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♯16 婚礼の儀式
#16 婚礼の儀式
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部屋の片づけや、遺品整理を終え、シュトラウスはシャワーを浴びた。
自分の気持ちの中には、まだハイネがいる。
正直言えば、心の整理はついていない。こんな気持ちのまま、アルベルトにすべてを差し出せる自分がよくわからない。
それとも、死を目の前にして、もうどうでもよくなっているのか。
生ぬるい湯が白い肌をすべる。胸に埋めたクリスタライズの痕もなぞって。
だけど、自分の心の中に淀むハイネのことまでは洗い流せない。
いつもより念入りに体を洗い、浴室から出る。髪を乾かし、クローゼットからディスタンシア軍の正装を取り出した。
セレモニーの時に着る白の正装。狙撃隊は陸で戦う部隊だが、何故か正装は上下ともに真っ白だ。
肩から伸びる金糸で編まれた2本の飾緒、胸にはディスタンシア軍の軍章をつけた。もう長いこと着ていないこれはシュトラウスの誇りであり、死装束だ。
正装に着替え、装飾品も確認する。今までに自分がとった勲章をすべて付け、ネクタイを締める。
軍服にぶら下がる勲章は、シュトラウスが軍人として得たものだ。
男に尻を振って喘ぐ男娼ではなく、国のために暗殺部隊として結果を残した証。
自分が男娼だったことをふっと思い出す。
「……私はミズキにも同じことをさせたな」
クラリスとリーベットの混血児であるミズキもまた、ディスタンシアでは汚れた血を持っているとされた。
しかしミズキを唾棄すべき地獄へ落としたのはシュトラウスだ。だが、この国でミズキを死なせずにすむ方法はそれしかなかったのも事実だ。
今頃ミズキは何をしているだろうか。
鏡に映る自分の腰のあたりに、小さかった頃のミズキが見える。シュトラウスにしがみついて、いじめっ子に仕返しもできずに泣いていた幼いミズキ。
瞬きをすると、今度は少し成長したミズキがそこにいた。伏し目がちにスナイパーライフルを抱いている。目の端が赤くなっているから、きっとミズキに狙撃手の手ほどきをしていた時だろう。背はシュトラウスにまだ追いつかない。
そんなこともあったなと懐かしく思い出す。
そしてしばし目を閉じて、もう一度鏡を見ると、そこには大人になったミズキが無表情でこちらを見ていた。
昔からあまり感情を出す子ではなかったーーいや、シュトラウスがそうさせたのかもしれない。
ディスタンシアの食料事情は悪く、子供のうちに栄養があまり取れなかったせいか、ミズキの身長はそれほど伸びなかった。男性にしては少し小さめの両手、小柄ながらも美しい肌、色のちがう潤んだ二つの瞳、そして顔はハイネにうりふたつだ。まるで殺したはずの人間が蘇ってきたかのように、シュトラウスが知る思い出の中と同じ人がそこにいた。
「だが、もう私には関係ない」
ミズキを大人になるまで手元で育てた。思い残すことは何も……ない。
鏡の前で最後のチェックをして、アルベルトの部屋に向かう。
地下基地の鈍色のコンクリートの床に、自分の足音だけがやけに響く。
時折遠くで花火を打ち上げるような音が聞こえ、しばらくしてこの基地全体が地響きを伴って揺れ、非常灯が瞬停を繰り返す。そのたびにシュトラウスは立ちどまった。
「砲撃か」
クラリス軍の総攻撃が近い。彼らは近くにいる。もうこの基地を包囲し始めているのだろう。
ーー時間がない。
ドアの前に立ち、ノックをすると、ドアが開いた。
「シュトラウス。来てくれたのか」
シュトラウスが黙ってうなづくと、同じく正装に身を包んだアルベルトの両手がシュトラウスの頬を優しく包む。
「いいんだな? 私のものになる決心がついたんだな?」
「ああ」
シュトラウスが頷くと、アルベルトはいきなりシュトラウスを抱き上げた。そのまま横抱きにして寝台まで運ばれ、そこにそっと大切なものを扱うように下ろされた。
「正装か。君によく似合う。それを着てきたという事は、君も覚悟を決めてきたか」
「……ああ。私たちにはそれほど時間は残されていない」
砲撃の音からして、おそらく一両日中にはクラリスの地上部隊がここを包囲するだろう。
だから、死ぬなら軍人でありたい。
淫らに男を受け入れていた自分ではなく、軍人エルンスト・シュトラウスとして、アルベルトに抱かれたい。
「君はやはり優秀な隊長だったな。こんなにも国に貢献したのか」
アルベルトは勲章をひとつひとつ手に取り、感嘆のため息をつく。
「君の残した功績は、クラリス軍には痛手だったぞ。ミズキ以上にな」
「私が閉じ込められていた夜伽部屋から抜け出すには、功績を作るしかなかったんだ」
「でも君は、ミッション以外でミズキを絶対にあの部屋から出さなかったな?」
「あれは……ハイネの代わりだったから…だ」
「そうか」
どもりがちの言い訳の真意を悟ったか、アルベルトが目尻を下げる。
「君はやはり優しい男だ。君のそばであれば、ミズキが理不尽に命を散らすことはないからな」
「私は優しい男なんかじゃない」
シュトラウスはそっぽを向いた。
「それよりも、婚礼の儀式をするのに、この胸の中にほかの男を留めたままにしておいていいのか?」
「……そうだな。ならば、その心にまた彼が戻ってくる前に、私が占領するとしよう」
勲章がたくさんぶら下がるジャケットを脱がされ、シャツのボタンを外される。暴かれた身体には、クリスタライズを埋めた新しい傷がある。
それはまるで蛇のように歪なラインでシュトラウスの胸を這っている。
アルベルトの唇がシュトラウスの首から徐々に下へ降りていく。その歪な傷も唇で清められ、シュトラウスが小さく声を上げる。
「そこはっ……」
「拒否は許さない」
アルベルトはシュトラウスの額にキスを落とす。
「君にとってこの場所の傷がどのようなものであるか、私が知らないはずないだろう? だからこそ、そこに触れる。君の全てを手に入れる」
クリスタライズは基本的には希望の場所に埋め込むことができる。シュトラウスは左胸に埋め込んだ。ミズキが埋めたのと同じ場所、そしてその場所は、シュトラウスがハイネを撃った凶弾が命中した場所でもある。
ハイネの頭を吹き飛ばした後、彼が二度と生き返らないように、心臓にも銃弾を撃ち込んだ。
ハイネへの謝罪ではないが、彼にとどめを刺した場所と同じ所に死の部品を入れておきたかった。
死ぬときは、ハイネと同じように、心臓を裂かれて死ぬのだと。
シュトラウスの中にある未だ消えないハイネへの全ての感情をアルベルトは知っている。
何度も何度もアルベルトとシュトラウスは身体を重ねてきた。
だから彼は、身体中にキスの花弁を刻んでも、クリスタライズを埋める前も、心臓の上だけは絶対に触れなかった。
ハイネが宿るその場所には。
だが今は違う。彼は本気でシュトラウスの中にいるハイネを消しにかかっていた。
傷を舌でなぞりつつ、胸の硬くしこった突起を愛撫される。過敏になった乳首から身体の制御が奪われていくのがわかる。ぞわぞわと弱い電流が全身を這い、身体がしなる。
「あっ、ああ……っ」
熱い吐息と共に快楽を逃がそうとすれば、欲望に硬くなった己をアルベルトに擦り付けてしまい、シュトラウスははっとして腰を引くが、アルベルトはおかしそうに笑っていた。
「君は本当に変わらない。溺れそうになっているのに、まだ理性の淵で踏みとどまっている」
「だって……」
「婚礼の儀式なのだから、すべて私に預けるんだ」
