クリスタライズ~ある狙撃手へのレクイエム~

浅倉優稀

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#32 そうするしかなかった

#32 そうするしかなかった

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 泣き疲れて眠ってしまったのか。
 ふと意識が途切れてからしばらくして、ミズキは目を覚ました。
 窓を見れば紺青の景色に白いものが見える。降り始めた雪がどうやら積もったようだ。
 暖房はじゅうぶんに効いているはずだが、なんだか寒くてたまらず、ミズキはベッドの上にかけてあったカーディガンを羽織った。これはミハイルが持ってきてくれたものだ。ミズキには袖も裾も長い、毛足の長いもふもふのカーディガン。羽織ればミハイルが後ろから抱きしめてくれているような気がして、ミズキは肩口に自分の頬を擦り付けた。
 泣いたせいか、右目も頭もひどく痛かった。
 あんなにも涙を流して泣いたのは何年ぶりだったろうか。今までも泣くことはあったが、泣いているとシュトラウスの拳が飛んでくるので、唇を噛んで我慢していたことが多かった。
 ベッドサイドに置かれた日記。その日記がこの悲しみの原因だ。
 ミズキの知らない、だが確実にミズキを運命の暗い渦に巻き込んだ理由がそこに綴られている。
 しかもその日記の持ち主はシュトラウス。その本人が遺した、ミズキを取り巻く記録。
「おじさん……」
 まだ闇に包まれた外を見つめ、ミズキは呟いた。
「おじさん、今どこにいるの?」
 シュトラウスがいるなら、彼の口から聞かせてほしい。
 この日記に書かれていることは、すべて本当の事なのか、と。
 ミズキの身体に埋まっているこの兵器は、本当に父親が開発したものなのか。
 そして、父親とどのような関係にあったのか……。
「僕に教えてよ……」
 目を閉じて瞼の裏にシュトラウスの記憶を映し出す。
  優しかったこともあったけれど、ミズキが13歳を過ぎたあたりから、シュトラウスの厳しさはさらに増したように思える。
 そういえば初めてミズキが男に抱かれたのも、そのころだ。
 その「初めて」の日を、ミズキは覚えている。
 なんだか気持ちいい夢を見た夜。内容は覚えていないけれど朝起きたら、下着がべっとりと濡れていた。
 お漏らしをしたわけではない。それは白く濁っていて、ミズキの性器や叢をぬるぬるに濡らしていた。心なしか、何か少し匂いもある気がする。
 何もしていないのにこんなに下肢が汚れているなんて、何かの病気だろうか。それよりもシュトラウスに何と言おう……汚れたシーツで身体をくるんだミズキが考えあぐねていると、ノックもなしにドアが開き、シュトラウスが部屋に入ってきた。
『ミズキ何してる。起きる時間はとっくに過ぎているだろう』
 今、彼と目を合わせられない。ミズキはシーツごと身体をかき抱き、「すぐ支度をするから出て行って」と告げたが、シュトラウスは腰に手を当て、ミズキの全身を観察している。
 その視線に耐えられなくて、ミズキが背を向けた瞬間、シュトラウスの指示が飛んできた。
『ミズキ、シーツを取って身体を私に見せなさい』
 いつになく、彼の声は硬かった。否定など絶対に許さないといった強制が伝わってくる。
 シーツをとれば、今朝の謎のお漏らしがバレてしまう。
 潔癖症のシュトラウスにこんなことが知れたら、きっと怒られるくらいじゃすまない。「13歳にもなってなんだ!」と、ひどく殴られるに決まっている。
 それが嫌で、黙って首を横に振るミズキに、シュトラウスは困ったように溜息をつくと、ずかずかとミズキに歩み寄る。
『大きな病気をしていたら大変だろう』
『僕、病気なんかしてないよ!』
『いいから』
 ミズキの洋服を洗濯してくれているのはシュトラウスだから、どうせ隠していたってバレてしまうのだが、それでも彼が怒ると怖くて怖くてたまらない。 
 だから絶対に見せられないのだ。
『見せなさい』
