クリスタライズ~ある狙撃手へのレクイエム~

浅倉優稀

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#14 約束が欲しい

#14 約束が欲しい

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 ディスタンシア軍司令部。
 ここには連日、クラリスと交戦している状況が入ってきている場所だった。
 しかし、国土のほとんどを廃墟にされ、ディスタンシア軍で残っている部隊など数えるほどになってきた。それだって生死は不明だ。
 室内の奥にある大型ディスプレイは、電源を寸断されている地域が多すぎて、もう長いこと消えたままの単なる黒い板と化している。
 ここに詰めていたたくさんの軍人らも行方不明になってしまい、ほぼ空室だ。それだけ兵士が階級問わず減ったということだ。
 入ってくる情報も途絶えがちになり、兵士の士気も急激に下がっている。
 ここに残った者達は、敗戦を予感して自棄になっているのか、それともわりと近い将来に来そうな己の未来に恐怖しているのか、酒瓶を片手になにやらわめき散らしてはゲラゲラ大声で笑っている。
 もはや司令部は情報の最前線ではなく、失意や倦怠に支配され、兵士のプライドを失った人間のたまり場になっていた。
 もうディスタンシア軍の中に真面目に戦う兵士など皆無だ。
 生き残った者で、どれだけの人間がクラリス軍と真っ向勝負に出ているのかは未知数だ。
 出奔してどこかに姿を隠しているものだって少なくはない――シュトラウスはそう思っている。
 これまでは定期的に奇襲作戦を仕掛けられていたからいいものの、ミズキのいない今はそれすら実行できず、ディスタンシアはただただクラリスの国力に凌辱されるだけだった。
 シュトラウス自身も、すでに軍人としての意識や戦意は失くしていた。
 どのみち、この戦争は負ける。それだけは確定している未来だ。
 ミズキがいてもいなくても、きっとその未来だけは変わることはない。
 圧倒的なクラリスの軍力の前に、資源に乏しいこの国がどうやって逆転などできるだろうか。
「どうしてこんな戦争に踏み切ったのだろう」
 シュトラウスがずっと抱えてきた疑問だ。
 シュトラウスは国を守るため、繁栄させるため、この命を国家にささげることを決めた。
 だが、犬死を待つためではない。
 自分が生まれたこの国を、自分の家族を、そして愛した人、その家族をも幸せにするためだった。
 クラリスの国力に圧倒された、ディスタンシアの政治家たちの嫉妬からこの戦争は始まっている。
 実に下らない理由で数多の民の命が消え、血が流れたのに、まだこの戦争は終わりそうにない。
 前線に出ない腐った連中のプライドと我が儘に命を賭けられるほど、シュトラウスはこの国を愛してはいない。
 本気になったクラリスを相手にしているのだ。
 おそらく彼らは、宇宙から撮影する衛星写真から、「ディスタンシア」という国の形を完全に失くすつもりで攻撃を加えているのだろう。
 この戦争は負ける。必ず。
 この戦争さえなかったなら、とふとシュトラウスは考える。
 ハイネと違う形で出会っていれば、自分は、そしてミズキも幸せになれていただろうか、と。

 ******

 シュトラウスは今でも鮮明に覚えている。
 ミズキが生まれた日は、寒い冬の日。
 その誕生の日、たまたまハイネの家を訪ねて、ハイネの妻が産気づいていることを知った。
 ハイネはと言えば、出かけたままでいつ戻るかわからないという。
 産婆からも「亭主のくせに何やってんだい!」と間違われ、あわてて「自分はエリカの夫ではなく友人だ」と答えたら「今すぐ旦那を探してきな!」と怒鳴られた。
 子どもが生まれるこの一大事に、家に空けていることにもびっくりしたが、それよりもハイネはどこに行っているのか。
 父親になるというのに、妻のそばにいないなんて自覚がなさすぎる。
