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第21話 超級の責務 1/4
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「──現在俺のスキルで封鎖しているのは、ダンジョン下層部だ。よって、我々は下層と中層の境、もっとも道が細く、数の限られるポイントにてモンスター共を迎え撃つ」
つい最近作成されたばかりのダンジョンの地図を広げながら、氷室信護は集まった探索者達に作戦を伝えていく。
しかし、探索者は日々ダンジョンに潜り戦闘を繰り返しているとはいえ、軍人のように日頃から連携訓練を重ねているわけではない以上、あまり複雑な指示は出来ない。
故に、彼が立案するのは、敵を叩くポイントの指示、撤退の判断基準と、連絡手段の確保。そして……各ポイントのチーム分けだ。
『氷室信護、チーム分けはどうする』
同じことを考えたテュテレールが、信護へと問いかける。
それを待っていたと、彼は大きく頷いた。
「下層と中層を繋ぐ道は全部で四つある。俺が一つを請け負うから、お前は探索者五名を援護に付けて、もう一つを押さえろ。そして、残る二つの道を他のメンバーで二手に別れ、迎撃して貰う」
あまりにも偏った編成に、誰もが息を呑む。
そして当然のように、反対する者が現れた。
「信護……流石にそれは極端すぎるってもんだろうよ。お前にもせめて一人くらい、サポートする人間は必要なはずだ」
口を挟んだのは、この地にダンジョンが発生してからずっと戦い続ける、最古参の探索者──荒木。
特級の称号を持つだけでなく、現役の自衛官としての立場も持つ彼は、信護が幼い頃からの付き合いだ。
そんな男の助言を受けて、信護は少し考え込む。
しかし、すぐに小さく首を振った。
「……いえ、これ以上の振り分けはないと考えます。単純な頭数で言えば、相手はこちらの百倍。ここで俺が多少の無理を通さなければ、他の誰にもこの災害をダンジョン内で鎮圧出来ない」
聞きようによっては、傲慢そのものとしか言いようがない信護の言葉だが、事実それほどまでに、彼とそれ以外の探索者との間には力の隔たりがあった。
公式な区分では特級より上はないとはいえ、誰もがそれを認めている。
──《特級》と《超級》の間には、決して越えられない大きな壁があると。
それこそが、まだ二十代の若造でしかない信護が、自衛官である特級の男さえ差し置いてこの場を取り仕切っている理由なのだ。
「心配はいりませんよ。俺の力は元々、多対一の状況に強い。この身に代えても、モンスター達をこのダンジョンから出させはしません」
「……この身に代えてもなんて、簡単に言うんじゃない。お袋さんや妹さんが悲しむぞ」
「……分かっていますよ。けど……これは、俺が父さんから引き継いだ使命ですから」
信護の父親は、荒木と同じ自衛官だった。
まだ探索者という身分が生まれるより前、主に自衛隊がダンジョンの対処に駆り出されていた頃に、スキルもなしにモンスターに挑み、そして亡くなっている。
信護は、彼のことをいい父親だと思ったことはない。
警察ならまだしも、自衛官など平和なこの国でどれほどの仕事があるのかと首を傾げていた当時の信護にとって、夜遅くまで仕事で帰らず、場合によっては長期の出張で家を空けがちな父親の存在は、いっそ疎ましくすらあった。
ハッキリと喧嘩することはあまりなかったが、顔を合わせれば嫌味ばかり言っていたように思う。
だからこそ……失って初めて、本当はただ父親に甘えたかっただけなのだと気付き、後悔した。
父親の仕事が、本当に死と隣り合わせの危険を孕んだ、誇りあるものだったのだと理解し、尊敬した。
故に、信護は己に誓ったのだ。
──志半ばで散った父の代わりに、俺が人々をダンジョンの脅威から守り抜くと。
「他に質問はないか? では行こう、作戦開始だ」
探索者全員で入ったダンジョン──《絶氷城》は、その名の通り氷で出来た城のごとき外観をしている。
内装もまた同様であり、床や壁、天井が全て氷のように半透明なクリスタルで構成されたその場所は、ダンジョンでさえなければそのまま観光地として利用出来そうなほどに美しい。
しかし、それはあくまで見た目だけの話だ。
その美麗な城の実態は、無限にモンスターを生み出し人々の生活を脅かす、未知の異空間である。
その証拠に、外から見れば天に向かって聳え立つこの城であってさえ、他のダンジョンと同様に不自然なまでに広大な空間が地下へ向かって広がっていた。
「さて……いよいよか」
そんな《絶氷城》の下層と中層の狭間、無数に枝分かれする道がある程度その数を集束させるポイントにて、信護は宣言通り一人でそこに立ったいた。
目の前にあるのは、氷で形作られた巨大な壁。
無数のヒビが入り、今にも崩れ落ちそうになっているこの壁こそ、信護がスキルによって作り上げた絶対防御だ。
この奥には、万にも昇るモンスター達が蠢き、地上を蹂躙せんと気勢を上げている。
以前に一度だけ、彼が単独で鎮圧した災害とは比べ物にならないほどの規模。それでも、信護は不退転の決意と共に、Dチューブ用のドローンを用いた通信網に声を張り上げた。
「全員、聞こえているな。これより、スキルを解き、作戦を開始する。構えろ!!」
構えた剣を地面に突き刺し、テュテレールとの模擬戦でも使用した氷の騎士を次々と生成していく。
下層クラスの人型騎士だけでなく、深層クラスの力を持つ巨人までもを。
そして──信護の生成する騎士や巨人の数が十を越え、百に迫ろうとしていくのに合わせ、目の前の防壁が急速に力を失い、崩れ落ちていく。