 嫌がるミズキなどお構いなしに、引きちぎらんばかりの力でミズキのシーツを無理やりはぎ取られ、ミズキの身体がシュトラウスの目の前に露わになった。
『ひゃっ』
 両手で下肢を隠してみたものの、その手首はすぐにひとまとめにされ、ミズキはそのままベッドへ押し倒された。
 ミズキは両腕を頭の上に縫い付けられ、そのままシュトラウスにじっくりと身体を観察される。汚れた下半身で彼の目が留まる。
『ミズキ、これは……ああ』
 シュトラウスは左手でミズキの手首を掴んだまま、もう片方の手でそっとミズキの性器に触れる。その弱い刺激だけでもなんだか気持ちよくて、ミズキの中心に熱が徐々に集まってくる。
『ん……やぁっ……おじさん、そこ、さわらないで……』
 シュトラウスの目の前でそんなはしたない反応などしてはダメだと、頭でどれだけ命令しても、ミズキの身体の熱はどんどんとたまっていく。
『おじ、さん……やめっ……あ、ああん……ぅ…』
 若い身体にブレーキはない。触れられるたび、もっともっと触れてほしくなる。
 シュトラウスはなにを言うわけでもなく、かたく感情のない瞳でミズキの身体を睥睨している。
『ミズキ、おまえ……』
 硬くなったミズキの先端が指で軽く弾かれる。それだけでミズキは甘い声を上げてしまった。
『なるほど……おまえもそんな年になったか……』
『おじさん。僕、お漏らしなんてしてないよ。信じて。でも、でもなんだか……きもちい……』
『これはおもらしなどではない。おまえの身体が大人になった証拠だ』
『ふえ……? おとな……?』
『しかもこの感度。そうか、おまえはあいつとは逆だな。受け入れることでおまえはいやらしくなるタイプか。ハイネはそうじゃなかった。あいつは……』
 言葉を切り、シュトラウスが目を伏せた。
『おじさ……?』
『ハイネと逆ならちょうどいい。おまえの身体、この私が作り変えてやる』
 まだ何も知らない花蕾を指で拓かされ、そこにシュトラウスが侵入してきた。
 身体の中に杭を打ち付けられているような激痛が全身に走る。
『おじさん、おじさ、あ、ああっ! 痛い、痛いぃぃ!』
『我慢しろ。じきによくなる』
 息をするのもやっとで、シュトラウスにしがみついてその時間が終わるのをひたすら待った。
 行為が終わると、シュトラウスはミズキを抱き上げ、風呂に入れてくれた。
 あの幼い日、両親を殺した夜と同じように、彼はミズキの身体を丁寧に洗ってくれた。
 そして言ったのだ。
『これからおまえは、何人もの男に抱かれて生きることになる』
『なにそれ……? 僕、狙撃手になるんじゃないの?』
 ミズキを狙撃手にするために、厳しい訓練を課していたのではないのか。そのことをシュトラウスに訊ねると、彼は俯いて唇を噛んだ。
『そうか、そうさせる理由が必要……か』
 シュトラウスは暫し考えてーーミズキにこう告げた。
『あいつの罪を、おまえが濯ぐんだ』
『えっ……?』
『考えてみれば、おまえが軍人になどなれるわけがない。おまえはこの身体であいつから受け継いだ血を浄化するんだ。それが達成できた時、初めておまえはこの国で認められる』


****


 ミズキにつらく当たったシュトラウスの本当の思惑が、ここに書いてあるかもしれない。
 ミズキはノートを取り、そっと開いた。
ぱらぱらとめくって、自分が13歳くらいの時の日付を探す。
 シュトラウスは本当に父親の憎悪だけを自分にぶつけていたのか、どうしても知りたかった。
 ディスタンシアは国民が貧困にあえぐ国だ。軍人はそれに比べれば、比較的食べ物には困らないと言われるが、実際のところは誰もが自分の身を守るのに精いっぱいだ。
 さらに、政治的に不穏分子とみられると、明日、また朝が来るかどうかもわからない。
 明日のご飯が食べられるかどうか、民衆はそればかりを気にしている。そんな国民事情の中で、どこの馬の骨かもわからない子どもを引き取る余裕などありはしない。
 この日記の中のシュトラウスの思いは、どれも彼自身が出来得る限り、ミズキの幸せを追求し、祈願しているものだ。
 だが、彼の思いと現実が噛みあわない。
 彼の日記から「ミズキを男娼にしなければならない理由」があったのだとしたら――?
