補填しろ、それがお前の罪の代償だと。
 ミズキには他愛のない話が出来るような同僚も友人もなく、世の中を知らないまま大人になった。
 そしていま、黒衣の悪魔の腕の中にいる。
 彼を受け入れ、揺すぶられるまま、快楽を味わっている。
 もはやディスタンシアには戻れない。
 死ぬなら、彼の手がいい。
 だけど今は溺れていたい。
 ミハイルが作り出すこの刹那の関係だけでいい。彼の視線が自分だけに向いているこの時間だけでも、彼の「特別」になっていたい。
 でもそれはーー口にしてはいけない感情。
 だから抗う。それを彼に気づかせないために。
「男である私に犯されて…嫌でたまらないでしょう、ミズキ?」
「何言ってるんです…。これは身体検査…では…っ?」
 心と裏腹にミハイルを睨みつける。
「そうでしたね」
 ミハイルはクスリと笑うと、大きく腰を引いた。
「……動きますよ」
 ズンと最奥を抉るミハイルが、下腹に痛いほどの振動を与えてくる。
「ああんっ!」
 思わず漏れた甘い声に、ミハイルがニヤリと意地悪く微笑んだ。
「男を知らない身体じゃないですね」
「うるさいっ……!」
「ディスタンシアでは……ずいぶん遊んだんですか?」
「だったら……?」
 きつくミハイルを睨みつける。好きで脚を開いていたわけじゃない。
 だが彼はそんなミズキの反応をどう捉えたか、冷酷に微笑んだ。
「あなたが初めてでなければ、遠慮する必要がなくなる。私の好きに出来る。そういうことです。せいぜい喘ぎなさい。良い声で鳴いて私を楽しませなさい…っ!」
 ミハイルがミズキを激しく貫いた。
 獰猛な熱核で犯されているのに、ミハイルのそれは気持ちよくて、苦しい。
 彼の質量は、少しばかり慣らされた程度の花蕾で受け止めるには大きすぎて息が止まりそうになる。
「んっ、ああっ…! きつい、おおきい…!」
「きつい? その割には、私を奥へと引っ張り込んでいますよ?」
「どうして…そんなこと……あ、いい…それいい……」
「男に組み敷かれて、こんなにも簡単に身体を拓く。なるほど、あなたは…立派な暗殺者だ…。こんな風に何人もの男を誘い込んで殺したんでしょう? ライフルなんてあなたには必要無さそうだ」
「やだ…」
 どうしてそんなことを言うの?と問い質そうとしたミズキは、ミハイルの表情にハッとした。
 悦楽の涙に濡れて揺れるミズキの視界の中で、淫乱の人殺しだと、彼はミズキを侮辱する。しかし浴びせかける言葉とは逆に、彼は唇をかみしめ、つらそうに瞳を伏せていた。
「この淫奔が……っ!」
 苦痛を秘めた感情に突き動かされているのか、ありったけの侮蔑でミズキを打ち据える。
「もっと、もっと…淫らに喘ぎなさい」
「中将……」
「艶めいた声で私をその気にさせなさい。そして私を殺す隙でも窺うといい。あなたに軍人としてのプライドがあるのなら、あなたを犯す私を憎みなさい」
 ミハイルはミズキの細い首に左手をかけた。腰の動きは止めないまま、徐々に力をいれられ、ミズキは息苦しさに咳き込んだ。  
「中将、くるし…やめ…」
「――さあ言いなさいミズキ。私の目を真っ直ぐ見て。『ミハイル、いつかお前を殺してやる』と」
「やだ……いやだ中将……」
「違う。中将ではない。ミハイルと呼びなさい」
 ほら、私の目を見てと、ミハイルは右手でミズキの顎を掴み、無理やり自分に向かせる
「いいですか、ミズキ。『ミハイル、殺してやる』と言うんです。私はあなたの軍人のプライドどころか、あなた自身をこうして、弄んでいるのですよ。あなたは男のくせに、男である私に犯されている」
 ああ……と恍惚な吐息をつきながら、ミハイルはミズキを貪る。
「あなたの身体……たまらない。中が熱くてとろとろで。だけども私を中に進ませないよう、きゅっと締め付けて。そんなかわいらしいあなたをこのまま殺してしまいたくなる。クラリスの刑吏に触れさせるくらいなら、今ここで、私のこの手であなたの処刑をやり、あなたの最後の絶命の瞬間を味わいたい……ねえミズキ?」
「首……くるし……」
「どうしたんです? 腰を私に擦り付けて。気持ちいいのですか? これはレイプですよ。ほら……本当は私が憎らしいのでしょう?」
 ミハイルはぴったりと腰を密着させたまま、ミズキの首を締め上げる。死ぬかもしれないその苦しさすら気持ちいいと感じている。
 だけど、快楽の裏側で、ミズキは戸惑っていた。
 どうしてミハイルを憎まなければならないのか。今までの紳士的な彼の態度とは全く違う。