「でも……」
シュトラウスはどうしても聞いておきたいことがあった。
いまさらと笑われるか、ここまできてかと呆れられるか、どちらかだろう。
それでもこの期に及んでも、シュトラウスの胸の中にはハイネへの想いがある。
それを消すために、アルベルトに抱かれようとしているのに、どうしても記憶から、心から彼を捨てきれない。
ハイネへの想いを捨ててここに来たはずなのに、まだギリギリのところで想いに縋る自分がいる。
「アルベルト、もし私がまだハイネへ執着していたらどうする」
「執着?」
「私はハイネに裏切られた。そう思い続けている。彼を恨むことで、彼を殺した罪を正当化しようとした。ミズキにもそれをぶつけることで、私はハイネを思い続ける理由を心の中に作っていた」
「……そうか」
「ミズキはよく私に抱かれる度に『自分は汚い』と泣いていた。私がそう言えと躾けたからだ。だが本当に汚い人間は誰なのか、それは私が一番よく知っている」
「……」
「そんな人間と地獄に堕ちる必要はない。アルベルト、お願いだ。ともにこの褥で最後の思い出を作ったなら、おまえはこの国を出ていけ。おまえにはアレがないのだから、ディスタンシア軍がおまえを利用することも消すこともできないはずだ」
この状況では出奔したところでバレやしないだろう、とシュトラウスは続けた。
暗い運命は静かに音も無く、ただ確実にシュトラウスの未来に絶望をつきつける。
軍人である以上、どのみち死ぬことは覚悟していた。それでも残していくものを思えば、胸が痛む。
声が詰まってその先をどうしても言い出せない。
涙があふれて視界がぼやける。
自らの選択によって、ミズキの運命を狂わせた。
不意に幼いころのミズキを思い出す。
近所の子どもたちにわざと転ばされ、頭に泥水を掛けられたり、時には持っていた学習道具ごと、ミズキ自身が川に放り込まれたこともある。
子供のいじめは過酷だ。加減を知らない。
子どもたちには、左右で色が違う瞳が珍しくもあり、気味が悪かったのだ。
『男の子だろう。泣かされてばかりいないで、一度くらい仕返ししてみなさい』と叱ると、口を一文字に結び、ぽろぽろ涙をこぼして、シュトラウスの腰にしがみついたまま離れなかった。
ミズキはもともとたいそう大人しい性格で、容姿の割には攻撃的なハイネとは真逆だった。
女の子であればそれでもいいが、男の子だし、将来は軍に入れるつもりだったから、幼いころから容赦なく手を上げて育てていた。
それでもいじめっ子に歯向かうどころか、シュトラウスの後ろに隠れてめそめそ泣いていたし、一人で積み木遊びをしたり、本を読んだりするのが好きな子供だった。身体も強いほうではなく、すぐに熱を出しては寝込んでしまう。
国同士が戦いに明け暮れるこの時代をミズキが生き抜いていけるかどうか、シュトラウスは本気で心配したものだ。
狙撃術を教えたときも、なかなか銃に触ろうとはせず、シュトラウスは何度もミズキを殴りつけた。
銃を取れ。そうじゃない。周りを見ろ。死にたいのか――そのたびにミズキは小さな体を震わせて「ごめんなさい」とべそをかいて恐る恐る銃を構えていた。
本当は人殺しに特化した訓練などさせたくない。ミズキを殴るたびに、心が悲鳴を上げた。
シュトラウスにしてみれば、ミズキをこの国で自立させるために必要なことだったが、ミズキの性格を考えれば、自分の両親を殺した武器を触れなかったに違いない。
性格はハイネと違う。しかし顔がハイネとうりふたつに成長していくミズキ。
ハイネの肌の感触、与えられる熱、果ての快楽。それは全部、シュトラウスの身体に記憶されている。
ミズキを抱けば、あの頃をやり直せるのではないか――もはや欲情は止められなかった。
ミズキに「自分を抱け」と言っても無理だろうから、ミズキの身体を受け入れる側に作り替えたほうが早い。
それに男娼であれば、自分の手元で管理ができる。ミズキが召集令状を受け取ることがない。
身体と行動の自由を奪い、男の精の味を覚えさせ、身体の奥の感じる場所を執拗に責めたて、白目を剥くまでミズキを犯し、男に抱かれるということを徹底的に教え込んだ。
かくてミズキの身体は、男をすんなり受け入れられるようになった。
ハイネと同じような身体をシュトラウスは何度も何度も抱いた。甘い声をあげてシュトラウスを受け入れ、「気持ちいい…」と妖艶に微笑むミズキを熱核で打擲しながら、頭のどこかは常に冷ややかだった。
やはり、ミズキはミズキでしかないのだ。
見かけだけならハイネなのに、自分が抱いているのは代替品。
だから、何度ミズキの中に己の劣情を吐き出しても、心は晴れない。それどころか抱くたびに自分の中の何かが壊れてゆく。
もう姿のない幻をどれだけ追っても、ミズキはハイネではない。シュトラウスの中に確かな満足もない。
それでもミズキが生まれた日に芽生えた、気持ちだけは嘘偽りない。
赤ん坊を囲んで、ハイネとともに未来予想図を描いたあの日の気持ち。
この戦争がすべてを飲み込んでしまう前に、せめてミズキの命だけでも未来へ繋ぎたい。それには、シュトラウスの代わりに、ミズキを導ける人がどうしても必要だ。
「お願いだアルベルト。頼むから生き延びてくれ。そしてハイネの形見を……」
自分のいない場所で、自由に羽ばたいていける。そんな世界をミズキに残す。
「どうかあの子に……」
それが彼との――決別だ。
「幸せな人生を……」
アルベルトに懇願する双眸から、熱い涙が零れ落ちる。
幼いミズキが大きくなるまでに、戦争を終わらせると誓った。
今のシュトラウスになら、それを現実にする手段がある。
だがアルベルトはシュトラウスの願いに、首をゆっくりと横に振った。
「ミズキを幸せにしたければ、まず君が幸せにならなければな」
「私、が……?」
「君は幸せを知らない。ハイネを恨み続け、悲しみだけをその胸に抱いたまま、時間を過ごしてしまった。だから君は幸せを知る必要がある」
「私が幸せを知らない……?」
「ハイネと共にいるときも、彼を失った後も、そしてミズキを彼の代わりにしていた時も、君の顔が笑顔に満ち溢れていたことはない。それは君がずっと『失くすこと』を恐れていたからだ。君はハイネをその手で葬り、後悔と恐怖が君の心に住み着いてしまった。それが君から笑顔を奪いさった。だから君は人を信じたいのに、その手を取れずにいる」
アルベルトはそういうと、シュトラウスの右手に自らの手を重ねてきた。彼の節くれた指が、シュトラウスの細く白い指に絡まり、ぎゅっと握られる。
情事の時に、こんなふうに誰かと手をつないだことなどない。
それが絶対に離れない鎖のように思えた。
「怖がらなくていい。もう君は何も失くさない」
耳元で囁かれる愛の言葉。その低い声は慈愛にあふれていてあたたかい。
「一歩でいい。勇気を出して踏み出してごらん。君がどうしたいのか選ぶんだ。私は君の目の前にいる」
「ならば……アルベルト」
ゆっくりと呼吸を整える。
「おまえの徴を私の中に刻んでくれ」
※※※※※※※※
着ていたものをすべて脱ぎ去り、互いに生まれたままの姿をさらし、その熱を分け合う時間は、いつもより濃密で時間の流れが速い気がしていた。
アルベルトも、またシュトラウスも何かに追い立てられるように、互いの身体を味わっていた。
「さあシュトラウス、かわいい顔を見せてくれ」
シュトラウスの花茎にアルベルトの指が絡みつく。先端からは透明の雫が溢れ、ゆるゆると扱かれると、くちゅくちゅと卑猥な水音がシュトラウスの耳を刺激する。