「僕が13歳の時はえっと、えっと……何年だっけ?」
 シュトラウスは毎日まめに日記をつけていたわけではないが、日付だけは西暦とディスタンシア暦も一緒に書き込んでいた。
 自分の年齢から逆算して、およそ10年くらい前の日付を探すと、その頃の記述が2つ見つかった。
『あの子の誕生日が来た。今年で13だ。私から見ればまだまだ子供だが、このまま成長すれば、周囲を騒がせる美丈夫に成長するだろう。あの子の美貌は父親譲りだ。最近では狙撃の腕もぐんぐん上がっている。狙撃を教えた私が言うのは親バカだろうか、現在のディスタンシア軍であの子より腕の立つ兵士はいないと思っている。それくらいあの子は素晴らしく成長した。親代わりとして、何より誇らしい。だがあの子も大人になっていく。その時が来て軍に入れば、すぐさまクリスタライズを埋め込まれ、命の期間を見ず知らずの誰かに管理されることになるだろう。あの子が大きくなるまでにこのおかしな時代が変わればいいと願っていたが、やはりそうはいかなかった。今はあの子に令状が届かないよう、祈るばかりだ』
 ミズキは震える指で、日記帳の文字を追う。
 まるでシュトラウスの独白が聞こえてきそうだ。
 この日記の中のシュトラウスは、ミズキを心底憎むどころか、逆にミズキの未来を憂慮している。
 こんなにも静謐にして大きな愛情など……今まで知らなかった。
「おじさん……」
 だからわからなくなる。そんな彼が――なぜ。
 ミズキは次のページをめくる。別の日付だ。
『あの子に精通が来た』
 そんな直球の書き出しで始まる日記を読み進めていく。
『あの子は今日で大人の身体になった。シーツにくるまり、顔を真っ赤にさせ恥ずかしそうに私を見るその目が、褥に獲物を誘う父親にそっくりで驚いた。あの子は父親に瓜二つだ。ハイネが私を殺しに黄泉から舞い戻って来たのかと、一瞬驚いた』
 謎のお漏らしの日だ。さっきまでミズキがふっと思い出していたあの日が、ここに記されている。
 あの時は本当にあせったものだ。絶対にお漏らしなんかしていないのに、なぜか下着も自分の下肢もべったりと濡れていたのだから。
『子供から大人への一つの成長を迎え、あの子の将来をふと考えた。学校を卒業したらあの子には招集命令が下るはずだ。どうせ軍には入れるが、なかなか難しい問題がここで出てきた』
 ミズキの将来について、シュトラウスは何を悩んでいたのか。
『出来ればあの子を私の管理下に置きたいが、おそらくそうもいくまい。学校を卒業するまであと2年。召集を回避するには進学させることだが、私の給金ではあの子を上の学校にやる余裕はない。となると、令状に従うほかはない。そこから戦場に行かされれば、優れた狙撃の腕を持っていても、そんなもの関係なしに前線に送られる。私なりに、今まであの子を大切に育ててきたつもりだ。その命を無駄に失わせるのは心が痛い。なるほど、これが親の心か。あの子から親を奪った私が感じるのも滑稽だが。この戦争はもうじき終わるはずなのだ。あの子が生きるための時間稼ぎをしなければ――そこで浮かんだのが彼を私と同じ道に歩ませることだ』
 シュトラウスと同じ道とはいったい……?
 そういえば、表情、感じ方、声、仕草など、男に抱かれる方法を手ほどきしたのはシュトラウスだ。しかも受ける側の所作についてはとんでもなく詳しかった。『こういう表情をすれば、男は心を掴まれる。その時に艶やかにそっと耳元で挿れてと熱く囁け。男はそれだけで制御を失くす。あとは自分を殺して揺らされていればいい』などと、相手の細かい感情の機微までもコントロールする術を叩きこまれた。男を満足させる性技にしても主にはシュトラウスの知識だ。
 世の中には女性がいるのに、どうして兵士たちは男である自分を嬲るのか、不思議で仕方なかった。
 胸もないし、セックスで使う場所だって、もともとは受け入れるつくりではない。
 それなのに、熱核で熱くとろとろになった壁を擦られると、たまらなく気持ちいいのも知っている。一度頭がその快楽を覚えてしまったら、激しく犯されたくてたまらなくなるのだ。
 よりきつく重い打擲でなければ。
 意識すらぶち壊す快楽でなければ……。
 全身をムズムズと虫のようにはい回る欲求に耐えられない。
「おじさんはまさか……」
 記述の先を追っていく。
『この国で同性愛はご法度だが、もはや形骸化している。食べ物もろくにないし、弾薬や武器の追加補充も救援もない。もはや満たすことができるのは性欲だけだから、私たちのような任を負う者が必要とされている。かつて私は両親の罪を背負って男たちに身をさらけ出していたが、あの子ならその美貌も相まって、有力者の心を掴むかもしれない。そうと決まれば、あの子には男に抱かれる方法を教えなければならない。精通が来た記念に、男に抱かせる行為と痛みを覚えさせるため、あの子の初穂を私の手で奪った。私の身体の下であの子は、痛い痛いと泣いていた』
 ミズキの脳裏にあの日の出来事が蘇る。
