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13 それでも天宮城 雫那は許諾する。
しおりを挟むあまりにも突拍子がなさ過ぎて俺の思考回路は一時停止した。
あの冷静沈着な天宮城も、彼女の斜め方向からの発言には流石にあっけらかんとしているようだった。
そこで俺は、一旦冷静に彼女の発言の意図を考えてみる。
ここをオカルト研究部のような所だとでも思ってるんだろうか。それにしてはここが生議部の部室だと確信していたような言い回しだったよな...。いやそもそも実態が知られていないこの部活のことだし、様々な噂が飛び交っていてもおかしくはないか。
だとしてもこの娘の言ってることは、頭がお花畑なメルヘン女のそれと変わらないわけだが...。
俺が彼女の不思議発言の意図について頭を回していると、天宮城が沈黙を破る。
「言っていることはよく分からないのだけど、とりあえずこっちの席にどうぞ。 一応お話を聞かせてもらいます。」
「あ、どうも...。」
天宮城はそう言って、彼女に俺と天宮城の間の席へ座ることを勧めた。
久米と名乗る彼女も言われるまま腰を低くしながら俺たちの間に入ってきた。
「ではまず、どういう経緯でここに部室があると知ったの?」
彼女が席に着くと、天宮城は息をつく間も与えず単刀直入に尋ねた。
おいおい、もうちょっと柔らかい表情で閑話から入ったりしてやれよ。怯えちゃってるだろうが。
「その、じ、実はそこの男の人を尾けて来たの...。」
俺を尾けてきた?
それを聞いた天宮城は、責任を追及せんとばかりに俺を睨んでくる。
怖いって...。それにしても全然気づかなかったな...。
「なぜ彼を尾けたの?」
天宮城は再び久米に目を向け、質問攻めを再開する。
「私、生議部にどうしてもお願いしたいことがあって...。それでここ一週間ぐらいずっと、授業が終わったあと生議部の部室を探し回ってたんです。そしたらそこの人がこの10階を歩いてるのを何回か見かけて...。なんか不自然だし、もしかしたらと思って今日後を尾けてみたの。まさか本当にこんなところにあるなんて...。」
セントラル棟の7階から上の部屋は、基本的に教員の研究室や臨時の物置き場として使われている。それはここの全学生が知る所だ。しかも10階ともなると、運営責任者的立場で、教員の中でも直接この大学経営に携わっているような人の研究室しかないのだ。そんなフロアで頻繁に出歩いている学生がいれば確かに不自然に思えるだろう。
要するに部室が発見されたのは完全に俺の落ち度ということか...。後で天宮城にこってり絞られそうだ。
「確かに一見不審者にも見える男がこんなところをうろちょろしていたら不可解にもなるわね。」
「おい、こいつの俺に対する第一印象を勝手に悪化させるな。」
誰も不審者だなんて言ってないだろうが。
取り留めのない話はしないくせに悪態だけは無駄にぶっ込んでくるよな、この女。
しかも悪態を吐くときが一番生き生きしていて良い表情するんだよな...。それを見る俺の男心はなんか複雑だよ...。
「わぁー、天宮城さんてそんな顔もするんだー!」
「え?」
久米が目を輝かせながらそう言うと、天宮城は眉を顰めて聞き返す。
「だってどんな時でも無表情でつまらなそうにしてるし、常に人と壁作ってるって感じだから...。私のこともやっぱり覚えてない...かな?」
まぁ予想はしていたが、やはり普段から天宮城は冷気を帯びているらしいな。
「ごめんなさい...。」
そう言って天宮城は申し訳なさげに久米から目を逸らした。
「あはは...。一応おなじ学科で授業もほとんどかぶってるんだけどなー...。」
それなら名前はともかく顔くらいは覚えてやれよ。
普段からそんなに壁を作ってるのか?流石の俺も少し異常に感じるぞ。
「だからちょっと意外だった、楽しそうな顔もするんだなーって!」
「なっ!」
恥ずかしかったのか、そう言われた天宮城は頬を薄っすら赤らめた。
こいつの赤面した表情は初めてみる...。
「気のせいよ。話を逸らさないで頂戴。」
しかし冷徹女は直ぐ冷えた表情を取り戻す。
やっぱりガードがかたいよなぁこいつ。個人的には今の表情とても良いと思いましたけどね、はい。
「それで? なんで生議部があなたのお願いを聞かなきゃいけないのかしら?」
「え、だってここの部活をやってたって人がそう言ってたって...。」
部活をやってた人って......天宮城が入るまでこの部に部員は居なかったんじゃないのか?
