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第31話 幕間・菜乃花の日常
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「なるほど、こいつが例の新しい超級か……ははっ、すげえ性能のロボットだな」
都内某所。とある寂れた倉庫街にて、一人の男がモニターに映る配信映像を見て高笑いを浮かべる。
彼の名は、荒馬和人。この近辺ではそれなりに名の売れたゴロツキであり、スキルに目覚めた人物でもある。
ただし、正式な手続きを経て探索者になった者ではない。
DL教団──ダンジョンの解放というお題目をその名に掲げて活動する非合法組織、その力を借りてダンジョンの恩恵をその身に宿した人間だ。
首元に、教団の一員であることを示す渦巻き状の刺青を入れた荒馬は、画面に映るテュテレールと、その傍に立つ可憐な少女──アリスを見て舌舐りをする。
「こいつを仲間に引き入れることが出来れば、俺の幹部昇進は決まったも同然だぜ!!」
「そうは言いますがアニキ、そう簡単に行きやすかね? このガキ、バックに協会がいるんでしょう?」
テンションの高い荒馬に、子分の一人が疑問を呈する。
荒馬達は、スキルに目覚めた人間を三十人ほど束ねたグループを形成していた。
その構成員のほとんどが三級から、良くてギリギリ二級という程度の実力しかないが、それでもスキルが有るというだけで、一人一人が拳銃を持った警官にも対抗出来る戦力だ。
だが、そんな彼らをしても、探索者協会と直接事を構えるほどの力はない。
それが分かっていて──だからこそ、と、荒馬は声を荒げる。
「んなこた知ってんだよ! だがよく考えてもみろ、いくらロボットが強くても、肝心のガキの力なんざ三級以下だ。そこらの一般人と大差ねえ。それに、俺のスキルがあれば、ロボットなんざ敵じゃねえしな」
「まあ、確かに……」
「そしてこのガキさえ拐っちまえば、そのロボットも自動的についてくる。何なら、ガキを脅して新しいのを作らせたっていい。それだけで、俺達は《超級》の力を手に入れられるんだぜ?」
「おおお……!!」
ダンジョンの存在が人々の暮らしを大きく変えたこの時代において、超級の名が持つ意味は絶大だ。
ましてや、相手はそれを量産することさえ可能な技術者である。もし手に入れることが出来たなら、こんな薄暗い倉庫の中で安酒を呷る生活などとは永遠にオサラバし、世界を手に入れることさえ夢ではない。
「ここで動かなきゃ男じゃねえだろ! さあ、仲間を集めろ。ダンジョンからの帰還途中を襲撃するぞ」
「おお! 分かりやした、アニキ!」
あっさりと納得した子分に気を良くしながら、荒馬はこれからのことについて夢想する。
日本では、DL教団の存在はまだほとんど知られておらず、数もいないが……だからこそ、教団にとって手付かずのダンジョンが数多くある、宝の山だ。
超級の力でそれらを確保し、いち早く日本での立場を固めれば──俺の栄達は約束されたも同然だ。
そんなことを、呑気に考えていたからだろう。
行儀悪く机の上に足を投げ出していた荒馬は、突然倉庫を襲った爆発音とそれに伴う揺れに対応出来ず、椅子から転がり落ちてしまう。
「アニキ、大丈夫ですかい!?」
「ってぇ……大丈夫なわけあるか!! それより、何があったのか外を見てこい!!」
「う、うす!」
荒馬の指示を受け、子分が慌てて部屋を飛び出していく。
その背中を見送りながら、荒馬はグチグチと文句を溢す。
「くそっ、どこの誰だか知らねえが、大騒ぎしやがって。絶対にただじゃおかねえぞ……」
「ふーん、どうただじゃおかないのかな?」
「えっ……ぐおっ!?」
背後から聞こえた声に驚いた荒馬が振り返るよりも早く、彼は床に押さえつけられてしまう。
一体何が、と目だけで後ろを確認すると、そこには彼のような者にとって天敵ともいえる存在がいた。
「てめえは……暮星菜乃花!? 取締局の犬がどうしてここに!!」