気持ちいい。他人の手で作られる快楽は癖になる麻薬のような毒を秘めていて、あっというまに吐き出してしまいそうになる。
シュトラウスは必死に我慢していた。
「あっ、ん、んんっ……」
アルベルトの手のひらは温かい。この武骨な指のどこに、こんな繊細に愛撫する術があったのだろうかと、シュトラウスはただただ翻弄されるばかりだった。
その間にもアルベルトの唇が、シュトラウスのそれをふさいでくる。
「う、んんっ……アルベ、ああっ……」
呼吸を制限され、息苦しくなるほどに、下腹に絶え間なく、急激に熱がたまる。
とはいえ、アルベルトと体を重ねるのはこれが最後になるかもしれないと思うと、そう簡単に達してしまいたくない。今、この瞬間をじっくりと味わいたい。
ベッドのシーツをきつく掴んで快楽をやり過ごしていると、アルベルトの口元が緩んだ。
「どうして我慢をする?」
「だっ、て……まだ始まった……ばか、りで」
「達くのは1回だけなんて決まりはない。達きたければ達きなさい」
「そんな、だめだ……」
「なぜ?」
少し硬い低い声で問われる。その声は普段の食えないアルベルトとは違い、少し蠱惑的で、シュトラウスの心までも素裸に暴くような魔力を秘めている。
「私ばかり……ずるい。おまえも気持ちよく…ならないと……」
息が上がってうまくしゃべれない。それでもなんとか伝えると、仕方ないなとばかりにアルベルトはふっと笑った。
「シュトラウス、君は本当にかわいい。君の優しさはありがたいが、セックスの時まで相手を心配する必要はない。私の望みはいま君を抱くことで叶っている」
「そうじゃなくて…ああっ!」
不意にアルベルトの手が速さを増した。
身体の中心から魂を抜かれてしまうような快楽に、かぶりを振って我慢するが、アルベルトは容赦しない。
シュトラウスを射貫くような澄んだ視線の奥に、情熱が燃え盛っているのが見えた。
まるで今のシュトラウスは、アルベルトによって作られている標本だ。四肢を褥にはりつけられ、抵抗もできやしない。
鈴口や裏筋を親指で捏ねまわされ、ぬちぬち強く激しく扱かれて、射精を我慢する堤防が一気に決壊しそうだ。
「そんな、あっ、だめ、もう!」
「一度楽になるといい。…ほら」
「ああっ!」
誘われるままにシュトラウスは一度達した。白濁が吹きあがり、自らの腹やアルベルトの手にそれが飛散する。ねっとりと濃い雫がゆっくりと肌を滑るわずかな感触すらも今のシュトラウスには全身を這う電流のようだ。
「あう……はあっ……」
「たくさん出たな」
「うん……」
「じゃあきれいにしようか」
ベッドサイドに置いてあったウェットティッシュを取り、アルベルトがシュトラウスの身体を清拭する。
「自分でする、それくらい……」
「いいから、君はじっとしてなさい」
身体がべたつくのを何より嫌うシュトラウスに対する優しさだと気づき、また照れてしまう。
「おまたせ。終わったぞ」
その声を合図に、全身を使ってゆっくり呼吸を整えながら、シュトラウスは起き上がる。
「アルベルト、次は私の番だ」
「どうした?」
「いいから、そこで楽にしていろ」
アルベルトは不思議そうに首をかしげながら言うとおりにする。ヘッドボードに背中を預けるようにして横たわると、シュトラウスが四つん這いでにじり寄ってきた。
「シュトラウス?」
「……エルと呼んでくれ」
「しかしその呼び方は、ハイネが……」
「おまえの声で、私の記憶を塗り替えてくれ」
シュトラウスの言わんとしていることを悟り、アルベルトは鷹揚に頷く。
「わかった、エル。さて何をしてくれるんだ?」
「私はあまり上手ではないが……おまえを気持ちよくさせたいんだ」
硬くなったアルベルトのものを口に含む。久しぶりに嗅ぐ男の匂い。
唾液をまぶしながら、全体をしっとりとなめあげていると、シュトラウスの髪に大きな手が差し入れられた。
「うまいぞ、エル」
ああ……と恍惚に声を出すアルベルトを見ていると嬉しくなって、シュトラウスはアルベルトを愛撫していた。
舌先に感じる男の味に、身体の奥に残っているさっきの余韻が下腹を痺れさせる。アルベルトからあふれる雫を飲み干したい欲求に駆られ、夢中でほおばっていると、口の中でアルベルトが大きさを増した。
「エル、出そうだ、口を離して」
シュトラウスは黙ってそのまま頭を横に振り、拒否を示す。
彼のものを飲みたかった。彼の雫で体の内側から犯されたい。
「エル……」
「だしてこのまま、飲ませて……」
「だが」
「いいから」
ハイネ以外のものを飲んだことはない。そしてアルベルトもそれを知っているから、極力シュトラウスに口での性交をさせなかった。
だが今は違う。
ハイネの毒を浄化するために彼の命の雫が必要だ。誰かに上書きしてもらわなくては、ずっとこの先、アルベルトを心から信じられない自分に嫌悪するのが見えている。
もう決めたのだ。ハイネの事は思い切るのだと。
「犯して……喉の奥まで」
「エル……」
「早く、早く……」
躊躇するアルベルトに催促するように、吸い上げながら強く扱くと、やがて鈴口が膨れ、彼が口の中で大きく弾けた。
舌に広がる精の味。それはどくどくと、とめどなく溢れ、シュトラウスは必死でそれを飲み干した。
「んく……」
ごくりと喉を鳴らして全部飲み干したが、身体が「まだ足りない」と言っている。
切っ先をちゅっちゅっと吸い上げ、残滓まできれいに味わいながら、性器にちろちろ舌を這わせながらきれいにしていると、アルベルトが「くすぐったいな」と笑った。
「エル、いつまで舐めてるんだ?」
「だって、おいし……」
「子どものアメじゃないんだぞ」
瞬間、シュトラウスの身体がアルベルトの胸の中に抱きこまれた。
「いつまで私に我慢をさせる?」
耳元で熱く囁かれ、シュトラウスが「えっ」と聞き返す。
「君を食べさせろ」
視界が反転し、アルベルトが上にのしかかってくる。にしても性急だ。いつものアルベルトならここまでがっつきはしないのに、今日の彼はなんだか飢え乾く獣のようだ。
「アルベルト……?」
「すまない、君の願いをかなえるつもりだったのに、舞い上がっているのは私の方だ。本当の君をこの腕に抱けると思うと、嬉しくて仕方がない。……幸せだ、私は」
「本当の……私?」
「君は気にしなくていい。私が勝手にそう思っているだけだ」
先走りとシュトラウスの唾液で濡れた硬く熱いアルベルトがシュトラウスの蕾をなぞる。
「今からここに入る」と予告するように、少しだけ食まされて、シュトラウスの心臓が期待に跳ねた。
今日はろくに慣らしもしていないのに、もう蕾は雄蕊を受け入れようとむずむずしている。
早く、早く、待ちきれない。
「早く……じらすな……」
「ふふ、私も待ちきれない。漸く君をこの手で抱ける」
「今までに何回だってやったじゃないか」
「そうだな。しかし、今日は違う」
「何が?」
答えの代わりにアルベルトがシュトラウスの中に入ってきた。
「ん、ああっ……」
ゆっくりと隘路を進んでくる熱核が、圧倒的な重量をもってシュトラウスの全身にときめきの痛みを走らせる。
蕾がアルベルトの形に目いっぱい花開いているのがわかる。シュトラウスは彼にしがみつき、その熱を受け止めていたが、やがて臀部に茂みが当たり、彼がすべて入ったのだと知る。
「アルベ……大きい……っ」
「しかたない。しかしそうさせるのは君だ」
「えっ…」
「君がぎちぎちに締め付けているから、やっと君と繋がったのに、このままでは動けない。下手に動けば、出してしまいそうだ」
己の襞が蠕動し、アルベルトをしゃぶっているのがわかる。ただ繋がっただけなのに、激しく犯されているような気さえする。痛みも重みもこれはすべて現実なのだ。