「どういうことだよ?」
俺はその疑問を聞かずにはいられなかった。
「知らないわ。それ、誰に聞いたの?」
「いや、私も友達にその噂を聞いただけで...。」
そんな噂全く聞いたことないけどな。あぁ、聞く相手が居なかったわ...。
「そんな根も葉もない噂を信じてわざわざこの部室を探し回っただなんて、滑稽極まりないわね。」
なにもそこまで言うことないだろうに...。
実に女の子らしくて微笑ましい話じゃないか。お前の人格上においては無縁なことなんだろうけど...。
「だって、みんなそう言ってたから...。」
久米はそう呟くとその小さな肩を落とした。
ほら、そんなトゲトゲしく言ったもんだから泣きそうになっちゃってるじゃん。
俺は何もフォローできんぞ? いやできないわけじゃないけど初対面だし、女だし...。
天宮城もそんな彼女を見ていくらか心苦しく思ったのか、少し戸惑った表情をしてるように見える。
ガラガラッ
そんな若干気まずい雰囲気の中、荒々しく部室の戸が引かれた。
「別にいいんじゃない?」
戸を引かれた音に肩をビクつかせて入口へ振り向いてみると、吉川先生がなにやら肯定する口ぶりをしながら入ってきた。
「先生、聞いてたんスか...。」
いつ、どのあたりから聞いていたんだろうか...。
それにしても全く気配を感じなかった。人の気配には俺けっこう敏感なのにな...。この人隠密スキルもあるのかよ。
「聞き耳を立てるなんて、教師として不仕付けだとは思わないんですか、先生...。」
天宮城は呆れたように先生に嘆きかける。
「まぁまぁ。それより久米さんのお願いを聞いてあげたらどうかしら?」
ほんとこの先生は勝手なことを言う...。
「お言葉ですが先生、私達には彼女の願いを聞く義理も必要性もありませんが...。」
どんな要望かは知らないが全くその通りだ。
そんなやり取りの中、ふと彼女へと目を向けてみると、やはりまだ肩を落としたままシュンとしている。
「そうかしら? ここ生議部は一応この大学の自治組織でしょ? 学生の要望や依頼を聞くことも間接的には学校の治安のためになると先生は考えます。」
無茶苦茶だ。無茶苦茶だが微妙に筋が通っているあたりがほんと憎たらしい。
「その理屈はさすがに無理があると思いますが...。」
「部員が集まらない限り特にやることもないんだし、別にいいじゃない。」
確かに部員候補を探す以外にこれといってやることはない。
なんだか久米をこのままシュンとさせておくのも俺的には少し心が痛い気もする。
「諦めろ天宮城、この人は言い出したら聞かない。」
俺はこの先生が絡んできた時点でもう面倒くさくなったので潔く折れた。
「はぁ、......分かりました、聞くだけ聞いてみましょう...。」
天宮城も否認することを諦めたようで、頭を抱えながら先生の提案を許諾した。
久米もそれを聞いて無邪気な子供のように表情を明るくした。
「それじゃあ久米さん、あなたのお願いとは一体何なのかしら?」
どこか投げやりな口調で天宮城は尋ねた。
「え、えっと、その......」
久米は髪の毛をくねくねし始め、なんだか照れ臭そうにしている。
なんだよ早く言えよ。でもその仕草、個人的には嫌いじゃないです。
「れ、恋愛相談...。」
顔を真っ赤にして、うつむきながら彼女は小声でそう言った。
「なっ...!?」
これまた突拍子もない依頼に天宮城も動揺を隠せない。
俺はその可能性も無くはないかな程度には思っていたので、そこまでは驚かなかった。
にしても恋愛相談か...。
「うんうん! 良いじゃない、良いじゃない! これぞ若き青春の至りって感じねー!」
この人は何を言ってるんだ...。
どうやらその若き青春の至りって感じの発言に先生のモーターもフル稼動し始めたようだ。
「ちょっと待って、なぜそれを私たちに相談するの? ここはなんでも願いを叶えてくれる部活でも無ければ、恋愛祈願をする神聖な場所でもないの!そんなこと友人に相談すればいいじゃない。」
また少しばかり顔を赤らめて、天宮城は彼女に理由を尋ねた。気のせいか声も若干荒げているように思える。
「なんていうか......ガチの相談なの!」
そんな彼女の表情もガチという感じであった。
ちなみに「本気」と書いて「マジ」と読み、「真剣」と書いて「ガチ」と読む......らしい。たいしてニュアンスは変わらないと思うけどな。
「ならあなたは、そのガチの相談ができる友達もいないということなのね。」
「うっ...。」
まぁそういうことになるわな。
でも流石にその返しはちょっと意地悪過ぎなんじゃない?