「どうしても何も、あんた自分が悪い奴だって自覚ないの? 探索者協会が発足するよりも前ならともかく、今この時代に協会を通さずにスキルを取得するのは犯罪だよ? 特に、他人にそれを促すような真似はね」
「っ、どうしてそれを……!?」
「いや、むしろアンタのその雑な立ち回りで、隠しきれてるつもりだったのが驚きなんだけど」
やむにやまれぬ理由──突発的なダンジョン発生などの事故によって迷い込んでしまった場合を除き、ダンジョンでスキルを取得するには協会の許可を得る必要がある。徒弟制度が存在するのも、その縛り故だ。
そうすることで、協会は探索者達が持つスキルの詳細を常に把握し、万が一犯罪に手を染めた場合でも効果的に無力化出来る態勢を整えている。
それを指摘されて、それでも荒馬は焦らなかった。
こういう時のための言い訳くらい、事前に用意してある。
「し、仕方ねえだろ! 俺もこいつらも、スキルを取得したのは五年以上前だ! まだ出来たばっかりのその法律じゃ、裁けねえはずだ!」
彼の言うように、そうしたスキルに関する法律が制定されたのは僅か五年前だ。
たとえ、本当はそれ以降に不正な手段でスキルを得たのだとしても、本人がそう言い張れば追求も難しい。
自己申告制度もあるのだが、これもやはり出来てから間もないこともあって、まだ満足に機能していなかった。それを、荒馬はよく知っている。
だが……そんな基本を、菜乃花が知らないはずもない。懐からスマホを取り出し、軽く画面をタップする。
『──このガキさえ拐っちまえば、他のロボットなんざ自動的についてくる。何なら、ガキを脅して新しいのを作らせたっていい』
「これで誘拐未遂くらいはつくよね。満足した?」
「て、てめっ……公務員が、一般市民を盗聴していいと思ってんのか!?」
「普通はね。でも、スキルを持っている人間は、普通じゃないから。ウチらはこれくらい許されちゃうんだよ。……もうアンタらはおしまい、観念してよね」
「くっ……なら、もう容赦しねえ!! てめえをぶっ潰して、口を塞いでやらぁ!!」
荒馬がそう叫んだ瞬間、スキル発動の兆候を察知した菜乃花はその場から飛びのく。
直後、彼女のすぐ真上から突然現れた彼の子分が剣を振り抜き、一瞬前まで菜乃花がいた場所を切り裂いた。
「ちっ、外したか!!」
「空間転移……自然操作系スキルだね」
「そうだ、ライセンスはねえが、一級探索者にもそうそう負けねえぞ!!」
荒馬はただのゴロツキではあるが、そのスキルは特級にも匹敵するほど希少なものだった。
《ストレージ》のように物質しか出し入れ出来ないという制限もなく、生物でもなんでも任意のものを任意の場所に転移出来る力。
唯一、人間だけは互いの同意なしに転移出来ないのが難点だが、それもこのように奇襲に使ってしまえば大した弱点ではない。
「わっ、とっ、あぶなっ!」
次から次へと虚空から現れる刃に襲われ、菜乃花はどんどんと追い込まれ、部屋を飛び出す。
するとそこには、既に荒馬の子分三十人、全員がそれぞれの得物を構えて待ち構えていた。
「観念しな、俺達があの超級のガキを捕まえるまで大人しくしといてくれれば、別に殺しはしねえからよ」
「そうなったら、ウチとしてはもうミッション失敗なんだよねえ。だから大人しくは出来ないかな」
「へえ、この人数相手に、たった一人でどうにか出来るとでも?」
「うん。だって君たち、見るからに素人だもん」
ぞわりと、菜乃花を取り囲む男達から殺気が昇る。
それを飄々と受け流しながら、菜乃花は男の一人を指差す。
「たとえば……そこの君、まだウチら取締局と敵対する覚悟が決まってないんじゃない? 腰が引けてるよ?」
「う、うるさい!!」
「そっちの君は、剣の持ち方がおかしいね。そんなんじゃせっかくの強化系スキルが全然活かせないよ? ああ、そっちの君も、超感覚系なのか知らないけど、矢面に立ちたくなーいっていうのがもう立ち位置に出ちゃってる。直した方がいいね」