「気持ち、いいの…か? アルベルト……」
息も絶え絶えに問い返せば、「ああ、最高だ」と耳元で囁かれる。
「制御するのが大変だ。このままでは君を壊してしまいそうになる」
「なら、壊して……」
どうせこの国も、自分の恋も、何もかも終わる。
それならば、まともな思考ができなくなるくらいに淫毒で、身体も脳も壊してほしい。
「私を君に繋ぎ止めてくれ。君のものだと、わからせてくれ……」
「エル?」
「ハイネが君の背後に見える。だがそれは、私が作り出した未練だ。それを壊してくれ」
彼の名前を口にするのも、今日が最後だ。
胸にこみ上げる切ない痛みも、彼への愛しさも、今日限りだ。
自分は、アルベルトのものになる。
だけど、彼を道連れにはしない。
繋がった思い出だけを胸に抱いて、廃墟の瓦礫となる。
アルベルトなら、何もなくなってしまったこの国をまた再建できるだろう。シュトラウスの骨を礎に、新しいディスタンシアを作ってほしい。
二度と、ハイネや自分、そしてミズキみたいな人間を作らなくて済むように。
「エル、君は誰よりも繊細だ。だからこそ、他人の面影を感じながら、私に抱かれることに罪悪感を感じているのだろう?」
「え?」
「死ぬときは自分一人だと、そう思っている。違うか?」
まさに心の中を言い当てられ、シュトラウスは唇を噛んだ。
この男は飄々としているが、観察眼は鋭い。とはいえ、こんな褥で死の覚悟など告白するのは無粋だから、黙っていたのに。
それでも。
「アルベルト、君には何も隠せないな」
嬉しかった。
相手のことに関心がなければ、そもそもその相手に目が向かない。
身体が繋がっていても、それは一時的なストレスの発散で。出すものを出せれば、互いにそれでよくて。
アルベルトは何も言わない。だけど、彼の慈愛に満ちたその目を見れば、彼のことがわかる。
言葉にはしないけれど、「君の事なら何でもわかる」と言われているようで。
互いの身体を繋ぐ行為に、これほどまでに温かなものを感じたことはない。
それに名前を付けるなら「絆」とでもいう方がしっくりくるか。
以前ならばかばかしくさえ思えたその言葉が、頭に焼き付いて離れない。
「……動くぞ」
小さな合図の後、シュトラウスの全身に重い衝撃が走る。熱くて硬いものが自分の隘路を擦りあげる。シュトラウスの蕾が大きく花開き、アルベルトという雄芯を受け入れている。
快楽に色づく身体、絡み合い交わる熱い吐息。
「ああっ、そこ、あ、ああっ!」
奥の敏感なところも容赦なく犯されて、シュトラウスの身体が跳ねる。気持ちよくて、もっともっと犯してほしくて、腰を動かしアルベルトを好きなところに誘導する。
「君は奥を突かれるのが好きなんだな」
アルベルトが意地悪そうに笑う。
「腰を揺らして……まったくいやらしく私を誘う花嫁だ」
「だって、大きい、から……」
「気持ちいいのか?」
「うん、うん…あ、んっ……」
「なら、もっと悦くしてやろう」
耳元でそう囁かれたかと思ってたら、身体の下にアルベルトの腕が差し込まれる。
そのまま抱き起されて、子供をあやすように全身を揺すられる。アルベルトの肉槍で全身を串刺しにされたかのように深く深く身体を貫かれ、シュトラウスは恍惚の笑みを浮かべた。
「気持ちいい……」
アルベルトの首に手を回し、互いに身体を揺らす。全身が弾むたび、ずんと大きな痺れが、漣のように全身に広がっていく。
切っ先が敏感なところをかすめ、シュトラウスの茎からは歓喜の蜜がとめどなくこぼれていた。
もう止められない。繋がったまま、白い闇の彼方に行きたい。
「エル……出すぞ……いいか」
「うん、うん……アルベルト、好き、好き……」
頭からすべての記憶が飛んでいきそうで、シュトラウスは必死に男に縋りつく。
意識が白くなる。脳を痺れさせる麻薬が全身に行き渡るのがわかる。
「アルベルト……」
「エル……っ!」
腹の中でアルベルトが爆ぜ、自らもまた白濁を噴き上げる。
腹の中にじわりと広がる命の温度を感じながら、夢心地でアルベルトを見つめると、彼は肩で息をしながら穏やかな笑みを浮かべていた。
「アルベルト……気持ちよかった、か……?」
「ああ。今日ほど幸せなことはない。君をこの手に抱けたんだ」
アルベルトが満足できたならそれでいい。繋がったまま、シュトラウスはアルベルトの頬にキスをする。
「これで私は……君のものだな、アルベルト」
「ああ。私のものだ。永遠にな」
「なんだかとてもおだやかだ……これが幸せというものか」
代替品などではなく、自分を愛してくれる人に抱かれた幸せはとても優しく穏やかで。自身に重なるアルベルトの心臓が驚くほど激しく鼓動していることに気付いた。
きっと絶頂の余韻なのだろう。二人とももう若くはないのだ。
アルベルトはシュトラウスを抱き寄せ、耳元で囁いた。
「エル、愛している」
「私も、だ……アル、私も……」
言葉さえ紡げない甘やかな余韻がシュトラウスを支配していた。アルベルトは爆ぜてもなお、シュトラウスの中で萎えることはなく、そのままシュトラウスの唇に自分のそれを重ねる。
敏感になった内壁をぬるぬると擦られる性の快楽がたまらない。彼が自分の身体の中にいる。そのうえ唇を塞がれて、呼吸も満足にできないのに、その苦しさすら愉悦になる。
互いに密着する肌、アルベルトの全身が熱を帯びている。それはどんどんと温度を高めていく。
アルベルトの肌の熱か、それとも自分か。
もうそんなこと、どうでもいいか。
この熱が、相手を愛した証なのだろう。
何が起きても、この腕に抱かれているなら何も怖くない。
「エル、私たちはずっと一緒だ」
「うん……」
「絶対に君を離さない。君をひとりで逝かせない。ずっと一緒だ」
『ずっと一緒だ』を何度も反芻しながら、アルベルトが急にシュトラウスの指に自らの指を絡めてきた。空いた片手できつく抱きしめてきた。それに応えるように、シュトラウスもアルベルトを抱きしめる。まるで親が子供を抱っこするような形で繋がったまま、互いにきつく絡める指。抱き返す彼の大きな背中。
だが、シュトラウスの指先がアルベルトの背に何かを見つけた。
他の肌とは違う、ビロードのように滑らかな、少し盛り上がった線。傷跡のようなそれを指でなぞる。
その傷、覚えがある。
おそらく自分の胸についているのと同じだ。
(まさか……これはクリスタライズか)
アルベルトは持っていなかったはずだ。
なるほど、これが彼の誠意なのか。絶対にシュトラウスから離れないといった彼のーー。
「アルベルト……」
ーーエスコートしてくれるのか、私を。
砲撃の音が近くなる。敵はすぐそば。でも、もう何も怖くない。
シュトラウスは目を閉じた。
アルベルトの腕の中は、ここではない場所に向かう停留所。クリスタライズがそこへ向かう切符だ。
それは片道しかない。二度と朝をみることのない旅。互いにもう、ここへは戻れない。彼はそのチケットを、これから行く先に向かって切ったのだ。
アルベルトは、シュトラウスの無言の問いに答えるように、温容に微笑んだ。
「言っただろう、ずっと一緒だと」
瞬間、胸のあたりでカチリと音がした。
「エル、愛している」
「わかっている。ちゃんと私を天国まで導けよ」
二人の間から飛び出した七色の閃光の矢の中、最後にシュトラウスの意識に浮かんだのは、彼のズボンにしがみついて離れなかった、気が弱く泣き虫だった子の、淋しげな幼い二色の瞳。
――――幸せになれ。おまえは私から離れて、自由に羽ばたいていけ。
