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3 そして吉川 真樹は公言する。
しおりを挟むパタンッ。
まるで永遠にも思えるような重苦しい時間は、彼女が本を閉じる音とともに平常な時の流れへと戻る。
「空いてる席に座ったらどう? というかそこに立ったままで居られると読書していてもどうしても視界に入ってしまって気が削がれるのだけれど。」
「え? あぁ... じゃあ、お言葉に甘えて...。」
五台ある机の両端から三番目、ちょうど真ん中の席に俺は腰をかけた。
その動作のついでに時計を一瞬確認すると針は一時 二十八分 を指していた。
吉川先生が出てったのが確か二十分頃だったから...え、まだ八分程度しか経ってないの!?
もう一時間は突っ立ってたかと思ったよ...。
「あなた、なんでこの部活に来ようと思ったの?」
先程までは一切の雑言を口にしないでいた彼女が唐突に尋ねてくる。
「え、なに? 俺と会話してくれるの?」
俺がじゃれ合いの意味も込めてそう返すとブリザードの如き冷たい目で睨まれた。
「質問を質問で返してはいけないと習わなかったの? それとも今ここで私に英才教育を施して欲しいのかしら。」
ブルブルッ
俺はすぐさま首を横に振る。
冗談とか通じない人なの?
この女の英才教育なんて想像しただけで鳥肌立ってきちゃうよ...。
きっと失態を犯そうものなら極寒の地で正座とかさせられちゃうんだよ......あぁ怖い。
「いや、そのぅ......実は俺なんの説明もされずに無理矢理ここに連れてこられて...。 だからこの部活の活動内容どころか名前すら知らないんだ...。」
彼女の眼力があまりにも怖かったので、しどろもどろになりつつも、ありのままの現状を伝えた。
「なるほど、状況が読めたわ...。 要は、またあの先生の突飛な気まぐれという訳ね...。 はぁ、付き合わされるこちらの身にもなって欲しいのだけれど...。」
溜め息をつきながらやれやれという表情で彼女が呟く。なんとか理解はしてもらえたようだ。
どうやらこの天宮城 雫那という女学生も日頃あの自由奔放な先生の被害者となっているのだろう。
「では別段この部に入る意思があるというわけではないのでしょう? なら速やかにここを立ち去ってくれると助かります。」
「あの、さっきの話聞いてました? 今ここから立ち去っちゃうと、あの先生の地位的暴力で俺の単位が危うくなってしまうのですが...。」
「あら、別にいいじゃない。 私にはなんの害もないのだし。」
「......。」
なんだこの自己中女は...。
暴君と呼ぶにふさわしい見殺しっぷりだな。
「お前、絶対友達とかいなーーー」
「お前じゃない、天宮城 雫那。 同じこと二度も言わせないで。」
「......じゃあ雫那って絶対友達とかーーー」
「気軽に下の名前で呼ばないでくれるかしら。」
あんたさっき先生に下の名前で呼ぶようにって言ってませんでしたっけ!?
「...天宮城はーーー」
「目上の人は『さん』付けで呼びなさいって教わらなかった?」
どんだけ俺を畏まらせたいんだよ!
でもまぁ、先輩だったんならしょうがないか...。
「天宮城さんは絶対友達とかいませんよね!」
よし、やっと言ってやった! こっちも少しは反撃してやらないとな!
「まだ入学して一ヶ月くらいしか経っていないのだし、別にいなくてもおかしくはないんじゃないかしら。」
まぁ確かにそれもそうか。
ん? いや、それより今こいつ入学してって...。
「入学って......つまり一年ってことか?先輩なんじゃないの!?」
彼女は、はて? とシラを切るぶりっ子さながらに首を傾げた。
「あなたより年上とは一言も言ってないのだけれど?」
「だってさっき目上の人って...。」
「同い年だからといって目上じゃないとも限らないじゃない。 軍人とかでも上官が実は同期の人間だなんてよくある話じゃない。」
いや、軍人を引き合いに出されてもな...。
確かに昨今の会社事情ではそういうことも珍しくはないが...。 いや、そんなことはどうでもいい!
