恋する僕を裏切って男に走った彼女たち、みんな僕を離してくれない!

あんぜ

文字の大きさ
15 / 16
第二部

第15話 事件2

しおりを挟む
 転機はあるとき不意に訪れる。

 俺たちはある意味ギリギリの立ち位置に居た。
 そこに落ちるのは必然だったのかもしれない。


 ◇◇◇◇◇


 その日は、五月後半の週末の普通の土曜日だった。
 部活も午前中に終わり、貴島も合流してうちで楽しくピザとパスタを作っていた。

 円花もここひと月の脅威の頑張りで本来の体形に近づき、五日前の抱っこでも確かに軽くなっていて体も締まってきた気がした。顔もしゅっとしてきている。まあ、それのご褒美も兼ねてのピザとパスタだった。

「サキエ先輩、スパゲッティ茹でるときって塩要らないっていうのあれ本当ですか?」
「それはありえません!」

 七海の疑問に茹で加減をみる咲枝ちゃんが語気を強める。

「『ソースの味みて茹で汁の味みず』とはつまり物事の片手落ちを意味します」
「そういう格言があるんだ?」

「私の心がけです。イタリアのどこかのおじさんも言ってました。茹で汁の味見だけは忘れるなと」

 咲枝ちゃんの言葉だった……。パスタの味の調整は繊細だと咲枝ちゃんは語る。
 実際、何日か前に俺の担当で五人分まとめて混ぜた時など味が足りなかったため、一度に混ぜるのは二人分までにするよう咲枝先生から指導を食らった。

「んー。いい香り~」

 円花が柄にもなくオーブンを覗き込んでうっとりしていた。彼女はしばらくピザなんて食べてないはず。咲枝ちゃんの指示のもと、生地をこねるのも頑張ってたし、ソースも手伝ってた。

 やがてパスタの準備も整ったので焼き立てのピザをオーブンから出すと、一気に熱せられたトマトとオリーブオイルの香りが部屋に満ちる。待ちきれない円花を前に、咲枝ちゃんはさらにバーナーで生地の表面を焦がすと、食欲をそそられる香ばしさも広がった。お母さん直伝だそうだ。

「庭のバジルはまだ本番じゃないから、いまとってもおいしそうなゴールデンオレガノで生トマトとアンチョビのさっぱりした味にしてあります! さあ、召し上がれ!」

 ピザをカットし終えた咲枝ちゃんが合図を出すとみんな男子のように群る。トマトもニンニクも採れたて、アンチョビまで自家製だそうだ。炭水化物たっぷりだけど、みんな大好きだから仕方ない。もちろん咲枝ちゃん主導だったので、今日一日で見ればカロリーコントロールはばっちりだそうだ。


 ◇◇◇◇◇


 夜、リビングでソファーに体を預けたまま、貴島とゲームをしていた。テーブルの上には残り物のピザを食べつくした皿とエスプレッソの入っていたカップ。先ほどまでの喧騒はもうどこへやらといった静けさ。


 やってきた咲枝ちゃんがお皿を片付けながら言う。
「お風呂あと二人だけだから入っちゃってね」

 一区切りついたところで貴島。
「先入れば?」

 今さら貴島相手に遠慮なんて無かったので俺は先に風呂に入る。

 脱衣所に七海が居て口をゆすいでいる。七海は何かのボトルを指さす。
「先輩、これ先輩のですか?」
「いんや、違うけど。円花が新しいの買ったんじゃない?」



 風呂に入った後、リビングに戻ってくる。
「おさき」
「ほい」



 風呂上がりの貴島がまた隣でソファーにもたれかかる。
 ゲーム再開。

 水分補給に来た円花。
「まだゲームやってるの? よく続くわね」

 俺。
「ゆっくりゲームできるのも久しぶりだからなあ」

 おやすみの挨拶をして去っていく円花。


 遅い時間までこいつとゲームをするのは中学以来かもしれない。ただ、あの頃とはいろいろ変わった。ゲーム画面を見ながら、変わってしまったことをひとつひとつ思い浮かべる。良いことばかりでは無かった。

 まどろみながらゲームを操作する。何度もやり込んだマップは手癖でも戦える。撃たれ、倒れるも貴島が蘇生する。障害物の隙間から敵チームの後方を鴨撃ちする。また撃たれる。貴島が蘇生する。敵チームが蘇生にくるのでそれを撃つ。死体の山が築かれる。罵倒される。撃たれる。貴島が蘇生する……。