 シュトラウスにほぼ強姦されるような形で始まったミズキの男娼生活。
 それはミズキを生かすための方法だったとここに書かれている。
『男娼であれば、軍の男たちが客になる。男たちの好みは様々だ。皆戦場でストレスを抱えて帰ってきて、一時の安らぎや苛立ちを男娼にぶつける。そんなセックスの間に、嫌気がさした男娼にあれを発動されてはたまらないから、男娼には、クリスタライズを埋められることは絶対にない。それにそこは私の管理下だ。私のそばに置く限り、あの子に召集命令が届くこともない。私の知らないところであの子が死ぬことは絶対になくなる。しかし……あの子には、私と同じ道は歩かせないと決めていたのに、あの子を失うことが怖くて結局こうなってしまった。はなはだ勝手な私の我が儘だが、あの子には、私たちが見られなかった未来を生きてほしい。男たちの性奴隷となることが、あの子の命を繋ぐ唯一の手段。そうするしかない。だが――』
 だが?
『あの子はハイネに似すぎている。私はもう一度ハイネに触れたい。私が殺してしまった、最愛の人に。もう一度繋がりたい。彼の面影でいいから抱き締めたい。そしてやり直したい。私の恋を』
「パパとおじさんは……」
 疑問のピースがいくつか繋がった。シュトラウスがなぜあれほど男相手の性技に詳しかったのか。シュトラウスが口汚く罵っていた父親との関係も。
 シュトラウスの神経質なまでのミズキへの指示の理由がやっと理解できた。 
 ディスタンシアでは、何をするにもシュトラウスの許可と報告が必要だった。
 ミッションに出ても厳しく時間制限を言い渡された。どこにいて、何をしていたか。彼にはすべて報告しなければならなかった。
 シュトラウスの異常なほどの神経質さと、ミズキに課した男娼の仕事は、ミズキを失いたくなかったシュトラウスの親心。
 だがまだ疑問が残る。シュトラウスがミズキの父親と恋仲だったとして、どうしてシュトラウスは父親を殺したのか。
 あの冬の日のことをミズキは鮮明に覚えている。
 父親は悪い人なのだと、繰り返し繰り返し耳元で囁かれた。
 悪い人間を処罰したのなら、シュトラウスの厚意は正義であるはずなのに。日記を読む限りシュトラウスは父親を殺したことに対して、後悔の念が散見している。
 それでもシュトラウスの心配の大半はあの子――すなわちミズキのことだ。
 知りたい。シュトラウスが父親を殺した理由を。
 そしてミズキにまで銃を握らせて、ある意味共犯に仕立てた理由を。
 想像ではなく、彼の気持ちをどうしても知りたい。
 自分の年齢から逆算して、そのあたりの日付を日記の中から探す。古い紙は取り扱いに気を付けないと、すぐに破れてしまいそうなくらい薄い。
 シュトラウスは10年を超える記録をこの1冊に収めていた。普通に毎日つけていたら、辞書の山を探すようなものだろうが、今だけは彼がまめな性格でなかったことを感謝するばかりだ。
「僕が5歳だと、えーと……18年くらい前?」
 ミズキが生まれた日のことまで書いているのだから、シュトラウスとミズキにとって、運命が変わった日の記述も彼なら遺しているはずだ。
 カサカサの指でページをめくっていくと、ミズキが5歳のころの記述を見つけた。
 そこには『彼の事が許せなくなった。私はあの子を守るために、彼を沈黙させなければならない』と書かれている。
「彼っていうのは、僕のパパの事かな……?」
 両親との記憶はもうおぼろげにしかないが、最後に残った強烈な記憶だけはきっと死ぬまで忘れることはないだろう。 
 なるべくしてなったその理由を記述から探す。
『ハイネはディスタンシアの兵士一人一人を『兵器』にする計画をぶちあげた。戦場に赴く者全員にクリスタライズを持たせるとのことで、医療班たちが手術室の整備と準備を行っていた。クリスタライズは小型の爆弾。身体にどこに埋め込んでも、日常生活に影響が出ないようになっていると聞く。ハイネは不敵な笑みを浮かべ言った。これは子どもに埋め込んでも問題はない。子どもが相手なら、敵も油断をするだろう。その時に発動させれば……効果は絶大だ、と。そしてその実験をするにあたって、あの子を使うという。彼にとって、あの子はただの道具なのだと。国のために名誉の戦死を新型兵器で遂げられる幸せ者になれるのだと、彼は悪びれもせずに言った。そうすることが、戦争終結の最善策なのだと。嘘だろう、あの子は彼の息子だ。彼は本気で血を分けた息子を、戦争の道具にする気なのか。……許せない。私はハイネを許せない。沈黙させるしかない。なんとしても、私があの子を守らなければ』
 そこまで読んで、ミズキは思わず日記を取り落とした。
 日記はそのページを開いたまま、ばさりと音をたて床へ落ちる。衝撃の事実に両手がぶるぶると震え、頭の奥が熱くなった。
「嘘……」
 父親がミズキを新型兵器クリスタライズの実験に使おうとしていたなんて。
「嘘、嘘だ……」
 そしてそれを回避するために、シュトラウスは両親を殺した――?
