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#19 襲撃
#19 襲撃
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同時刻――ミハイルの自室では、騒動が巻き起こっていた。
「ミズキ・ブランケンハイムの身柄は、ミハイル・ブライデン陸軍上級大将の管理下となっているはずです。貴殿らはどのような権限があって、彼を連行に来た!?」
グスタフは両手を広げ、ミズキを背中に庇い、マシンガンを持った兵士たちと対峙していた。
「答えろ、誰の命令でここに踏み込んだ!?」
グスタフの問いに答える代わりに、兵士たちはライトマシンガンを構えたまま無言でセーフティを外した。
グスタフの背中に守られ、ミズキは状況を観察する。
兵士たちはみな重装備だ。おそらくミズキたちの抵抗も織り込み済みなのだろう。それでも言う事を聞かなければ、是が非でも連れていくつもりだ。
「グスタフ・ブライデン少尉、貴殿には関係ない。さっさとそこの戦犯を渡せ!」
「命令の根拠を明らかにしなければ渡せない」
「貴殿が知る必要はない」
話にならない。グスタフはぎりっと唇を噛む。
ミズキはグスタフの服をぎゅっと握り、兵士たちを素早く見まわす。数は重装備兵5人。フルフェイスの頑丈なヘルメットをかぶっていて刺客の顔はわからない。見た目にも頑丈そうなボディアーマーを着ているから素手で殴ったところで衝撃が届くかどうか怪しい。
だが、重いという事は機動力に問題ありだという事になる。こちらが食らわなければ、どうということはないが、相手から武器のひとつでも奪い、どうにかして突破口を作る必要がある。
脱走など企てる気もないが、理不尽な連中に従うつもりもないし、ミハイルからは何も聞かされていない。
さらにグスタフが本気でこの所業に憤っている。
「グスタフ……」
「ミズキ、こいつらは兄貴が送ってきた連中じゃない。兄貴なら、こんな連中をよこすようなことはしない」
ミズキもこの異様さを感じている。ミハイルなら、自分でミズキに手を下すだろう。
「だよね……。どうしよう」
ここはミズキが大人しく投降した方がいいのだろうが、果たしてそれで問題解決になるのだろうか。
「ねえグスタフ。僕が行けば面倒は起きない?」
不安げにグスタフに聞く。
「ミズキが行っても行かなくても同じだ。むしろ行かせられない」
彼は敵から視線を外さないままに答えた。
「俺はミズキの身辺を守るよう、脱走騒動以来、兄貴に厳命されている。ここでおまえをあいつらに引き渡したら……」
グスタフがぶるりと震えた。
「兄貴にガチで殺される」
「グスタフ、一応聞くけど、グスタフの軍人としての心得は?」
「決まってるだろ?」
ミズキが問うと、グスタフは視線だけをミズキに向け、ニヤリと挑発的な笑みを浮かべた。
「兄貴を怒らせない、苛立たせない、失望させない、だ!」
「さすが! グスタフかっこいい」
「そういうことだ、ミズキ。――やるか」
「うん」
ミハイルが切り裂いた胸の傷がまだ痛むが、筋の通らない連中にこの身を好きにさせる気もない。彼らの命令に根拠はなく、どうもこれはミハイルの頭上を越えるか、脇をうまく抜けるかしてやってきた粗暴な連中だ。
ならば、やることはひとつ。――強行突破だ。
ミズキとグスタフは互いに身構えた。
懐かしい感覚と共に思い出す。
ディスタンシアでの狙撃任務の時、金目当てのゲリラなどが待ち伏せしていて、グスタフとミズキはこうして二人で目の前の問題を片付けてきた。
何も言わなくても、なんとなく互いの動きや考えがわかる。
結局、ミズキはこうしてクラリスに捕らえられてしまったが、グスタフと作戦行動をしていた時の感覚が身体に蘇り、こんな状況下に置かれているというのに、なんだかうきうきしてしまう。
「グスタフ、3カウント。いい?」
「ああ」
「いくよ、3、2、1……」
「そこまで!」
突如部屋に響いたよく通る音声に、その場の全員の動きが止まった。
ミズキたちも、銃を構えて乱入してきた兵たちも。
全員の耳目が声の方向に向けられる。兵士たちがざわつきながら、あるいは戸惑いながら左右によけた。その真ん中から現れたのはふわりとなびく黒いコート。ミハイルだ。