 シュトラウスはひとり憤慨しながら、ディスタンシアの大通りに出る。すっかり葉が落ちた冬の並木道通りを早足で抜けながら、ハイネが行きそうな場所を捜し歩く。
 ついでに産後の体を労る食べ物や、生まれてくる子供へのお祝いを玩具屋で購入した。
 戦争が激しくなるにつれ、ディスタンシア国内からは食べ物をはじめ、いろいろな物資が姿を消していた。そして一度なくなると、次の入荷の見込みがない。
 民衆たちは物資不足に備えての買い溜めをはじめ、商店も集客が見込めるとして、商品の値段を釣り上げている。
 貧乏な家では、家族が食べる分の数切れのパンを買うのにも難儀していた。
 シュトラウスもおもちゃ屋に行ってみたが、積み木のセットくらいしかない。かなり値段をふっかけられたものの、選択の余地はなかった。生まれてきた子をお祝いするものが何もないなんて寂しすぎるが、人々の生活に余裕どころか、圧迫しかないほどに、いろんな物資の値段が高騰していた。
 積み木のセットだって、きれいな化粧箱に入っているものではなく、手作り感満点のもので、赤いネットにいろんな形の木材が無造作に詰め込まれているものだった。
 エッジを削ったり、表面を研磨などもしていなさそうで、これでは小さな木片のクズやささくれが幼い子供の手指に刺さってしまう危険がある。赤ん坊が大きくなって遊ぶようになる前に、きれいにやすりで磨いてやらなくては。
 エリカに生まれてくる子供の性別を聞こうと思ったが、彼女は陣痛の痛みの方が勝っているようで聞けなかった。
 だから男の子でも女の子でも、どちらでも遊べるものを選んだ。
 おもちゃといえども、すべて戦争の物資に回されている。
 積み木ですら、バラックを立てる道具だと言い、徴収されかねない事態となっている。
 子どもの玩具などはまだ大人が知恵を絞って遊びを教えればいいが、これから成長する子供が満足に食べられなくなる日はゆっくりと現実味を帯び、先の生活には暗雲が立ち込めていた。
「ハイネの子供はこの時代を生き抜いていけるのか……」
 心配だ。やっとこの世に生を受けたのに、その人生の第一歩から飢餓の道を歩くなんてことになりそうで。
 人込みで行き交う横断歩道の真ん中で立ち止まり、自国の将来を憂いていると、目の前から「エル!」と聞き覚えのある声がシュトラウスを呼んだ。
 はっとして意識を現実に引き戻すと、そこにはシュトラウスが探し回っていたハイネの姿。
「ハイネ……」
 彼はシュトラウスに駆け寄ると、その手を取った。ハイネの手は温かい。冷たく冷え切ったシュトラウスの手にハイネの熱が宿る。
「ハイネ、この一大事にどこにいたんだ」
 あまりハイネを足止めできないし、もしかしたら彼も妻が産気づいていることを知って早く帰ろうとしているのかもしれない。
「急いではいる。だけど、君と話す時間くらいはある」
 ハイネはシュトラウスの姿を見ると「やれやれ」とばかりに着ているコートを脱ぎ、それをそっとシュトラウスの肩にかけた。
「こんな薄着をして、君らしくない。風邪をひいてしまうじゃないか」
 薄着なのは、ハイネを探し回るのにジャケットやコートが邪魔だったからだ。どうせ走りながら探すのだし、身体もすぐに温まって上着は邪魔になる。
 そう思って、ハイネの妻に上着を預けてきたのだった。なので、今のシュトラウスはカッターシャツ1枚にチノパンという格好だ。
 とはいえ、ディスタンシアの冬は厳しい。確かにこのままでは風邪をひいてしまう。
 だが、それ以上に、ハイネのコートに染み付いた彼の匂いを意識してしまう。
 ハイネのコート、森林を思わせるような、さわやかな香りの彼のフレグランスに包まれ、シュトラウスの頬が嬉しさと恥ずかしさで熱くなる。
 こんなところでハイネのことを意識してしまうなんて。
 照れ隠しに持っていた積み木の包みをずいとハイネに差し出した。
「君の子供へのお祝いだ」
「ありがとう。一緒に遊べる日が待ち遠しいな」