一人一人指差しながら、男達の欠点、包囲の未熟さを指摘し、ダメ出ししていく。
自らその弱点を突くならばともかく、ただ指摘だけして改善すら促すという圧倒的な余裕を見せる菜乃花に、男達は本当に手を出しても大丈夫なのかと迷いを見せ、動きが鈍る。
それこそが、菜乃花の狙いだとも知らずに。
「そして、最後に一番大事なことを教えてあげるね。──敵と対峙したら、呑気にお喋りなんてしたらダメだよ」
パチン、と菜乃花が指を弾いた瞬間、彼女を取り囲んでいた男達が一斉に、糸が切れた人形のように倒れ伏す。
あまりにも驚愕の光景に、ただ一人残った荒馬は目を見開いた。
「バカな……一体、何をした!?」
「ウチ、取締局の新米エース~、なんて有名になってるんだけど、誰もスキルの詳細については知らないんだよね。なんでだと思う?」
「くそっ……!!」
荒馬が腕を振るい、スキルの力で転移させたナイフを菜乃花の体に突き刺そうとする。
だが、荒馬がそれを意識した瞬間、菜乃花は忽然と姿を消した。
「ウチのスキル、誰にも認識出来ないからだよ」
荒馬の首元に、そっとか細い指先が添えられる。
それはさながら、死神の鎌のように冷たく、恐ろしく──かひゅっ、と、荒馬は息を詰まらせ、苦しみ始めた。
咄嗟に逃げようとするが、スキルが上手く発動しない。
なぜ、と、荒馬はその場に膝を突きながら呟く。
「死にはしないから安心して。さすがに、アンタの罪状じゃあ強制連行くらいしか認められないし、教団について知ってることも吐いて貰わないとだから。ただ……」
薄れゆく意識の中、最後に荒馬が目にしたのは……彼を見て、場違いなまでに明るく童女のように微笑む、菜乃花の姿だった。
「ウチの推しちゃんに手を出そうとしたんだから、その分、ちょ~っとだけ個人的な罰は受けて貰うよ。覚悟してね」
そう言って、菜乃花は倒れた荒馬の股間を躊躇なく踏み抜き。
大の男の情けない悲鳴を聞きながら、菜乃花はすっきりとした表情で息を吐くのだった。
「はぁ~、疲れた……今日だけで、アリスちゃん絡みの戦闘がもう五回目! ウチ働きすぎだよ……早く帰って、アリスちゃんをぎゅってしながら癒されたいな~」
都内某所。とある寂れた倉庫街にて、一人の男がモニターに映る配信映像を見て高笑いを浮かべる。
彼の名は、荒馬和人。この近辺ではそれなりに名の売れたゴロツキであり、スキルに目覚めた人物でもある。
ただし、正式な手続きを経て探索者になった者ではない。
DL教団──ダンジョンの解放というお題目をその名に掲げて活動する非合法組織、その力を借りてダンジョンの恩恵をその身に宿した人間だ。
首元に、教団の一員であることを示す渦巻き状の刺青を入れた荒馬は、画面に映るテュテレールと、その傍に立つ可憐な少女──アリスを見て舌舐りをする。
「こいつを仲間に引き入れることが出来れば、俺の幹部昇進は決まったも同然だぜ!!」
「そうは言いますがアニキ、そう簡単に行きやすかね? このガキ、バックに協会がいるんでしょう?」
テンションの高い荒馬に、子分の一人が疑問を呈する。
荒馬達は、スキルに目覚めた人間を三十人ほど束ねたグループを形成していた。
その構成員のほとんどが三級から、良くてギリギリ二級という程度の実力しかないが、それでもスキルが有るというだけで、一人一人が拳銃を持った警官にも対抗出来る戦力だ。
だが、そんな彼らをしても、探索者協会と直接事を構えるほどの力はない。
それが分かっていて──だからこそ、と、荒馬は声を荒げる。
「んなこた知ってんだよ! だがよく考えてもみろ、いくらロボットが強くても、肝心のガキの力なんざ三級以下だ。そこらの一般人と大差ねえ。それに、俺のスキルがあれば、ロボットなんざ敵じゃねえしな」
「まあ、確かに……」
「そしてこのガキさえ拐っちまえば、そのロボットも自動的についてくる。何なら、ガキを脅して新しいのを作らせたっていい。それだけで、俺達は《超級》の力を手に入れられるんだぜ?」
「おおお……!!」
ダンジョンの存在が人々の暮らしを大きく変えたこの時代において、超級の名が持つ意味は絶大だ。