「ミハイル!」
「兄貴!」
「悪魔!」
兵たちの誰かがつい失言をしてしまったようだ。ミハイルの耳がしっかり捉えたようで、機嫌があからさまに悪くなる。
「人の私室に勝手に押し入って騒ぐとは……これは誰の差し金です?」
ミハイルが兵たちに静かに問う。しかし、兵たちは互いに顔を見合わせたり、俯いたりして答えようとしない。
兵たちから見れば、相手は陸軍の上級大将だ。自分たちよりも地位ははるか上の将校。だが自分たちに指令を下した人間の命令もおそらく絶対なのだろう。彼らなりにここをどう切り抜けようか迷っているのが見て取れたが――。
「さっきとずいぶん態度違くねえ? 俺の時は完全に見下してたくせにさ」とはグスタフの独り言だ。
事実、グスタフ相手なら、彼らは発砲も辞さないくらいだったのだ。
ミハイルは兵たちの間をゆっくり歩くと、戦闘態勢を解かないままのグスタフの前で立ち止まる。
「グスタフ、この連中はあなたに所属を明らかにしましたか?」
「いいえ、大将殿」
グスタフは首を左右に振った。
「聞いたらガン無視されましたーっ」
やたら元気のいい抑揚のない棒読みで報告するグスタフに、ミズキもこくこくと頷く。
「よろしい。ではこの連中の用件は聞きましたか?」
「ミズキ渡せって言ってきました。その理由ですが、俺みたいな下っ端が知る必要はないと言われて、銃のセーフティ外してきましたー」
「なるほど……」
「大将殿、いかがいたしますか。我々の戦闘準備は整っております」
「ここで暴れることは許しません」
調子に乗るグスタフに、ミハイルが釘を刺す。
「誰が掃除をすると思っているんですか」
「ええっ!?」
思わず驚愕の声を上げたのはミズキだった。あまりにも予期しない理由に、ミズキは目と口を丸くする。
やはり、ミハイルと言う人はよくわからない。
ミハイルは兵士たちに対峙すると、腰のショートソードをスッと抜いた。磨き抜かれ、研ぎ澄まされた刀身が日の光をあびてギラリと光る。
「貴殿らに先に教えておきます。重装備だから安全と思っているなら間違いですよ」
兵たちが一様にざわめきだす。
「そんなマシンガンの弾など、片手剣で充分。すべて弾き飛ばして差し上げますよ」
ミハイルが剣を構え、兵士たちにゆっくりと近づくと、兵たちは銃を構えたまま後退する。そのまま引き金を引けば丸腰のミハイルなど敵ではないだろうに、彼らはなにか恐怖につまされたのか、じりじりと、だが我先にとばかりにミハイルから遠ざかろうとしていた。
「大人しく引き下がるか、ここでその銃を撃つか好きになさい。私を殺せばあなたたちは上官殺し。ここにいる全員の口を塞いでも、死罪は免れない。このまま居座るなら、その首と身体を切り離して差し上げる。確実に」
「しっ、しかし我々はその戦犯を連れて来いと命令を受けただけ……」
「その命令の根拠を明らかにせず、かつ上級大将の私室に土足で踏み込んで騒ぎを起こしているのです。本来ならただでは済みませんよ。さあどうするのです?」
兵たちの間から「ええっ、この人中将じゃなかったのかよ?」とどよめきが起きる。
えっ!?まだ上の人なの?!」と驚くミズキに、グスタフが「兄貴の悪いところなんだよなぁ。きちんと言わねぇところ」と耳打ちする。
ミハイルの眼光を真っ向から受け、狼藉者たちの意気が高速で消沈していく。
「上級大将のおでましじゃ……俺たちは……」
マシンガンの銃口が下ろされ、重装備兵たちはそのまま背を向け、足早に部屋を出ていく。
それを見届けてから、ミハイルはドアを閉めた。
「ああ、絨毯が汚れてしまいましたね」
ミハイルが大きなため息をつきながら「土の汚れは落ちにくいのに」とブツブツこぼしていたが、ミズキとグスタフに向き直ると、二人の肩に手をポンと置いた。
「二人とも無事ですね?」
「はい」
「ああ」
「どこも怪我をしていませんね?」
「グスタフが守ってくれたから、僕はどこも」
「ミズキに傷をつけたらぶっ殺すって言われていたから、俺も頑張ったぜ、兄貴」
ようやく3人の顔に安堵が戻り、互いに顔を見合わせて笑いあう。
「ちなみに聞きますが、私が来なかったらどうするつもりだったのですか?」
ミハイルがグスタフに聞くと、彼はガッツポーズをして答えた。