「行くぞ!!」
防壁の奥から現れる、無数のモンスター達。
雪崩の如く押し寄せてくるその軍勢に向け、信護は叫び、剣を構えて挑みかかるのだった。
つい最近作成されたばかりのダンジョンの地図を広げながら、氷室信護は集まった探索者達に作戦を伝えていく。
しかし、探索者は日々ダンジョンに潜り戦闘を繰り返しているとはいえ、軍人のように日頃から連携訓練を重ねているわけではない以上、あまり複雑な指示は出来ない。
故に、彼が立案するのは、敵を叩くポイントの指示、撤退の判断基準と、連絡手段の確保。そして……各ポイントのチーム分けだ。
『氷室信護、チーム分けはどうする』
同じことを考えたテュテレールが、信護へと問いかける。
それを待っていたと、彼は大きく頷いた。
「下層と中層を繋ぐ道は全部で四つある。俺が一つを請け負うから、お前は探索者五名を援護に付けて、もう一つを押さえろ。そして、残る二つの道を他のメンバーで二手に別れ、迎撃して貰う」
あまりにも偏った編成に、誰もが息を呑む。
そして当然のように、反対する者が現れた。
「信護……流石にそれは極端すぎるってもんだろうよ。お前にもせめて一人くらい、サポートする人間は必要なはずだ」
口を挟んだのは、この地にダンジョンが発生してからずっと戦い続ける、最古参の探索者──荒木。
特級の称号を持つだけでなく、現役の自衛官としての立場も持つ彼は、信護が幼い頃からの付き合いだ。
そんな男の助言を受けて、信護は少し考え込む。
しかし、すぐに小さく首を振った。
「……いえ、これ以上の振り分けはないと考えます。単純な頭数で言えば、相手はこちらの百倍。ここで俺が多少の無理を通さなければ、他の誰にもこの災害をダンジョン内で鎮圧出来ない」
聞きようによっては、傲慢そのものとしか言いようがない信護の言葉だが、事実それほどまでに、彼とそれ以外の探索者との間には力の隔たりがあった。
公式な区分では特級より上はないとはいえ、誰もがそれを認めている。
──《特級》と《超級》の間には、決して越えられない大きな壁があると。
それこそが、まだ二十代の若造でしかない信護が、自衛官である特級の男さえ差し置いてこの場を取り仕切っている理由なのだ。
「心配はいりませんよ。俺の力は元々、多対一の状況に強い。この身に代えても、モンスター達をこのダンジョンから出させはしません」
「……この身に代えてもなんて、簡単に言うんじゃない。お袋さんや妹さんが悲しむぞ」
「……分かっていますよ。けど……これは、俺が父さんから引き継いだ使命ですから」
信護の父親は、荒木と同じ自衛官だった。
まだ探索者という身分が生まれるより前、主に自衛隊がダンジョンの対処に駆り出されていた頃に、スキルもなしにモンスターに挑み、そして亡くなっている。
信護は、彼のことをいい父親だと思ったことはない。
警察ならまだしも、自衛官など平和なこの国でどれほどの仕事があるのかと首を傾げていた当時の信護にとって、夜遅くまで仕事で帰らず、場合によっては長期の出張で家を空けがちな父親の存在は、いっそ疎ましくすらあった。
ハッキリと喧嘩することはあまりなかったが、顔を合わせれば嫌味ばかり言っていたように思う。
だからこそ……失って初めて、本当はただ父親に甘えたかっただけなのだと気付き、後悔した。
父親の仕事が、本当に死と隣り合わせの危険を孕んだ、誇りあるものだったのだと理解し、尊敬した。
故に、信護は己に誓ったのだ。
──志半ばで散った父の代わりに、俺が人々をダンジョンの脅威から守り抜くと。
「他に質問はないか? では行こう、作戦開始だ」
探索者全員で入ったダンジョン──《絶氷城》は、その名の通り氷で出来た城のごとき外観をしている。
内装もまた同様であり、床や壁、天井が全て氷のように半透明なクリスタルで構成されたその場所は、ダンジョンでさえなければそのまま観光地として利用出来そうなほどに美しい。
しかし、それはあくまで見た目だけの話だ。
その美麗な城の実態は、無限にモンスターを生み出し人々の生活を脅かす、未知の異空間である。
その証拠に、外から見れば天に向かって聳え立つこの城であってさえ、他のダンジョンと同様に不自然なまでに広大な空間が地下へ向かって広がっていた。
「さて……いよいよか」
そんな《絶氷城》の下層と中層の狭間、無数に枝分かれする道がある程度その数を集束させるポイントにて、信護は宣言通り一人でそこに立ったいた。
目の前にあるのは、氷で形作られた巨大な壁。
無数のヒビが入り、今にも崩れ落ちそうになっているこの壁こそ、信護がスキルによって作り上げた絶対防御だ。
この奥には、万にも昇るモンスター達が蠢き、地上を蹂躙せんと気勢を上げている。
以前に一度だけ、彼が単独で鎮圧した災害とは比べ物にならないほどの規模。それでも、信護は不退転の決意と共に、Dチューブ用のドローンを用いた通信網に声を張り上げた。
「全員、聞こえているな。これより、スキルを解き、作戦を開始する。構えろ!!」
構えた剣を地面に突き刺し、テュテレールとの模擬戦でも使用した氷の騎士を次々と生成していく。
下層クラスの人型騎士だけでなく、深層クラスの力を持つ巨人までもを。
そして──信護の生成する騎士や巨人の数が十を越え、百に迫ろうとしていくのに合わせ、目の前の防壁が急速に力を失い、崩れ落ちていく。
「行くぞ!!」
防壁の奥から現れる、無数のモンスター達。
雪崩の如く押し寄せてくるその軍勢に向け、信護は叫び、剣を構えて挑みかかるのだった。
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