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11 そして嵐の如く朝霧 琴葉は訪れる。
しおりを挟む「おじゃましまーっす!」
「おいてめっ、何勝手に...。」
こいつが今日来るなんて連絡は一切なかったんだが...。
そして何故に制服なんだ...。今日は日曜日だろ。
「あ、愛梨さんだー! お久しぶりです!」
「琴葉ちゃん!? 久しぶりー!」
妹は俺のことなどそっちのけで部屋へと上がり込んだ。
「はっ! ...。すみません愛梨さん、私タイミング悪過ぎましたね...。」
妹は何か気づいたように謝罪しているが、なんだかとても芝居臭い。
「あはは......相変わらずだね、琴葉ちゃん...。」
妹の天真爛漫な態度には愛梨も引きつった愛想笑いをするしかないのである。
「それにしても......意外と片付いてる?」
琴葉は部屋を一通りみわたすと首を傾げた。
「そりゃあそうだ、ちょうど今さっきまで愛理に片付けてもらってたからな。」
堂々と言うことではないが愛理の機嫌も考えて胸を張ってそう答えた。
「なにそれ、......ヒモ?」
何故そうなる...。飛躍しすぎだ。
「うぅん! それで琴葉、何しに来たんだ。」
この妹は放っておけば場の雰囲気をあっという間に自分のものにしてしまう驚異のカリスマ性を持っている...。
こいつにこの場をもってかれないよう俺は咳払いをし、少し威圧的に尋ねた。
「琴葉の愛しいお兄ちゃんは一人でちゃんと生活出来てるかなーと思って心配で様子を見に来てあげました!」
妹はドヤ顔で言い放った。
実の妹に過保護にされるってのもなかなか屈辱的なもんだな...。
まぁ、俺の生活レベルの低さは認めるがな。
「しづ兄ってば料理も出来なければまともにお掃除も出来ないし...。お母さんも心配してるんだよ?」
まぁ、否定はしねーよ...。
「ふっ、妹よ心配には及ばん。」
そう、だが俺には切り札とも言える存在がいる。
「なぜならこっちには免故地 愛梨という第二のお母さんがいる!」
俺は堂々と間接的ヒモ発言をした。
「うわー...。ありえない...。」
すると琴葉にこれでもかというぐらい引かれた。
「誰がお母さんだ、誰が。」
愛梨も眉間にしわを寄せ、今にも殴ってきそうだ...。
「待て愛梨、これはかなり上等な褒め言葉だぞ?」
だって母親だぞ? 本来なら唯一無二の感謝対象である母親だぞ?これほどの褒め言葉はないだろう。
「愛梨さん、ほんとにかわいそう...。」
なぜ愛梨がかわいそうなんだ、褒め言葉だと言ってるだろう。
「しづ兄ほんと最低! 愛梨さん、こんなクソ虫どうか見捨てちゃって下さい!」
おいおい、ほんとに見捨てられたらどうするんだよ。俺きっと半年で鬱病になっちゃうよ?
ってか実の兄貴のこと今クソ虫とか言った?
「ええそうね...。でも琴葉ちゃん、サンドバックって買うと高いのよ...。」
え?俺っていつからお前のスパーリングアイテムになったの?
「そうなんですね...。そういうことなら是非ボロボロになるまで使ってやってください...。」
ねぇ知ってる?俺ってヒトなんだよ?
これじゃ半年もせずに殴殺遺体にされちまうよ...。
「なぁ、俺ってそんなにーーー」
「おかしいなぁ、サンドバッグなのに喋ってない?」
愛梨は今にも拳で黙らせんとばかりに指を鳴らしている。
だからどうやって片手で鳴らしてるの...。
それ以上喋ればマジでサンドバッグにされるんじゃないかと思ったので選択肢は黙るの一択だった。
「そうそう、実はこれから美味しいパンケーキがある店に行こうと思ってたの。良かったら琴葉ちゃんも一緒に行かない?」
あー、例の取り引きの奴ですか。
「わー、それ琴葉も行きたいかもです! でも実はお小遣いがあんましなくて...。」
琴葉はそう言いながら小悪魔的な悪い顔で、せがむように俺を見てくる。
ふざけるな!俺だって結構シビアな生活を強いられてるんだ!
「心配しなくてもいいじゃない。ここにあれだけ上等な褒め言葉を女性に言える立派なお兄さんがいるんだから。」
なんでお前まで肩入れしてくんだよ!
流石に勘弁して欲しいので穏便に断ることにしよう...。
「いや流石にそれは金銭的にーーー」
「そういえば琴葉ちゃん、しづの部屋のクローゼットにーーー」
「任せろ琴葉! お兄ちゃんが奢ってやる!!」
俺は慌てて愛理の発言を遮った。
暴力女め、約束と違うじゃねぇか!
こいつあの件を簡単に囮に使いやがった。
「え、いいの!? やったー!!」
琴葉は実に無邪気な喜びを見せる。だが忘れてはいけない、この無邪気な歓喜が小悪魔のそれだということを...。
「おい、約束と違うだろ。なんで琴葉にも奢らなきゃならん。」
俺は琴葉には聞こえないように愛梨を問い責める。
「私だけに奢ってなんて一言も言ってないんだけど?」
思い出してみると確かに言ってはいない...。
でもそんなの後付けじゃんか。女ってなんでそういうとこしっかりあざといの?
だが今はこいつに心臓を握られてる状態なんだよな、下手に反抗はできない...。
「ありがと、お・に・い・ちゃん!」
あぁクソ可愛いなーこのやろう!