「わかんない……なにこれ、どういうこと……?」
 ミズキは男娼として、ディスタンシアの軍施設の中で、何人もの男に抱かれてきた。
 そうすることが、斥候であった両親の罪を償う唯一の方法だったからだ。 
 ずっとそう言われてきたから、それがいったいどういう罪か、そして真実かどうか確認することもなかった。
 少なくともミッション中だけは、自分はディスタンシアの軍人であり、暗殺者だ。その時だけは軍人であるという、かりそめの現実に浸れて嬉しかった。
 しばしの外出時間が終わり、またあの地下室に戻されても、ミズキの還る場所はシュトラウスの元しかなかったのだ。
 だがシュトラウスから課せられたそれがすべて、ミズキの命の時間稼ぎであったなんて。
 あまりにも残酷な真実だ。気持ちが動揺して、考えがまとまらない。
 怒り、悲しみ、驚き、後悔。それらの感情が強いうねりを伴って、身体の中で渦巻いている。
「ぼく……僕は……? おじさん、僕は結局なんのために生かされているの……?」
 そんなにも大きな愛情をミズキに持っていてくれているなら、強制される束縛じゃなくて、ちゃんと彼の口から伝えてくれればよかった。
 そうすれば、ミズキはもっともっと彼のために心から貢献したのに。
 涙がーー止まらない。
 シュトラウスから温かい言葉をかけてもらったことなんてほとんどない。
 だが彼は日記の中で綴っていた。「自らの成就しない恋心を、生まれてくる子供とその家族を守ることで花開かせる。彼らが幸せならそれでいい」と。
 自らを律し、密かな恋心をも黙殺し、シュトラウスはただただミズキたち一家を見守る黒子に徹するつもりだったのだ。
 だが、シュトラウスはミズキに危害が及ぶと思いきや、ミズキの父親に寄せた自らの恋心ごと愛する人を銃弾で砕いた。
 ミズキにそんなことができるだろうか。
 愛した人――例えばミハイルが――目の前で間違った道を選びそうなときに、その人を撃ち殺してでもその歩みを止めるなんて、そんな悲しい決断をせざるを得なかったシュトラウスのことを考えると、心が軋む。
 どのような運命であれ、今こうして生きていられるのはなぜか。
 その理由を知ってしまった今は。
「どうしておじさんは僕なんかを……?」
 本当に父親がミズキを実験台とするかどうかなんてわからなかったはずだ。
 だが、戦争というおかしな時代が、父親の判断を狂わせたという事もありうる。
 それでも、シュトラウスが選んだのはーーミズキの未来だ。
 あの日、冷たい銃を握りしめた彼に想いを聞いてみたい。
「どして……」
 頭の中で生まれてくるのは疑問だけだ。なぜ、どうして。もう何度も自分に問いかけた運命の疑問。答えを持つ者が誰もここにいない中、生きているのが申し訳なくなる。
 クラリス軍に捕まった時、ミズキはミハイルに「殺せ」と何度も毒づいた。
 死ぬのなんて怖くない。こんな命、いらないと。
 その命がこんな犠牲の上に立っているなんて、今まで知らなかった。
「おじさん……」
 この命――この先、どうすればいい?
 シュトラウスとアルベルトはどこにいる?
 いたら、彼らに尋ねたい。
 この日記は事実なのか、と。
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