「ミズキと二人で包囲網を突破して、兄貴がいるところまで逃げようと思ってた。ミズキが廊下を歩けばセキュリティが反応するし、騒ぎが起これば絶対に兄貴に伝わると、そう思ってた。な、ミズキ」
ミズキもうんと大きくうなづく。それを見て、ミハイルは二人を抱きしめて大笑いする。
「あなたがたがやんちゃで良かったです。ミズキ、グスタフ」
しかし彼なりに、なにか思うことはあるらしい。
ミズキは、ミハイルの安堵した笑顔にそれを感じた。もしかしたら、彼はこの混乱を事前に予想していたのかもしれない。
ミハイルの頭を越えてきた、ミズキの拘束命令。ミハイルの管理下にあっても、その隙を狙ってミズキをどうにかしようとしている人物がいるのだと思うと、この部屋も安全ではなさそうだ。
筋を通してきているのなら、ミズキはそれに従うつもりだ。
そうすることが、ここに留め置かれているミズキの身分なのだから。
だが……ミハイルも知らない何かが、ミズキに向かって動き出しているのは確かだ。
「ミハイル、僕……」
「どうもこうなりそうな予感はしていました。グスタフにあなたのそばにいるように言づけましたが、急いで戻ってよかった」
「グスタフを僕のそばに……?」
「自分が死んでも、ミズキを守りなさい。彼にはそう命じました。そして彼はきちんと仕事をした。だからあなたをあの老獪のもとにやらなくてすみました」
「老獪……?」
それは誰だと聞いたところで、多分教えてはもらえないだろう。開きかけた口を閉じ、なんとなくこの騒動の発端が自分のせいだという気もする。
「ごめんなさい」とミハイルに謝ると、彼は逆に「謝るのはこちらの方です」と、ミズキをぎゅっと抱きしめた。
「怖い思いをさせましたね、ミズキ」
罪人なのに守られている。それが気に入らない連中がいる。
背中を気持ち悪い汗が流れる。ここではないどこかから、ミズキの姿を正確にロックオンしている人間がいるかと思うと、ミハイルのそばを少しでも離れることに不安を感じて、思わずミハイルの黒いコートの襟に縋ってしまう。
「僕はこれからどうしたらいいんですか?」
「あなたは何も心配しなくていいのです。あなたは私が守る。絶対に」
ミハイルはその手でミズキの頬を包み込む。
「戦争は終わったのです。あなたの美しい瞳は、幸せをたくさん見るべき瞳なのだから」
「ミズキ・ブランケンハイムの身柄は、ミハイル・ブライデン陸軍上級大将の管理下となっているはずです。貴殿らはどのような権限があって、彼を連行に来た!?」
グスタフは両手を広げ、ミズキを背中に庇い、マシンガンを持った兵士たちと対峙していた。
「答えろ、誰の命令でここに踏み込んだ!?」
グスタフの問いに答える代わりに、兵士たちはライトマシンガンを構えたまま無言でセーフティを外した。
グスタフの背中に守られ、ミズキは状況を観察する。
兵士たちはみな重装備だ。おそらくミズキたちの抵抗も織り込み済みなのだろう。それでも言う事を聞かなければ、是が非でも連れていくつもりだ。
「グスタフ・ブライデン少尉、貴殿には関係ない。さっさとそこの戦犯を渡せ!」
「命令の根拠を明らかにしなければ渡せない」
「貴殿が知る必要はない」
話にならない。グスタフはぎりっと唇を噛む。
ミズキはグスタフの服をぎゅっと握り、兵士たちを素早く見まわす。数は重装備兵5人。フルフェイスの頑丈なヘルメットをかぶっていて刺客の顔はわからない。見た目にも頑丈そうなボディアーマーを着ているから素手で殴ったところで衝撃が届くかどうか怪しい。
だが、重いという事は機動力に問題ありだという事になる。こちらが食らわなければ、どうということはないが、相手から武器のひとつでも奪い、どうにかして突破口を作る必要がある。
脱走など企てる気もないが、理不尽な連中に従うつもりもないし、ミハイルからは何も聞かされていない。
さらにグスタフが本気でこの所業に憤っている。
「グスタフ……」
「ミズキ、こいつらは兄貴が送ってきた連中じゃない。兄貴なら、こんな連中をよこすようなことはしない」
ミズキもこの異様さを感じている。ミハイルなら、自分でミズキに手を下すだろう。
「だよね……。どうしよう」
ここはミズキが大人しく投降した方がいいのだろうが、果たしてそれで問題解決になるのだろうか。