 軍事裁判にかけられる覚悟はとっくに出来ているが、だからといってミハイルを憎む理由などないのだ。
 ミズキは作戦を失敗した捕虜としてここにいるのだから。
「中将……やめ…」
 ミハイルの真意が知りたかった。彼の手を外そうとして、自然と下腹に力が入る。
 瞬間、ミハイルが小さく呻いた。
「食いちぎる気ですか……この淫乱」
「やめて……こんなの、こんなの……」
 あなたの本心ではないでしょう?とミハイルに言いたいのに、言葉にならない。
「ミズキ、ほら、絞め殺されたくなければ抵抗しなさい。軍人でしょう、あなた?」
 ――自分は軍人だ。ディスタンシアの慰み者なんかじゃない。
 それが、ミズキの心をギリギリで保っていた存在意義だ。
 作戦に出て成果を上げれば、自分もほかの兵士たちと変わらない。それだけで自分を律してきた。
 そのミズキのプライドを、ミハイルはセックスという手段で粉々に壊している。
 それなのに、ミズキに腰と侮蔑をぶつける度、ミハイルは辛そうに目を伏せる。まるでひび割れた自分の心に、痛みをねじ込んでいくような、思いつめた彼の顔。
 ミハイルの視線は、ミズキに向いているのに、彼の瞳の奥は、ミズキを映していない。
 これがミズキを征服してかかっている男の顔か。
 そこでミズキを抱いているのは、自信たっぷりの黒衣の悪魔ではなかった。
 こんなにも心が傷だらけのくせに。ミズキを軽蔑するたび、ガラスのような彼の心にひびが入っていくのが見える。パキッと音を立てながら広がる亀裂。そこから噴き出す血の香りが漂ってきそうな気さえする。
「ミズキ、いいですか。あなたの奥で私を受け止めなさい」
 ミズキの唇がミハイルでふさがれる。なにもかも塞がれ、絶え間なく快楽だけは注ぎ込まれる。その甘さを秘めた苦しさに身悶え、ミズキはミハイルの腰に足を絡める。足でも腕でもなんでもいい。
 彼を――離したくない。
 そんなミズキに、ミハイルの目が一瞬だけ、我に返ったように見えた。
「ミハ……イル……お願い」
 死ぬなら今がいい。
 ミズキがいるから、彼はやりたくもないことを無理矢理している。ミズキさえいなくなれば全部解決する。
「僕をこのまま……殺して。今なら僕は……」
 この世では、もうどこにもたどり着けない。
「あなたと……繋がったままなら……僕は」
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 ミズキのすべては、いろんなもので汚された。ミハイルは「罰」だと言ったけれど、汚れたこの身を揺らすミハイルの熱核は、ミズキから「スイッチワード」の恐怖を取り去り、ミハイルに抱かれる夢をずっと見ていたいと思うほど、それはあたたかで気持ちいい。
 それでもミズキは死んでから、初めてミハイルやジュリアたちへの謝罪と償いが完了するのだ。
 ミハイルがいないところで、死ぬことこそが怖い。
 だから、今なら。
 ミハイルの腕の中なら、何も恐れない。死すら喜んで受け入れられる。
 黒衣の悪魔の手にかかるなら、このまま絞め殺してと願う。
「ミズキ……!」
 ミハイルがさらに激しくなり、ミズキは啜り泣いてミハイルに縋る。
「ミハイル……」
 彼の名を口にするたびに、ミズキの胸がきゅうんと切なく痛む。
 甘い痛みを全身に感じながら、ミハイルを呼べば、彼はキスで返してくる。
 吐息が絡み、上も下も繋がったまま、ミハイルとミズキはともに白い闇に向かっていく。
「僕、でも、だめ、出せ、ない……許可、ない……ああっ、でも、でも」
「我慢してはいけません、出しなさい。ほら……」
 許します、と耳元で囁かれ、瞬間でミズキの意識がはじけ飛ぶ。
「ああーっ!」
 鼻にかかった甲高く甘ったるい声を上げながら、ミズキはまた熱水を噴き上げた。
「ああっ……出る……出る……止められない……どうしよう……」
 ディスタンシアでは、どうにもならない先走りですら、床や相手を汚したら、シュトラウスから苛烈な責めを受けていたから、きっと怒られる。
 自分やミハイルの腹にもミズキの白濁が飛び、「汚してしまった」と怯えていると、ミハイルは笑った。
「それでいい」
「いいの……? 汚したのに……? 2回も……」
「私の罰をあなたに刻むために必要なことです。気持ちよかったでしょう?」
 言われてミズキはこくりと頷く。
 人に促され、しかも人の手ではなく、初めてミズキは射精した。性具をなにもつけずに、ただ本能のまま己を解放したのは生まれて初めてだ。
