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14 しかし朝霧 紫月は気が乗らない。
しおりを挟む久米の依頼に応じたはいいものの、恋愛なんてのは俺にとって全くの管轄外なんだよな。むしろ恋愛アンチを自負してるくらいだし。ぶっちゃけしてやれることはないと思う。
依頼を引き受けたのを鑑みると、この冷徹女はこう見えて意外と男性経験が豊富なのだろうか。
「それで?恋愛相談というけれど具体的にはどうして欲しいのかしら。ほんとに相談に乗るだけならこちらとしても楽なのだけど。」
どこまでも思ったことを補正無しで口にする女だなこいつは...。脳と口が直列で繋がってるんじゃないかと思う。
「天宮城さんってストレートだよね...。なんていうか、建前とかそういうの言わないっていうかさ...。」
久米は愛想笑いを浮かべながら、やんわりと控えめに謗りをなげかけた。
「回りくどいのは嫌いなの。私のモットーは『時は金より重し』よ。建前なんて言うだけ時間の無駄じゃない。」
その主張は分からなくもない。「時は金なり」というけれど、実際には時間と金は同価値ではない。時間を金に変えることはできるが、金で時間は買えないからな。時には命も金で買える世の中だが、それでも自分の時間だけは金じゃどうにもならない。他人の時間は金で買うことができたりもするがな。
だがそのモットーが結果的に、交友関係に支障をきたすことになっては本末転倒な気もする...。
現にボッチだったせいで、この部でまともな活動が出来ず、無駄な時間を費やしてきたようだしな。
「凄いんだね...。」
久米は天才を疎む凡人のように呟いた。
確かにここまで徹底してモットーを貫けるのは凄いと思うが、でもそいつ、話し相手すら作れない残念な奴なんだぜ?
「関心するのはいいけど質問に答えてくれる?」
「あ、ごめん...。って質問てなんだっけ?」
おいおい、ニワトリじゃねぇんだから...。けど3歩進んだだけで忘れるほどニワトリは馬鹿じゃないらしいよ?
「あなたの依頼なのだけど......。私達が具体的に何をしてあげればいいのか、よ。
「そうだった!」
なんだろう、アホの子の臭いがする...。
「んー......。わかんない...。」
うん、やっぱりアホの子がいた。
「馬鹿にしてるの? ごめんなさい、やっぱりこの依頼はなかったことにーーー」
「わーー、そうじゃないの! なんていうか、今まで誰かを好きになったこともなかったし、私ってめっちゃ臆病だし......。ほんとにこの気持ちをどうしたらいいかも分からないの!」
初恋ってわけか。初々しいじゃないの。
要するに恋愛というステージに上がったことも無ければ、自分の性格では我武者羅に行動することもできないから、ドキのムネムネをどう昇華していいのかも分からないってことでしょうかね。
一聞しょうもない悩みだと思えるが、けっこう難儀な問題かもしれないな。
「そう、なら質問を変えましょう。あなたが好意を寄せている人の名前を教えて。」
「え、いきなり!? まぁ、でもそうだよね......。」
流石は冷徹無慈悲の天宮城 雫那さん、スモールトーク一切無しの単刀直入である。
「王生......武彦くん。」
「えっ.......」
その名を聞いた瞬間、俺の体感時間は0.2倍速にまで落ち、頭の中では「真剣で?」の文字が幾度となく飛翔していた。
ガチで?ガチで?ガチで!?
だがそれを聞いた天宮城の反応が目にとまると、俺の時間はすぐさま普段の速さへと戻り、状況整理へと頭が切り替わる。
「文学部、国際文学科一年の王生 武彦くん......ね...。」
久米の好きな奴が武彦で、そして何故か天宮城も武彦のことを知っている?