ましてや、相手はそれを量産することさえ可能な技術者である。もし手に入れることが出来たなら、こんな薄暗い倉庫の中で安酒を呷る生活などとは永遠にオサラバし、世界を手に入れることさえ夢ではない。
「ここで動かなきゃ男じゃねえだろ! さあ、仲間を集めろ。ダンジョンからの帰還途中を襲撃するぞ」
「おお! 分かりやした、アニキ!」
あっさりと納得した子分に気を良くしながら、荒馬はこれからのことについて夢想する。
日本では、DL教団の存在はまだほとんど知られておらず、数もいないが……だからこそ、教団にとって手付かずのダンジョンが数多くある、宝の山だ。
超級の力でそれらを確保し、いち早く日本での立場を固めれば──俺の栄達は約束されたも同然だ。
そんなことを、呑気に考えていたからだろう。
行儀悪く机の上に足を投げ出していた荒馬は、突然倉庫を襲った爆発音とそれに伴う揺れに対応出来ず、椅子から転がり落ちてしまう。
「アニキ、大丈夫ですかい!?」
「ってぇ……大丈夫なわけあるか!! それより、何があったのか外を見てこい!!」
「う、うす!」
荒馬の指示を受け、子分が慌てて部屋を飛び出していく。
その背中を見送りながら、荒馬はグチグチと文句を溢す。
「くそっ、どこの誰だか知らねえが、大騒ぎしやがって。絶対にただじゃおかねえぞ……」
「ふーん、どうただじゃおかないのかな?」
「えっ……ぐおっ!?」
背後から聞こえた声に驚いた荒馬が振り返るよりも早く、彼は床に押さえつけられてしまう。
一体何が、と目だけで後ろを確認すると、そこには彼のような者にとって天敵ともいえる存在がいた。
「てめえは……暮星菜乃花!? 取締局の犬がどうしてここに!!」
「どうしても何も、あんた自分が悪い奴だって自覚ないの? 探索者協会が発足するよりも前ならともかく、今この時代に協会を通さずにスキルを取得するのは犯罪だよ? 特に、他人にそれを促すような真似はね」
「っ、どうしてそれを……!?」
「いや、むしろアンタのその雑な立ち回りで、隠しきれてるつもりだったのが驚きなんだけど」
やむにやまれぬ理由──突発的なダンジョン発生などの事故によって迷い込んでしまった場合を除き、ダンジョンでスキルを取得するには協会の許可を得る必要がある。徒弟制度が存在するのも、その縛り故だ。
そうすることで、協会は探索者達が持つスキルの詳細を常に把握し、万が一犯罪に手を染めた場合でも効果的に無力化出来る態勢を整えている。
それを指摘されて、それでも荒馬は焦らなかった。
こういう時のための言い訳くらい、事前に用意してある。
「し、仕方ねえだろ! 俺もこいつらも、スキルを取得したのは五年以上前だ! まだ出来たばっかりのその法律じゃ、裁けねえはずだ!」
彼の言うように、そうしたスキルに関する法律が制定されたのは僅か五年前だ。
たとえ、本当はそれ以降に不正な手段でスキルを得たのだとしても、本人がそう言い張れば追求も難しい。
自己申告制度もあるのだが、これもやはり出来てから間もないこともあって、まだ満足に機能していなかった。それを、荒馬はよく知っている。
だが……そんな基本を、菜乃花が知らないはずもない。懐からスマホを取り出し、軽く画面をタップする。
『──このガキさえ拐っちまえば、他のロボットなんざ自動的についてくる。何なら、ガキを脅して新しいのを作らせたっていい』
「これで誘拐未遂くらいはつくよね。満足した?」
「て、てめっ……公務員が、一般市民を盗聴していいと思ってんのか!?」
「普通はね。でも、スキルを持っている人間は、普通じゃないから。ウチらはこれくらい許されちゃうんだよ。……もうアンタらはおしまい、観念してよね」
「くっ……なら、もう容赦しねえ!! てめえをぶっ潰して、口を塞いでやらぁ!!」
荒馬がそう叫んだ瞬間、スキル発動の兆候を察知した菜乃花はその場から飛びのく。
直後、彼女のすぐ真上から突然現れた彼の子分が剣を振り抜き、一瞬前まで菜乃花がいた場所を切り裂いた。
