クリスタライズ~ある狙撃手へのレクイエム~

浅倉優稀

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#17 終わりの始まり

#17 終わりの始まり

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 翌日、それは何の前触れもなく、クラリス全土を駆け抜けた。
 テレビで朝の情報番組を見ながら朝食をとっていたミズキは、突然のことに耳目を奪われた。
『これは昨日の映像です。皆様ご覧ください。大きな音と光がでますので、お気をつけてご覧ください』
 スタジオからの映像が戦闘現場に切り替わる。
 戦闘中の町並みが移る。遠くから砲撃の音が聞こえ、すぐそばでタタタタ…と軽機関銃の音が聞こえる。そこは戦場のど真ん中だった。
『ディスタンシア軍総司令部の陥落までカウントダウン状態となっています。街中に住民の姿はなく、ときおり少年兵が地雷をもって戦車部隊に襲いかかることがあるそうですが、その頻度も少なくなっています。私たちはクラリス軍と共に、1キロほど離れたところから取材を行っています!』
 うず高く積み上がる瓦礫の街、鉄兜を被り、腕にPRESSの腕章をつけた迷彩服姿の女性リポーターの後ろで閃光と、地面を激しく揺らすほどの爆発音が走った。
『なに、きゃーっ!!!』
 直後に激しい爆風がリポーター達を襲い、カメラには爆風で飛ばされたいろんなものがぶつかっているのか、マイクが不快な衝撃音を拾い、映像がぶつりと途切れた。
「なにあれ?!」
 ミズキは驚いてテレビに近づき、食い入るように画面をみる。
「爆発? どこで?!」
 テレビの映像は、爆発の瞬間だけを繰り返し放送している。おそらく、取材していた記者もろともそこにいた人たちはただではすんでないはずだ。
 テレビをみる限り、爆発はディスタンシア軍総本部の方で起こり、爆風も後ろから襲いかかっている。
「本部が……? まさか……」
 ディスタンシア軍総本部はミズキが男娼として暮らしていた場所。そしてそこにはシュトラウスがいる。
 スタジオに画面が切り替わり、アナウンサーが硬い表情で淡々と状況を伝えていた。
『爆発がどこなのか、クラリス軍が探索を行っています。このあたりにあの規模の爆発をおこせる火薬があるような場所はディスタンシア軍の指令本部ではないかということです。この爆発により、クラリス軍兵士と取材リポーター数名が死傷です。そして今日の朝、さきほどですが、ディスタンシアの無条件降伏による、戦争終結宣言が発表されました』
 そしてまた画面が切り替わる。連日の攻撃による瓦礫の街には、霧か煙かわからない白いものが立ち込めている。
 その中を拡声器をもった数人のディスタンシア人が「戦争は終わった」と叫びながら街を歩いていた。着ている軍服はボロボロ、靴にも穴が空いている。顔は浅黒く、頬は痩けている。歩くのもやっとそうなほどに疲労が見てとれるが、それでも何かの使命感にかられてか、声をからしながら「戦争は終わった」と拡声器を通して叫んでいた。
 するとその拡声器に重なるように「武装解除しなさい。戦闘は終結した」と拡声器つきのジープがゆっくり街中を走っている。
「戦争は……終わったの」
「終わった……んですかね」
 椅子に座るミズキの背後で、ミハイルも神妙な表情でニュースを見つめている。ミズキの両肩に自分の手をのせて。
 廃墟の町並みに響く終戦放送。
 戦争が終わった。
 隊の指揮を執る立場にいる人間でも、この急激な幕引きに驚きを隠せない。
 ―――信じられない。
『ディスタンシア大統領の名において発表する。戦争は本日午前8時をもって終了した。国民は直ちに戦闘をやめ、武装を解除せよ』
 人気のない灰色の空の下をゆっくりと走るジープ。その発表を聞き、瓦礫の影や廃墟に身を潜めていた市民らが、恐る恐る通りに出てくる。
 残ったのは何の抵抗もできない女性や老人ばかり。男性はあらかた戦地に取られたのだろう。 
 不安げにあたりをきょろきょろしながら、なけなしの財産を抱いて、あるいは小さな子供の手を引いて。
 ジープはさらに声高に市民に訴えかける。
『市民らは武器を捨て、武装を解除せよ。市民らには何の危害も加えられないので、安心してほしい。自決などを考えず、武装を解除せよ……』
 戦争は本当に終わったのか、皆がにわかに信じられないと言った様子だ。
 中には、出てきたのをいいことに爆撃を加える気ではないかと、用心深く空を睨みつけている者もいる。
 ミズキはその様子に言葉もでなかった。
 大統領の名のもと、と言っていたが、ディスタンシアの大統領はすでに行方不明になっているはずだ。
 いったい、誰がこの戦争を終結させた?
 そもそも、終戦のきっかけは何?
 そんなことを考えながら、モニター越しに見る自分が過ごした懐かしい街並みに思いを馳せる。
 そこに平和が来たという。
 本部があった場所は爆発で盛り上がって地面が破裂したようになっていて、文字通りの瓦礫の山となっていた。
