クリスタライズ~ある狙撃手へのレクイエム~

浅倉優稀

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#34 責任の所在

#34 責任の所在

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「戦犯の裁判? ああ、そういえばそんなこと言ってたな。医師としての判断だが、奴にはもう一度目の手術を受けてもらわないとならない。それが終わって、体調が戻るまで……そうだなぁ、まあ1か月……1ヶ月半というところか」
  シュラルドはミズキのカルテを見ながら、ミハイルにそう話した。
「これは軍の司令部からも聞かれているから、同様に答えている。戦犯の体力が戻れば1か月後、そうでなければ1週間前までに決定を下す。まあ主治医が俺だ。彼がどれくらいで退院できるのかの見立てに、間違いはないと思うがね」
 ミハイルは「そうですか」と返し、ため息をつく。
 ミハイル自身の軍事裁判の期日も迫っている。
  確定はしていないものの、おそらくミズキとそんなに間を空けずに審理されるだろう。互いに己の審理に参加しなければならないから、その間にミハイルとミズキがコンタクトをとることのないようにするはずだ。
 とりわけミズキは、ミハイルがクラウスを殺したという、「証人」としての出廷も求められるかもしれない。
  民事ではなく、身内の粛清だから、弁護士なんてつくはずもない。
  あくまでも処分を申し渡すだけになる。
  そしてこの軍事裁判は、偏ったものになるおそれもある。
  国はクラウスを殺したのが誰かなんて関係ない、湧き上がる民衆の不満をどうにか鎮めるため、この機会にミズキに罪の全てをかぶせてなかったことにするつもりだ。
「ミーシャ」
 呼ばれてはたと顔を上げると、シュラルドは眉間に皺を寄せた。
「今の話だが、よくよくカルテ見てたら見落としがあったわ」
「見落とし?」
 シュラルドにしては珍しい。ミハイルが訊ねると、シュラルドは顎に手を当て「うーん」と唸る。
「こりゃあ、うーん。1か月じゃ無理だわ」
「無理?」
「2ヶ月以上余裕でかかりそうだな。戦犯のクリスタライズを抜く処置があった」
「ですがミズキのクリスタライズは事実上、起動はできませんよ。彼のはとても特殊だ。私たちの知る構造の物ではありませんから、なにも無理に抜かなくても」
「本人に起動が出来なくても、誤爆の恐れもある。絶対なんてものはないからな。さて、爆薬を抜く処置をすると、さすがに期間は長くなる。まあ人間の身体はプラナリアじゃないから、切れば治るまでに時間が掛かる」
 シュラルドはカルテをファイルに挟むと、それを横のかごにポンと投げ入れた。
「手と目のリハビリ、爆薬を抜く作業。あの華奢な子の運命は処刑台なのにな。身体的にも精神的にもきつい思いをさせるが……これも運命と言えばそうなのかな」
 シュラルドは力なく笑う。
「殺すために命を繋げるなんて……こんな虚しいことはない。俺は医者だぞ」
「でも彼はわが軍と国に損害を……」
「それをおっぱじめたのは、おまえたち軍やら上の人間だろうが」
 ミハイルは何も言えなかった。
 殺せと騒ぐ民衆の声という塊でさえ、人間の一番ナイーブな部分を傷つけてしまう。
 傷つけられた方は張り裂けそうな胸の痛みは感情を内包しながら、自己否定をする。そうしながら出す答えは、命の放棄だ。
 如何にして自らを消し去るのか、そればかりを考え始める。
  だがそれだけでは見た目には何もないのだ。どんなに苦しんでいても、心に負ったとんでもない大きさの傷は外からは見えない。
  そして声をぶつけている方も、相手の感情を知ったところで、自分たちの中にある攻撃的な欲求など満たされないどころか、自分たちが正しいとさえ思いこんでしまっている。
「人を傷つけるのは誰でも同じだ。それが兵器なのか、言葉なのか、それともそれ以外か、それだけの違いだ。みんながみんな、あの子が悪だというが、ならおまえたちは正しかったのかと聞きたい。国と国とが始めた戦争《こと》の責任は誰にあるのか」
 シュラルドは吐き捨てるように言ったが、言い終えてはたと思い直す。
「俺も未熟者だな、ミーシャ。おまえたちのことなどお構いなしに好き勝手言った」
 すまないと頭を下げるシュラルドに、ミハイルは「気になさらないで」と制す。
「責任の所在を問われるなら、それは間違いなくミズキではない。私もそう思います。戦争さえなければ、ミズキは――」
 今よりましな暮らしを送っているはずだ。
    平和であったなら、ミズキはいったいどんな生活をしていたのだろう。
  少なくとも、ミハイルと出会うことはなかったかもしれない。
 だが、戦争これがなければ、凛とした二つの宝石を持つ運命の人には会えなかった。とはいえ、戦争を始めたのは民間人ではなく、政治家や軍だ。
 クラリスは勝利と言う形を「一応」おさめたが、その勝利の犠牲になった人たちに対して、本当の責任の所在とはどこにあるのか。
 ミズキは戦争犯罪人だが、意図せずに戦いに駆り出されたかもしれない犠牲者でもある。
 時代のせいにするのは簡単だ。
 しかし、誰が全ての責を負うのか。
 ミズキの瞳を失わせた原因の根本、戦争の責任はいったい誰が?
 シュラルドに対して笑顔を張り付ける心の裏側で渦巻く思い。国を守るために戦ったが、軍人である自分に非がないわけではない。
 時代が導く皮肉な運命に対して、自分はなにができる? ーーミズキを処刑台に送ることだけか。
 裁判が始まると言うことは、2人のタイムリミットが動き出すと言うこと。
 今だ見えぬ残り時間に、ミハイルは拳を握りしめた。
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