西からきた少年について

ねころびた

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プロローグ〜

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 朝日が昇る頃、四人は森の入口にたどり着いた。

 あのドラゴワームはというと、地上から頭を出して暫くはキョロキョロと周囲を見回す素振りをしていたものの、数分もしないうちに地中へと帰っていった。

 リュークは毛布や枕を置きっぱなしにしているので戻ろうと言ったが、冒険者の三人はかたくなに拒否し、それでも戻ろうとするリュークを引きずるようにして足早に草原を突き進んだのだった。




 空はこの日も晴れていたが、四人が足を踏み入れた〈ピクシアの森〉は多くが鬱蒼うっそうとした木々におおわれていて、まだ草原が見える位置でもほの暗い。

 このような森を避けて通らないのには訳がある。というのも、森の南側の草原や岩場ばかりの丘が狂暴なオーガや、石化スキルを使うコカトリスとバジリスク、群れで行動する人食いウサギの生息地であり、あるいは北側へ行こうとすればとても遠回りになるし、その先は多様なアンデッドの群生地でもあるからだ。

 しかし、この森もまた安全ではない。中心へ行くにつれて狂暴な魔物の縄張りが増えるため、大抵は森の浅いところをやや南側に沿って迂回するように森を抜けなければならない。ソロウたちも例に漏れず、この経路で街を目指すことにした。


 リュークにとって、此処もまた目新しいものばかりで興味深い場所である。

 どこを見ても見たことのない木と花と生き物だらけで、木の枝では可愛らしい小鳥たちが愛らしくさえずっており、根本では小さな昆虫が角をつき合わせて戦っていたりする。

 開いて閉じてを繰り返す奇妙な桃色の花はまるで呼吸しているみたいで面白く、細い木に巻き付くつたにそっくりな蛇は少し不気味だった。

 道という道はなく、ただわずかに草の丈が短くなっているところを四人で日田ひた歩く。

 ほぼ眠っていない冒険者三人は目の下にくまを作って疲れた顔をしている。それに対し、少年リュークは目を輝かせて森を楽しんでいる。

 三人はそんな彼を半分微笑ましく半分羨ましく思いながら、眠気を覚ますために先ずは最後尾を歩いていたミハルが口を切る。

「ピクシアの森にピクシーが生息しているのを知ってる?」

「ピクシー?」リュークが興味津々にミハルを振り向く。「ピクシーって何?」

「妖精の仲間よ。体は私の掌ほどで、半透明の羽で空を飛ぶの。見た目はとても可愛らしいんだけど、ピクシーは人を道に迷わせて遊んだりするから、こういった森では要注意ね。森の中心近くを通らないのは、ピクシーに惑わされて強い魔物から逃げられなくなる可能性があるからなのよ」

「強い魔物がいるの?」

「そうだな。オークやワイバーン、グランドボア、ウォーウルフなんかが報告されてる」と、リュークの前を歩くソロウがミハルから継いで答える。

「そいつらは冒険者ギルドの基準でCランク……ワイバーンに至ってはB、種類によってAランクにも分類される魔物だ。まあ、ワイバーンがここまで来ることはまずないが、万が一出会ったら全力で逃げろよ」

「わかった」
  
 素直な少年の返事は三人の大人を和ませた。


 それから森の西側からやや南下する間に朝食と昼食を済ませ、午後二時になったのをソロウが時計で確認すると、ちょうど木々のひらけた場所を見付けて今日の野営地とした。冒険者にとって森の夜中は危険が多くてろくに休めないため、早めに睡眠をとって夜に少しずつ移動するのだ。

 今回はミハルから睡眠をとることになった。毛布も枕も失くしてしまったが、ミハルは気にする様子もなくすぐに地べたに横たわって寝入った。

 リュークは相変わらず眠ろうとせず、草をちぎったり枝を振り回したり、虫を捕まえては逃がしたりしながら、ソロウとギムナックと談笑した。

 特にソロウとギムナックはリュークの身の上や、どうやってドラゴワームを呼び出したのかを聞き出そうとしたが、リュークの返答は言葉足らずで要領を得ないので途中で諦めて、代わりに四人が目指す街〈アルベルム〉についての話題に切り替えることにした。



 アルベルムの街は、アルベルム辺境伯領の中にあって大陸の西に位置する大都市だ。

 アルベルムよりもさらに西側は危険地帯とされるため、魔物や珍しい鉱物、植物などの素材を目的とする冒険者の格好の活動拠点となっており、冒険者が手に入れる素材を買い付けに来る商人や、冒険者用に武器や防具を作って売る鍛冶職人も多く集まる賑やかな街となっている。

 貴族による統治が百余年続いているものの、いまや実権はほぼ冒険者ギルドと教会、商人ギルドが握っていて、治安はそこそこ安定している。

「少年には難しい話だ。権力なんてもの、まだ知らない方が楽しく生きられるってもんだぜ」と、ソロウがコップ片手に肩をすくめた。

 ギムナックも「それはそうだが」と同意しつつ、「しかし、ルールは学んでおくべきだ。俺達と離れたあとに危ない目にあったのでは可哀想だろう」とリュークを横目に見ながら腕を組んだ。

「ううむ、確かになあ。ただ、冒険者ギルドに紹介しておけば、俺達が居ないときでも最低限はギルドが守ってくれるだろう。どっちみち迷子登録はしないといけないし、冒険者登録しておけば小遣い稼ぎもできる」

「彼には早すぎる。おそらくはまだ八歳程度じゃないか?  親が見付かるまで教会に預ける方がいいのでは……──」

 二人はリュークの今後を心配している。当のリュークは、いつの間にか光る蝶を見付けて駆け回っている。やはり子供は元気だ、などと笑う二人だったが、これだけ歩き続けても全く疲労の色を見せない少年をいよいよ不思議に思う。

 ドラゴワームの件にしても──ソロウたちは未だ偶然と思い込もうとしているが──地理にも世俗にも疎いらしいのに、何故魔物の生態には詳しいのか。

 二人はうっかり会話を止めてリュークに見入っていた。行動を停止してぐるぐると思考ばかりを巡らせるのは、徹夜の冒険者にとっては危ない行為だ。知らぬ間に寝てしまって全滅、といった事例は決して少なくないのだから。
 

  
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