自分の気持ちの中には、まだハイネがいる。
正直言えば、心の整理はついていない。こんな気持ちのまま、アルベルトにすべてを差し出せる自分がよくわからない。
それとも、死を目の前にして、もうどうでもよくなっているのか。
生ぬるい湯が白い肌をすべる。胸に埋めたクリスタライズの痕もなぞって。
だけど、自分の心の中に淀むハイネのことまでは洗い流せない。
いつもより念入りに体を洗い、浴室から出る。髪を乾かし、クローゼットからディスタンシア軍の正装を取り出した。
セレモニーの時に着る白の正装。狙撃隊は陸で戦う部隊だが、何故か正装は上下ともに真っ白だ。
肩から伸びる金糸で編まれた2本の飾緒、胸にはディスタンシア軍の軍章をつけた。もう長いこと着ていないこれはシュトラウスの誇りであり、死装束だ。
正装に着替え、装飾品も確認する。今までに自分がとった勲章をすべて付け、ネクタイを締める。
軍服にぶら下がる勲章は、シュトラウスが軍人として得たものだ。
男に尻を振って喘ぐ男娼ではなく、国のために暗殺部隊として結果を残した証。
自分が男娼だったことをふっと思い出す。
「……私はミズキにも同じことをさせたな」
クラリスとリーベットの混血児であるミズキもまた、ディスタンシアでは汚れた血を持っているとされた。
しかしミズキを唾棄すべき地獄へ落としたのはシュトラウスだ。だが、この国でミズキを死なせずにすむ方法はそれしかなかったのも事実だ。
今頃ミズキは何をしているだろうか。
鏡に映る自分の腰のあたりに、小さかった頃のミズキが見える。シュトラウスにしがみついて、いじめっ子に仕返しもできずに泣いていた幼いミズキ。
瞬きをすると、今度は少し成長したミズキがそこにいた。伏し目がちにスナイパーライフルを抱いている。目の端が赤くなっているから、きっとミズキに狙撃手の手ほどきをしていた時だろう。背はシュトラウスにまだ追いつかない。
そんなこともあったなと懐かしく思い出す。
そしてしばし目を閉じて、もう一度鏡を見ると、そこには大人になったミズキが無表情でこちらを見ていた。
昔からあまり感情を出す子ではなかったーーいや、シュトラウスがそうさせたのかもしれない。
ディスタンシアの食料事情は悪く、子供のうちに栄養があまり取れなかったせいか、ミズキの身長はそれほど伸びなかった。男性にしては少し小さめの両手、小柄ながらも美しい肌、色のちがう潤んだ二つの瞳、そして顔はハイネにうりふたつだ。まるで殺したはずの人間が蘇ってきたかのように、シュトラウスが知る思い出の中と同じ人がそこにいた。
「だが、もう私には関係ない」
ミズキを大人になるまで手元で育てた。思い残すことは何も……ない。
鏡の前で最後のチェックをして、アルベルトの部屋に向かう。
地下基地の鈍色のコンクリートの床に、自分の足音だけがやけに響く。
時折遠くで花火を打ち上げるような音が聞こえ、しばらくしてこの基地全体が地響きを伴って揺れ、非常灯が瞬停を繰り返す。そのたびにシュトラウスは立ちどまった。
「砲撃か」
クラリス軍の総攻撃が近い。彼らは近くにいる。もうこの基地を包囲し始めているのだろう。
ーー時間がない。
ドアの前に立ち、ノックをすると、ドアが開いた。
「シュトラウス。来てくれたのか」
シュトラウスが黙ってうなづくと、同じく正装に身を包んだアルベルトの両手がシュトラウスの頬を優しく包む。
「いいんだな? 私のものになる決心がついたんだな?」
「ああ」
シュトラウスが頷くと、アルベルトはいきなりシュトラウスを抱き上げた。そのまま横抱きにして寝台まで運ばれ、そこにそっと大切なものを扱うように下ろされた。
「正装か。君によく似合う。それを着てきたという事は、君も覚悟を決めてきたか」
「……ああ。私たちにはそれほど時間は残されていない」
砲撃の音からして、おそらく一両日中にはクラリスの地上部隊がここを包囲するだろう。
だから、死ぬなら軍人でありたい。
淫らに男を受け入れていた自分ではなく、軍人エルンスト・シュトラウスとして、アルベルトに抱かれたい。
「君はやはり優秀な隊長だったな。こんなにも国に貢献したのか」
アルベルトは勲章をひとつひとつ手に取り、感嘆のため息をつく。
「君の残した功績は、クラリス軍には痛手だったぞ。ミズキ以上にな」
「私が閉じ込められていた夜伽部屋から抜け出すには、功績を作るしかなかったんだ」
「でも君は、ミッション以外でミズキを絶対にあの部屋から出さなかったな?」
「あれは……ハイネの代わりだったから…だ」
「そうか」
どもりがちの言い訳の真意を悟ったか、アルベルトが目尻を下げる。
「君はやはり優しい男だ。君のそばであれば、ミズキが理不尽に命を散らすことはないからな」
「私は優しい男なんかじゃない」
シュトラウスはそっぽを向いた。
「それよりも、婚礼の儀式をするのに、この胸の中にほかの男を留めたままにしておいていいのか?」
「……そうだな。ならば、その心にまた彼が戻ってくる前に、私が占領するとしよう」
勲章がたくさんぶら下がるジャケットを脱がされ、シャツのボタンを外される。暴かれた身体には、クリスタライズを埋めた新しい傷がある。
それはまるで蛇のように歪なラインでシュトラウスの胸を這っている。
アルベルトの唇がシュトラウスの首から徐々に下へ降りていく。その歪な傷も唇で清められ、シュトラウスが小さく声を上げる。
「そこはっ……」
「拒否は許さない」
アルベルトはシュトラウスの額にキスを落とす。
「君にとってこの場所の傷がどのようなものであるか、私が知らないはずないだろう? だからこそ、そこに触れる。君の全てを手に入れる」
クリスタライズは基本的には希望の場所に埋め込むことができる。シュトラウスは左胸に埋め込んだ。ミズキが埋めたのと同じ場所、そしてその場所は、シュトラウスがハイネを撃った凶弾が命中した場所でもある。
ハイネの頭を吹き飛ばした後、彼が二度と生き返らないように、心臓にも銃弾を撃ち込んだ。
ハイネへの謝罪ではないが、彼にとどめを刺した場所と同じ所に死の部品を入れておきたかった。
死ぬときは、ハイネと同じように、心臓を裂かれて死ぬのだと。
シュトラウスの中にある未だ消えないハイネへの全ての感情をアルベルトは知っている。
何度も何度もアルベルトとシュトラウスは身体を重ねてきた。
だから彼は、身体中にキスの花弁を刻んでも、クリスタライズを埋める前も、心臓の上だけは絶対に触れなかった。
ハイネが宿るその場所には。
だが今は違う。彼は本気でシュトラウスの中にいるハイネを消しにかかっていた。
傷を舌でなぞりつつ、胸の硬くしこった突起を愛撫される。過敏になった乳首から身体の制御が奪われていくのがわかる。ぞわぞわと弱い電流が全身を這い、身体がしなる。
「あっ、ああ……っ」
熱い吐息と共に快楽を逃がそうとすれば、欲望に硬くなった己をアルベルトに擦り付けてしまい、シュトラウスははっとして腰を引くが、アルベルトはおかしそうに笑っていた。
「君は本当に変わらない。溺れそうになっているのに、まだ理性の淵で踏みとどまっている」
「だって……」
「婚礼の儀式なのだから、すべて私に預けるんだ」
「でも……」
シュトラウスはどうしても聞いておきたいことがあった。
いまさらと笑われるか、ここまできてかと呆れられるか、どちらかだろう。
それでもこの期に及んでも、シュトラウスの胸の中にはハイネへの想いがある。
それを消すために、アルベルトに抱かれようとしているのに、どうしても記憶から、心から彼を捨てきれない。