「ちっ、外したか!!」
「空間転移……自然操作系スキルだね」
「そうだ、ライセンスはねえが、一級探索者にもそうそう負けねえぞ!!」
荒馬はただのゴロツキではあるが、そのスキルは特級にも匹敵するほど希少なものだった。
《ストレージ》のように物質しか出し入れ出来ないという制限もなく、生物でもなんでも任意のものを任意の場所に転移出来る力。
唯一、人間だけは互いの同意なしに転移出来ないのが難点だが、それもこのように奇襲に使ってしまえば大した弱点ではない。
「わっ、とっ、あぶなっ!」
次から次へと虚空から現れる刃に襲われ、菜乃花はどんどんと追い込まれ、部屋を飛び出す。
するとそこには、既に荒馬の子分三十人、全員がそれぞれの得物を構えて待ち構えていた。
「観念しな、俺達があの超級のガキを捕まえるまで大人しくしといてくれれば、別に殺しはしねえからよ」
「そうなったら、ウチとしてはもうミッション失敗なんだよねえ。だから大人しくは出来ないかな」
「へえ、この人数相手に、たった一人でどうにか出来るとでも?」
「うん。だって君たち、見るからに素人だもん」
ぞわりと、菜乃花を取り囲む男達から殺気が昇る。
それを飄々と受け流しながら、菜乃花は男の一人を指差す。
「たとえば……そこの君、まだウチら取締局と敵対する覚悟が決まってないんじゃない? 腰が引けてるよ?」
「う、うるさい!!」
「そっちの君は、剣の持ち方がおかしいね。そんなんじゃせっかくの強化系スキルが全然活かせないよ? ああ、そっちの君も、超感覚系なのか知らないけど、矢面に立ちたくなーいっていうのがもう立ち位置に出ちゃってる。直した方がいいね」
一人一人指差しながら、男達の欠点、包囲の未熟さを指摘し、ダメ出ししていく。
自らその弱点を突くならばともかく、ただ指摘だけして改善すら促すという圧倒的な余裕を見せる菜乃花に、男達は本当に手を出しても大丈夫なのかと迷いを見せ、動きが鈍る。
それこそが、菜乃花の狙いだとも知らずに。
「そして、最後に一番大事なことを教えてあげるね。──敵と対峙したら、呑気にお喋りなんてしたらダメだよ」
パチン、と菜乃花が指を弾いた瞬間、彼女を取り囲んでいた男達が一斉に、糸が切れた人形のように倒れ伏す。
あまりにも驚愕の光景に、ただ一人残った荒馬は目を見開いた。
「バカな……一体、何をした!?」
「ウチ、取締局の新米エース~、なんて有名になってるんだけど、誰もスキルの詳細については知らないんだよね。なんでだと思う?」
「くそっ……!!」
荒馬が腕を振るい、スキルの力で転移させたナイフを菜乃花の体に突き刺そうとする。
だが、荒馬がそれを意識した瞬間、菜乃花は忽然と姿を消した。
「ウチのスキル、誰にも認識出来ないからだよ」
荒馬の首元に、そっとか細い指先が添えられる。
それはさながら、死神の鎌のように冷たく、恐ろしく──かひゅっ、と、荒馬は息を詰まらせ、苦しみ始めた。
咄嗟に逃げようとするが、スキルが上手く発動しない。
なぜ、と、荒馬はその場に膝を突きながら呟く。
「死にはしないから安心して。さすがに、アンタの罪状じゃあ強制連行くらいしか認められないし、教団について知ってることも吐いて貰わないとだから。ただ……」
薄れゆく意識の中、最後に荒馬が目にしたのは……彼を見て、場違いなまでに明るく童女のように微笑む、菜乃花の姿だった。
「ウチの推しちゃんに手を出そうとしたんだから、その分、ちょ~っとだけ個人的な罰は受けて貰うよ。覚悟してね」
そう言って、菜乃花は倒れた荒馬の股間を躊躇なく踏み抜き。
大の男の情けない悲鳴を聞きながら、菜乃花はすっきりとした表情で息を吐くのだった。
「はぁ~、疲れた……今日だけで、アリスちゃん絡みの戦闘がもう五回目! ウチ働きすぎだよ……早く帰って、アリスちゃんをぎゅってしながら癒されたいな~」
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