「ついでに君の妻が産気づいたところだ。早く家に帰って、彼女のそばにいてやれ。申し訳ないが、君を無理にでも連れて帰るぞ」
「えっ!? もう生まれるの? 来週くらいって聞いてたけど」
 彼は途端に慌て始め、どうしよう、どうしようと頭を抱える。 
 シュトラウスにあれこれ聞くハイネが唯一我を忘れたかのように取り乱した日だ。
 そのあと二人そろって大急ぎでハイネの家に戻り、産婆の指示の下、あれこれ動いている間に時間が過ぎ、日が変わって間もなく元気な産声が家中に響いた。
 この日は偶然にもハイネの誕生日であり、ハイネは両手を上げて「すごい偶然だ!」と喜んでいた。
 生まれた子は男の子だった。
 生まれたばかりで日中寝ているか、おっぱいを飲んでいるかどちらかだが、初めて赤ん坊を抱き上げたときの感触は、今でもシュトラウスの腕に残っている。
 温かくて、柔らかくて、ほんのりと甘いミルクのような匂いがする。ときおりふわぁと大きなあくびをしては、じっとシュトラウスの顔を見ているのだった。
 抱き上げた赤ん坊の瞳を見た瞬間、シュトラウスの頭に一つの名前が浮かんだ。
 赤ん坊の瞳は異色虹彩《オッドアイ》。片方はハイネからもらったクラリスの血筋。もう片方はハイネの妻の血筋のリーベット。二つの血の流れが、この瞳に顕れている。
 ディスタンシアにとっては、敵でも味方でもあるこの瞳。しかし、いま赤ん坊を中心に、クラリス人のハイネ、リーベット人のハイネの妻、そしてディスタンシア人のシュトラウスがこうして輪になって、全員で赤ん坊の誕生を祝っている。
 この時間はとてもあたたかくて、かけがえがない。シュトラウスも素直に赤ん坊の誕生を喜んでいた。
 こんなふうに、ぎくしゃくする国同士を平和で満たす礎になればいい。
 赤ん坊は幼い声を上げ、シュトラウスに笑いかけていた。
 まだ目など見えていないだろうに、大きな二色の瞳がシュトラウスを追っている。顔もハイネ似だ。大きくなれば、きっとハイネのように周囲を騒がせるような美しい男に成長するだろう。
「おや、この子はエルのことが好きなのかな?」
 ハイネが赤ん坊を覗き込みながら、脇を小突いてシュトラウスをからかう。シュトラウスは苦笑した。
「ハイネ、生まれたての子が人を判別できるわけないだろう」
「だってこんなきれいな瞳でじっとエルのことを見ているんだ。きっとこの子は僕よりもエルになつくかもしれないね」
「からかうんじゃない。君の子だぞ。たくさん遊んであげるがいいさ」
「その前に、僕たちがこの戦争を終わらせないとね」
 ハイネは続けた。
「この子には、せめて明るい未来を残さなくては」
 ハイネはどこか淋しそうにそうつぶやいた。
「僕ごとき汚い人間のもとに、生まれてきてしまったのだから」

※※※※※※


「ハイネ……」
 司令部の薄暗い天井を見上げながら、そこにかつてのハイネの姿を思い描いていると、ノックもなしにドアが開いた。
 入ってきたのはアルベルトだ。表情が硬い。こんな時の彼は、だいたい良くない知らせを持ってきている。
 そしてそれは今日も的中した。
「シュトラウス、大変な知らせだ。国境付近で物資輸送に当たっていた隊がクラリスの航空機爆撃を受けて壊滅。詳細は不明だが」
「おそらく全員死んでいる。そんなところだろう?」
「……まあそういう結論しか出てこないよな。おかげさまで補給物資がまたしばらく来ない」
 司令部に備蓄している食料も残りわずかだ。このままでは全員餓死してしまう。
「しかしわからんな。なぜ補給隊の頭上に飛行機の弾倉を空にするほどの爆弾をまいたんだ…」
 アルベルトは顎に手を当て思案する。
 そんなもの機銃でよかろうにと不思議がる彼に、シュトラウスは呆れた。
「ミサイルや無人攻撃機を持っているくせに、人間の頭の上に大型爆撃機を飛ばしたということは、よほどミズキのやったことが腹に据えかねているのだろうさ。ミズキはクラリス軍の指揮官や要人をことごとく殺害したからな。その数何人だ? 私ももう、覚えていないぞ」