 クラリス軍は捜索の手を入れているが、本部にいたであろう兵たちが見つかっていない。
 だがその瓦礫の中からわずかに残った書物や装飾品などの遺品に混じり、人間の腕が見つかった。
 持ち主も性別もわからないが、腕の感じからすれば40代から50代くらい、その腕は指をきつくきつく絡めあっていたという。
 同じ人間のものではなく、おそらくは別人同士が互いにかたく手をつないでいたから、離れなかったのだろうと報じていた。
 爆発の規模が大きくなった理由として、クリスタライズの同時起爆があげられた。
 曲がりなりにも爆薬だから、誰かが起爆したとして、その近くに同じようにクリスタライズを持っている人間がいれば、誘爆で規模は大きくなる。
 クリスタライズは自決用の爆薬だ。しかも本部の中で好き好んで起動させるなんて。まるで味方の中にテロリストがいたかのようだが、クリスタライズを埋めている人間の方が多いだろう。
 どっちにしろ、かなり大規模な爆発だったので、基地にいたほぼすべての人間が五体満足では見つかっていない。
 さらに遺体には、不発したクリスタライズが残っている可能性もある。それらの爆発の危険もあり、クラリス軍は周囲を立ち入り禁止にして、慎重に現場検証を行っているということだった。
「……どうして基地が」
 ミズキはずっと基地の中で過ごしていた。その内部が手に取るようにわかる。
 たしかに迫撃砲などの弾薬は多少備蓄があったが、厚い鉄の扉で厳重に隔離され、大爆発を起こすような火の気は近くになかったはずだ。
 クラリス軍から爆撃バンカーバスターでも受けたなら話は別だが。
「証拠隠滅の可能性もなくはないのですが、陥落のXデイを察知でもしたのでしょうか」
 ミハイルも不思議そうに首をかしげている。百戦錬磨の司令官ですら、この幕引きには納得できないようで、ずっと「しかしなぜ、基地ごと?」と唸っている。
 これまでに、両国間で停戦協定の話など、議論の俎上にのったこともなかった。
 国家が疲弊を通り越して、もはや虫の息なのに、ディスタンシアは「わが軍には切り札がある。その気になればクラリスごと煉獄の炎で燃やしてやる。我々国民の意思が一つになれば、おまえたちなど絶滅できる」など、何かの必殺技じみたことを本気で言っていたので、クラリス側も「ああ、ディスタンシアは強い強い」と、苦笑せざるを得なかった。
 実際、そんな必殺技も、切り札も、国民も、何もかもがすでにない国だ。
 今、停戦を申し入れているのは、戦争に反対していたディスタンシアの市民レジスタンスグループだ。
 国土が冗談抜きの瓦礫の山になる前に、再建の道筋をたてたいと言ったところだった。
 条件は何もいらない。ただもう、戦争をやめたい。
 反乱分子はクラリス側に引き渡す。
 すでにクラリスに捕らえられた戦犯についても、ディスタンシア軍は関知しない。クラリスの法律で煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ――。
 本当に彼らは何も要求をしなかった。
 そして本部が破壊されたことで起爆信号を出せなくなり、ディスタンシア兵の身体の中のクリスタライズも半分は無効化された。
 兵隊らの中には、このクリスタライズを恐れて、いやいや戦地に向かった者もいるので、無効化されたと聞き、多くの兵が諸手を上げて大喜びしている半面、いまだディスタンシアの一発逆転の幻想に踊らされた兵の中には、この終戦に絶望し、自ら起動させて自殺する者もいた。
「おじさん達はどうなったんだろう……」
 脳裏に浮かぶのは、シュトラウスとアルベルト。
 あの二人は本部に詰めていたはずだから、爆発に巻き込まれている恐れが高い。
 ディスタンシアで散々に犯され、ひどく弄ばれたうえに苦しめられたが、シュトラウスは何のかの言って心配性で不器用な優しい人だった。
 終戦を声高に報道する割には、軍の有力者であるシュトラウスやアルベルトの消息が伝わってこない。
 シュトラウスは、ミズキがミッションから無事に戻れば、「おまえならあのくらい出来て当然だ」と憮然とし「むしろ遅すぎる。グズめ」と言い放っていた。そのくせ「腹が減っただろう」と、食事の準備をしてくれていた。
 食べ物を手に入れるのが困難なディスタンシアで、なんとかお腹を満たせるように食材をかき集めてくれたのだろう。それをアルベルトが料理してくれていた。
 堅いパンとジャガイモ、またよくわからない草の蔓をゆでたもの、それに塩味のスープくらい、量だって僅かなものだったが、シュトラウス自身は食事にいっさい手を着けず、ミズキに食べさせながら、少し嬉しそうに仕事の成果をあれこれ聞き、アルベルトがクラリス軍の弱点や「黒衣の悪魔ミハイル」のことを詳しく教えてくれた。
 泣き虫ミズキが、クラリス全軍を本気にさせるほどの狙撃手になれたのは、シュトラウス達のおかげだ。
(おじさん、きっとどこかにいるよね)
 ふたりの無事を心の中で祈る。だが、不安に激しく揺れる胸中は穏やかではない。
 戦争は終わった。唐突に。
 だがどちらの市民も兵士も、この終結を素直には喜べなかった。
 もちろん、ミズキとミハイルも。