「いや、学生にはそういう格差パラドックスとかないから! 少しの間先輩として扱っちゃっただろうが! 俺の一時の敬意を返せ!」
「全く細かいことをぐだくだ言う人ね。 きっとそんなだから死人の目とか言われるのよ。」
「それ言ったのお前だから! ってかそこまで酷く言われたのお前にだけだから!!」
「ということは似たようなことなら言われたことがあるのね、ふふっ。」
なに揚げ足とって笑ってんだよ、ちょっとだけ笑顔が可愛いとか思っちゃったじゃねぇか。
「結局なんて呼べばいいんだよ? 言っとくけど俺はタメの奴には『さん』とかつけないからな」
「別に私はあなたに呼んでもらわなくても結構なのだけど...。」
いや、ここにきてコミュニケーションを放棄しないでください。
「そうね...なら特別に苗字で呼ぶことを許可するわ。」
許可いただけましたありがとうございます。ってあれ? 俺いつのまにこいつ呼ぶための許可求めてたの?
「苗字で呼ばれるの嫌なんじゃないのか?」
天宮城って言ったらこの学園にもその名が刻まれているからな...。
先ほど先生に呼ばれた時の態度からして、何か含むところがあるのだろうと思ったのだが...。
「驚いたわ、気遣いはできるのね。」
「おい、小馬鹿にするのも大概にしろ。」
さっきから口を開く度に俺のことなぶりやがって、こいつの性根の方こそどうなってんだよ。
しかし気のせいか、さっきより表情が柔らかくなっている気が...。
「男の人にいきなり下の名前で呼ばれたら流石に嫌厭するじゃない。 それならまだ苗字で呼ばれた方がいいってだけよ。」
なるほど、確かに男でも初対面の奴にいきなり下の名前で呼び捨てにされるのは良いものではないしな。
「そうか、 わかった...。」
「......。」
「......。」
うっ、会話が終わった...。
なにこれ、なんか話した方がいいの? でもこいつに適当な話し振ったところでまたなぶられるのがオチだろうしなー...。
ったく俺がこんな考えているのにこいつはなんとも思わんのか。 思わないんだろうな、きっと。
そんなことをおどおど悩んでいたが、ふとこの部活について何も知らないことを思い出す。
「それでここは結局何部なんだ?」
数秒ほどの気まずい沈黙を俺はなんとか断ち切る。
「あら、入る気もないのに知りたいの?」
確かに正直言うとどうでもいいが、気が縮むような沈黙を潰せればなんでもいい。
「確かに入る気はないが、流石にここまで引っ張られると逆に気になるってもんだろ。」
「そう、なら等価交換よ。」
え、なに? 錬金術で何か生成でもする気なのこの人?
「すまん、意味がわからないんだが...。」
「はぁ、まさか頭まで残念だなんて...この救いようのなさはマザーテレサもきっとお手上げだわ...。」
お母さん、俺もう生きるのが辛いよ...。
「等価交換というのは、何か得ようとするならばそれと同等の価値のものを支払わなければならないということ。勉強になったわね?」
あぁなるほど、つまり俺は等価交換という言葉も知らない無知な奴だと思われてたわけだ。
ほんと腹立たしいことこの上ない。
「違う! 俺が意味わからないって言ったのは等価交換とは何か?ってことじゃなくて、ここで等価交換という言葉が出てきたのは何故か?ってことだ!」
残念なのはこいつの方じゃないのか?
普通こんなの説明しなくても話の流れでわかるだろ!