 不思議なもので、自軍が追い込まれるほど、もう笑いしか出てこない。
 こんな未来、わかっていたはずなのに。
「やれやれ」とアルベルトは呆れたように溜息をつき、「前にも言ったが」と切り出した。
「シュトラウス、そろそろクラリスと休戦協定を結ぶ時期に来ているんじゃないか」
「休戦協定だと?」
「完全に叩きのめされる前に、国家が生き延びる道を探るべきじゃないか?」
「生き延びる道?」
 シュトラウスは鼻で笑い飛ばした。
「休戦するほど、我が国にまだ余裕があると思うのか。休戦よりも敗北宣言だろう? それに私もそんなもの、もはやどうでもいい。この国が滅亡しようがなんだろうが興味はない」
「シュトラウス……」
「もっとも、クラリス人のおまえには、ディスタンシアがさっさと堕ちてくれた方がありがたいのだろうが?」
 侮蔑と嘲笑を込め、アルベルトに視線を走らせると、彼は呆れたように溜息をついた。
「シュトラウス、この国が陥落すれば、軍人である私もおまえも死ぬことになる」
「わかっている」
「死ねば何もなくなるんだぞ」
「……わかっている」
「後悔すらできなくなる。後生大事に持っているハイネの写真に思いを馳せることも、ハイネの忘れ形見の行く末を見守ることも、何もかもできなくなる。おまえはそれを理解しているのか?」
「わかっていると言っている!」
 ことさらハイネの名前を出されるとイライラする。彼はシュトラウスを裏切ったのだ。そんな男に未練も何もない。
 あの男の息子だってそうだ。ハイネがシュトラウスから奪ったものを、父親の代わりに身体で返しているにすぎないのだ。
 それなのに。
 ――ふたりともシュトラウスのそばからいなくなってしまった。
 シュトラウスはつかつかと靴音荒くアルベルトに詰め寄る。
「ハイネは私が殺した。ミズキもまた、私の元へは帰ってこない。私にはもう何もない。失くすものも守るものも取り戻すものも! 何も、何もだ!」
 軍服の襟首を怒りに任せて掴み上げた。
 その手の震えは、怒りからくるものではない。
 どんなに望んでも、絶対に戻らない大切なものを喪った自分自身の絶望。
「もう、何も……ないんだ。私には……っ!」
「シュトラウス……」
「何もないのだから、せめて今まで心血注いで守った国家を棺にして死ぬことくらい……」
 感情が混乱し、涙があふれ出る。
 わかっているのだ。こんな結末は正しくない。
 シュトラウスが望んだ未来じゃない。
 ミズキが生まれたあの日の自分の心を思い出すほどにつらくなる。
 生まれたてのミズキをみんなで囲んで、ミズキが大人になるまでには戦争を終わらせると誓ったあの日の自分――それはシュトラウスの心からの願いだったはず。
 だが。
「どうせおまえも私から離れていくのだろう。おまえはクラリス人だ。この国と運命を共にしなくても、おまえには帰る国、帰る場所がある。私はひとりだ。だから――」
 誰かのせいだと叫んでみても、自分の心に巣くう後悔の念の源は、シュトラウス自身が自らの手で選択した結果だ。
 それがわかっているから、よけいに腹立たしい。
 なにもかも、消えてなくなってしまえばいい。
 制御不能になり、暴走している国家など、もうどうにでもなればいい。そう、自分自身すらも。
 すでに定まっている運命の暗い絶望、その終焉が目前に迫っている。
 どうせなにもかも失くすのだと、叫びだしそうな感情を全身に閉じ込める。
 絶対に声を出さぬように我慢しているのに、それでも震える肩は抑えることができなかった。
 ハイネやミズキへの気持ちをあっさりと浚うことができたなら、こんなに迷い、苦しまなかった。
 遠くで爆音が聴こえ、その振動が少し遅れて司令部の建物を震わせる。
 地上戦が始まっているのだ。いずれここも陥落する。その日はそう遠くない。
「この時代とこの国は、私からすべてを奪った。そんな国などほろべばいい」
 シュトラウスは顔を上げた。自分を見下ろす男の悲しそうな瞳と視線がぶつかる。