ハイネへの想いを捨ててここに来たはずなのに、まだギリギリのところで想いに縋る自分がいる。
「アルベルト、もし私がまだハイネへ執着していたらどうする」
「執着?」
「私はハイネに裏切られた。そう思い続けている。彼を恨むことで、彼を殺した罪を正当化しようとした。ミズキにもそれをぶつけることで、私はハイネを思い続ける理由を心の中に作っていた」
「……そうか」
「ミズキはよく私に抱かれる度に『自分は汚い』と泣いていた。私がそう言えと躾けたからだ。だが本当に汚い人間は誰なのか、それは私が一番よく知っている」
「……」
「そんな人間と地獄に堕ちる必要はない。アルベルト、お願いだ。ともにこの褥で最後の思い出を作ったなら、おまえはこの国を出ていけ。おまえにはアレがないのだから、ディスタンシア軍がおまえを利用することも消すこともできないはずだ」
この状況では出奔したところでバレやしないだろう、とシュトラウスは続けた。
暗い運命は静かに音も無く、ただ確実にシュトラウスの未来に絶望をつきつける。
軍人である以上、どのみち死ぬことは覚悟していた。それでも残していくものを思えば、胸が痛む。
声が詰まってその先をどうしても言い出せない。
涙があふれて視界がぼやける。
自らの選択によって、ミズキの運命を狂わせた。
不意に幼いころのミズキを思い出す。
近所の子どもたちにわざと転ばされ、頭に泥水を掛けられたり、時には持っていた学習道具ごと、ミズキ自身が川に放り込まれたこともある。
子供のいじめは過酷だ。加減を知らない。
子どもたちには、左右で色が違う瞳が珍しくもあり、気味が悪かったのだ。
『男の子だろう。泣かされてばかりいないで、一度くらい仕返ししてみなさい』と叱ると、口を一文字に結び、ぽろぽろ涙をこぼして、シュトラウスの腰にしがみついたまま離れなかった。
ミズキはもともとたいそう大人しい性格で、容姿の割には攻撃的なハイネとは真逆だった。
女の子であればそれでもいいが、男の子だし、将来は軍に入れるつもりだったから、幼いころから容赦なく手を上げて育てていた。
それでもいじめっ子に歯向かうどころか、シュトラウスの後ろに隠れてめそめそ泣いていたし、一人で積み木遊びをしたり、本を読んだりするのが好きな子供だった。身体も強いほうではなく、すぐに熱を出しては寝込んでしまう。
国同士が戦いに明け暮れるこの時代をミズキが生き抜いていけるかどうか、シュトラウスは本気で心配したものだ。
狙撃術を教えたときも、なかなか銃に触ろうとはせず、シュトラウスは何度もミズキを殴りつけた。
銃を取れ。そうじゃない。周りを見ろ。死にたいのか――そのたびにミズキは小さな体を震わせて「ごめんなさい」とべそをかいて恐る恐る銃を構えていた。
本当は人殺しに特化した訓練などさせたくない。ミズキを殴るたびに、心が悲鳴を上げた。
シュトラウスにしてみれば、ミズキをこの国で自立させるために必要なことだったが、ミズキの性格を考えれば、自分の両親を殺した武器を触れなかったに違いない。
性格はハイネと違う。しかし顔がハイネとうりふたつに成長していくミズキ。
ハイネの肌の感触、与えられる熱、果ての快楽。それは全部、シュトラウスの身体に記憶されている。
ミズキを抱けば、あの頃をやり直せるのではないか――もはや欲情は止められなかった。
ミズキに「自分を抱け」と言っても無理だろうから、ミズキの身体を受け入れる側に作り替えたほうが早い。
それに男娼であれば、自分の手元で管理ができる。ミズキが召集令状を受け取ることがない。
身体と行動の自由を奪い、男の精の味を覚えさせ、身体の奥の感じる場所を執拗に責めたて、白目を剥くまでミズキを犯し、男に抱かれるということを徹底的に教え込んだ。
かくてミズキの身体は、男をすんなり受け入れられるようになった。
ハイネと同じような身体をシュトラウスは何度も何度も抱いた。甘い声をあげてシュトラウスを受け入れ、「気持ちいい…」と妖艶に微笑むミズキを熱核で打擲しながら、頭のどこかは常に冷ややかだった。
やはり、ミズキはミズキでしかないのだ。
見かけだけならハイネなのに、自分が抱いているのは代替品。
だから、何度ミズキの中に己の劣情を吐き出しても、心は晴れない。それどころか抱くたびに自分の中の何かが壊れてゆく。
もう姿のない幻をどれだけ追っても、ミズキはハイネではない。シュトラウスの中に確かな満足もない。
それでもミズキが生まれた日に芽生えた、気持ちだけは嘘偽りない。
赤ん坊を囲んで、ハイネとともに未来予想図を描いたあの日の気持ち。
この戦争がすべてを飲み込んでしまう前に、せめてミズキの命だけでも未来へ繋ぎたい。それには、シュトラウスの代わりに、ミズキを導ける人がどうしても必要だ。
「お願いだアルベルト。頼むから生き延びてくれ。そしてハイネの形見を……」
自分のいない場所で、自由に羽ばたいていける。そんな世界をミズキに残す。
「どうかあの子に……」
それが彼との――決別だ。
「幸せな人生を……」
アルベルトに懇願する双眸から、熱い涙が零れ落ちる。
幼いミズキが大きくなるまでに、戦争を終わらせると誓った。
今のシュトラウスになら、それを現実にする手段がある。
だがアルベルトはシュトラウスの願いに、首をゆっくりと横に振った。
「ミズキを幸せにしたければ、まず君が幸せにならなければな」
「私、が……?」
「君は幸せを知らない。ハイネを恨み続け、悲しみだけをその胸に抱いたまま、時間を過ごしてしまった。だから君は幸せを知る必要がある」
「私が幸せを知らない……?」
「ハイネと共にいるときも、彼を失った後も、そしてミズキを彼の代わりにしていた時も、君の顔が笑顔に満ち溢れていたことはない。それは君がずっと『失くすこと』を恐れていたからだ。君はハイネをその手で葬り、後悔と恐怖が君の心に住み着いてしまった。それが君から笑顔を奪いさった。だから君は人を信じたいのに、その手を取れずにいる」
アルベルトはそういうと、シュトラウスの右手に自らの手を重ねてきた。彼の節くれた指が、シュトラウスの細く白い指に絡まり、ぎゅっと握られる。
情事の時に、こんなふうに誰かと手をつないだことなどない。
それが絶対に離れない鎖のように思えた。
「怖がらなくていい。もう君は何も失くさない」
耳元で囁かれる愛の言葉。その低い声は慈愛にあふれていてあたたかい。
「一歩でいい。勇気を出して踏み出してごらん。君がどうしたいのか選ぶんだ。私は君の目の前にいる」
「ならば……アルベルト」
ゆっくりと呼吸を整える。
「おまえの徴を私の中に刻んでくれ」
※※※※※※※※
着ていたものをすべて脱ぎ去り、互いに生まれたままの姿をさらし、その熱を分け合う時間は、いつもより濃密で時間の流れが速い気がしていた。
アルベルトも、またシュトラウスも何かに追い立てられるように、互いの身体を味わっていた。
「さあシュトラウス、かわいい顔を見せてくれ」
シュトラウスの花茎にアルベルトの指が絡みつく。先端からは透明の雫が溢れ、ゆるゆると扱かれると、くちゅくちゅと卑猥な水音がシュトラウスの耳を刺激する。
気持ちいい。他人の手で作られる快楽は癖になる麻薬のような毒を秘めていて、あっというまに吐き出してしまいそうになる。
シュトラウスは必死に我慢していた。
「あっ、ん、んんっ……」
アルベルトの手のひらは温かい。この武骨な指のどこに、こんな繊細に愛撫する術があったのだろうかと、シュトラウスはただただ翻弄されるばかりだった。
その間にもアルベルトの唇が、シュトラウスのそれをふさいでくる。