「馬鹿ね、それこそ説明した通りよ。 私から何か欲しい情報を得ようとするならば、あなたも私が欲しいと思うような情報を提示しなさいと言っているの。」
日常会話レベルの情報で等価交換を要求するとか、お前はどこまで資本主義者だよ。
「......なぁ、お前人と話す時いっつもそんな感じなの?」
俺は天宮城のどこか理を求め過ぎているような話し方が若干気になった。
「そんな感じって?」
「いや、なんつうかその......トゲトゲしいっていうか...相手を突き放すような話し方してるだろ...。友達いないことも否定してなかったし...。」
あれ、これはちょっと踏み込み過ぎたか......。
「......。」
彼女は俺から視線を逸らし、何か考えるようにうつむく。
しまった、地雷を踏んだか...。
再び訪れた沈黙に今まで培ってきた対話経験が俺にそう告げる。
「もしかして心配してくれてるの?」
俺がきっと失言してしまったのだと悔やんでいると、彼女は眉を垂らし不安そうにも見えるあどけない上目遣いでそう言ってきた。
「え?...。」
俺は先ほどまでの冷たい表情と、今の彼女の表情とのギャップに思わずドキがムネムネしてしまった。
「ち、ちげぇよ! そんなんじゃこれから先も友達ができたもんじゃねーなと思っただけだ!」
落ち着け俺! 今のはたまたまベストアングルで見てしまったからに過ぎない。
こいつは俺を散々小馬鹿にした性悪女だ。憎むべき対象であってときめく対象では断じてない!
「別に必要ないわ、友達なんて...。」
強気な発言に変わりはないが、先ほどより彼女の声に覇気がない。
これは『地雷』ってのはあながち間違っちゃいないのかもな...。
「それで? 私に献上できる情報はありそうなのかしら?」
そういえばそんな話だったな...。
「んー、そう言われてもなぁ...。」
そもそも判定基準がわからないんじゃ献上のしようもないんだけどな。
コンコンッ
俺たちがそんな情報の等価交換のやり取りをしていると教室の戸がノックされた。
「どうぞ。」
天宮城が許可すると、入って来たのはあからさまにワクワクした表情の吉川先生だった。
まだ4限目の途中のはずだが...。
「うん、うん!」
入って来て早々、吉川先生は俺たちのことを一瞥すると何故か満足そうに頷いた。
「先生、まだ4限目の途中では?」
天宮城が冷気を帯びた目つきで先生に尋ねる。
「え? ...あぁ、そうね! 前回範囲進み過ぎちゃって...。だから今回はその分早く切り上げることにしたの!」
先生は何か思い出したようにそう答える。
なるほど、この人俺たちを二人きりにするためにわざわざ芝居を打ったな。
しかしどうやら本人は忘れてたらしい。
「そ、そんなことより! 二人とも少しは親しくなれたみたいね。」
「どうしてそうなる。」
「どうしてそうなるんですか。」
気づけば見事なユニゾンであった。
「あらあら、息もぴったりね。」
俺たちはそのことに一瞬顔を見合わせると、天宮城はいかにも不快そうな顔をして俺を睨み、俺はそれがちょっと照れ臭くて顔を逸らした。
「先生、それよりこの部活はいったい何て部活なんですか、俺まだ何も聞いてないですけど。」
先生からも天宮城からもな。
「あら、そうだったかしら? でもそれなら天宮城さ...じゃなくて雫那さんに聞けばよかったんじゃない?」
「聞きましたよ! でも等価交換だとかなんとか言って結局教えてもらえませんでしたよ。」
あなたはさっき話すら聞いてくれませんでしたけどね...。
「聞き捨てならないわね、まるで私があなたに意地悪してたように聞こえるのだけれど。」
何処となく怒り口調の冷徹女が横から口を挟んできた。
いやいや十分してましたって...。
「はぁ、自覚が無いって恐ろしい...。」
「あなたの方こそ、存在しているだけで他人に害悪を及ぼしていると自覚しているのかしら。」
「だから俺はお前のそういうところを言って......」
「うふふっ。」
つまらない言い争いにヒートアップしてしまっていると先生の微笑む声に気づく。
しまった、つい熱くなってしまった...。
「うぅんっ!」
これまた照れ臭かったので、咳払いをして先生に向き直る。
すると先生もんんっと軽く咳払いをして俺に公言した。
「ここはセイギ部です!」
「え?」
先生は慎ましやかな笑顔で確かにそう言い放ったのだった...。
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