「おまえはどこへなりとも行けばいい。クラリスでもどこへでも」
 おまえにはアレクリスタライズがないしな、とシュトラウスは歪に笑う。
「おまえのことは戦死扱いにしておいてやる。そうすれば誰からも狙われることはないだろう?」
「おまえはどうするんだ?」
「私はこの国に引導を渡すつもりだ」
 この国の土地にうず高く積みあがったがれきや悲しみを背負って、シュトラウスはハイネの元へ行く。
 もうそこ以外、シュトラウスには行くべき場所がない。
 愚かな恋情は自らの責任と共に葬り去る。
 その結果が地獄の業火に焼かれて果てるのなら、それでいい。
「シュトラウス」
 アルベルトの声に反応するまでもなく、シュトラウスの顎に指がかけられた。そのまま顔を上げさせられたと思ったら、シュトラウスの唇をアルベルトがふさぐ。
 彼の舌がシュトラウスの口腔を隅々まで嘗め回し、唾液を送られる。シュトラウスの内面にこびりつく黒い感情を、アルベルトが取り去ろうとしているように思えて、シュトラウスは唇を離そうとする。
 しかし、見透かされているのか、アルベルトががっちり頭を抑え込んでいる。
 ほぼ真上からのその深いキスは、普段の彼にしてはかなり感情的で荒々しいキスだった。
「……ん、は……ぁっ」
 漸く唇が離れた。酸素を取り込もうと薄く開いた唇は、アルベルトと唾液の鎖で繋がっている。
「シュトラウス……」
 彼はかすれた声でシュトラウスの名を呼び、また口づけてくる。シュトラウスの唇に潤いを与えるかのような優しいキス。
 拒否する心すら脆く壊れそうになる。
「シュトラウス、私はどこへも行かない。だから、自分はひとりだなんて言うな」
「アルベルト……?」
「私はおまえのために祖国を捨てたんだ。もはやクラリスに戻る気もない」
「またうまいことを……」
 アルベルトは食えない男だ。
「離せアルベルト。ここは司令部だぞ」
「どうせここにはおまえと私くらいしかいない。離れたければ私の腕を振りほどけばいい。それとも誰かを呼ぶか? 君を抱きしめたまま死ねるなら、共に銃殺も悪くない」
「ふん」
 こんな手に引っかかってなるものかと、シュトラウスは鼻で笑う。
 しかし、その食えない男の腕を振りほどけない。
 こんな時代なのに、まだおまえは人を信じているのか――アルベルトによくそう言われた。
 だが、一人だなんて強がってみても、シュトラウスの胸は淋しさと、これから訪れる自身の運命の結果に張り裂けてしまいそうだ。
 誰でもいい。今だけは誰かにそばにいてほしい。
「その日」を迎えたとき、ハイネは絶対にシュトラウスの手を取ってはくれないだろうから。
ーーひとりで黄泉の門をくぐるのが怖い。
「アルベルト、おまえは本当に私のそばにいてくれるのか」
 アルベルトは返事をしない。その代わりに、シュトラウスを抱く腕に力を込めた。その腕が答えだとわかっていても、それでも口に出して訊かずにはいられない。
「私から離れていかないか? 私を裏切らないか?」
「約束しないと不安か?」
 確約が欲しかった。
 アルベルトだけは、自分を裏切ったりしないと。
 ハイネもミズキもいなくなった。
 絶対にそばにいてくれるという、確かなものが欲しかった。
 身体の中に証明を宿すことなどできないから、せめて言葉だけでも。
「アルベルト、私に誓えるか? 絶対におまえが私を裏切ることはないと」
「もとより私のすべては君のものだ。この命さえも」
 アルベルトは穏やかに微笑み、シュトラウスの左手を取り、その甲にキスを落とした。
「そして君も私のものだ。だからともに地獄に堕ちよう」
「地獄か」
 シュトラウスが聞くと、アルベルトは穏やかに笑った。
「どのみち私たちは天国へは行けないだろう?」
 アルベルトはシュトラウスの額にキスを落とすと、穏やかに笑った。
「君に誓おう。絶対に君と共にいると。さあ、婚礼の儀式をしようじゃないか」
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