「ねえグスタフ。僕が行けば面倒は起きない?」
不安げにグスタフに聞く。
「ミズキが行っても行かなくても同じだ。むしろ行かせられない」
彼は敵から視線を外さないままに答えた。
「俺はミズキの身辺を守るよう、脱走騒動以来、兄貴に厳命されている。ここでおまえをあいつらに引き渡したら……」
グスタフがぶるりと震えた。
「兄貴にガチで殺される」
「グスタフ、一応聞くけど、グスタフの軍人としての心得は?」
「決まってるだろ?」
ミズキが問うと、グスタフは視線だけをミズキに向け、ニヤリと挑発的な笑みを浮かべた。
「兄貴を怒らせない、苛立たせない、失望させない、だ!」
「さすが! グスタフかっこいい」
「そういうことだ、ミズキ。――やるか」
「うん」
ミハイルが切り裂いた胸の傷がまだ痛むが、筋の通らない連中にこの身を好きにさせる気もない。彼らの命令に根拠はなく、どうもこれはミハイルの頭上を越えるか、脇をうまく抜けるかしてやってきた粗暴な連中だ。
ならば、やることはひとつ。――強行突破だ。
ミズキとグスタフは互いに身構えた。
懐かしい感覚と共に思い出す。
ディスタンシアでの狙撃任務の時、金目当てのゲリラなどが待ち伏せしていて、グスタフとミズキはこうして二人で目の前の問題を片付けてきた。
何も言わなくても、なんとなく互いの動きや考えがわかる。
結局、ミズキはこうしてクラリスに捕らえられてしまったが、グスタフと作戦行動をしていた時の感覚が身体に蘇り、こんな状況下に置かれているというのに、なんだかうきうきしてしまう。
「グスタフ、3カウント。いい?」
「ああ」
「いくよ、3、2、1……」
「そこまで!」
突如部屋に響いたよく通る音声に、その場の全員の動きが止まった。
ミズキたちも、銃を構えて乱入してきた兵たちも。
全員の耳目が声の方向に向けられる。兵士たちがざわつきながら、あるいは戸惑いながら左右によけた。その真ん中から現れたのはふわりとなびく黒いコート。ミハイルだ。
「ミハイル!」
「兄貴!」
「悪魔!」
兵たちの誰かがつい失言をしてしまったようだ。ミハイルの耳がしっかり捉えたようで、機嫌があからさまに悪くなる。
「人の私室に勝手に押し入って騒ぐとは……これは誰の差し金です?」
ミハイルが兵たちに静かに問う。しかし、兵たちは互いに顔を見合わせたり、俯いたりして答えようとしない。
兵たちから見れば、相手は陸軍の上級大将だ。自分たちよりも地位ははるか上の将校。だが自分たちに指令を下した人間の命令もおそらく絶対なのだろう。彼らなりにここをどう切り抜けようか迷っているのが見て取れたが――。
「さっきとずいぶん態度違くねえ? 俺の時は完全に見下してたくせにさ」とはグスタフの独り言だ。
事実、グスタフ相手なら、彼らは発砲も辞さないくらいだったのだ。
ミハイルは兵たちの間をゆっくり歩くと、戦闘態勢を解かないままのグスタフの前で立ち止まる。
「グスタフ、この連中はあなたに所属を明らかにしましたか?」
「いいえ、大将殿」
グスタフは首を左右に振った。
「聞いたらガン無視されましたーっ」
やたら元気のいい抑揚のない棒読みで報告するグスタフに、ミズキもこくこくと頷く。
「よろしい。ではこの連中の用件は聞きましたか?」
「ミズキ渡せって言ってきました。その理由ですが、俺みたいな下っ端が知る必要はないと言われて、銃のセーフティ外してきましたー」
「なるほど……」
「大将殿、いかがいたしますか。我々の戦闘準備は整っております」
「ここで暴れることは許しません」
調子に乗るグスタフに、ミハイルが釘を刺す。
「誰が掃除をすると思っているんですか」
「ええっ!?」
思わず驚愕の声を上げたのはミズキだった。あまりにも予期しない理由に、ミズキは目と口を丸くする。
やはり、ミハイルと言う人はよくわからない。
ミハイルは兵士たちに対峙すると、腰のショートソードをスッと抜いた。磨き抜かれ、研ぎ澄まされた刀身が日の光をあびてギラリと光る。
「貴殿らに先に教えておきます。重装備だから安全と思っているなら間違いですよ」
兵たちが一様にざわめきだす。
「そんなマシンガンの弾など、片手剣で充分。すべて弾き飛ばして差し上げますよ」