「う、んんっ……アルベ、ああっ……」
呼吸を制限され、息苦しくなるほどに、下腹に絶え間なく、急激に熱がたまる。
とはいえ、アルベルトと体を重ねるのはこれが最後になるかもしれないと思うと、そう簡単に達してしまいたくない。今、この瞬間をじっくりと味わいたい。
ベッドのシーツをきつく掴んで快楽をやり過ごしていると、アルベルトの口元が緩んだ。
「どうして我慢をする?」
「だっ、て……まだ始まった……ばか、りで」
「達くのは1回だけなんて決まりはない。達きたければ達きなさい」
「そんな、だめだ……」
「なぜ?」
少し硬い低い声で問われる。その声は普段の食えないアルベルトとは違い、少し蠱惑的で、シュトラウスの心までも素裸に暴くような魔力を秘めている。
「私ばかり……ずるい。おまえも気持ちよく…ならないと……」
息が上がってうまくしゃべれない。それでもなんとか伝えると、仕方ないなとばかりにアルベルトはふっと笑った。
「シュトラウス、君は本当にかわいい。君の優しさはありがたいが、セックスの時まで相手を心配する必要はない。私の望みはいま君を抱くことで叶っている」
「そうじゃなくて…ああっ!」
不意にアルベルトの手が速さを増した。
身体の中心から魂を抜かれてしまうような快楽に、かぶりを振って我慢するが、アルベルトは容赦しない。
シュトラウスを射貫くような澄んだ視線の奥に、情熱が燃え盛っているのが見えた。
まるで今のシュトラウスは、アルベルトによって作られている標本だ。四肢を褥にはりつけられ、抵抗もできやしない。
鈴口や裏筋を親指で捏ねまわされ、ぬちぬち強く激しく扱かれて、射精を我慢する堤防が一気に決壊しそうだ。
「そんな、あっ、だめ、もう!」
「一度楽になるといい。…ほら」
「ああっ!」
誘われるままにシュトラウスは一度達した。白濁が吹きあがり、自らの腹やアルベルトの手にそれが飛散する。ねっとりと濃い雫がゆっくりと肌を滑るわずかな感触すらも今のシュトラウスには全身を這う電流のようだ。
「あう……はあっ……」
「たくさん出たな」
「うん……」
「じゃあきれいにしようか」
ベッドサイドに置いてあったウェットティッシュを取り、アルベルトがシュトラウスの身体を清拭する。
「自分でする、それくらい……」
「いいから、君はじっとしてなさい」
身体がべたつくのを何より嫌うシュトラウスに対する優しさだと気づき、また照れてしまう。
「おまたせ。終わったぞ」
その声を合図に、全身を使ってゆっくり呼吸を整えながら、シュトラウスは起き上がる。
「アルベルト、次は私の番だ」
「どうした?」
「いいから、そこで楽にしていろ」
アルベルトは不思議そうに首をかしげながら言うとおりにする。ヘッドボードに背中を預けるようにして横たわると、シュトラウスが四つん這いでにじり寄ってきた。
「シュトラウス?」
「……エルと呼んでくれ」
「しかしその呼び方は、ハイネが……」
「おまえの声で、私の記憶を塗り替えてくれ」
シュトラウスの言わんとしていることを悟り、アルベルトは鷹揚に頷く。
「わかった、エル。さて何をしてくれるんだ?」
「私はあまり上手ではないが……おまえを気持ちよくさせたいんだ」
硬くなったアルベルトのものを口に含む。久しぶりに嗅ぐ男の匂い。
唾液をまぶしながら、全体をしっとりとなめあげていると、シュトラウスの髪に大きな手が差し入れられた。
「うまいぞ、エル」
ああ……と恍惚に声を出すアルベルトを見ていると嬉しくなって、シュトラウスはアルベルトを愛撫していた。
舌先に感じる男の味に、身体の奥に残っているさっきの余韻が下腹を痺れさせる。アルベルトからあふれる雫を飲み干したい欲求に駆られ、夢中でほおばっていると、口の中でアルベルトが大きさを増した。
「エル、出そうだ、口を離して」
シュトラウスは黙ってそのまま頭を横に振り、拒否を示す。
彼のものを飲みたかった。彼の雫で体の内側から犯されたい。
「エル……」
「だしてこのまま、飲ませて……」
「だが」
「いいから」
ハイネ以外のものを飲んだことはない。そしてアルベルトもそれを知っているから、極力シュトラウスに口での性交をさせなかった。
だが今は違う。
ハイネの毒を浄化するために彼の命の雫が必要だ。誰かに上書きしてもらわなくては、ずっとこの先、アルベルトを心から信じられない自分に嫌悪するのが見えている。
もう決めたのだ。ハイネの事は思い切るのだと。
「犯して……喉の奥まで」
「エル……」
「早く、早く……」
躊躇するアルベルトに催促するように、吸い上げながら強く扱くと、やがて鈴口が膨れ、彼が口の中で大きく弾けた。
舌に広がる精の味。それはどくどくと、とめどなく溢れ、シュトラウスは必死でそれを飲み干した。
「んく……」
ごくりと喉を鳴らして全部飲み干したが、身体が「まだ足りない」と言っている。
切っ先をちゅっちゅっと吸い上げ、残滓まできれいに味わいながら、性器にちろちろ舌を這わせながらきれいにしていると、アルベルトが「くすぐったいな」と笑った。
「エル、いつまで舐めてるんだ?」
「だって、おいし……」
「子どものアメじゃないんだぞ」
瞬間、シュトラウスの身体がアルベルトの胸の中に抱きこまれた。
「いつまで私に我慢をさせる?」
耳元で熱く囁かれ、シュトラウスが「えっ」と聞き返す。
「君を食べさせろ」
視界が反転し、アルベルトが上にのしかかってくる。にしても性急だ。いつものアルベルトならここまでがっつきはしないのに、今日の彼はなんだか飢え乾く獣のようだ。
「アルベルト……?」
「すまない、君の願いをかなえるつもりだったのに、舞い上がっているのは私の方だ。本当の君をこの腕に抱けると思うと、嬉しくて仕方がない。……幸せだ、私は」
「本当の……私?」
「君は気にしなくていい。私が勝手にそう思っているだけだ」
先走りとシュトラウスの唾液で濡れた硬く熱いアルベルトがシュトラウスの蕾をなぞる。
「今からここに入る」と予告するように、少しだけ食まされて、シュトラウスの心臓が期待に跳ねた。
今日はろくに慣らしもしていないのに、もう蕾は雄蕊を受け入れようとむずむずしている。
早く、早く、待ちきれない。
「早く……じらすな……」
「ふふ、私も待ちきれない。漸く君をこの手で抱ける」
「今までに何回だってやったじゃないか」
「そうだな。しかし、今日は違う」
「何が?」
答えの代わりにアルベルトがシュトラウスの中に入ってきた。
「ん、ああっ……」
ゆっくりと隘路を進んでくる熱核が、圧倒的な重量をもってシュトラウスの全身にときめきの痛みを走らせる。
蕾がアルベルトの形に目いっぱい花開いているのがわかる。シュトラウスは彼にしがみつき、その熱を受け止めていたが、やがて臀部に茂みが当たり、彼がすべて入ったのだと知る。
「アルベ……大きい……っ」
「しかたない。しかしそうさせるのは君だ」
「えっ…」
「君がぎちぎちに締め付けているから、やっと君と繋がったのに、このままでは動けない。下手に動けば、出してしまいそうだ」
己の襞が蠕動し、アルベルトをしゃぶっているのがわかる。ただ繋がっただけなのに、激しく犯されているような気さえする。痛みも重みもこれはすべて現実なのだ。
「気持ち、いいの…か? アルベルト……」
息も絶え絶えに問い返せば、「ああ、最高だ」と耳元で囁かれる。
「制御するのが大変だ。このままでは君を壊してしまいそうになる」
「なら、壊して……」
どうせこの国も、自分の恋も、何もかも終わる。