 きっかけは小さなことだった。

 延々と続くかに思えた蘇生が間に合わない。待機画面に入る。カウントダウンを待つ。15,14,13,……。ため息をつく。息を吸い込む。何かが鼻をくすぐる。俺の肩に貴島の頭。

 あれ、こいつこんないい匂いしてたっけ――。


 ◇◇◇◇◇


 我に返ったときには引くに引けないところまで来ていた。
 ソファの下には脱ぎ散らかされたシャツや下着。
 ただのゲーム仲間だと思ってた相棒の体は細いのにふわりと柔らかかった。
 そしてとの生活で限界に来ていたのもあった。


「イィィィッタァァ、イタタタタタ、イタいイタいイタいイタい、イタいっつってんのに!」
 貴島の掌底を頬に食らう。

「あー! ストップ! タンマ! いや、やめないでいいから、ちょ、3,000フレーム待って! 待った! ポーズ!」

 貴島がうるさく騒ぐ。いつもならうるせー貴島なんて思うのだろうが、どうしてか俺は――かわいいなこいつ――とか思ってしまったのがいけなかった。

「貴島ごめん!! 無理!!」

「貴島! 言うな! 加奈!」

「加奈!! ごめん!!」

「(いいなあ)」

 途中、何か聞こえた気がしたが、俺と貴島――いや加奈は大騒ぎしながら初めてを迎えたのだった。加奈も血濡れだったが、俺の背中も血濡れの双方痛み分けに終わった。あと、胸は思ったよりはあった。

 gg(対戦ありがとうございました)


 ◇◇◇◇◇


 気が付いたときには二人してソファから落ちてテーブルとの間で抱き合って眠っていた。

「二人して何やってるのよ、シャワー浴びてきなさい恥ずかしい」
「先輩、後でお掃除してくださいね……」
「アキくん? ゴムここに仕舞ってあるから次からちゃんと付けてね」

 三人に見下ろされて言われる。
 俺は裸のまま正座し、三人に謝った。
 なんとなく流されたというのはああいうものなのだろう。恐ろしい。

 俺が謝ってる間、加奈はシャツだけ着るとそそくさと風呂場に去っていた。

「みんな知ってたけど止めなかったからいいわ。その代わり、今晩その……部屋に行くから……」


 ◇◇◇◇◇


「加奈子が痛がるのもしょうがないわ」
「でっしょー、痛いよあれは」
「サキエ先輩はなんでサイズ知ってたんですか?」
「そ、それはその……」

「あの……俺、弁当食ってるんですけど……」

 翌日月曜日の昼休み、いつもの場所で弁当を広げていたのだが……。


 今朝、起きたときから円花は微笑みを隠し切れないでいた。
 円花は失っていた自信に満ち満ちていた。
 中学の頃、夢見た彼女をようやく手に入れられた気がした。
 何が変わるわけでもない。そう思っていた。すまんかった山根。


 ◇◇◇◇◇


「カナ先輩! 初めてであれは尊敬します!」
「でっしょー、私頑張ったもん」
「いいなあ」
「七海が元気になってよかったわ」

「あの……俺、弁当……」


 昨日、七海は何も言わなかったが、夜、こそこそと忍び込んできた。
 今朝、起きたときにはあのでかい声の後輩が帰ってきていた。
 涙はあったがうれし涙だった。朝からうるせえよ七海。
 子供のようにはしゃぐ七海はあの頃のうざかわいい後輩だった。


 ◇◇◇◇◇


「これでもうみんなと一緒だね」
「一緒だねー」
「咲枝は……もうちょっと声、抑えて……」
「下まで聞こえましたよ……」

「……」


 咲枝ちゃんは――不束者ですが宜しくお願いします――と三つ指ついてきた。
 俺もついつい正座してお辞儀していた。そして今更ながらちゃんとした恋人に。
 咲枝ちゃんはとにかく遠慮が無かった。
 朝になると恥ずかしくなったのか真っ赤になっていたけど。


 ◇◇◇◇◇


 結局、彼女たちの受けた心の傷は、俺が言葉で受け入れるだけでは癒されなかったのかもしれない。肉体的な禊がお互いに自信と安心を齎した。不安が全くないと言うわけではない。だけど俺も彼女らに応えていこうと思えるくらいには変われた。

 あとなんだっけ、名前また忘れたけど、短〇は奴の唯一の良心だった。
 妙に右手に収まると思ってたんだ。助かったよ……。








--
あと一話だけ続きます。

対戦ゲームでは例え負け試合でもgg(good game)、いいゲームだったとお互いを称え合います。初めて同士なんてそれでいいんですよ。
日本語なら対ありですってやつですね。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...