「......そうだよ? ......私にはガチの相談も出来ない上辺だけの友達しかいないよ!」
久米も声を荒げながら目頭を熱くして堂々と応答する。それに伴い話の雰囲気が変わっていく。
「友達っていう輪の中で、なんとなく友達の顔色を伺って、なんとなく嫌われたくないからその場の流れに身を任せて、空を流れる雲みたいな役に徹してきたような、どうせそんな人間だよ? 私は!」
へぇ、こう見えて意外と...。
「ふっ、何を開き直ってるの? そんなおっかなびっくりの関係しか築けない人が、それよりもさらに上位の関係を強いられる恋愛をしようだなんて、あなた厚かましいと思わないの?」
なんだか会話がヒートアップしてきたな......。
天宮城が言っていることは道理に沿っているし間違っちゃいないが、ちょっと言い過ぎじゃないか?
いつものように淡々と悪態をついてはいるが、妙にこの話に切り込んでいく所を見ると、どこかあいつも熱くなっているように思える。
俺はまだ出会って一週間ほどの関係でしかないが、そんな天宮城をらしくないと感じた。
「私だってそう思うよ!! だけど...!」
彼女は声を震え上がらせ、涙目になりながら言い淀む。
本当に泣いてる!? 俺、こういうの無理なんだよなぁ...。
「だけど、こんな私だから...! 上辺だけの関係しか作れないこんな私だから!こうやって見ず知らずの他人にもすがるしかないの!助けを求めるしかないの!!」
天宮城は、顔が火照り上がっているほど熱のこもった久米の必至の懇願を聞くと、口を閉ざし彼女から顔を背けた。
「私だってやだよ......こんな自分...。」
こいつにはこいつなりのちゃんとした人道的考えがあって、恋愛相談をして欲しいなどという依頼をするためこの部に来たのだ。
俺はその強い思いのこもった言葉から、彼女の真面目さと優しさのようなものをそこはかとなく感じ取っていた。
先生も笑顔ではないものの、微笑みに近いあたたかな表情で彼女らの対話を見守っていた。
暫くの沈黙を経て天宮城がそっと口を開く。
「そこまでしてするものなの?恋愛って...。」
微かに開かれた唇で彼女は顔を背けたまま尋ねる。
「好きになっちゃったものはどうしようもないんだよ。」
天宮城に向かってそう答えた久米の表情には先ほどの幼気な笑顔が僅かに戻っていた。
「そう...。」
それを聞いた天宮城はゆっくりと瞼を閉じ、再び暫く黙り込んだ。
よくもまぁそんな沸騰しそうなことを恥ずかしげもなく言えたもんだ。
俺には到底理解できそうにないな、恋をする奴の気持ちなんてのは...。
「......分かったわ。この依頼、生議部は受けましょう。」
沈黙を切り裂き、我が部長の容認する声が部室に響き渡る。
「朝霧君、何か異論はある?」
「いんや、何も。」
俺も反論なく容認案に頷いた。
天下の天宮城さんが決めたことだし、別にいいんじゃないでしょうかね。
それに今さらこの件に俺がどうこう言える雰囲気じゃないしな...。
吉川先生も「うんうん」と満面の笑みで頷いていた。
「グスッ.......ありがと。」
久米も気が落ち着いたようで、肩を落として涙目を拭うと、浅く頭を下げた。
かくして生議部の初仕事は、久米 花奈乃という、一人の女学生の恋愛相談を受けることに決まったのであった。
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