もう何がなんだか訳がわからん。
確かに先日、学校の出入口のあたりで顔を見ているだろうが、あれはほんの数十秒くらいだし、なにより名前と学部学科まで知ってるのは説明がつかん...。
「知ってるのか!?」
「えぇ。」
「あいつと面識があったのか?」
「あんな歩くインモラルの塊みたいな男と面識なんてないわよ。」
それにしてはあいつという男の生態をよく知ってるようだけど...。そして罵倒の仕方が容赦ねぇ。
「それにしてはよく知ってそうな口ぶりだぞ。」
「知っているだけよ。」
「じゃあ何故そこまで知っている。」
俺は、もしかして武彦と天宮城にただならぬ繋がりがあるのではないのかと思うと、問いたださずにはいられなかった。なぜならこの2人の組み合わせはあまりにも異色過ぎるから。
「私は私なりの有意義な学校生活を円滑にするために、その障害となり得るものは事前に避けるようにしているわ。そして最も厄介である人という障害に対しては、そうなり得る者の個人情報や身辺を調べ上げ、警戒を怠らないことでクリアしているの。」
なにその往年のスパイ的な思想......。お前が言っちゃうと冗談に聞こえなくて全然笑えない。そんで、おそらくほんとに冗談ではないんだろうな。
「なにその作り込まれたジョーク。全然笑えないんだけど。」
「あなたも分からない人ね、私の名前を忘れたわけじゃないでしょう。」
そりゃ次期この大学の最高権威者となるお方だ、その権力を振り翳せばそれくらいのことは造作もないんだろうけど......。普通やるか?
「マジで笑えねーよ...。一体どれだけの人間を調べ上げたんだよ...。」
「ざっと80人くらいかしら。」
この大学の全学生数は学院生も含めておよそ900人程度だ。ってことはここの一割近くの学生の個人情報とその他諸々を一ヶ月でこいつは暗記したってことだよな。
人間業か?
「お前、いろんな意味でどんな頭してんだよ。そこまでして死角を無くそうとするとか超怖ぇーよ、生理的な意味でも社会的な意味でも。」
「それでも死角はあったわ...。あなたのような悪性腫瘍を早期発見できなかったのは一生の不覚ね......。完全にノーマークだったわ。」
まるで人生単位の汚点を省みるかのような言い回しで、悔いた表情をわざとらしく見せつけてきた。
誰が悪性腫瘍だよ。普段から息を殺して誰にも迷惑を掛けないよう心掛けてる俺は紛れもない良性だ、良性。それともそれは俺の存在感のなさに対しての皮肉か? どちらにせよお前こそ俺にとっての癌細胞だよ。
「それは残念だったな、せいぜい適切な処置を心がけるんだな。」
「開き直ることに関しては畏敬の念すら覚えるわね...。」
そうだろう、そうだろう。もっと俺を崇め奉りなさい。って言ってる場合じゃないんだった...。
「それよりお前、あんな奴がタイプなのか?確かに見た目はモデル並みだが、中身は生粋の女ったらしだぞ?」
そして調子に乗るとウザい。まぁーウザい。言うことなすことがいちいちウザくなる。
「知ってるよ、いつも違う女の子と遊んでるような人だっていうのは...。」
知っててってことなんですね。
結局こいつも、男なんて見た目と夜のテクニックさえあればいいと思ってるビッチなんじゃねーか。見た目の割には意外と健全的な奴だなと思ったけど、やっぱ見込み違いだったみたいだな。
「それでも私、それ以上に王生くんのいいところを知ってるから...。」
そう言った彼女の瞳の奥からは、どこか確信めいた意志のようなものが感じられた。
俺もなんだかんだ言って、あのチャラ男がただの女ったらしなだけの男じゃないってのは当然知っている。
一見ちゃらんぽらんに見えるが、意外なほど賢明なところがあって、その実お節介がやけるほどお人好しな奴だ。特に女性に対しては極力傷つけないよう、常に配慮しているような姿勢も窺える。だが本人は恥ずかしがってそういった面は滅多に表には出さない。
チャラ男はチャラ男でも、言うならば紳士なチャラ男ってとこだろうな。
俺から見た久米の真剣な表情からは、武彦のそういった紳士的な面を知っている風に見受けられた。