それならば、まともな思考ができなくなるくらいに淫毒で、身体も脳も壊してほしい。
「私を君に繋ぎ止めてくれ。君のものだと、わからせてくれ……」
「エル?」
「ハイネが君の背後に見える。だがそれは、私が作り出した未練だ。それを壊してくれ」
彼の名前を口にするのも、今日が最後だ。
胸にこみ上げる切ない痛みも、彼への愛しさも、今日限りだ。
自分は、アルベルトのものになる。
だけど、彼を道連れにはしない。
繋がった思い出だけを胸に抱いて、廃墟の瓦礫となる。
アルベルトなら、何もなくなってしまったこの国をまた再建できるだろう。シュトラウスの骨を礎に、新しいディスタンシアを作ってほしい。
二度と、ハイネや自分、そしてミズキみたいな人間を作らなくて済むように。
「エル、君は誰よりも繊細だ。だからこそ、他人の面影を感じながら、私に抱かれることに罪悪感を感じているのだろう?」
「え?」
「死ぬときは自分一人だと、そう思っている。違うか?」
まさに心の中を言い当てられ、シュトラウスは唇を噛んだ。
この男は飄々としているが、観察眼は鋭い。とはいえ、こんな褥で死の覚悟など告白するのは無粋だから、黙っていたのに。
それでも。
「アルベルト、君には何も隠せないな」
嬉しかった。
相手のことに関心がなければ、そもそもその相手に目が向かない。
身体が繋がっていても、それは一時的なストレスの発散で。出すものを出せれば、互いにそれでよくて。
アルベルトは何も言わない。だけど、彼の慈愛に満ちたその目を見れば、彼のことがわかる。
言葉にはしないけれど、「君の事なら何でもわかる」と言われているようで。
互いの身体を繋ぐ行為に、これほどまでに温かなものを感じたことはない。
それに名前を付けるなら「絆」とでもいう方がしっくりくるか。
以前ならばかばかしくさえ思えたその言葉が、頭に焼き付いて離れない。
「……動くぞ」
小さな合図の後、シュトラウスの全身に重い衝撃が走る。熱くて硬いものが自分の隘路を擦りあげる。シュトラウスの蕾が大きく花開き、アルベルトという雄芯を受け入れている。
快楽に色づく身体、絡み合い交わる熱い吐息。
「ああっ、そこ、あ、ああっ!」
奥の敏感なところも容赦なく犯されて、シュトラウスの身体が跳ねる。気持ちよくて、もっともっと犯してほしくて、腰を動かしアルベルトを好きなところに誘導する。
「君は奥を突かれるのが好きなんだな」
アルベルトが意地悪そうに笑う。
「腰を揺らして……まったくいやらしく私を誘う花嫁だ」
「だって、大きい、から……」
「気持ちいいのか?」
「うん、うん…あ、んっ……」
「なら、もっと悦くしてやろう」
耳元でそう囁かれたかと思ってたら、身体の下にアルベルトの腕が差し込まれる。
そのまま抱き起されて、子供をあやすように全身を揺すられる。アルベルトの肉槍で全身を串刺しにされたかのように深く深く身体を貫かれ、シュトラウスは恍惚の笑みを浮かべた。
「気持ちいい……」
アルベルトの首に手を回し、互いに身体を揺らす。全身が弾むたび、ずんと大きな痺れが、漣のように全身に広がっていく。
切っ先が敏感なところをかすめ、シュトラウスの茎からは歓喜の蜜がとめどなくこぼれていた。
もう止められない。繋がったまま、白い闇の彼方に行きたい。
「エル……出すぞ……いいか」
「うん、うん……アルベルト、好き、好き……」
頭からすべての記憶が飛んでいきそうで、シュトラウスは必死に男に縋りつく。
意識が白くなる。脳を痺れさせる麻薬が全身に行き渡るのがわかる。
「アルベルト……」
「エル……っ!」
腹の中でアルベルトが爆ぜ、自らもまた白濁を噴き上げる。
腹の中にじわりと広がる命の温度を感じながら、夢心地でアルベルトを見つめると、彼は肩で息をしながら穏やかな笑みを浮かべていた。
「アルベルト……気持ちよかった、か……?」
「ああ。今日ほど幸せなことはない。君をこの手に抱けたんだ」
アルベルトが満足できたならそれでいい。繋がったまま、シュトラウスはアルベルトの頬にキスをする。
「これで私は……君のものだな、アルベルト」
「ああ。私のものだ。永遠にな」
「なんだかとてもおだやかだ……これが幸せというものか」
代替品などではなく、自分を愛してくれる人に抱かれた幸せはとても優しく穏やかで。自身に重なるアルベルトの心臓が驚くほど激しく鼓動していることに気付いた。
きっと絶頂の余韻なのだろう。二人とももう若くはないのだ。
アルベルトはシュトラウスを抱き寄せ、耳元で囁いた。
「エル、愛している」
「私も、だ……アル、私も……」
言葉さえ紡げない甘やかな余韻がシュトラウスを支配していた。アルベルトは爆ぜてもなお、シュトラウスの中で萎えることはなく、そのままシュトラウスの唇に自分のそれを重ねる。
敏感になった内壁をぬるぬると擦られる性の快楽がたまらない。彼が自分の身体の中にいる。そのうえ唇を塞がれて、呼吸も満足にできないのに、その苦しさすら愉悦になる。
互いに密着する肌、アルベルトの全身が熱を帯びている。それはどんどんと温度を高めていく。
アルベルトの肌の熱か、それとも自分か。
もうそんなこと、どうでもいいか。
この熱が、相手を愛した証なのだろう。
何が起きても、この腕に抱かれているなら何も怖くない。
「エル、私たちはずっと一緒だ」
「うん……」
「絶対に君を離さない。君をひとりで逝かせない。ずっと一緒だ」
『ずっと一緒だ』を何度も反芻しながら、アルベルトが急にシュトラウスの指に自らの指を絡めてきた。空いた片手できつく抱きしめてきた。それに応えるように、シュトラウスもアルベルトを抱きしめる。まるで親が子供を抱っこするような形で繋がったまま、互いにきつく絡める指。抱き返す彼の大きな背中。
だが、シュトラウスの指先がアルベルトの背に何かを見つけた。
他の肌とは違う、ビロードのように滑らかな、少し盛り上がった線。傷跡のようなそれを指でなぞる。
その傷、覚えがある。
おそらく自分の胸についているのと同じだ。
(まさか……これはクリスタライズか)
アルベルトは持っていなかったはずだ。
なるほど、これが彼の誠意なのか。絶対にシュトラウスから離れないといった彼のーー。
「アルベルト……」
ーーエスコートしてくれるのか、私を。
砲撃の音が近くなる。敵はすぐそば。でも、もう何も怖くない。
シュトラウスは目を閉じた。
アルベルトの腕の中は、ここではない場所に向かう停留所。クリスタライズがそこへ向かう切符だ。
それは片道しかない。二度と朝をみることのない旅。互いにもう、ここへは戻れない。彼はそのチケットを、これから行く先に向かって切ったのだ。
アルベルトは、シュトラウスの無言の問いに答えるように、温容に微笑んだ。
「言っただろう、ずっと一緒だと」
瞬間、胸のあたりでカチリと音がした。
「エル、愛している」
「わかっている。ちゃんと私を天国まで導けよ」
二人の間から飛び出した七色の閃光の矢の中、最後にシュトラウスの意識に浮かんだのは、彼のズボンにしがみついて離れなかった、気が弱く泣き虫だった子の、淋しげな幼い二色の瞳。
――――幸せになれ。おまえは私から離れて、自由に羽ばたいていけ。
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だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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