***********

 終戦から2日後。
 ミハイルが住むクラリス軍の宿舎には、多くのマスコミが詰めかけていた。新聞記者に雑誌社、テレビにラジオ局……ありとあらゆる媒体がこの宿舎を取り囲み、戦犯を出せと大騒ぎしていた。
「そこにいるんだろう! オッドアイスナイパーが!」
「なぜ軍はそいつをかばっているんですか! それはクラリス軍将校を何人も殺したのでしょう!? どうして軍事裁判にかけないんです!?」
「クラリス国民には知る権利がある! 上級大将はなぜ沈黙を守っている? どうして戦犯の情報を一切出さないんだ!」
 ミハイルは、光を遮る黒いカーテンの隙間からその様子をじっと見ていた。マスコミはどんな手を使ってくるかわからないので、今やミハイルの部屋は、夜も明かりが漏れないよう灯火管制を敷いている。
 遮光カーテンで窓を塞ぎ、ドローンや隙間を狙う望遠カメラを警戒し、ミズキには絶対に窓に近づくなと言い置き、マスコミたちの騒ぎにじっと耐えていた。
「ミズキ……」
「ミハイル……僕、あの人たちの前で謝ればいいの?」
 ミズキはベッドの上で膝を抱えて、外の騒ぎをじっと聞いていた。
 彼らが要求しているのは、クラリスの人間を残酷に殺した暗殺者を民衆の前に晒すこと。
「謝ったって許してくれないんだろうけど、それでもあの人たちの前で頭を下げて、頭を自ら吹き飛ばせば、この騒ぎは止む?」
「止むことはないでしょう。むしろ、あなたが今出ていけば、彼らの要求はエスカレートする。とはいえ、こうして国民感情を煽り続ければ……」
「続ければ?」
「……誰しも弱いものを痛めつけたくなる。世の中がまた狂い始める」
 心配そうなミハイルの声に、ミズキは膝を抱えたまま、不安げに彼に顔を向けた。
「平和と秩序がやっと戻って来たのに、こうもアジテーションが広まると面倒だ。あなたにこんな暴言を聞かせたくはないのですが」
「仕方ないよ。本来の僕の処遇はこんなところにいていい人間じゃない」
 戦犯と言う言葉を今更に噛み締める。本来なら営倉で苛烈な尋問を受けて、殺される身。
 それなのに、ミハイルは自分を営倉へは送らず、この部屋でのんびりさせている。
 たまにグスタフやジュリアもこの部屋に遊びに来てくれるし、自分が罪人であることが薄れつつあった。
 だけど、外でミズキを出せと要求する声に、はっと我に返る。
 自分はこの国では――犯罪者なのだと。
「ミハイル……僕はどうなるんですか」
「どう、とは?」
「いつ、僕は裁判にかけられるんですか?」
「……」
 ミハイルはその質問には答えない。彼に何か思惑があるのか、それとも本当に先行きがわからないのか。
黙ったままでは不安になる。
「ミハイル……」
 何でもいい。この先の道筋を教えてほしかった。
 そうすればきっと、覚悟もできる。
「不安ですよね、ミズキ」
 ミハイルはミズキの傍らにそっと腰を下ろす。ベッドのスプリングが傾いて、膝を抱えて丸くなったミズキの身体がミハイルへと傾いだ。
 ミハイルはそのままミズキを引き寄せ、その大きな手でミズキの両耳を塞いだ。
 外の喧騒がミハイルの手で遮断されて聞こえなくなる。
「……私は、あなたを失いたくない」
「ミハイル……?」
「わかっているのです。そんなことは絶対にないだろうと」
「……うん」
 ミズキを殺すのは自分だ、と宣言している人に、ミズキはそのまま身体を預ける。
 ミハイルの手で死ねるのなら、それが一番幸せだ。
 よくわからない刑吏の手にかかるよりは、彼の手で断罪の銃弾を受けたい。
 きっと、ここに長くいて、ミハイルと情を交わしたからだろう。
 だから変に、恋みたいな妙な感覚を彼に抱いているのかもしれない。
 だけど――本当は死にたくない。
 ミハイルを嫌いになれるなら、死ぬことに躊躇なんかしないのに、今はまだ生きていたい。 
 戦勝国の上級大将と敗戦国の戦犯。ミハイルとミズキの間には、重苦しい空気が流れている。気持ちを繋げれば、余計に苦しみが増すようなそれは、戦後のディスタンシアの街並みのように、どこを探しても希望の欠片すら見えない絶望のようだ。
「あなたが私を嫌いになってくれれば一番いいのに。そして、私もあなたを嫌いになれればどんなにいいか」
 ミハイルがミズキを優しく抱きしめる。ミハイルが口にした悲しい期待とは裏腹に、ミズキを抱く腕はとても温かった。
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