「そういえば貴方、あの男と仲良さそうだったわよね。」
どうやら先日のことを思い出したようだ。
「そんなんじゃねぇよ、あいつが勝手に絡んでくるだけだ。」
他人との関わりを極力避けている俺が、好き好んであんな面倒そうな奴と戯れるわけがないだろう。
あいつはそんな俺を何故か親友と呼んでくるがな...。
「え!? 王生くんと仲良いの?」
「だから違うって言ってるだろ......。高校一年からの付き合いってだけだ。」
「捻くれ過ぎるのも考えものね。」
天宮城がどこか厭わしさを感じさせる笑みを浮かべながら呟いた。
「ほっとけ。」
知った風な口ぶりしやがって......。どうもいけすかない。
「要は武彦への告白を俺たちがサポートすればいいのか?」
「違うの!いや、違くないんだけど違くて...。」
その照れ臭そうに首を振る顔がまさしく恋してるって感じがして、なんだかこっちもモヤモヤしてくる。
「今の私じゃ告白なんてできなくて...。だから、なんていうか、その......うー、なんて言えばいいのかな...。」
気持ちを言葉で表現できないのがもどかしいのか、久米は困惑した表情でモソモソとしだす。
「言語表現がよほど乏しいのかしら...。つまり告白することもできない謙抑的なあなたの人格そのものを改革して欲しいと、そういことかしら?」
「ケンヨク?ってなに?」
どうやらほんとに日本語が苦手らしい...。
「謙抑的というのは自分の主張を抑えてしまって、控えめになったりへりくだったりしてしまうことよ。」
「そう、そう言いたかったの!」
この娘は人に気持ちを伝えたいがために、わざわざ自分の人格すら変えたいと思い立ったってのか?なんという純真無垢...。
俺のような荒んだ心を持ってしまうと、正直こんな人間がいるという現実さえ信じたくなくなってしまう......。
「ほんとにいいのか?」
「え、何が?」
「変わることが怖くないのか?」
何で俺はそんなことを訪ねてるんだ。別に他人のことなんだからどうでもいいだろ。
「怖い...よ? でも私そのものが変わらないと、この気持ちはどうしようもないかなって思ったから......。」
「そうか......。」
そりゃ怖くない訳がない。自分を変えるってことは今の自分を、今までの自分を否定するってことに等しい。どんなに芯の強い人間でも安直に決意なんて出来やしない。ましてや俺みたいな奴なら尚更な......。
「とりあえずあなたが私達にどうして欲しいのかは分かったわ。こちらも依頼を引き受ける以上はできる限り力を尽くすつもりよ。」
「うん、お願いします...。」
久米は照れ臭そうにしながら改まって頭を軽く下げた。
「それじゃさっそく具体的な方針についてーーー」
「ちょっと待った! 今日はもう遅いから、諸々のことはまた明日以降に話し合ったら? 先生もそろそろ行かなきゃいけないし。」
今まで腕を組みながら黙って俺達の対話を聞いていた吉川先生が横から提案を差し出す。
「別に先生がいなくても支障はないのですけど...。」
「そんな、ひどい!」
どっちかっていうと、あなたがいない方がスムーズに活動を進められるし、俺としても気が楽だ。っていうかそもそも先生がこの依頼の許諾を勧めたんじゃねぇか。あんたにも役に立ってもらわないと俺は納得いかないんだが...。
「でもそうですね......。具体的にどうしていくかは明日以降に決めていきましょう。それでいい?」
窓の外を見てみると、もう陽が沈みきって、虫の声も聞こえてきそうな春夜の帳が下りていた。
「ああ。」
「うん!」
それにしても武彦をね...。なんだかほんとに面倒なことになってきたな。これ絶対に俺に重役が回ってくるやつだよな...。はぁ、ダルい。
俺はまさかの展開に、依頼を引き受けてしまったことを後悔して気を重くする。
しかし、久米のあまりに純真過ぎる思いに当てられ、多少の面倒ごとは我慢しようと渋々覚悟したのだった。
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