結局いつもこの笑顔にやられちゃうんだよなー...。ほんと悪い娘、琴葉悪い娘。
結局、嵐のように訪れてきたこの妹にも、これからご馳走してやる羽目になってしまったのであった。
20分ほど待って出されたのは1.5センチくらいのパンケーキが3段積まれていて、その上に大きめのアイスが2つ乗っている超パンケーキだった。
その他にも生クリームやらチョコソースやらで彩られているが、どうやらアイスとその他諸々のトッピングは各々でリクエスト出来るらしい。
ちなみに超パンケーキというのは名前がやたら長くて覚えにくかったので俺が命名した。
「わー、おいしそー!」
「結構ボリューミーなんだ...。......今日ぐらいいいよね!」
噂のパンケーキを前にして、琴葉はさっきとはまた違うリアルな無邪気さを出していた。
一方愛梨の方は、そのボリュームにたじろいでいたのだがどうやら食す覚悟を決めたらしい。
俺もせっかくなので注文し、人気のパンケーキとやらを吟味してみることにした。
いざ実食!
「なにこれ、超うまいんですけど。」
俺は食べてみて驚嘆した。
てっきり見た目のインパクトが強いだけで、よくあるコテコテのパンケーキなんだと思っていたが、それは全くの偏見だった。
食感が今まで食べたパンケーキの中でダントツのふわふわ度だった。
さらに上のアイスがこれまた絶妙に浸透していき、口の中で見事なコンツェルトを奏でていく。
「んー、幸せな味ー!」
琴葉はほんとにほっぺたが落ちるんじゃないかというぐらい表情が緩みきっていた。
「はぁ、神様っていじわる...。」
愛梨は何故か神を恨みながら食べていた。
気づけば俺たちはあっという間に完食していた。
「いやー、満足満足。ご馳走様、しづ兄。」
「おぅ、じゃあ俺勘定してくるからお前ら先に外出ていいぞ。」
俺は支払う所を見られるのがなんだか気恥ずかしくて、彼女達が先に外へ行くよう誘導してからレジへと向かった。
「お客様のお会計5,580円になります。」
え? ってことは一人前1,860円だったの!?
確かに結構な量ではあったけど...。高くね?
俺は一瞬耳を疑ったが、場所が場所なだけに動揺を見せるのはカッコ悪いと思い、スムーズに諭吉さんを店員に手渡した。
かくして俺の一週間分の食費がものの数十分で消えていったのであった。
「もう結構いい時間だけど大丈夫?琴葉ちゃん。」
店を出ると愛梨が心配そうに琴葉へ尋ねる。
確かにもう夕日も沈み始め暗くなってきていた。
「大丈夫です、今日は泊まっていくんで。」
「へ?」
愛梨が間抜けな声を出してあっけらかんとしている。
「泊まっていくって俺の部屋にか?」
「うん! お母さんにもそう言ってあるし。」
別に構わないが、明日はこいつも学校があるだろうに...。
そうか、だから日曜日なのにこいつは制服で来たのか。
「下着とかは持って来てるのか?」
「うん、持って来た。」
じゃあ大丈夫か。
こいつの通っている高校は実家からでも、俺のアパートからでも10駅くらい離れているのだ。どちらからも同じくらいの距離なら時間的な問題もないだろう。
「ちょっと待って!」
愛梨がなにやら深妙な面持ちで話しに割り込んで来た。
「琴葉ちゃん?今歳いくつ?」
「え? 16歳になりましたけど...。」
改まって何を言ってるんだこいつは。
「お兄ちゃんの部屋が1ルームなのはさっき見たよね?」
「はぁ...。」
琴葉は頭に疑問符を浮かべている。
「その......一緒の部屋で寝るんだよ?」
あぁなるほど、そういうことか...。
「......あぁ! 愛理さん、それなら心配ありませんよー。 琴葉達、一緒にお風呂も入れる仲ですから!」
「へ? お、お風呂!?」
妹よ、その発言は話をさらにややこしくすると思うぞ。
まぁ事実ではあるが。
愛理が顔を真っ赤にしながら俺の方へと顔を向ける。
俺はそれに何も言わずこくりと頷いた。
「え、私がおかしいの...かな? いやでもいくら兄妹だからって.........」
どうやら相当テンパっているようだ。なにやら一人でブツブツ言いだした。
「愛理...さん?」
「そうだ琴葉ちゃん! ウチに泊まっていきなよ!」
愛理は唐突にあたふたしながら提案しだした。
「いや、お前朝練あるじゃん。」
「いや、でも...。」
陸上部の朝練は朝5時半から始まるらしいので、そうなると琴葉にとっても愛理にとってもデメリットしかない。
「おちつけ、他の兄妹はどうか知らんが俺たちに限ってお前の思ってるようなことは絶対に起きない。」
「そうだよ愛理さん!私だってしづ兄のを見ても、しづ兄に見られてもなにも感じないよ?」
なんだかさっきからお前の発言は愛理をよりテンパらせる方向へ誘っているように思えるのだが...。
「あなた達がそんな兄妹だなんて知らなかったよーー!」
「ちょっ、まっ......」
あーあ、行っちゃったよ。
愛理は積年の無知を恥ずかしむように叫けぶと、自慢の駆け足で疾風の如く俺たちの前から去っていった...。
「しづ兄、後でちゃんとフォローしときなよ。」
「いや、ほとんどお前のせいだろ。」
そしてなんともいえない背徳感を感じながら俺たちはゆっくりと帰路を歩き始め、背後にかすかに残っていた夕日も俺たちを見送るようにゆっくりと沈みきるのだった...。
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