 今までは、セックスなんて苦痛でしかなかった。
 抱かれること、繋がることがこんなに気持ちいいものなんて知らなかった。ミハイルは嘘をつかなかったのだ。
 だがそんな余韻を感じる間もなく、ミハイルがさらに大きさを増す。肉洞が窮屈になり、ひきつる痛みすら心地いい。
 ミハイルの形をくっきり感じて、ミズキがまたゆるゆると硬くなる。
「きもちい……みはい……ああっ、すき……」
「さあ次は私の番です。あなたの中に罰を刻まなくては」
「ば、つ……?」
 激しく揺らされながら、ミズキはとろんとその言葉を反芻する。かつては自分が入れ替わる忌まわしき言葉も、ミハイルの腕の中では怖くない。
 ミハイルから与えられるものなら、それが命を奪う刃でも、今なら受け入れられる。
「身体の奥から汚して差し上げる。ディスタンシアの性処理売春婦のあなたには、これこそがふさわしい」
 ミズキの身体の一番奥で、ミハイルが腰を止め、そこで彼が弾ける。
 熱いものがじんわりと臓腑を満たしていくのを感じながら、ミズキはうわごとのようにミハイルの名前を呼ぶ。
 ミハイルは無言のまま、ミズキを見つめていたが、ややあってミハイルがミズキから出て行く。
 彼は衣服を整えると、執務机に向かう。
 それをゆっくりと目で追っていると、彼は右手に何かを持って帰ってきた。銀色に光るそれは、薄い刃のついたメスだ。
 思いつめた表情でミズキを見下ろしていた。
「ミズキ……」 
「みは……い、る……?」
 ミハイルは横たわるミズキに馬乗りにまたがり、ミズキの生々しい手術痕にそれを当て、少しだけ刃先を沈み込ませる。
「いたっ……」
 何をするつもりなのか、恐怖もなければ、何も感じなかった。ただ彼のやることをぼんやり眺めていた。
「あなたに嘘をつく私を許しなさい」
「え?」
「少しだけ我慢して」
 ミハイルの手が手術痕に沿って素早く動く。
「うあああああああ!」
 皮膚が切り裂かれ、そこからミズキの血が吹き出すのと同時に、全身を焼け付くような激痛が駆け抜ける。
「なにこれ、あああっ、痛い!」
 何をされたかわからず手足をばたつかせて激しく暴れるも、ミハイルに押さえつけられて動けない。
「ああっ、ううああああ!」
 脳裏に稲妻が走り、何がなんだかわからなくなる。
 心臓が早鐘を打ち、ミズキはかっと目を開いたまま、なんとか口で荒く呼吸をするが、あまりの痛みに過呼吸になってしまいそうだ。
 必死に吸い込む酸素の中に漂うのは、血の香り。
 クリスタライズが埋まる傷口を麻酔なしで暴かれ、胸を中心に首や肩にまで、身体を激しく捩るほど、ぬるくべっとりしたものが流れるのがわかる。
 ぼやける視界でミハイルを仰ぎ見れば、口元に飛び散ったミズキの血をぺろりと舌先で舐めながら、指先くらいの大きさの小さく黒い欠片を傷口に無理やり押し込んでいる。歯をくいしばって耐えようとしても、次から次に新たな激痛がミズキを襲い、それは気力を奪っていく。
「痛い痛い……やだ、やめて……痛い」
「もう少しで終わります」
 その異物がさらに肉を裂き、傷口を広げていく。
「ミハイル……それ、なに。僕、どうなるの……」
 痛みを我慢して、やっとの思いで尋ねたのに、ミハイルは何も答えない。
「僕……死ぬ?」
「……」
 ただ黙々と、ミハイルはミズキの身体に何かを埋め込んでいる。痛みと出血、その「何か」の異物感も手伝って、ミズキの視界がぐらぐら歪む。
「……ミハ……イル」
 もうダメだ。目を開けていられない。
 これで気を失ったら、目覚めの朝は無事に来るのだろうか。
 それとも、この瞳でミハイルをみるのは、最後になってしまうのか。
「ミハ…イ……」
 彼に悲しい顔をさせたまま、自分はここで終わりなのか。
 身体が痛くて重い。吐きそうなほど気持ち悪いのに、周囲は驚くほど静かだ。だが意識は明らかに現実ではないところへと向かっていた。
 きつくて、だるくて。ミズキは耐えきれずに目を閉じる。
「ミズキ、良いですか。私を恨みなさい。恨み続けなさい。あなたがそうしてくれれば、私は躊躇なくあなたを殺せる。あなたを戦犯として処刑台に送り出せる。だから私を恨みなさい」
 耳元でミハイルが囁いた。だがミズキにはその言葉の意味を考える余裕などなく、そのまま静寂の海に意識が落ちていく。
 ――私を嫌いになりなさい――
 どこか苦しそうな彼の声を聞きながら。
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