ミハイルが剣を構え、兵士たちにゆっくりと近づくと、兵たちは銃を構えたまま後退する。そのまま引き金を引けば丸腰のミハイルなど敵ではないだろうに、彼らはなにか恐怖につまされたのか、じりじりと、だが我先にとばかりにミハイルから遠ざかろうとしていた。
「大人しく引き下がるか、ここでその銃を撃つか好きになさい。私を殺せばあなたたちは上官殺し。ここにいる全員の口を塞いでも、死罪は免れない。このまま居座るなら、その首と身体を切り離して差し上げる。確実に」
「しっ、しかし我々はその戦犯を連れて来いと命令を受けただけ……」
「その命令の根拠を明らかにせず、かつ上級大将の私室に土足で踏み込んで騒ぎを起こしているのです。本来ならただでは済みませんよ。さあどうするのです?」
兵たちの間から「ええっ、この人中将じゃなかったのかよ?」とどよめきが起きる。
えっ!?まだ上の人なの?!」と驚くミズキに、グスタフが「兄貴の悪いところなんだよなぁ。きちんと言わねぇところ」と耳打ちする。
ミハイルの眼光を真っ向から受け、狼藉者たちの意気が高速で消沈していく。
「上級大将のおでましじゃ……俺たちは……」
マシンガンの銃口が下ろされ、重装備兵たちはそのまま背を向け、足早に部屋を出ていく。
それを見届けてから、ミハイルはドアを閉めた。
「ああ、絨毯が汚れてしまいましたね」
ミハイルが大きなため息をつきながら「土の汚れは落ちにくいのに」とブツブツこぼしていたが、ミズキとグスタフに向き直ると、二人の肩に手をポンと置いた。
「二人とも無事ですね?」
「はい」
「ああ」
「どこも怪我をしていませんね?」
「グスタフが守ってくれたから、僕はどこも」
「ミズキに傷をつけたらぶっ殺すって言われていたから、俺も頑張ったぜ、兄貴」
ようやく3人の顔に安堵が戻り、互いに顔を見合わせて笑いあう。
「ちなみに聞きますが、私が来なかったらどうするつもりだったのですか?」
ミハイルがグスタフに聞くと、彼はガッツポーズをして答えた。
「ミズキと二人で包囲網を突破して、兄貴がいるところまで逃げようと思ってた。ミズキが廊下を歩けばセキュリティが反応するし、騒ぎが起これば絶対に兄貴に伝わると、そう思ってた。な、ミズキ」
ミズキもうんと大きくうなづく。それを見て、ミハイルは二人を抱きしめて大笑いする。
「あなたがたがやんちゃで良かったです。ミズキ、グスタフ」
しかし彼なりに、なにか思うことはあるらしい。
ミズキは、ミハイルの安堵した笑顔にそれを感じた。もしかしたら、彼はこの混乱を事前に予想していたのかもしれない。
ミハイルの頭を越えてきた、ミズキの拘束命令。ミハイルの管理下にあっても、その隙を狙ってミズキをどうにかしようとしている人物がいるのだと思うと、この部屋も安全ではなさそうだ。
筋を通してきているのなら、ミズキはそれに従うつもりだ。
そうすることが、ここに留め置かれているミズキの身分なのだから。
だが……ミハイルも知らない何かが、ミズキに向かって動き出しているのは確かだ。
「ミハイル、僕……」
「どうもこうなりそうな予感はしていました。グスタフにあなたのそばにいるように言づけましたが、急いで戻ってよかった」
「グスタフを僕のそばに……?」
「自分が死んでも、ミズキを守りなさい。彼にはそう命じました。そして彼はきちんと仕事をした。だからあなたをあの老獪のもとにやらなくてすみました」
「老獪……?」
それは誰だと聞いたところで、多分教えてはもらえないだろう。開きかけた口を閉じ、なんとなくこの騒動の発端が自分のせいだという気もする。
「ごめんなさい」とミハイルに謝ると、彼は逆に「謝るのはこちらの方です」と、ミズキをぎゅっと抱きしめた。
「怖い思いをさせましたね、ミズキ」
罪人なのに守られている。それが気に入らない連中がいる。
背中を気持ち悪い汗が流れる。ここではないどこかから、ミズキの姿を正確にロックオンしている人間がいるかと思うと、ミハイルのそばを少しでも離れることに不安を感じて、思わずミハイルの黒いコートの襟に縋ってしまう。
「僕はこれからどうしたらいいんですか?」
「あなたは何も心配しなくていいのです。あなたは私が守る。絶対に」
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